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No.22 名付けて同類協定

 最近えらく時間がかかりすぎな気がしてきました。年末までに書ききるのが目標だったのですが、ちょっと厳しいかも……。

 ランニングを終えて体育館に戻ってきた頃には、既に女バスの皆さんはパス練習の真っ最中だった。一体俺よりも小柄なあの体格のどこに、それだけの体力があるのか……。

 暫しの休憩を挟み、俺と穗村は次の仕事に取り掛かることになった。ここからは更に自由度が広がり、一緒にボールを触って練習参加してもいいし、器具庫の掃除も今日に限り認められ、手が空いている部員に対しては軽く話を聞いてもいいことになっている。

 さて、それぞれの成果はというと。

「穗村さーん、ちょっと飲み物買ってきてくれる?」

「はい、分かりました!」

「こら、部外者をパシリに使うな! それより穗村ちゃん、私一足先に休憩はいるんだけど、代わりにチームに入ってみない?」

「え、えーと……」

「騙されちゃだめだぞ穗村ちゃん。許したが最後、あいつそのまま部活バッくれるつもりだぞ」

「お前らぁーくだらないこと言って新聞部さんを困らせるな! 度が過ぎると部長に言いつけるぞ!」

 穗村のほうは早速部員の人たちと打ち解け、今では人気者かつ引っ張りだこ。休む間もなく体育館の中を動き回っている。まだ一年で抜けたところもあるあたりが、彼女らの保護欲をそそるのもまた要因の一つかもしれない。

「……あいつの周りは何故こうも騒がしくなるのか」

 対する俺は、体育館の片隅で一人そう呟くだけである。

 端的に言えば暇だった。正確には、暇にならざるを得なかった。

 3年でしかも男子ということもあるのか、気軽に話しかけてくる部員は一人もおらず、そして俺のほうからは決して動くことはない。

 だって普通見知らぬ異性に向かって、「何か手伝うことある?」とか、気軽に聞けるだろうか? 家の手伝いじゃあるまいし。

 そんな理由もあって、俺は今一人ぼっちである。こんな何十人分もの声が響く体育館の中で、ただ一人孤独を味わっている。

 もっとも、それは他ならぬ自分のせいなのだが。

「今から10分休憩!」

 間城さんの声に『はい!』と一丸となった返事をして、部員達は体育館を出て行く。水飲み場か、ロッカーへ向かうのだろう。その中には穗村も混じっている。あれだけ動き回っていたというのに表情はにこやかで、足取りは宙に浮きそうなほど軽そうだった。もうすっかり部員の皆とは仲良しである様子だ。

 俺には到底理解出来ない芸当である。

(それとも、あれで普通なのかな……)

 初対面の人とものの数分で、気軽に話せるようになることが。

 少なくとも、顔を合わせて約1時間半、まともに一人とも話が出来ない俺がどうかしているのは、いくら愚鈍でも理解できている。世間を疑う前に、まずは自分が精進しろという話なのだろう。

「あーあ、こんな調子だから面談でも―――」

「誹謗中傷の言い連ねだったり?」

「そうそう。しかも親子対先生じゃなく生徒対大人で一方的に悪者扱いで―――うおぉっと!」

 誰にも聞かれたくないような独り言を、よりによって今最も聞かれたくない人物に聞かれた。誰であるかは明白、この声は柳本華南以外にあり得なかった(というか、俺の真横にいる時点で気付けという話だが)。

「やはり見た目通り、アカリ先輩もギリギリになるまでダラダラと過ごすタイプだということですね? だから今まで真面目に勉強してこないせいで成績不振、結果進学先には可能性どころか不安しか抱えていない、と。こんな具合ですか?」

「い……いい線いってるね」

 いい線も何も、百パーセントその通りである。

どの教科も満遍なく苦手で、10段階評価で5と7の間を行ったり来たりだ。分からない、難しいとぼやきながらも特に猛勉強するでもなく、家に帰れば即漫画と音楽鑑賞。その甲斐あって試験では75点を超えた試しが一度もない。

