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No.18 泣き顔って男女問わず苦手だ

 やたら間が開いてしまって申し訳ありません。前にも出た“あの娘”の部分でとんでもない渋滞が発生していまして……

 矢伊原の言う我々新聞部がこの取材活動でのすべき行動は次の通りだ(例のプリントは俺の鞄の奥底で眠っていた)。


 1.可能ならば練習に参加する。

 2.片付け、ボール広い等の雑務を手伝う。

 3.なるべく多くの部員とコミュニケーションをとる。

 4.後続のため、その日の活動詳細を報告書に記録する。

 5.来週以降で、次回のアポイントをとる(先ほど臨時追加)。


 一番最後の項目を除けば、俺達の仕事は以前誰かが言っていたように、「体験入部」あるいは「見学」のようなものであることが分かる。というか、そういう気構えでいたほうが余計な力が入らない。

 さて、本日の担当部活である男子卓球部において、5行動のうち俺が真っ先に取り掛かったものは「2」である。

 その名もピンポン球拾い。

 勿論理由はたった一つ。それ以外、俺にできることが無いからだ。

「ふぅ、やった。これで8球目!」

 しゃがんでピンポン球を手に取りながら、額の汗を拭う。プレハブの中は風通しが悪いから、以上に蒸し暑いのだ。体操着に着替えてよかった。

「…………」

(俺、何やってんだろ……)

 心の中で膝をついた。

 取材活動の大半はパートナーであるところの野坂君に一任することが、ここへ来て総座に決まった。奇遇にも彼はここ男子卓球部の部長とは旧知の仲らしく、俺抜きでも、いや、むしろ俺抜きだからこそ、事を円滑に進められそうだったのだ。愛想の良さも俺とは格が違うし。

 こうして、俺は早速仕事を失った。

 本当なら、部員の邪魔にならないようプレハブの隅で丸まっていればいいのだが、それを受け入れるには、あまりに周りが練習熱心すぎた。

 そうして俺がこの貧弱な頭を使って見つけ出したのが、このピンポン球拾い、という仕事なのである。

「先輩、休憩挟んだほうがいいんじゃないですか、汗まみれですよ?」

「そもそもそれ、俺達の仕事ですし」

 中腰になって作業を続ける俺に声をかけてくれたのは、ここの部員――体操服のカラーから1年と判断――2人だった。きっとこういうのが後に良い先輩になるのだろうと、俺は信じたい。

「ありがとう。でも大丈夫」

「でも―――」

「俺、こうでもしないと……存在意義が……」

 きっと今の俺は、暗く重い空気を纏っていることだろう。

「す……すいません」

「辛くなったら、いつでも言って下さいね……」

「……ありがとう」

 9球目のピンポン球を拾うため腰を上げようとしたその時だった。

「ちわーす! 新聞部でーす!」

 プレハブ入り口から聞きなれた声が響いてきた。これは、疑うまでも無く、我らが部長明石慶介である。

「よぉ南雲、ちょいと邪魔するぜ」

「どうしたんだよ明石。久々に活動始めたって聞いた傍から、早速お前だけサボり―――」

 自分の言葉を途中で切った、男子卓球部部長の南雲君を押しのけ、慶介はズンズンと俺のほうへ迫ってくる。その距離およ数メートル。

「灯ー! 灯はいるかー!」

「いや、目の前にいるだろ……」

 そして、奴が俺の肩を揺さぶりだした。

「いたら隠れてないで返事しろおおぉぉぉ!」

「だから今お前が掴んでるのがそうだって、何回言えば―――」

 俺もまた、途中で言葉を失った。それは、ここでようやく慶介の顔面を観察することが出来たから。

「……お前、その顔どーしたの?」

 慶介の顔は腫れ上がっていた。まるで何か硬いもの、威力のあるものをぶつけられたような、例えるならコメディ漫画のギャグシーンそのものである。あちらの住人はどうか知らないが、少なくとも俺は全く笑えない。

「灯!」

「お、おう」

 そんな顔で、さらに俺の肩を強く掴み迫ってくるものだから、俺はすっかり及び腰になってしまう。

 そんな状態で何を言われるのかと思いきや、

「何も聞かず! 何も聞かずに担当を俺と代わってくれぇぇ!」

「……へ?」

 首を傾げてしまった。およそ慶介から出てくる言葉だとは信じがたい。だって、

「確かお前の担当って女バスだろ? そんなところお前が他人に譲るなんて一体どんな毒盛られたんだ?」

「そうだ、毒なんだ! 俺にとってあそこは楽園であると同時に毒沼なんだ! 少しでも長く居たい、でも長くいると命が磨り減る。なぁ、俺はどうしたらいいんだぁ!」

「落ち着け」

 そうだ! とか言っておきながら全く話が噛み合っていない。こいつ、何故ここまで混乱しているんだ?

