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学園デビュー

 王都の上空を飛ぶことができたならば、広大な緑に覆われた敷地が二ヶ所あるのが見える。


 広い方が王族たちが暮らす宮殿で、規則正しく広葉樹が配置されている。

 もう一方は王立魔術学園で、こちらは巨木が生い茂っている中に、建物が点在している。

 王立魔術学園では様々な属性の魔法の演習が必要なため、不測の事態に備えて巨木群を緩衝材にしているのだ。

 魔法による戦闘が繰り広げられたのは太古の昔で、ここ数百年は緩衝材が必要になる程の魔法が放たれたことは一度もないのだが。





 入学式の朝、ピスチェは自宅にやって来た送迎用の馬車を見て目を剥いた。

 祖父のよこした馬車は、白地に金細工がされており、艶やかな毛並みの馬を操る御者の上着にもまた金色の刺繍が施されていた。


「おはようございます。マルグリット様。ピスチェ様のお迎えに参りました」


 マルグリットの横にロベールも立っているのだが御者は目もくれない。貴族の血が流れていない者を瞳に映すことすら嫌なのだ。


「――さっすが。あの祖父(じい)さんのよこす人間だけのことはあるな」

「え?」


 言葉も態度も顔つきも、そのどれもが貴族の令嬢のそれとは程遠く、シュタイン侯爵家の血を引く深窓の令嬢の姿を頭に描いていた御者は、想像を裏切られて言葉を失った。


「この私を学園まで無事に送り届けることがあなたの仕事って訳ね。じゃあ、私が馬車に乗らなかったらどうなるのかなー? 初日から遅刻なんかしちゃったら、侯爵様の顔に泥を塗ることになるんじゃないのかなー? えへへへ。いいのかなー? 私は、両親にちゃんと挨拶をしない人なんか信用しないもんねー。ふぎゃ。いててて」