「…………」

 いや、今更気付いたけど、こんな体たらくでよく受験生だとか言えたな……。もし俺が他人の立場なら笑い話にしてるところだ。

 俺でさえこんななら、赤の他人である担任は勿論、親だって納得するはずがない。

 ここいらで閑話休題だ。

「それにしても柳本は何故ここに? 他のみんなと一緒に外に出てったと思ってたけど」

「そう、それなんですよ」

 ズイッと、人差し指を立てて俺に近づけてきた。

「アカリ先輩。なんだか取材のほう、捗っていないみたいですね。ずっと隅っこのほうにいたのちらほら見かけました」

「……目敏いね。練習中にわざわざそんなことに注意を払ってたの?」

「まさか。スポーツマンは視野が広くないと成り立ちませんから。コートを見渡してると自然とアカリ先輩の姿が入ってくるんですよ。lookではありません、seeです」

 柳本は穗村と違って、学力に関して問題はなさそうだ。

「自慢ではありませんが、私はこう見えて瞬間的な集中力と記憶力に秀でています。どのくらいかというと、大河ドラマなどの戦シーンで、一画面に映っている大体の人数を言い当てることが出来るくらいです」

「お見事だ。無駄な才能とはまさにこのことだね」

 まぁ、嗜好には一癖ありそうだが。そして“自慢ではない”の用法を本質的に間違っている。謙遜した傍ら、ストレートに自分を賞賛してどうする。

 これは、まだまだ俺と話すのは緊張するということかもしれない。いくら俺が平気だといっても、同年代の男子とまともに話すこと自体慣れていないだろう。

「……俺も人の事言えないね」

「? どういう意味です?」

「男性恐怖症のこと」

 何故まだ会ったばかりの穗村にここまで理解を示すことが出来ているのか? 理由は簡単だ、俺もまた似たような境遇にあるから。それだけである。

「つまりアカリ先輩も男性と話すのが苦手ということですか?」

「あながち間違いでもない。正確には人そのものだな。例外なく、初対面や大人数相手が苦手なんだよ」

「それはあれですか、ドラマとかで必ず一人はいる一匹狼? 一見他人なんかどうでもいいという態度をとっているけれど、実はただ口下手な上に照れ屋なだけで影から皆のことを支える、視聴者に人気が出やすいタイプ。それがアカリ先輩ということですか?」

「俺のどこが狼だよ。違うに決まってる」

「じゃあ授業中いきなり『電球と友達になってくる』とクールに告げて教室を飛び出す、非常に上級者受けな“電波系”というやつですか?」

「君今上手い事言ったと思っただろ!? “アカリ”と電球をかけて電波とか思ったんだろ、そうなんだろ!?」

「なんと、そんな見方もあったのですか! さながら電球と書いて電球アカリ先輩ですね!」

「ああ、なんてこった! 墓穴を掘っちまったよ!」

 最近、俺の被害妄想は急激な成長を遂げているらしかった。

「ということは、電球アカリ先輩は昨今で有名な対人恐怖症というやつなのですか?」

「いくら読み方が同じだからって騙されないぞ! 却下だ元に戻せ!」

 “アカリ”だけでも気が重いというのに、こんな愉快な呼び方が広まってしまったら、俺は明日を生きられないだろう。

「対人恐怖症とか、そこまで大袈裟なものじゃないよ。どっちかというと、ただの上がり症」

「上がり症ですか。……ふむ、アカリ先輩が上がり症―――」

「そこ、上がり先輩とか言ったら殺す!」

 これ以上珍妙なあだ名が増えるのは勘弁願いたいものだ。

 嘆息を一つ落とす。

「そうなるに至った小中学校時代のエピソードがあるんだけど、よかったら聞く?」

「う~~む」

 柳本は腕を組んで唸りだしたが、すぐさま顔を上げて、

「いえ。なんかそういう話は鬱って決まってます、聞くのも疲れそうだから今日は遠慮しときます」

「賢明な判断だ」

 こいつ、俺より年下のくせに分かっている。こういう内面の問題というのは、正論では片付かないどす黒いものが渦巻いているものなのだ。聞いたところで、気分が悪くなるだけに過ぎない。

