No.1 そんな映画存在しねぇよ
新キャラ結構出てきました。友人キャラです。母親です。幼女です。でもこのうちレギュラーは一人だけなのであしからず。
その日の自宅、夕食後にて。
『そりゃないぜー。何でそこできっぱりさっぱりダンディーに断ってくれなかったんだよー』
「悪かった」
先程の電撃発表を、我らが新聞部部長、明石慶介に報告した結果、このような苦情が返された。果たしてあの場でダンディズムが必要だったのかはおいておくとして、実際あの少女―――確か矢伊原乃絵とかいっていた―――に向かって何も口を挟むことが出来なかった身として、この糾弾に対して俺は口答えすべきではないだろう。
よって、俺が切り出すのはそれ以後の話だ。
「俄かに信じられなかったから、その後顧問に確認取りに行ったんだけど、そしたらやっぱり本当だって。ちなみに、『部長は居ていないようなものだから、意志は無視しました』とか言ってたぞ」
『なんて奴だ! それでも聖職者かっ!』
「俺に怒鳴るなよ」
一時的に熱くなる慶介を宥めてから、
「とにかく、先生もその矢伊原って奴の申し出に全面的に賛成らしい。先生の方も『明日取材の話を皆にしよう』とか言ってたから、連絡網頼んだぞ」
『それはお前……誠意次第だよなぁ〜』
「…………」
それは、俺の数少ない友人が、既にギトギトに汚れていたことを知った瞬間だった。
「……何が望みだ?」
『ほう、話が分かる奴、俺は好きだぜ。そうだなー……お前は最近俺への忠誠心が足りない。たまにはそういうところ、しっかり見せてもらいたいもんだぜ』
「…………分かった」
いつ俺がこいつに忠誠を誓ったのかという指摘はこの際飲み込み、次の瞬間、俺は今ありったけの怒りとイライラをこの悪漢もどきにぶつけた。
「じゃあ先週お前が無理矢理貸した『卑戯! 幼性乱舞!』とかいうDVDは、お前の彼女さんにでも預けておくよ。そして伝える、『明石慶介という人間は、身も心も立派なペド野―――」
『すんません、自分調子くれてました!』
受話器の向こうでごつんという音。ほぼ確実に、これは土下座したとき勢い余って、床に頭をぶつけた音だ。そして今更のように、これをあっちの家族が見たらどんな顔をするんだろう、なんてことを想像した。
『つーかお前、勘違いすんなよ。確かに俺は小さい子も好きだけど、一番好きなのはボンキュッボンなんだからな! 嗜好は正常なんだからな!』
「お前は今、何をフォローしたつもりなんだ」
これは、物的証拠なしでもこいつの彼女さんに信じてもらえそうだ。というか、何故俺たちは性的嗜好について語り合っているのだろう。こんなこと、万が一うちの家族に聞かれでもしたらたまったものじゃない。ここは、早々に切り上げて本題に戻るべきだ。
「とにかく、連絡網しっかり回しとけよ。あ、回す前に、お前も先生に一言入れといたほうがいいかも」
『そうだな、やっとくよ。それじゃ―――そうだ、おい灯。いちいち伝言流すの面倒だから、お前のとこだけパスとかしないから、ちゃんと電話出るんだぞ』
「りょーかい」
『んじゃ、明日な。肝心のお前が忘れたら、罰ゲームだからなー』
「はいよ」
短く答えて、電話は切れた。
「ともしーでんわー?」
一息ついたところで、寝巻き姿の妹(上月優江。4歳)が、いつの間にかトコトコと俺に駆け寄ってきて尋ねた。まだ3、4頭身程度の体型に、ぷっくりとした頬、見紛うことなく幼児であるため、このたどたどしい人語もなんら不自然ではない。
「ああ、友達から」
柔らかく答えてやる。こいつはまだ小さい、そんなときから角の立つ言い方をしていたら定着しかねない。ちなみに、無理にお兄ちゃんという呼び方を強要せず、呼び捨てのままにしているのもその延長だ。育児の素人である俺が無神経に口出しするのも、何か悪影響を招きそうだし、そういうのは玄人である母さんに任せたほうがいい。
「けーすけー?」
どうやら、俺が電話だったり話題に出したりするときの、俺の口調であいつの名前を覚えてしまったらしい。流石にこればっかりは放置しておくわけにはいかない。
「そう。でも、年上で、他所様のうちの人の場合は?」
「……けーすけさんー?」
「はい、よく出来ました」
頭をなでてやる。正しいことをしたという俺の意思表示である。それが最近功を奏してきたのか、これをやる度に優江は喜ぶようになり、また、何か悪いことをしたら真っ先に「ごめんなさい」と謝るようになった。これはなかなかいい傾向である。過保護、と言われるかもしれないが、4歳児相手に放任が過ぎるよりはずっとましだ。
「あれ、電話誰からだったの?」
次に同じ事を訪ねてきたのは、洗面所から出てきた、これまた寝巻き姿の母さんだった。おそらく、優江を風呂に入れていたのだろう。ちょっと意識を傾ければ、優江の髪はまだ若干湿っているし、肌色もやや赤っぽい。
