No.5 年下のほうが立派なんてよくある話
矢伊原乃絵! と、灯君が心の中で叫んだところからスタートです。
そして予想通りというか……No.1〜5だけで、2万文字突破です。どこかでも書きましたが、最初はここを全部No.1にするつもりでした。読了時間およそ40分……そんなに長い時間、同じページで読むなんてやってられませんよね。
改めて彼女を観察する。
慶介の言った通り、世辞抜きでも綺麗といっていい容姿。キリッとした目から伝わる意志の強さもまた、その魅力の一つなのだろう。そして、それは意識、無意識どちらにしても他人を威圧していることも意味している。
昨日の切り裂かれるような空気が再来したことを感覚で悟り、俺は心の底から震え上がった。
「静まりなさい! 時間の無駄よ!」
先ほどの音に負けないほどの声を少女―――矢伊原乃絵が上げた。
『…………』
それだけで部室内の全てが静まる。それはまさに鶴の一声。
「おぉー矢伊原! 俺のことを助けてくれたのかっ! そーかそーかそんなに俺のことが好きか!」
解放された慶介だけが、空気も読まず好き勝手言う。
「…………」
それに対する矢伊原の反応、それは沈黙だった。沈黙を伴った、憎悪の目だった。言語化すると「それ以上戯言を抜かすなら切り刻む」あたりが妥当だろう。
「……すんません」
縮こまって謝る慶介。しかし俺はそれを決して笑ったりしない。だって、俺もきっと同じようなことしたはずだし。
矢伊原は慶介を一瞬改めて一瞥すると、次に俺のほうを睨んできた。
「あんた、名前は?」
「……へ?」
俺もさっきの慶介みたいなことを言われるのか、と思っていたためその質問には少なからず驚き、つい言葉に詰まった。
「名前を聞いているの」
もう一回言われた。
「上月。俺は、上月灯」
「そう。あんた、男のくせに随分オドオド話すのね」
「……ごめん、俺そういう性質で」
やはり矢伊原くらい攻撃的な正確をしていると、遠慮なく言ってくるのだろう。
上がり症。大勢の人の前に立たされたり強い威圧に晒されると、緊張のあまり冷静な思考を失い、普通に話すどころか発声すらままならなく性質の人間をさす言葉であり、それは同時に俺のことも指す。本当に、重症といってもいいレベルだ。先日行われた面接練習で唯一檄を飛ばされた(曰く「黙って入室するな」「黙るな」「セリフを噛みすぎだ」など)くらい、対人能力が破綻しているのだ。ちなみに、この出来事が、俺を就職という選択肢から遠ざけたきっかけの一つでもある。
「ふん、まぁいいわ。それより、多分あんたの進言があったから、結構部員集めも楽に出来たわ。それに関してだけお礼は言っておく」
「……どーも」
一瞬、何を言われたのか分からず口先だけで答えてしまったが、数刻後、謝礼を述べられたことにようやく気づき、更に困惑する。いやだって、謝礼ってあんな恨みがましい睨み顔で言うもんじゃねぇよ。一瞬、殺害宣言受けたと思ったよ。
「改めて、私は昨日新聞部に新しく入部した2年、矢伊原乃絵。もう聞いてると思うけど、今日から部活動救済措置のために、学際に向けて部活動への密着取材をしてもらうわ」
昨日と同じような、相手に有無を言わさない強い口調で、一気に矢伊原は宣言した。
「あのー」
幽霊部員の女子(名前は覚えてない)が、おずおずと挙手した。尋ねたいことがある様子だ。
「なにかしら?」
一応、無視することなくその質問を促す矢伊原だったが、肝心のその目は、「くだらないこといったら噛み砕く」と言って、その部員さんを威嚇している。
「矢伊原さんって、今日転校してきたんだよね? だったら昨日入部するなんて無理なんじゃ……」
