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No.6 自分で人畜無害とか言う奴に、ろくな奴はいない

 サブタイトル、時間がかかったわりにさっぱり的を射てません。

 この回は10パーセントのシリアス、10パーセントの青春、そして80パーセントの暴走で成り立っております。……というか、途中から勢い任せ過ぎて穗村が慶介2号っぽくなってますが卑語はないのでご安心を。

「あー疲れた。のど渇いた〜」

「おまけに暑いですもんねー。5月のくせに生意気です」

 まず最初、陸上部への依頼回りを終えて、俺と穗村は次の女子バスケ部へ乗り込む準備も兼ね、体育館横のベンチで休憩していた。

 勿論、大方俺のためである。

「…………」

 さて、ここまでで分かったことが一つある。

 ……俺、役立たず以外の何ものでもねぇ。最初からある程度足を引っ張ることは予想済みだったが、あれじゃあ文字通り体全体で穗村の動きを阻害しているようなものだ。

「はぁ……要らない醜態、晒しちまった」

 がっくりと項垂れ、これで何回目かになる、誰に聞かせるでもない独り言を呟く。

「……先輩、さっきからそればっかり……」

 穗村のため息ももっともだ、こんな暗いことを自分が座っている隣でボソボソ呟く奴ほど、気持ち悪い奴はいないとちゃんと自分でも分かっている。なのに無意識に口から出てしまうのだ。つまり、それほど精神的に参っているということだ。疲労的な意味でも、嫌悪的な意味でも。

 思い出すのはわずか十分ほど前の、陸上部への俺の交渉術。


「あのーすみません」

 まず最初、陸上部の部員に声をかける段階で、早速見向きもしてもらえなかった。俺が気に入らないとか、大規模ないじめを受けているとかそういった深刻な問題ではなく、ただ単に俺の声が小さすぎて聞こえなかっただけである。

「失礼します!」

 反省して、ボリュームを最大にした(少し喉を痛めた)。流石に陸上部員もそれに気がつき、「はい、なんでしょう?」と言いつつ顔を向けてくれる。その律儀で爽やかな部員(2年男子、結構格好いい)に対して俺は、

「…………」

 若干の沈黙を作った後、

「……な、何でしたっけ?」

 酷な質問をした。酷すぎる。だって、答えられるわけがないのだから。

 ようやく意志の疎通に成功して、顧問と話をする段階になったときも、やはり最初は、

「ええと……つまり?」

 首を傾げられた。相手の理解度が低いわけではない。これは、「昨日のことなんですけど……いいでしょうか?」という俺の言葉がどれだけ不適切なのか、という話である。

 ここから、俺は今回の訪問目的を端折りながら説明する必要があるのだが、そこで俺はこう言った。

(これから新聞部で2ヶ月ほどにわたり取材をしたいと思います。許可は得られますか?)

 心の中で。熱弁に。あまりに熱すぎて実際に言葉に出すのを忘れてしまうくらいに。つまり、顧問の側から得られた俺の言葉は、

「…………」

 何も無かった。


 以降、見かねた穗村が全てを引き継ぎ、そのまま円滑に交渉を進めて承諾まで持ち込んだというわけだ。俺がしたことといえば、自分の醜態を勝手に晒して勝手に引っ込んでいったことくらいである。酷いたとえ方をするなら、全裸の上にコート一枚の露出狂と同類である。もし死ねと言われても文句が言えない存在だ、というか死にてぇ。

「穗村……」

「何です?」

 気づけば、無意識に穗村に尋ねていた。

「俺は、人間が生きているうちに体験する最大の苦行は、死だと思うんだけど―――」

「乗り越えないでください。ついでにチャレンジも禁止です」

「……そうだね」

 俺の思考は穗村に筒抜けだった。

「先輩、そろそろ引きずるのは止めて、次に頭を切り替えましょうよ」

「……分かってる」

 分かっている。その言葉に嘘偽りはない。穗村に指摘されて、自分でもそう思ったのだから。しかし、そういった指摘を自分以外の口から聞くと苛立ちを覚えるのは一体何故なのだろうか。そして、この感覚は家族に対しても度々抱くものである。「勉強しなさい」「早く寝なさい」「もっと愛想よくしなさい」。そして、「進路のこと、ちゃんと考えなさい」。どれも全て間違ったことではない。むしろ、自分でも常日頃から思っていることだ。それなのに、それを改めてして糾弾されると、「うるさいな」と思う。

