それぞれの思惑
ロベールが営む農園を抜け王都の目抜き通りに入ると、「ようやく息ができる」と、マーローは緊張を解き、従者の差し出すワインで喉を潤した。
「……それにしても。よろしかったのですか?」
従者とは長い付き合いだ。言葉がなくとも眼差しだけで言いたいことは分かる。
「ん? ああ。あれはああ見えて天邪鬼でな。無理強いすれば反発するだけだ。それはもう懲りておる。ふん。平民なんぞと結婚して子をもうけるとはな。全く」
思い出しただけでマーローは口の中が苦くなった。
それを見取った従者が黙ってワインを継ぎ足す。
「まあ、あの小生意気な平民の娘の結婚話は、今は止めておくに限る。きたるべき日に備えて相応しい教育を始めることの方が先決だしな。時が来れば、いくらでもお膳立てしてやるわ。フフフフ」
クロヴィス家では、ピスチェが「あははは。んじゃま、そういうことで」と、逃げるように部屋を出ていった後、残されたロベールとマルグリットが、同時にため息をついていた。
「はああ」
「……はあ」
ロベールは、がっくりと肩を落としたマルグリットの両手をやさしく握った。
マルグリットは脱力して大きく息を吐く。
「あれほど時間をかけて根気強くあの子の力を鎮めたのに。今頃になって揺り戻すことになるなんて。それに――最低限の魔力を使えるようにうまく加減できるか自信がないわ。下手をすれば、あの子の力を全て解放してしまうかも。ちゃんとお父様の目を欺けるかしら……」
「君なら出来るさ。それにピスチェは魔力に興味がないんだし。あの子が力を望まない限り、全開放なんてないさ」
「ええ。そうね。それに、魔力を制御する術を学んでおいた方がいいのは確かだし。学園に通うこと自体はあの子のためになるとは思うのだけど」
「そうとも。それに貴族だからって、みんながみんな差別的だとは限らないだろう。きっと理解者だっているはずだ。友達がキャメロン一人じゃ寂しすぎるしね。あの子ならたくさん友達を作れると思うんだ」
「そうね。そうよね。ただ、今回の件は、お父様にしては甘すぎる条件が気になるのだけど」
「あはは。確かにそうだね。でも、分からないことはくよくよ考えないって決めただろ。正直なところ、お義父さんの申し出には救われたしね。あの子が辞めたくなったら、そのときお義父さんにいただいたものを全部返せばいいじゃないか」
「あなた……」
「そんなことより、入学前の教育とやらの方が心配だけどなあ」
「ええ。本当に」
弱々く微笑むマルグリットの肩を抱きながらも、ロベールは成長した娘が学園生活を楽しむ姿を想像して笑みをこぼした。