そんな状況で、こんなつまらない質問が出来る彼女は、俺の中では尊敬モノである。
当然それを聞いた矢伊原の目はキリキリと釣りあがる。流石の部員さんも、さっきよりさらにきつく睨まれて「ひっ」と震え上がった。
「確かにクラスに顔出したのは今日が初めてね。でも転入の手続きは昨日済んでるから、昨日転入してきたといってもおかしくないわ。私はただ、昨日手続きを終えた直後に新聞部に入部した、だから昨日入部で合ってるの。それでいいかしら?」
「は……はい」
いやいや矢伊原、そんな高圧的な顔して相手に同意求めるなよ。それ、自分では「理解してくれた?」と言ってるつもりでも、相手からしてみれば「目障りだから殺していいかしら?」と言ってるようにしか聞こえないぞ。
「なんというか矢伊原先輩って……」
穗村が隣から、俺の耳に向かって小声で言ってきた。
「女王様みたいなタイプですよね」
「……いや、そんなレベルとっくに超越してるだろ」
穗村の指摘に俺は反論を加える。いや、世の女王様(そういう単語は18禁的な意味でNGでは? という意見は、頑張って飲み込め)だって、下僕に慈悲の心くらいあるだろう。ここまでの矢伊原を総括して一語でまとめると、「無情」。恐怖はいくらでもわかせられても、忠誠を誓おうなんて絶対思えない。確実に飼い殺されるっ。そんな末路絶対嫌だっ。
「じゃあどんなタイプだと思います?」
……穗村、それを答える俺の身にもなってくれ。矢伊原が、俺『だけ』睨み始めてる。
「それなら……姉御肌、でいいんじゃないか?」
「先輩……それこそ一番大事なのは暖かさじゃないですか。今、自分で否定してませんでした?」
「そんなこと一言も言ってない」
ほぼ初対面に等しい相手にそこまで言える立派な神経、俺が持ってるわけないだろうに。
「それに、リーダーシップはありそうじゃん」
「それは、まぁ、そうですけど……」
そこまで言ったあたりで、俺は顔を真っ青にして矢伊原を反射的に見た。こんな話あいつに聞かれたら一体何言われるか。さっきの部員さんさえあの対応だ。こんな自身の人格に関する談話なんて聞かれた日には、火で炙られても不思議じゃない。仮にも穗村は年下で女性だから、こいつだけでも逃して貰えないだろうか。……いや、そこまで怖いなら見なきゃいいのに、俺。
そこまで覚悟していたのだが、
(……あれ?)
矢伊原は俺から目を背けた。最初から眼中になかったのではない。俺を散々凝視して、俺と目が合った途端その視線を逸らしたのだ。非常に矢伊原らしくない行動。
(なんだ、この反応?)
あまりに予想外の事態に、頭に疑問符を浮かべることしか出来ない。きっと、良くも悪くも、この会話が彼女の琴線に触れてしまったのだろう。……後が怖い。
「くぅ〜いいぜ。やっぱり俺の予想通り、矢伊原は気持ちいいくらいのSだぜ。あんなのに甘えられたら悩殺だろうな〜」
「…………!」
無神経にも、慶介が己の欲望を皆に聞こえるように口に出していた。そして、矢伊原に睨まれて平謝りするという、なんか定番化しそうな流れになる。
一つ荒く嘆息した矢伊原は再びホワイトボードの前に立った。
「今から、今後の私たちの活動内容を説明するわ」
そう言って、矢伊原は一番前にいた俺にプリントの束を渡してきた。どうやら全員に配れということらしい。
両隣にいる慶介と穗村に手渡し、残りを後ろの部員へ渡す。そしてそのプリントに目を通す。そこには、取材活動に関する目的、内容。それだけではない、本来の新聞部としての活動スケジュールも日にち単位できっちりと整理されてある。とてもプリント一枚で賄える情報量ではない。にもかかわらず、文面はすっきりしている。