「というかお前、いい歳して何泣いてるんだよ」

「だ、か、ら、何も聞かないでくれー!」

 そして揚句には文字通りその場に泣き崩れやがった。……め、めんどくせぇ。

「ああ、もう分かった、代わるよ代わる! だからさっさと泣き止んでくれ、頼むから!」

 本当は腹いせにこのまま放置したいとこだが、さっきからこいつの狂った行動のせいで卓球部の面々の怪奇の眼差しが集中している。特に慶介のことを知らない下級生には、俺までこいつと同類と思われているであろうことが、なにより捨て置けなかった。

「本当だな!?」

「あ、ああ一応」

「ようし! お前ちゃんと自分で言ったからな、俺聞いたからな! やっぱり取り消しって言ってもダメだからな!」

 慶介がさらに詰め寄ってくる。相当必死の形相である。しかもまだ涙目になっているあたりが余計に不気味でならない。

「今の会話しっかり携帯で録音したから、裁判起こしてもムダだぞ?」

「そもそもこんなことで裁判起こすこと自体がムダだよ!」

 あまりに必死になりすぎて、手段が脅迫にまで及んでいた。

「もし破ったらお前二度と夜道を独り歩き出来ないようにしてやる!」

「……それがないように録音したんだろ?」

「いや、今気がついたけど俺、動画モードじゃなくて画像モードで撮ってた。残ってんのはどうせ俺の見苦しい泣き顔だけだ」

「……折角だし、それ待ち受けにしてみたら?」

「おう、そうだな! これも何かの縁だ」

 いい笑顔で親指を立てる慶介。さっきまでの無様な泣き顔はもうどこにもないようだ。どうにかこいつの混乱を収めることができてよかった。

「あ、さっきの画像、映ってるの俺だと思ったら、灯だった」

「……なんだって?」

「おお~この困りきった顔がいかにも間抜けで、見てて面白ぇぜ」

「……消せ、今すぐ消せ」

「まぁまぁ、これも何かの縁ってことで待ち受けに―――」

「そんな縁、俺がぶった切ってやる!」

「お、落ち着け灯! 削除ボタン押せばいいだけだから! 別に携帯本体を壊さなくてもちゃんと消えるからそのハサミさっさと仕舞え! 怖ぇよ! 俺に刺さりそうで怖ぇよ!」

「消えてなくなっちまえぇぇぇ!」

「ちょ、こら! 卓球台、卓球台降ろせぇぇーーー!」

「ああっ! さっきまで静かにボール拾いしてた先輩がっ!」

「あれだ、普段大人しい人ほどキレると凶暴化するっていう法則だ! 今の先輩は今日という日が終わるまでチェーンソーを振り回し続けるんだよ!」

「チェーンソーじゃなくて卓球台だろ!?」

「いいや、あんな重いもの一人で振り回せるもんか! 見ろ、あの先輩卓球台持ち上げるフリして実はハサミで応戦してるぞ!」

「なるほど……このプレハブや俺達部員のダメージを考慮して、台は威嚇に使うに留めているというのか。狂戦士化しているにもかかわらず、なんて理性的なんだ」

「つうかてめぇら、冷静に分析してねぇで俺を助けろーー! このままじゃ俺、ハサミ向けられるのが大好きになっちまうだろうがああぁぁぁ!」

「落ち着け慶介!」

「その前にお前が落ち着けこの野郎!」

 ……まぁ、俺も若干取り乱してしまったが、瑣末な問題だろう(そこ、むしろ俺のほうがやばいとか言わない)。

 すぐさま荷物をまとめて、俺がプレハブから出て行く(きちんと部長や部員には挨拶と謝罪を述べている)ときには、慶介は「じゃーなー!」とか機嫌良さそうに手を振っていたため、少なくともこれ以上野坂君や卓球部の人たちに迷惑をかけることはないだろう。

 それだけが、せめてもの俺の願いだった。

 それにしても。

(女バスか……)

 運動部の中でも比較的規模の大きい部活。並びに女子しかいないという、俺のような人見知りの激しい人間にこそ「毒」の名に相応しい部活。

 そして、あの謎の後輩女子がいる部活。

 決して気にならないわけではない。むしろ、機会があればそのあたり知りたいという願望はあった。そう考えると、

(これも何かの縁……なのか?)

 ただの不運じゃないことは確かだった。

 主人公の暴走具合が冗談では済まなくなってきている気が……。これ、終盤になったら彼、悩むまでもなく最強になっているのではないでしょうか?

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