「ふむ、ということは私と同類ですか」

「同類?」

 柳本が発した不可解な言葉に、俺は首をかしげた。

「私は男性と話すのが苦手、アカリ先輩は人全般と話すのが苦手。程度対象こと違えど、他人に対しコンプレックスを持っていることは同じはずです。同じ種類の弱みを持つもの同士と書いて、同類と読むということです」

「なるほど」

 言いえて妙だった。

「そこで提案です。同類である私達は協定を結んでみませんか?」

「は、協定?」

 次に彼女から発せられたのは、極めて形式的で厳かなものだった。

「私達が抱える問題は酷似しています。ならば私達が目指すものも似通っていると思うのです」

「む……そう言われるとそうかもしれない」

「そうでしょうそうでしょう!」

 柳本が嬉しそうに表情を綻ばせた。

「同じものを目指すのですから過程もほとんど同じはずです。だったらお互いの行動をそれぞれ参考しあうのが一番効果的だと思うのです。確かに他人から正論を頂くのもいいのですが、それでも当事者の実体験ほど無駄のない情報はありません。まぁ単純に相談しあうのも、ためになるし気軽ですから」

 気軽、というのは、既にお互いに弱みを握り合っているからだろう。これがまったくの部外者だと、いくら友人相手でもそうはいかない。一方的に弱みを見せるという行為は、その相手に裁量を委ねるのと同義で、悪く言えば相手に己の支配権を与えることにもなるのだ。

