No.20 転機が訪れた
散々悩みまくった末、ようやく投稿に漕ぎ着けることが出来ました。
「それでは先輩方、私は練習に戻ります。グッドラックですよぉ!」
「……うん」
「はい……そちらこそ、グッドトラックです」
「運転免許も持たない奴に、何を送るつもりだよ……」
ようやく柳本から解放され、体育館内に足を踏み入れた俺と穗村は、肝心の取材も始まらないうちに休みたい気持ちでいっぱいになっていた。
「ええと……二人供、大丈夫?」
間城さんが労わりの声をかけてくる。おそらくそう言わずにはいられないほど、俺達は見るからに意気消沈しているのだろう。
「はは、大丈夫大丈夫。こう見えて俺、どん底に落ちたときの粘り強さだけは自信あるから」
「つまりすでに落ちてるってことだよね」
「…………うん」
空元気に振舞っても、効果はなかった。
「本当にごめんなさいね。うちの華南が……」
間城さんが、本当に申し訳なさそうに腰を折る。
「あー謝らなくていいよ。むしろこっちがお礼を言う立場なんだし」
そもそも、あの暴走女子部員が大人しく練習に戻ってくれたのは間城さんが、
『こらー華南、それ以上遊んでるとペナルティだぞ! ていうかさっさとその人達中に入れろ!』
と、彼女を怒鳴りつけてくれたからであって、きっと俺達だけだったら会話ループから脱せられず、永遠に体育館入り口前で仁王立ちしていたことだろう。そのまま石像にでもなれば弁慶と肩を並べられたかもしれない。
従って、むしろ間城さんのおかげで”この程度の被害で済んだ”といって然るべきなのだ。
「それはそうと間城さん、取材活動に協力ありがとう。今日はよろしく」
間城さんに余計な気負いをさせっぱなしというわけにもいかないため、本来の、部活の話に切り替えた(握手は求めない)。
「うん。ようこそ、女子バスケ部へ」
功を奏したらしく、間城さんは爽やかな笑みを浮かべて答えてくれた。これだけで、俺を冗談抜きで歓迎してくれていることが分かって正直ホッとする。なにしろここは女子部。つまり女子しかいない空間に唯一の男である俺が飛び込むのだ。”出て行けコール”とか”シンデレラっぽい嫌がらせ”くらいなら耐えてみせようと気張っていた俺にとって、これは何にも勝ってありがたかった。
「あ、そういえば」
プレッシャーが取っ払われて正常に脳が回転し始めた俺は、まず明かさなければならない疑問があったことを思い出した。
「俺達慶介たちの代わりで来たんだけど……ひょっとして何かあった?」
「……え?」
間城さんが怪訝な顔で見つめてきた。
「明石君たちから、何も聞いてないの?」
「それが……」
どうやら間城さんは、事前に慶介たちから事の顛末を説明されていると思っていたらしい。しかし、
「あのー間城先輩。私達、部長達からは何も聞かされていないんです」
穗村が言う通りである。
「え、そうなの?」
「はい。何故か2人とも私達を捕まえるや否や、急にわーわー泣き―――むぐぐ!」
「な、何も聞くなの一点張りだったんだ! ただただ”代われ代われ”ってうるさくて、ははは!」
穗村の口を塞ぎ、俺が変わって最後まで続けた。当然、そんな突飛な行動に穗村が何も言ってこないはずがない。
(先輩! いきなり何をするんです! これは一種のセクハラととられても文句言えませんよ?)
口は塞いだままなので、上手い具合に彼女の声は俺にしか聞こえないくらい篭っていた。俺もそのボリュームに合わせて応じる。
(やかましい。お前、一端の男がみっともなく泣きついてきたとか、よりによって異性相手に暴露するなよな!)
(だって、事実でしょう?)
(事実か無根かは関係ない。そこはあえて胸に仕舞っておいてやるのが人間、あるいは後輩としての思いやりだって言ってるんだよ)
(先輩、一度起こった事実は、どれだけ上塗りしようとそれが事実であることは、永久に変わらないものなんですよ!)
(意味もなく哲学的なこと言ってんじゃねぇ。どうせ自分自身意味分かってないんだろ。もしくは俺の言い分を理解する気がないことを、オブラートに包んで訴えてるだけだろ)
(私のファーストキス返せー!)
(無回答で肯定するな! そしていつそんなもん俺が奪った!?)
