戦術セミナー
「さてと、サドミの話も聞いたし俺帰るわ」
ハルヒトダンジョンに来て一日満喫したトエムであったが、
何か飽きたようだ。
普段、筋トレしすぎの全身痙攣してる時が一番幸せという変態には施設の良さが解らなかったようだ。
「そっか…まぁトエムはそうだよな、じゃあな…また…」
明らかに表情の硬いミノタウロスの友人。『流星のノクターン』の悪役令嬢はいくつか破滅ENDがある。
何かすっげえテンプレ異世界聖女系ストーリーだな!程度にしか思っていないトエムとは打って変わってメンタルがやられていた。
昔からサドミの事になると過保護な男なのだ。
「あのなぁハルヒト、サドミはそんなヤワじゃないし、そもそも…たしか悪役令嬢の転生物って主人公も転生者だけど性格悪すぎて最終的にドヤァするんじゃねぇの?」
「ドヤァした後に他の男に抱かれるのか?…ア”ア”ア”ァ”ッ”!!NTRはクソ!NTRは悪!何にも気持ちよくないじゃん!?ぎ”ゃぴ~!!??あっあっあっ(涙)」
脳が壊れそうな顔で突然泣き出すハルヒトを横目に、大きなため息をついたトエムが諭す様に
「あのなぁ、もうここは地球でも日本でもない、厳密に言えばもうアイツは俺の妹でもお前の女でもない。そもそもフラれてんじゃんお前」
「んあああぁぁぁ↓…」
「くよくよしてキモいぞ。…しょうがねぇ、いっちょ体でも動かして、な?」
「う”ん”…」
背中をさすられながらトエムに連れられれてハルヒトはココ、地下四階にある冒険者ギルドの隣にある巨大な訓練場に向かった。
”春エリア 訓練場”
「おいおい、何だ何だ?この大衆は。どっから集まったの?」
どこからかトエムとハルヒトが組手を行うと聞きつけたダンジョンの住民が駆け付けた。
ハルヒトに訓練を受けた忍びゴブリン、通称『草ゴブ』。
ハルヒトの訓練を受けたケンタウロスのアーチャー部隊、通称『馬与一』
ハルヒトの訓練を受けた元・帝国直轄殲滅部隊『獣王団』、と隊長のライオネル。
など、ハルヒトダンジョンを代表する戦闘スタッフが仕事を無視して駆けつけた。
ちなみにミノタウロスは運搬スタッフが主なのでこの場には指で数えるほどしかいない。
何だかコミケの様な賑わいにトエムは驚いた。
「うへぇ~いっぱいいる…」
「あったりめぇだろ!坊ちゃんとBOSSがそろったら滅多とみられるもんじゃねぇ!全てを犠牲にしてでも見たいもんだぜ!ガハハハハ!」
堂々と仕事をさぼっていると遠回しに啖呵を切ったのはライオン獣人のライオネル。今ではこのダンジョンの生活がすっかり馴染んでいる牙の抜けたデカニャンコ。
「俺達とある人物から魔素使用による私闘を禁じられてるからスキルも魔法も使用しない地味な組手になると思うぞ?」
「ハッ!そんな言葉信じられるやつ、この建物の中にいないって!」
「はーん?…あっそうだ!せっかく集まってるし、みんなで近藤空手の型とかやってみるか?」
「お、いいんじゃん!久々に型のすり合わせもできるし」
「コンドウカラテ?なんじゃっそら?」
「あっ、ライオネルのおっさんは知らねぇのか。俺やハルヒトの強さのベースになった武術だよ」
「ハァッッ!!?んだと!願ってもねぇじゃねぇか!俺はすぐにでも習いてぇが、お前らはどうだ!?」
ライオネルが辺りを見回しながら問いかける。その声を聴いたもの達はさも当たり前だと言わんばかりに大きく頷く。
「よーし、そんじゃまずは今後返事は‟押忍”って言えよ!‟自ら押して、忍ぶべし”、解ったか?」
「「「はい!」」」
「今後返事は‟押忍”って言えよ!解ったか?」
「「「押忍!!」」」
室内に緊張感が漂ってきたところでハルヒトとトエムは全員の前に出て、型を披露しながらこの場の連中と一緒に行っていく。
‟正拳突き”
基礎であり奥義である。三戦立ち(横一文字立ちの立ち位置ではなく、利き足が拳一個分前に出てがっつり内股)の構えから、突き手は中段前方に、引き手は脇に抱え込むように折りたたむ(この時肩を強張らない事)。正中線を軸に足(ひざを若干内に捻る)・腰・引き手・突き手の順番で突き出す。この時、顔の位置がブレないとグッド!