 何故なのだろう。相手は親切で言ってくれているだけなのに。自分はそれに対して嫌な顔をする資格なんてないのに。

「あの……先輩」

 唐突に穗村が切り出す。その声は、普段とは似ても似つかないほど弱弱しいものだった。さっきの説教じみたことを続ける気だろうか、と思っていたのだが……。

「何?」

 変わらず顔を伏せながらそれに応じる。

「ひょっとして私がいると……うるさいですか?」

「え?」

 その言葉があまりに予想とかけ離れていたため、無意識に顔を上げてしまった。すると、今度は穗村の方が顔を伏せていた。俺と目が合わせられないからというのは一目瞭然だった。

 でも、それが何故かは分からない。

 顔を伏せていて俺が見えない穗村は、そんな俺の心情などお構い無しに―――あるいは気にする余裕がないのか―――続けた。

「今日の先輩、疲れてるからなのか、体調が悪いからなのか……と、当然ですよね。だって、こういう人と話をすること、嫌いだっていつも言ってましたから。きっとそうだからだと思うんですけど……いつにも増してつまらなさそうだったから、ひょっとしたら私より部長さんとかクラスメイトの人達を来たほうが良かったのかなーって、思ったんです」

 それはとても彼女らしくない、しどろもどろな話し方だった。そこには、俺と同じような、人と話すときにほぼ無意識に生じる緊張が確かに垣間見えた。まるで、俺の反応の仕方に酷く怯えているようにも捉えられる。余計に理由が分からない。

(つまらなさそうに……?)

 考え出し、穗村のセリフの一部を頭の中で復唱したとき、あることに気づいた。

(まさか、顔に出てた?)

 暗い顔、つまらなさそうな顔なら別にいい。ただ、穗村に慰められたときの苛立ちをそのまま表情に出していたのだとしたら、それはまずい。自分を非難する意を向けられて何とも思わない人間が、果たしてそう多くいるだろうか。少なくとも俺は違う。

「穗村……えっと、だな……」

 何と言っていいものか。少し冷静さに欠いた頭で、必死にその言葉を探し、組み立てていく。

 そして、語りだす。

「確かに、疲れてたっていうのはあったかも。でも、だからって誰かいるのが嫌だとか、そういうことはない。そもそも、穗村がいなかったら俺、その辺でくたばってたと思うぞ。だから穗村に感謝することはあっても、邪魔に思うなんて絶対にあり得ないよ」

「そうですか」

 一言答え、穗村は顔を上げた。だが、まだその顔には憂いが張り付いたままだ。若干納得できないといった、そんな表情である。しかし、俺の言うべき(だと思う)ことは、全て語りつくした。後はいつも通りに接していくしかない。

「あ、それと穗村。一つ徹底的に勘違いしていることがあるぞ」

「……なんです?」

 こちらに食いついてきた。

「俺、慶介以外に友達いないから」

「えぇっ!」

 穗村のその驚きの声は、遠慮も演技もない、素そのものだった。

「先輩って、内気だけどそれなりに友達が多いタイプの人間だと思ってました」

「うん、その型に汎用性があるのかは若干気になるけど、やっぱり積極的に誰かと仲良くなろうっていう気持ちがなかったから。それに、そう優しい性格でもなかったし」

「優しくない? 上月先輩みたいな小食系がですか?」

「小食関係ねぇよ。というか小食系って何だよ」

 実際に小食なのがまた悩みどころだ。

「なんて言うか、ほらあれだ。考えるだけで行動できないタイプ」

「なるほど、理解できました。それなら汎用的な型です」

「基本的に何もしないように見える。動かないししゃべらない。クラスメイトだってそんな状態じゃあ評価のし様がない。だから、それより評価しやすい人のほうに流れていく。影が薄い、濃いという概念が生まれた所以だね」