(たった今です。手の平が初めての相手なんて、こんな屈辱的なことありますかっ)
(手の平もカウント対象なんて、よくそんな発想が出来るよな! もはや天然記念物並みだよお前! いっそラムサール条約で保護されちまえ!)
気がつけばお互い、あからさまに睨み合う形になっていた。言うまでもなく、傍から見れば睨み合っている”だけ”である(声がないから)。
「あー……二人とも、仲良いのね……」
脱力しきった間城さんの声。確かに、口論に熱を入れすぎた結果お互いの顔が近くなっていたかもしれない。仲睦まじく見えなくもないかもしれない。しかしそんな事実は無いため、
「「いやいや、そんなことは!」」
2人同時に首を振った。そのときの間城さんの、なんとも疑わしそうな目が若干気になったが、ここまで否定してかかったのだから、おそらく誤解はないだろう。
閑話休題。
「それで、良かったらその辺の経緯、教えてくれないかな?」
「上月君と後輩ちゃんがどんな関係に見えるか?」
「違う、慶介達がここにいたとき何があったか!」
「ああ、そっち」
「……他に何が?」
今度こそ閑話休題。
「ええと……何から話せばいいのか」
間城さんからどんな言葉が飛び出てくるのか、内心ビクビクしながら俺は耳を傾けた。
曰く、慶介は体育館に入って早々、女バス部員達にナンパみたいな真似をし始めたらしい。例えば「頑張れー俺のために!」とか「ひゃっほーう、ここは天国だ!」とか端っこで叫んでいたり、手が空いている部員を見つけては「俺のアドレス教えよっか?」とか2重で危険なことを口走っていたり……そのことに関して間城さんは、気にしていないとは言っていたが、俺からしたらそれだけで土下座して謝りたい気持ちでいっぱいだ。
そう、部員は誰もそんな慶介の行為を邪魔には思っていなかったのだ。むしろ、いい気分転換になるからと賞賛さえしていた。
しかし、だ。当然そんな肯定的なものばかりではない。一人だけ、そういったことに極端に弱い部員がいたのだ。
そして、その一人に間違って慶介が話しかけてしまったことから、それは起こった―――
「あのー間城先輩?」
話の途中で、穗村が挙手した。
「その部員さんって、もしかして先ほど私達を出迎えてくれた人でしょうか? 先輩が”カナン”と呼んでいた……」
「……まぁね」
間城さんは嘆息交じりに頷いた。
「あの子―――柳本華南っていうんだけど―――どうやら極度の男性恐怖症らしくてね。話しかけられるどころか、近付かれるのも駄目みたいで」
「男性恐怖症って……」
その言葉は、俺にとってまさに寝耳に水だった。だって、さっきまで俺達相手にあんなに騒いでいた奴なのだ。とてもコミュニケーション能力に問題があるなんて思えるはずがない(別の意味で問題ある気が、しないでもないが……)。
間城さんが、さきほどよりさらに深いため息をついた。
「さらに性質が悪いことに、あの子、発症すると縮こまるタイプじゃなくて、逆に防衛本能が働いて相手に殴りかかるタイプなのよ」
「「え゛……」」
俺と穗村は驚いた。本当に、いろいろな意味で驚いた。そんなタイプなんてあるの? とか、そもそもタイプって何? とか、あるいは単純に”アンビリーバブルだ!”という意味で、とにかく驚いた。
「え、じゃあ部長達が顔をボコボコに腫らしていたのは……?」
穗村が恐る恐る尋ねると、間城さんはばつが悪そうに目を逸らした。
「まぁ、なんというか……そういうことで」
「……ですか……」
穗村は言葉を失った。
「単純に殴ったり蹴ったり……普通ならこれだけなんだけど、どういうわけか明石君嬉しそうにしてたから、ボールぶつけたり、得点版投げつけそうになったり、結構エスカレートしてたわ」
「……慶介……」
そんな目にあっていたんだ……いや、そもそもナンパの真似事とか非常識なことしてるからバチが当たったのだ(加えて一部、もっと非常識な表現が混じってた気がする)。自分でも友人にたいして冷酷だとは思うが、とても同情する気にはなれなかった―――
「しかもあの子、襲い掛かってる最中は終始笑ってるのよね……」
「…………」
早速、前言撤回したくなった。つまりこういうことだ。
「出てけー(笑顔でパンチ)」「ぎゃー!」「二度と口が利けない体にしてやるー(すっごい笑顔で顔面ニーバット)」「ぐほぁっ!」「いっそこの世から消えて無くなれ(ニッコリしながら得点版を振り下ろす)」「……ガクリ」
……なるほど、それじゃあ泣きたくもなる、否、むしろそれで済んだこと自体褒めてしかるべきではないだろうか。俺だったら間違いなく廃人になってるか、廃人になってるか、廃人になってるかのどれかだろう。
(あれ……?)