‟前蹴り上げ”
正拳突きが突きの奥義ならば、こちらは蹴りの奥義。蹴り幅が180°を超えた時、下段蹴り(ロウキック)、中段蹴り(ミトルキック)、上段蹴り(ハイキック)、前蹴り、内蹴り、回し蹴り、縦蹴り、後ろ蹴りが可能になる。飛び蹴り、後ろ回し蹴り、水面蹴りは無理。
‟回し受け”
火炎放射とか散乱できるとか勝手に思われている節がある悲しき受けの奥義。
片手による中段・上段・下段受けが両手とも同じ精度で出来るかつ、払い受けもできるようになって初めて完成する技。
「大事なのは回数じゃなく、たったの数回で疲れるような真剣さだ。密度の無い動作を何百繰り返しても意味無いから」
ここでハルヒトのワンポイント。回数を重ねて「俺スゲー」は一生三流。一撃に血を滲ませるのが武術家。
そんなこんなトエムのバカデカ声量カウントに合わせて各200回ずつ打ち込む。
大半の者たちが息を上げていたが、やはりトエムとハルヒトは平然と汗一つかいていなかった。
「この…ぜぇ、ぜぇ、」
ライオネルが息を上げて呟く。たった200回でも全力で行うとかなりの疲労だ。
「はーい、準備運動も終わって体あったまったところで君らに殴り方を教えましょ」
「押忍?殴り方?そんなもん誰でもわかるだろ!坊ちゃん、BOSS、俺達は技を習いたいんだが?」
「はぁー(クソデカため息)。根本的にな…アンタら殴り方がへたくそなんだよ。正拳突きの軌道みて解ったわ」
「トエムの意見に同感。技って基本ありきなんだよ。殴り方、蹴り方、避け方の土台ありきだから、基礎舐めんなよ」
2人の凄味が増す。瞬きもしないで睨みを利かす。
「ライオネルさんよぉ、アンタ俺の打撃をとりあえず受けな。もちろん俺は魔力を一切使わないから」
トエムがトボトボとライオネルに向かって歩いてくる。その動きは自然なのに、殺気の様な凄味は距離が近づくほど増す。
「約束だからな!魔力無しだぞ!押忍!」
そう言った瞬間トエムが思い切り腹をなぐる。ガンッと鈍い音だが、ライオネルはビクともしない。
「どうじゃ!わしの体は!ガハハハハ押っ忍!」
「さて、今のがこの世界の一般的な力み殴り。そして―――」
ギュボッ!と渋い音と共にトエムの拳がライオネルの腹部にのめり込む。
「ぎょげぇ!ご…ご…?」
「これが近藤空手のスタンダートパンチだ。最初の拳のように固めてから殴るのではなく、当たる瞬間まで放り投げるように打つ。握り込むのは当たる瞬間だけでいい」
筋肉が硬直するとストッパーになってしまう。力を込めてからだとことごとく速度が失われる。遅い打撃は当たらないし効果も低い。
ボールを投げる動作はリリースポイントまでほとんど力みがない。リリースポイントを相手への打点に変えれば、理想的な打撃へと昇華される。
さらにトエムは腰・肩・肘・拳の順番に加速を加える。通常の腕だけで打つパンチと違って加速部位も拳の重さも跳ね上がる。
そうして打った拳は、見事ライオン獣人大男の腹部にめり込む。
「質が違う…一撃目は表面だけだが、二撃目は奥まで獣人族の強靭な腹筋にメリメリ入ってきやがった…魔力無しで…7歳の人族…押忍おかしいぜ?」
腹を抱えながら畏怖の視線をトエムに送るライオネル。
「まずこれが打撃、続いて蹴り…あっライオネルのおっさんはもういいよ、ありがとさん」
「直接受けて俺も勉強になった。押忍!」
腹を撫でながら先程の位置に戻ろうとするライオネル。と、
「あっちょっと待ったおっさん。せっかくだ、一通り近藤流の戦術…技を見せてやるよ」
「押っ忍?いいのか?技見せちゃって?」
「ま、サービスよ。そら行くぞ」
またしてもライオネルの腹部に拳が当たった瞬間、ボコッという地味な音と共にライオネルは膝を着く。
「オイふざけんなトエム坊ちゃんよォ!?魔力やスキルは使わないって言ってただろ?殴られた時‟胃を握られた”ぞ」
先程の様に殴られた場所が痛いのではなく、腹の中が痛いのだ。
つまり衝撃が腹部まで貫通したのか?