(やっぱり、こいつは只者じゃなかったってことか)
それは他の部員にも伝わったのだろう、後ろから次第に小声が漏れ出し、仕舞いには耳を澄まさずとも聞こえるどよめきになっていった。
おいおい、そんなに騒いだら矢伊原に何言われるか分からないぞ、そう心の中で注意した(意味ない)が、当の彼女はろくに制止さえかけずに話し出した。
「救済措置としての条件に挙がったのは、部活動密着取材。具体的にはこの御影高校にある部活全てに私たちが出向いて、各練習状況を取材する。そして、そこから得られた情報を元に、今度の学際でそれらを公開する。そこで学校側から、その結果が認められれば救済成功、部活は存続という話よ」
要点をざっくりまとめて伝える。
「そこで、今日は手始めに皆には各部活へ、取材の依頼回りをやってもらう」
そう言い放ったところで、穗村が「あの〜」と、遠慮がちに挙手する。あの破天荒の代名詞である穗村が、である。どうやら彼女も、矢伊原を苦手に思っているらしい。
「何かしら」
「依頼回りってどういうことですか? 確か連絡網では、全部活の顧問に許可は取り終わってるって聞いたんですけど……」
「……上月、そんなことまで話してたの?」
「まぁ。信頼性を高めるためにも」
最初そのあたりを省いて慶介に説明したら、『冗談はよしてくれよー』なんてかわされてしまったため、顧問という単語を出さないわけにはいかなかったのだ。
若干緊張の色を見せる穗村に、矢伊原は変わらぬ強い口調で答えた。
「依頼回りって言ったけど、厳密には挨拶ってところね。これからしばらくお世話になります、といった感じのことを言って回ってほしいの。いくら根回しは済んでるとはいっても、それなりの礼儀は必要でしょ?」
そしてその台詞回しも、完璧なほど的確だった。
「なるほど、そういうことでしたか。了解です」
穗村が頷くと、矢伊原は再び全体に目線を向けた。
「ここまでで質問がある人、他にいる?」
『…………』
俺や慶介をはじめ、後ろの幽霊部員も黙ったままだ。挙手とかはもうないのだろう。というか、やりたくても出来ない。手を挙げるたびに面倒そうな目を向けられるのは、少なくとも俺は勘弁だ。あんな芸当、基本的に能天気な穗村でもなきゃ無理だ。
「それじゃあ話を進めるわ」
今度は、ホワイトボードに巨大な模造紙を当てて、その上から棒磁石で四隅を固定した。
その模造紙には、30以上にも上る我が校の部活、同好会などが記されていて、それぞれその真横に広い空白を持っていた。
「ここに書かれてる部活が私たちの担当範囲よ。そして今日はこれら全部に依頼回りをしてもらう。最初の段階では希望という形を取るわ。各自自分が担当したい部の横に名前を書いて」
そう言って、矢伊原はホワイトボードから若干横に体をずらした。大人数で押しかけてくるから邪魔になると判断したからだろう。
実際そうなった。名前を書くかどうかは別として、改めて模造紙を近くで見ておこうと考える人は、予想していたが意外に多かったのだ。
そして、俺はその群れから少し後ろの位置で、腕組みした。
(どうしようかな……)
とはいっても、最初から希望は決まっていた。
(出来るなら、どこにも行きたくない。何もやりたくない)
俺が新聞部に入った理由。それは、こういった対人活動をしなくてもいいと聞いたからだ。それなのに、何故自分からやりたいなどと申し出ることが出来ようか。
しかし、それが叶うはずがないことも、また分かっている。
(せめて、一人で行くのだけは避けたい)
そこで俺は、大きな運動部を除外し、なおかつ既に署名のある部に焦点を絞った。すると、一つの部名に目が留まった。
(……演劇部?)