ここで、俺の頭に一つの疑問が発生した。
「でも間城さん。俺が柳本……あ、柳本って呼んでもいいかな? そのほうが話しやすいし。勿論、後でちゃんと本人に許可はとるから」
「自由にして」
「ありがと。で、俺が柳本と話してても、恐怖症とか防衛本能とか、そういうのはまったくなかったよ?」
そう、俺だってれっきとした男なのだ。別に女に見えるとか、子供みたいとかそんな偏った容姿ではなく―――まぁ確かに実際より年下に見られることはあるが―――俺の性別を間違われたことは生まれてこの方一度もない。
だったら、俺もまた、彼女の発症対象ということになるのではないだろうか。
「そう、私も最初華南から、普通に上月君と話してたって聞いたときは驚いたわ。だって本人も父親以外まったく駄目って言ってたし、部員含めて私もこれまで例外は一人も見たことなかったから」
どうやら理由は間城さんにも分からないらしい。
(どういうことなんだろ?)
俺と間城さんが頭を伏せて考え始めたところで、
「ということは!」
さっきまで沈黙していた穗村がピョコンと俺達の間に割って入ってきた。いかにも悪戯心たっぷりといった感じのいい笑顔と共に。
「先輩は実は女の子だった! ということでいいんですよね?」
「よくねぇよ」
俺の否定行動は、最早反射レベルにまで達していた。そしてやはり、こいつがこういう顔したときの発言にはろくなことがない。
「またまたぁ。だって自分、先輩が男だっていう証拠、一つも見たことありませんよ?」
「見てるだろ! 俺が更衣室も便所も全部男子用使ってるところ、リアルタイムかつ肉眼でお前はちゃんと見てるぞ、というか見られた覚えがある!」
「人をストーカーみたいに言わないで下さいよ」
「そんな意図は込めてねぇし問題にもしてねぇよ! つまり他に何を見ればお前は満足なんだってことを言いたいんだよ俺はっ!」
「それはやっぱり、象徴を見せれば一発ではないでしょうか?」
「果てしなく遠回しに言ったところで品がないことに変わりはない! あとそんなもん、仮にもこんな女子部のど真ん中で曝してたまるかっ!」
「上月君……それは場所だけの問題なの?」
間城さんの一言で、俺はまたもや熱くなりすぎていたことに気づいた。気づいて……自分はなんて馬鹿なことを言っていたのだろうと、自己嫌悪に陥った。
「……どこでも駄目に、決まってるじゃん……」
いよいよ本格的に項垂れた。
「まぁ冗談はここまでにして」
穗村はぬけぬけと、さっきまでの発言を無効にしやがった。
「ここで偶然部長に呼ばれて先輩が来たのでは、あまりに都合が良すぎます。ひょっとして誰かが先輩を指名したんですか?」
「うん、私が」
「え、そうなの?」
それは意外といえばかなり意外だった。
「明石君と崎本君が散々袋にされた後―――」
今更気がついたのだが、何故崎本君まで柳本の毒牙にかかっているのだろう? 否、考えるまでもない。確実に、止めようとして巻き添えを食らったな。
彼にこそ、俺の持ち得る全ての同情心を向けてやりたい。
「やはりというべきか二人とも”俺は嫌だ、誰かと代わってくる!”って喚き散らして即刻出ていこうとしたのね。で、私はその前に『代わるなら女子だけにして』って言ったの。そしたら崎本君が『うちに女子は2人しかいないんだけど、その両方とも別の担当で、もしかしたら校内にいないかもしれない。仮に捕まえられてもどっちか一人だけだと思う』って。しかもこれ、基本2人で一組っていうでしょ。じゃあもう一人はどうしようかって悩んでたら、咄嗟に上月君のことを思い出したの」
「それって、柳本と話してても平気だったから?」
間城さんは小さく頷いた。
「さっきも言ったでしょ? 華南が男子とまともに話すところ見たことないって。いい機会だから、わたしもちょっと見てみたくなって」
「ああ……」
その感覚は分からないでもない。きっと逆の立場だったら俺も同じことを考えるだろう。
「あ、言い方が悪かったかな。別に見世物にしようとして呼んだわけじゃないから」
「いやいや、そんなこと思ってないって」
否定してはみたものの、正直な話、俺にとってはどちらでも構いはしなかった。
(こうやって聞くと……なんだか自分が特別にでもなった気分だ)
彼女は、部員一名、もしくは生徒一名を必要としたのではなく、上月灯という個人を必要としたのだ。慶介や美崎さんを差し置いて、俺が選ばれた。こんな経験今まで一度だってした覚えはない。
勿論きっかけは他人の不幸である。そこに付け込んで俺という存在が浮き出ているという、人によっては許し難い経緯であるし、俺自身大手を振って喜ぶ気はしない。
だから、心の中でひっそり思うだけに留める。
(俺にしか出来ないなら……ちょっとくらい頑張ってみてもいいかな)
最初は苦痛でしかなかった取材が、少しだけ楽しみになってきた。
ここで、今更ながらの懸案事項なのだが、柳本は俺に襲い掛からないだけであって、それは俺を相手にしても平常心でいられることとは必ず一致しないのではないだろうか?