「‟通し”かトエム?」
「おい…まて、魔素の残滓を感じない…スキルや魔法には必ずあるはずの残滓が…これは生身の技ってぇ事か!押ファッ!?」
腹を支えながら童心に戻ったかのような笑い顔をするライオネル。
スキルや職と言うのは生まれた時から神の定めた才能。生まれた瞬間に個人の優劣が決められてしまう世界の常識。
「(すげぇ!未知の衝撃だ…これだけで既存の戦いが変わるぞ)」
この技術の先にあるのは、当たり所が良くても致命傷になりえるとライオネル長年の研鑽が確信へ至らせる。
「おっさん、感動はまだ早いって。こういうのもある」
トエムはそうつぶやくとライオネルの指を不可解な触り方をしながら、包み込むように優しく触れる。すると
「グアアアアッ!動かん!もたれた指を通して腕が動かん!?痛てててててて」
「打撃以外にもこんな風にできんだぜ。俺は7歳でおっさんとは身長差3倍くらいあるが、人体の中でで割ともろい指が極まって動けなくなる。これを近藤流は‟捕り”って呼んでる」
「トリ…?いでぇ!」
「おっと悪い悪い、じゃあ今度はおっさんが当てていいよ。避けるけどね」
「押っ忍押っ忍、本気で打ち込むぞ!セヤァッ!!」
ブンッブンッブンッ
トエムの身長が小さいのもあって一発も当たらない。
「クソっ!くら…え?」
打とうとした瞬間、その軌道から既にトエムが避けていたことに気付くライオネル。
「ハァ??なんで?」
「これは近藤流‟取り”、ほんで―――」
ライオネルが猫科特有の眼を細めた。全く動いたように見えずトエムとの距離が詰まっていた。
近づいた感覚を置き去りにされた。
「これは歩行術の‟無足の法”。近藤流でも習うけど…(元が)たぶん新陰(古流)」
その移動術にいち早く着目したのは〈草ゴブ〉リーダー『ゴブ之介』であった。
「BOSS!今の動き、‟起こり”が見えませんでした。一体なぜです?」
「お!ゴブ之介は着眼点がいいな。前に‟縮地の法”って歩行術を教えた際に体軸移動による移動で足から動かないって教えたよな?無足ってのはその術の上位版と思ってくれていい。至近距離の歩法だが、とにかく‟体の起こりが一切つかめない”。だが起こりを見せないためにとんでもねぇ精密な体幹操作が求められる。体幹もできてないのにアレと同じことができると思わない方がいい」
「素晴らしい術理です!ああ、後世に残さねば!」
ゴブリンとは、職を持たずスキルを使えない神に見放された最弱の存在。
しかし術理(理に沿う術)を会得したことにより他部族を圧倒する器用さを持ち得た、今ハルヒトダンジョンで最も熱い種族。
「さて最後に3つ。まずは―――」
ビュンッ!! 寸止め。
正拳突きと全く同じ動きで繰り出された突き手の形は、平手で指をやや曲げ親指を握り込む、トエムが最も得意とする形。
「俺が最も得意な‟手刀”の突き。つまり‟貫き手”。そんで」
そこから指先だけ折り曲げ軽く握り、ビンタの様に素早く空を切り、インパクトの瞬間手首を返す。
ブゥンッ!!
「ハルヒトが得意な‟猫手”そしてその先、師範だけが許された戦術―――」
両手を人差し指にして先程見せた全ての動きを網羅する。
「突き、切り、受け、捕り、通し、張り(ビンタの事)、崩し、俺はまだできないが経絡、これらを人差し指のみで行う事ができる極意‟指刀”がある」
「指だけ?指…。しかし極意ってならホイホイ俺達に教えて良かったのかオイ」
「いいっておっさん。近藤師範以外は高弟の先輩達でも突き指骨折してたから」
「待て!お前等…高弟じゃねぇの?」
「ぶははっ!聞いたかよハルヒト?俺達が高弟…だってお!」
「ライオネルさん、いくら何でも…。そもそも7歳だぜ?(前世と合わせて35歳で歴が20年ちょっとじゃ話にならんわ)」
「ひょえ(素)…上には上が居るのか…。大将軍と呼ばれてイキってたおれぁ恥ずかしいぜ!押っ忍押っ忍」
「つっても魔素コントロールがあれば使えなくもないかな…そうだトエム!魔素コンも伝えとくか」
「魔素コントロール?いやいや…お前等魔導にも精通してる…してたな」
「まぁ、さっきから言ってる戦術と‟全く同じ事”を魔素でやってるだけだし…あ、基礎知識としてなぁ―――」
‟魔導回路”
生物の体に血管の様に張り巡らされた魔素の通り道。細胞の中に蓄えられた魔素を脳信号によって放出や造形をする。
‟魔力”
魔素を意図的に密集した‟力み”状態
‟魔素構築”
魔法を発現するために必要な構造の事。
「‟魔導回路”を筋肉、‟魔力”とは魔素の力み、‟魔素構成”は術理。こう置き換えるだけでやってる事はほとんど変わらない。魔力にしてから魔法を使おうとすると魔導回路が詰まって遅いし、魔法構成は理解が浅いと魔法はうまく発動しない。武術も魔術もやってることはほとんど違いは無いのに別のものとして考えてるのは職やスキルに頼った弊害じゃんね」
「つまりなんだ?ちゃんとお前等の言う武術を納めれば魔法もできちゃうって訳か?」
「「そう!!」」
「反則でやんのソレ~!?…… うひょぉぉおおお!!!!」
こうしてハルヒトギルドの鍛錬場はダンジョンシティ史上最高の盛り上がりをみせる。
熱の入った訓練は三日三晩行われ、ダンジョンシティは異例のお休みを取らざるを得ない状況に堕ちた。
しかし、熱心に指導を行って陰りのとれたハルヒトの表情を見て、トエムはよかったと思った。
だが、この施設を連日使用していた者達の怨嗟は魔の森全体に3日間轟いていたという。
その中にはトエムの両親や、いつぞやの神もいたそうだ。
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