 マルグリットは作り笑顔を御者に見せてから背中を向けてピスチェを隠すと、右手で彼女の頬を引きちぎりそうなほど強く掴んで引っ張った。

 ピスチェに睨みを利かせてから御者に向き直ると、優雅な微笑みを浮かべて言った。


「今日から娘がお世話になります。よろしくお願いしますね」


 「ほら、あなたからもちゃんと挨拶するのよ」と目で脅されて、ピスチェもぎこちない笑顔で挨拶をした。


「ひい。よろ、よろしくお願いします」


 御者は「こほん」と咳払いをして自らを落ち着かせてから応えた。


「しかと承りました。それでは参りましょうか」





 石畳ではなく何も施されていない地面の上を、馬が嬉しそうに闊歩していく。馬の歩くリズムに沿って馬車が小さく揺れる。


 クロヴィス家の農園は、郊外にあるとはいえ王都に隣接している。そのため馬車はほんの十数分後には、王都の白い石畳の上を走っていた。


「先ほどは失礼いたしました」

「え?」


 ピスチェは背中越しに聞こえてきた言葉に耳を疑った。


「あ、いや。申し訳ないことを――」

「うっそー!」

「あ、あの、何か」


 つい荷馬車の荷台に乗っているときの癖で、御者の方を振り返って座席の上に膝立ちになったが、目の前は焦茶色の板で覆われており、御者の顔など見えるはずもなかった。

 それでも声は届くのだ。ピスチェは数十センチ先にいるはずの御者に向かって大声を張り上げた。


「家に来るシュタイン侯爵家の関係者って、大抵お父さんだけ無視するんだけど、ちゃんと謝ってくれた人はおじさんが初めてなんだ」

「お、おじ――さん?」

「ねえ。おじさん。名前は?」

「これは申し遅れました。ギヨームと申します。どうかそのままギヨームとお呼びください」

「よろしくギヨーム」


 ギヨームは、およそ名家の令嬢らしからぬピスチェの言葉に、無垢な素直さを感じ取り、つい顔をほころばせた。

 緩めてしまった口元が恥ずかしくて、なだめる必要のない馬に向かって「ドウドウ」と呼びかけてしまった。





 学園の敷地に入って程なく、そびえ立つ校門が見えた。その前には、生徒を乗せてきた馬車が連なって止まっている。


 シュタイン侯爵家の馬車であれば、先頭の馬車を追い抜いて停まれる高位なのだが、ギヨームはマルグリットから指示された通り、最後尾に着けた。

 馬車はシュタイン侯爵家からの借り物で、ピスチェ・クロヴィスは平民なのだからと。




「それでは行ってらっしゃいませ」

「ありがと!」


 校門をくぐって少し歩いたところで、なんとなく振り返ると、ギヨームが直立してピスチェを見守っていた。

 思いっきり手を振ると、ギヨームが礼を返した。気のせいか微笑んでいたように見える。




 学園内の敷地を歩いていると、建物の背後から森が迫ってくるように感じられた。

 密集した木々を見ると、ピスチェはつい手のひらを見てしまう。


 今日――十月一日の入学式までの1ヶ月間、ピスチェはマルグリットから貴族の子弟が受ける教育を叩き込まれた。

 礼儀作法はほどほどに済ませ、大部分は魔法学の基礎に充てられた。マルグリットは、系統学などの学問系は初めから無視し、ひたすら実技に時間を費やした。

 森の奥深くで、大木に向かって何度手を突き出したことか……。


 物心ついた貴族の子供が自然に操作してしまうレベルの簡易魔法すら、ピスチェは使ったことがないのだ。


 ピスチェは初めて貴族が平民を馬鹿にする理由が分かったと思った。魔術に関する才能やセンスというものが、平民には枯渇しているのだ。

 貴族であれば、稀に生まれたての赤子でも指先一つで作ってしまうという小さな炎を出すのに、一週間を費やした。

 教えていたマルグリットの方が先に投げ出してしまいそうになったほどだ。

 付け焼き刃と言うことすら恥ずかしいほどの出来だった。

 そんな状態なのに、入学の日が訪れてしまった。





「ねえ。見てあれ。あの茶色いの。あれが例の?」

「あーあ。確かに。あんなの初めて見るわね。本当に忌々しい」


 ピスチェは、自分に向けられた視線と、クスクス笑いながら密やかに交わされる会話に苛立ちを感じながらも感情の抑制に努めた。


(落ち着けー。我慢。我慢。あー。何にも聞こえなーい)





「騒がしいな」

「ああ。あれですか。多分、例のシュタイン侯爵が送り込んできた異端児ですよ」

「ん? そういえば兄上たちがそんな話をしていたな。御大は相変わらず強引だな」


 その当の本人は、両耳を塞いで猫背で歩いている。何やら小声でブツブツ呟いているのが不気味だ。

 エイデンは追い抜きざまに茶髪の少女の顔をチラリと見た。


 少女の茶色い瞳を見た瞬間、エイデンは硬直した。


 立ち止まった彼を置いて歩き去っていく少女の背中に、エイデンは手を差し伸べた。

 その手は震えており、瞬きすら忘れたかのように両目を見開いて固まっている。


 第二王子の突然の異変に、隣にいたジークもギョッとして立ち止まった。


「え、エイデン様! 殿下! 一体どうなさったのです?」


 まん丸に見開いた目でジークの方を見ると、エイデンは顎をガクガクと動かし、「あ。あ。あ」と意味不明な言葉を発した。


「お、お気をしっかり!」


 慌てふためくジークの大声にピスチェが振り向くと、エイデンはようやく我に返り、よろよろとピスチェに駆け寄った。

 そして夢でも見ているようにぼんやりとした表情で、彼女の両肩をガシッと掴んだ。


「い、今までどこにいたんだ? なんで……。もしかしたら病気で亡くなったのかもって。いや、君に会ったこと自体が夢だったのかもって。どれだけ探したと思ってるんだ! もう諦めるところだったんだぞ!」


「……は? ええっと、誰だっけ? ごめんねー。ちょっと分かんないや」

「うひゃ。や、あ、いや。コホン。お、俺はエイデン・リュシオンだ」


(え? エイデン? そんな知り合いいたっけ? いや貴族しかいないんだから、知っているはずないじゃないの。じゃ、なんで私に? ああもう。しゃーない。適当に返事しておこう)


「そっか、エイデンか。うん。うん。忘れちゃってて、ごっめーん。んじゃ!」

「へ?」



 呆気に取られる二人を残して、ピスチェは足早に教室を目指した。

 エイデンは上気した顔でピスチェの後ろ姿に見惚れている。


「ま、まさか……。まさか。エイデン様?」

「ああ。間違いない。……見つけた」

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