これは最初に懸念されて然るべき事柄であった。今思えば、柳本は俺達と顔を合わせている間ずっと緊張しながら話していたのだ。そうでなければあんな支離滅裂な会話は展開されないはずだ。まともなコミュニケーションをとるどころか、彼女のほうから俺を避ける可能性だって十分にあるのだ。
……”あった”のだが……
「部長! 新聞部さん達の案内役、ぜひとも私に一任してはもらえないでしょうか!」
それは、一旦俺達を紹介するからと部員が集められた中での、柳本の唐突な進言で全て無に帰した。
「……あんた、大丈夫なの? 今までろくに男と顔合わせられたためしがないくせに」
間城さんがジトッと柳本を睨むが、柳本はそれに被せるように、
「しかし部長! 試合に出る必要もなく、かつある程度案内が出来そうな部員というと、私ぐらいしか残りません!」
「そう言われると、あまり強く否定は出来ないけど……でも本当に大丈夫? 殴ったりしない? 流石に二度目は冗談じゃ済まなくなるぞ」
「心配御無用です!」
柳本が大袈裟に拳を握った。
「何かあったら訴えることすら出来ないよう処理を施すつもりです。それくらいの覚悟で臨みます!」
「誰が隠蔽しろって言った! その隠蔽しなきゃならないようなことを死んでもするなって言ってるんだ私は!」
「まぁいいじゃないですか。私達には痛くもかゆくもないわけですし」
「確かに痛いのもかゆいのも全部相手だけど、その行為自体に”まぁ”で済ませられるところなんて一つもない!」
……なんというか。
(間城さんのあの姿……まるで穗村を相手にする俺を見ているかのようだ)
「先輩、今自分は”ウザくて相手するのが面倒な奴”扱いされた気がするのですが?」
「気のせいだよ」
穗村の読心術が、日を追うごとにプライバシー権侵害の域に上り詰めている。どうかこいつが独房というものを体験する日が永遠に来ませんようにと、祈るばかりだ。
ともかくそのままの流れで、俺は2人の間に割って入った。
「まぁまぁ、俺のことなら心配いらないよ」
「でも……」
「おはぎの一つでもお供えしてくれればそれでいいから」
「黄泉路へ渡る覚悟!? それを聞いて私はどうやって安心すればいいの!?」
「安心だよ。その証拠に、絶対訴訟は起こさないってこの場で誓約してもいい」
「その前に『危なくなったら即逃げる』って約束してほしいんだけど!」
「……ウサギと亀って有名な話だよね」
「ただ逃げるだけってそんなに困難なこと!? というかまず最初に、サンドバックになること前提に話を進めないで!」
……まぁ、まぁひと悶着あったが。
他に立候補者がいなかったため、最終的に今日の案内役とやらに柳本が抜擢された。
何故か俺が柳本を擁護した形となっているが実際の心内では、
(これは……嫌な予感しかしない)
とか考えていたりする。
最初は名前だけの存在を予定していた間城さんが、ヒロイン達よりかなり目立っている気がするのは私だけでしょうか……? 彼女に関しては最後まで特に主人公とは一悶着起こさない予定でしたが……どうしようか……?