「流石は先輩、もっともらしいこと言って、自分の無能ぶりを全部他人のせいにしてる!」

 穗村の返しが痛烈になってきた。あまりに痛くて反射的に涙が出そうなほどだ。つまり、それだけ彼女の調子が戻ってきたということだ。これなら彼女についてはもう安心、いつも通りに話が出来るはずだ。

 それが嬉しかったのだろう。

「ま、そういうわけだから」

 俺はつい、

「俺と友達みたいなことしてくれる穗村には、感謝してる」

 言わなくていいことまで口走った。文字通り、口が勝手に走ったニュアンス。気づいたときにはもう遅い。

「え、あその……はい。どう致しまして」

 せっかく軽い調子に戻そうとしたところで、話の流れを考えればかなり重いことを俺が突然言うものだから、流石の穗村もこれには戸惑いを隠せない様子だ。寝耳に水、対応が覚束無いのは当たり前である。

(何か無いか、他の話題)

 唸りながら考えるうちに、問題となったあの一言が、再び俺の頭で再現された。

「なぁ穗村、俺がさっき不機嫌そうな顔してた理由だけど」

 一瞬墓穴を掘ったか、と思ったが、

「あ、それは個人的に気になりますね」

 立ち直った穗村は予想以上に強かった。

 安堵して、続ける。

「よく親に言われるだろ。「勉強しろ」とか「早く寝なさい」とか、「文句言うな」とか。正論だし、当人にとっては親切心で言ってるだけのはずなのに、何故かそれ聞くと腹が立つ時って、無いか?」

「あーありますね」

「あれ、何でだと思う?」

「うーん、考えたこともなかったですけど……多分、馬鹿にされたような気がするから、じゃないでしょうか?」

「というと?」

「正論というより、出来て当たり前のことなんです、大抵親が言うのは。そこを突かれるということは、『そんなことも分からないのか?』って言われてるようなものじゃないですか」

「なるほど」

 そういう考え方もあるか。

 親とは、子から見れば人生の先輩。教科書といっても過言ではない。親が教育者に見えることだってあるだろう。その場合親から受ける注意が、家族としてではなく「教育の一環として」と見えることがあれば、これほど腹立たしいことは無い。何故なら、教育とは他者が他者へ向けて施すものだから。教育という機械的な行為は、情と血縁で成り立つ家族とは相性が絶望的に悪いのだ。その瞬間だけ親子は他人になってしまう。その時に親が見せる他者のような表情に、子は一体何を思うのだろう。

 そこから派生する感情が苛立ちという、これはそれだけの話なのだ。

「ということは……」

 唐突に穗村が言い出した。

「上月先輩、その時私がお母さんか何かに見えていたってことですか?」

「極論もいいとこだね」

 そんな簡単に母親が量産される世の中、こっちが見てみたい。

「そういえば先輩、動物のほとんどは、例えいくら自分と姿がかけ離れていても最初に見た者を親だと思うんです」

「有名な話だね」

 穗村のこっちの能力も、キレが戻ってきたらしい。

「じゃあ先輩も、一番最初に見たのが私だったら私を親だと認識するのでしょうか?」

「今自分で前提を何て言った? せめて俺を人間だと認識する段階からやり直してくれ」

 というか、俺はお前より2年も前に生まれてるんだから、最初にお前を見る可能性なんて蟻んこの涙ほども残らねぇぞ。

 それを穗村に言ったら、こう返ってきた。

「ならば逆ならあり得たということですか?」

「逆って何だよ!」

「私が先輩を親だと認識する可能性です」

「穗村、一応言っておくと、それを達成するには当時2歳くらいの俺が、お前の出産に立ち会う必要があるぞ。そこまでして俺を親だと決め付けたところで、せいぜい俺が幼児時代の自分を受け入れる苦悩と戦うことになるだけで、何も面白いことは無い」

「何を言いますか。一つだけあるじゃないですか」

「ほう、例えば?」

 穗村はさっくりと答えた。

「私が先輩を『パパー』と呼ぶんです」

「…………」

「お堅く『お父さん』、上品に『お父様』、幼い感じで『ダディ』、砕けてるけど好意たっぷりに『とーさま』、そこをちょっと舌足らずに『とーたま』。後は―――」

「呼び方が気に入らないから絶句してたんじゃねぇ!」

 というか、少し新鮮だった。父親のことなんか「父さん」としか呼んだことないから、まさか父親を指す語彙がこんなに豊富だとは……(若干、現実的にあり得ない呼び方が混じっていた気がしたが)。