それは本当に、無意識だった。そして、気づいたときには先にあった署名の上に、俺の名前を書き添えた。
そして俺が後ろに下がる頃には、部員の全てが元の位置に戻っていた。大方終了したようだ、と判断した矢伊原は再び話し出した。
「全員書いたわね。基本的に一つの部活には一人だけで当たってもらう。希望が被ってるところは……話し合いは面倒だから、ジャンケンで一人に絞って」
「ええっ!」
俺一人、素っ頓狂な声を上げた。それは、ほぼ自動的だった。
「……上月だったわね、何、いきなり変な声上げて。何か文句でもあるの?」
矢伊原に顔を向けられ、そこで気付いた。自分のこの声があまりに響きすぎたため、矢伊原だけでなく部員全てから懐疑の眼差しを浴びることになったのだ。苦笑いでも浮かべて誤魔化したいところだったが、既に矢伊原にロックオンされている。これは、もう話さなければ解放されない。
「あのさ……多分俺一人だけは無理だと思うんだ。出来れば俺とあと一人以上付いて欲しいんだけど……」
正直に話す。いや、今気づいたけどこれ、大の男が言うには恥ずかしすぎやしないか? 少なくとも、俺に尊厳とかプライドとかを語る資格はきれいさっぱりないかもしれない。
矢伊原は、わざとらしい、苛立ちを顕にしたため息を吐いた。
「分かったわ。じゃあ演劇部は上月と、名前のあるもう一人に当たってもらうわ」
「あ、ということは私ですか」
答えたのは穗村だった。それを聞いてもう一度ホワイトボードを見てみると……なるほど、俺より先に書かれた名前、確かに穗村と書いてある。
「じゃあ上月先輩、よろしくお願いします」
隣で、穗村が軽く微笑んでくれた。そこには、嫌そうな表情は微塵も見て取れない。しかし、それでも後輩に頼ってしまったという、無力感というか羞恥心というかが、俺の体中を蝕み出した。
「いや、むしろ俺のほうこそ迷惑かける」
「かけること前提すか」
「そうじゃなきゃ『一人は嫌だー』なんて死んでも言わないよ」
「でしょうねー」
難は逃れたと思ったのは一瞬で、その後もう2つ担当する部活を決め、さらに「上月は2人行動だからこれと別にもう一つ担当しなさい」という矢伊原の言葉に、俺は発狂しそうになった。どうやら出会ってからわずか2日で、俺は矢伊原乃絵という人間に目をつけられてしまったらしい。
……仮にも上級生なのに。
さらに、なんやかんやで俺が回ることになった陸上部、女子バスケ部、演劇部、吹奏楽部の4つ全てに穗村がサポートとして付いてくれることになった。本当、穗村には頭が上がらない。
……仮にも上級生なのに!
「それじゃあ今から行動開始。ここに交渉時の資料をまとめておくから必ず持って行って。終わったら部室集合、7時を回ったら仕事を切り上げて部室に戻ってきて。全員戻り次第解散にするわ」
矢伊原が2回ほど両手を打つと、部員達はぞろぞろと部室を出て行く。
慶介も「そんじゃ、頑張れよー」と軽く肩を叩いて退室していく。……ちなみに模造紙を見てみると、慶介の担当は、女子水泳部、女子テニス部、女子バレー部。見事に全て頭に女子がついていた。なるほど、だからあいつあんなウキウキした表情だったのか。どうか水着やら体操服やらに乱心して、暴れださないことを祈りたい。
ふと、他の部員を見てみると、先程にはなかったリラックスした表情がそこかしこにあった。友人同士で談笑している者もいた。
俺には出来ない表情だ。そして不可思議で仕方ない。これからが一番苦痛だというのに、何故皆あんなに笑っていられるのだろう。俺なんかさっきから胃のあたりが痛くてたまらない。
これが人間としての格の違いというやつなのだろうか。これで緊張する俺のほうが異常なのだろうか。そして、異常だと思えるくらい俺は誰からも取り残されているというのだろうか。
「…………」
結局半数以上を見送る形になり、「先輩、私達も行きましょ」という穗村の声に、ようやく足を動かすことが出来たのだった。
俺にとって、地獄の数時間が始まる。
今更気づいたのですが私のP.Nって、平仮名表記されているのでしょうか。というか、作者紹介って必要でしょうか。
とりあえず、最低限はしておきます。
春夏冬瑛
本作が、全てを通して初投稿
得意なジャンル……学園系コメディ。ファンタジー戦記。「勝利」、「友情」、「努力」っぽいもの。
苦手なジャンル……純愛。ドロドロ。ホラー。オカルト。
執筆に目覚めたきっかけの作品……小説スパイラルシリーズ
……こんなところでしょうか。お目汚し、どうかお許し下さい。
さて、次回は少しばかり更新が滞るかもです。
でも、ちゃんと更新しますよ。次の新キャラ達のためにも。