 よってこの行為が成立するのは、お互いが同類あるいは同等の関係であることが絶対条件なのだ。

「つまり柳本、君は俺の事を対等の立場だと思ってるわけだ。年下にもかかわらず」

 どこまでも無礼な奴である。

「だって、アカリ先輩ですよ? 敬うべきところなんか今まで一つも見ていませんから」

「言うに事欠いてこの女は。人間としちゃどうかしらないけど、後輩としては失格だな。偏差値に直すとたったの一桁、0点通り越してマイナス273点だ」

「なんだかあたり構わず凍りそうな点数ですね」

「よく気付いたな」

 体育館が少し賑やかになってきた。休憩終了が近いのだろう、部員の皆がだんだん戻ってきているのだ。

 このままふざけていると、肝心な部分が先延ばしになりそうだった。

 俺は次の言葉を急いだ。

「お前みたいな無礼な後輩とは、今後もじっくり話し合って先輩の偉大さというものを教えてやる必要がある」

 まずは遠回しに前置く。

「ということは?」

「いいぜ。その協定とやら、結んでやろうじゃないか。味方が一人でも多いのはそれだけで心強いからな」

「おぉ、アカリ先輩のくせに格好いいこと言いますね。でもそういうの、嫌いじゃないですよ」

 そう言うと、柳本は手を差し出してきた。「お手」というわけでも「舐めろ」というわけでもないだろう。そんな解釈をするのは慶介ぐらいなものだ。

 考えるまでもないその行為に応じ、俺も手を差し出した。

 俺と柳本は、硬く手を握り合った。

 これは二人の新たな決意の表れ。

 お互いの関係の再認識の儀式でもあった。

「ではアカリ先輩。改めて、今後とも良しなに」

「ああ。こっちこそ、上手くやっていこうぜ」

 どちらともなく手を離したところで、

「らんらんりーらんらんろー、灯先輩ただ今戻りました~」

 穗村が謎の鼻歌と共に体育館に戻ってきた。なんだか出ていくときより上機嫌である。きっと部員の皆さんと楽しい話でも出来たのだろう。

「おっと、華南先輩もいましたか。後半もよろしくです」

「うん、頑張ってねー」

 手をひらひら振って、柳本はコートの中に入っていった。こらからミニゲームがはじまるのだ。

 審判や得点、個人分析など手伝えることはおそらく山ほどある。

「んじゃ穗村。あと約90分、気張っていこうか」

「ですね。ですけど……」

「ん?」

「灯先輩、休憩の間にすっかりやる気になりましたね」

「え、そう?」

「休憩前と今の自分の顔、見比べたらすぐに分かりますよ」

「生憎鏡持ってないし、過去の顔なんて記憶にございません」

 持ってたとしても、自分の顔を観察するなんて気持ち悪い真似、死んでもお断りだが。

「華南先輩と何を話してたんです?」

「……普通の世間話だな」

 同類とか、協定とかのくだりは教える気にならなかった。別に穗村に知られるくらいなら、柳本も何も言わないだろうし俺も何とも思わない。だが今話すのでは、ただこいつに弱みを一方的に見せるだけになってしまう。今はまだ結びたての協定だ、もう少し基盤が固まってから教えることにしてもいいだろう。

「ほらそれより、あっちの部員がお前を呼んでるぞ」

 話を切るかのように、俺は穗村の背中をポンと押した。穗村は「わっとと」と目につんのめりになりながらも、なんとか踏みとどまった。

 その行為そのものが穗村には不可解に見えたかもしれないが、やってしまったことはもう気にしてもしょうがない。

(出来るかどうか知らないけど)

 心強い味方が出来たのだ。ちょっと自分に鞭打ってみてもいいかな、と。そんな気になった。


 穗村から離れた後、まず最初に一番近くにいた女子部員に目が行った。体操服の刺繍から2年であるとすぐ分かった。

「あ、あの」

 声をかけようかかけまいか、散々迷った末、いつの間にか俺はそう声を発していた。

「え、あ、はい。なんでしょう先輩?」

 その女子は無視するでもなく、律儀にこちらに目を向け答えてくれた。

「あー……その」

 声をかけたまではいいが、その後どう続けるべきかまで考えていなかった。紙を吐き出せないコピー機の如く言葉に詰まり、つい意味もなく悲鳴を上げたくなった。

 それでも必死で心を落ち着け、次に続く言葉を模索した。そうして浮かんできたのは過去の自分の頭の中。

「な、何か手伝うことある?」

 ……相手は家族か。

「は、はい。器具庫の整頓だったり、多分ミニゲームの審判も任せようという話はありました。ちょっと先輩に話してみましょう」

「…………」

「あ、あの……先輩?」

「あ、ああ。ありがとう、それじゃ早速行こう今行こう!」

 挙動不審な答え方をして、一人さっさと歩き出す。部員をおいていく勢いで。

(あれ……これだけ?)

 声をかけた瞬間嫌な顔をされるとか、門前払いをくらうとかいろいろ想像していたのだが……すんなりと話が進んでしまった。勿論それに越したことはないのだが、専ら肩透かしを食らった。

(これくらいなら……)

 出来るかもしれない。

 まず最初に任せられた(というか自分から申し出た)のは器具庫の整頓で、数人の部員と一緒に普段動かさない大きな器材を、外に出してまた入れてを繰り返した。慣れないうちこそ疲労しかたまらなかったが、段々作業が機械的に出来るようになってからは、器材配置に遊び心を持てるようになり、妙に楽しかった。

 これで一応俺は仕事をしたことになった。穗村への土産話としてはこれだけでも十分なのだが、

(あと2,3回くらい。仕事貰ってみようかな)

 部活終了時間まで、それこそ時間を忘れて動き回ったのだった。

 あともう少しで物語の半分まで行く予定ですが、これ以上の連載の目途が立たないためキリの良いところで一旦終了とすることにしました。

 言うなれば「前編終了、後編に続く」というやつです。

 また少し書き溜めることが出来たときに新作として掲載することと思います(もっとも、これを無事書ききることが出来ればの話なんですけどね……)。

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