(パパ……穗村が俺をパパ……ねぇ)

 好意たっぷりに自分のことを「お父さん」と、言うわけだこいつは。

 ……確かにその時の穗村の表情を想像すれば悪い気はしない。だが、如何せん自分に人の親となる器がないから、それ以外のイメージが真っ白で現実味に欠ける。よって想像したところで味気ない。

「年齢差で考えたら、父子というより兄妹なんじゃないか?」

 そっちのほうがまだ現実味がある。それだけの理由で言っただけなのに、穗村はこう返してきた。

「なるほど……先輩は『おにーちゃん』願望でしたか」

「願望とか言うな!」

 そしてそれは洒落にならない。何故なら、うちには優江というれっきとした実妹(まだ4歳)がいるからだ。

「やっぱり妹には『おにーちゃん』とか『にーさま』とか『にーたま』とか、そういう好意たっぷりな感じで言われたほうが気分いいですよね。いろんな意味でそそりますよねー」

「勝手に一般論化するな。それだと俺が妹見て、いつも嫌らしい顔してるみたいじゃねぇか。お前俺の人畜無害なイメージを壊すんじゃねぇよ!」

 壊れたら、俺はあの家にいられなくなるっ。

「まぁまぁ、どうせ減るもんじゃないですし」

「少なくとも俺の居住地が減るんですけど!?」

「居住地? それは規模的な意味ですか? 兄妹で住むなら人目のつかない、狭いお部屋暮らしがいいと? 誰も見てないからいろんなことやりたい放題よーと、そういう意図ですか?」

「それだと犯罪的な意味で俺の就職口が減る!」

「あ、それもそうですね。流石にこれは、進路でナーバスになってる先輩にしていい話じゃなかったですね。忘れましょう」

「ああもう……いいや、止まってくれるならなんでもいい」

 ぐったりと、顔を下に向ける。

 俺達休憩するためにベンチに座っているはずなのに、陸上部との交渉時より体力が0に近いって、どういうことだろう。しかも喉が渇いていたところに余計なことを話しすぎたせいで、少しひりひりしてきた。オレンジソーダで渇きを潤したい。

「それじゃ穗村、何飲みたい?」

 俺はベンチを立ち、自販機の方向へ体を向けた。向けたところで、

「……先輩、まさか本気で後輩にパシられる気ですか?」

 穗村に白い目を向けられた。

「え、だって―――」

「いいですか?」

 穗村曰く。

「世の中には、上級生にそんな下僕みたいなことされて喜ぶ人と気味悪がる人の2種類がいますが、私は純正度100%で後者なので、その辺どうか理解して下さい」

 ということらしい。なるほど、そのあたりは俺も下級生時代に思ったことだから、ないがしろには出来ない。

「ん……じゃあ別々に、買おっか」

「ええ、それが最も無難かつ最善です」

 微笑交じりに穗村もベンチから立つ。俺もそれに合わせて自販機へ向かおうと、右足を一歩踏み出した―――踏み出そうとしたところで。

「……ん?」

 足元に何かがぶつかった感覚。金属の類ではない、もうちょっと柔らかい、でも基本的には硬いような、そんな質感だった。

 見下ろしてみると、そこにあったのは、

「……バスケットボール?」

 なんか格好いいんだかダサいんだか分からない終わり方。で、当然のようにこれは新キャラフラグという奴です。お約束です。横文字を使うとテンプレートですね。

 ここまで書いて気づいたんですけど、穗村って慶介以上に便利キャラ。小さなことから大きなことまで何でもアリ、もう灯君と揃えれば動かし放題しゃべらせ放題。困ったときのお助けキャラですね。しかしこれは所謂器用貧乏タイプ。広いけど薄いといった感じでしょうか(灯君は狭くて薄い)。まぁ、個人的にはこういうキャラは和むから好きですけど。

 そして次回は、対照的に狭くて濃いキャラ登場。

 ……また時間かかりそう。

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