「部活の友達。連絡網回すように頼んだ」
「連絡網? あの暇な新聞部が?」
母さんが極めて怪訝な顔を作る。そりゃ不可思議に思うのも当然だ、何故なら部活の連絡網なんて俺が入部してから今まで、一度たりとも使用されたことが無かったから。
「学際まで2ヶ月だから。その出し物について明日話し合いするらしい」
「そっか。もうそんな時期だったねぇ」
それを聞いて、俺も頭の中で同じようなことを考える。今年の学際は7月14日で、現在は5月8日。ゴールデンウィークの報告もすっかりピークを過ぎた時期であり、俺たち高校3年生が、いよいよ進路に対して真剣にならなければならない時期でもある。
「風呂、次入っていい?」
「え、いいけど……連絡網、後で来るんじゃないの? お風呂は入ってて大丈夫?」
「うちは最初あたりだから、多分後2,3分くらいで来ると思う。それまで適当に下で待ってる」
「はいはい。じゃあもう寝るね」
母さんが頷いてくれたのを見計らって、とりあえず居間へと向かう。
向かおうとしたところで、
「あ、そうだ灯。一つ聞きたいことがあるんだけど」
「え、何?」
母さんが唐突に尋ねてきた。なんだろう、やっぱり進路のことについて聞かれるのだろうか……。
俺は、昨日進路希望調査を提出するまで、進路の何一つを決めていなかった。それこそ、就職か進学かの2択でさえ。一応希望調査には進学と書いたが、まだそれについては母さんに報告していない。どころか、希望調査があったことさえ伝えていない。
俺の真っ白な将来設計。きっと気になっているのは俺以上に母さん初め、周りの人たちだろう。さっきの学際の話をきっかけに、それが聞きたくなったとしてなんら不思議は無い。
―――とまで身構えたのだが、実際はこれだった。
「『秘儀! 妖精乱舞!』って何? DVDって言ってたから、ひょっとして映画のタイトル?」
「…………」
ああ、まぁ……これはこれで、聞かれたら大変困ることだ。まさか「大人しか見られないDVDだよ」なんて言えるはず無い。うちはそういうものには寛容なほうだが、それ以降が問題だ。「AVなのに何で妖精なの?」「いや、妖精じゃなくて幼性」「…………へぇ」。……やばい、やばすぎる。下手したら俺は家から追い出されるかもしれない。何故なら、うちには優江がいるからっ。
「……そう。妖精が悪魔と戦う話だよ」
従って、無難に答えた。他ならない、自分自身の尊厳を守るため。
「そうなんだ、面白かった?」
「まぁね」
嘘です。本当はディスクに指一本触れてません。だって、それを見たら俺は人として終わってしまう気がしたから。
「それって、暴力とかあるの? 血とかは?」
「無かったと思う。あっても気にならないレベルかな」
暴力はともかく、別の意味で血は流れているかもしれない。
「じゃあ今度優江にも見せてあげてね。あの子、妖精とかファンタジーとか好きだから」
「……もう友達に返した後だから。覚えてたらまた頼んでみる」
10数年後くらいに。いや、優江の適性年齢の問題じゃねぇ。どの道それを俺が誰かに見せた時点で、確実に終わる。
「じゃあ今度こそ、おやすみ」
「おやすみ」
母さんが二階に上がっていく。
「……テレビでも見てるか」
その場から離れようとした瞬間だった。
呼び出し音が鳴った。ちなみにメロディは「天国と地獄」。
「はいもしもし」
なんと連絡網だった。
「って早っ!」
そんな言葉をほぼ反射的に吐いて、受話器の向こうの部員に余計な心配を与えてしまったことはまた別の話。というか、別に早すぎるわけではない。さっきの会話で、軽く2分程度は消費していたのだから。きっと答えている間は冷や汗状態だったから、時間間隔というものがごっそり抜け落ちていたに過ぎないのだろう。
やはり伝言内容は、さっき俺が話したことそのままだったため、大してメモは取らず、ご苦労さんとだけ言って受話器を置いた。
そして次の部員へ電話をつなげる。
「―――そう。……いや、詳しい話は俺も聞いてない。とりあえず取材するとだけ。多分明日全部話すんじゃないかな。……ああ、夜遅くに悪かったな、穗村。じゃあ次よろしく。……うん、おやすみ」
伝言終了。受話器を置き、再び洗面所へ向かう。
(明日か……)
取材……人と話す……きっと上手く話せない……何を聞けばいいんだろう……。
氾濫する言葉たちが、頭の中を蹂躙していく。
当然夜は、全然眠れなかった。
文字数3000……だって?
時間に直すと7分って、冗談でしょう?
……危なかった。自分、1ページに2万文字オーバー載せる気でいたよ……
単純に計算すると読了時間40分……ああ、恐ろしい。