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No.17 人はプレッシャーだけで死に至るか否か

 最初はここのサブタイ『いつの間にか5人……でも踊らないよ?』にしようと思っていたのですが……いくら流れが似ているといっても、流石にそこまで他力本願なのは……ねぇ? 彼らは異能持ちでなければ、ユニットでも戦隊でもないのです。

「慶介が職員室に呼ばれてるから、もう少ししたら来るかな。あと、他の幽霊部員の姿はまだ一人も見てない」

「そう、やっぱりそうなるわよね……」

「? どういうこと?」

「普段からサボってるくらいの連中よ、一度言われたくらいで来るようになるなんて、心変わりでもしない限りありえないわ」

「は、はぁ……」

 矢伊原が苛立ちを隠さず、腕組みして言う。それ即ち、彼女にも、一人でも来るかどうか分からない、という意味である。ならばこれ以上の人手は期待できない。

「まだ詳しい仕事内容は知らないですけど、いくらなんでも5人だけというのは苦しいのですよね?」

 いつの間にか立ち直った穗村も表情に不安をよぎらせる。

「そうね。何しろ一週間かけて40程度の部活を訪問するのだもの。それに加えて常時活動も蔑ろに出来ない。文字通り一人残らず精根尽き果てることになりそうね」

「な、なんと壮絶な……」

 矢伊原の不吉な揶揄に、流石の穗村も戦慄を覚えざるを得なかった。かくいう俺もあまりの不安に早速胃の辺りがキリキリと痛い。

「どうせ俺にやったみたいな声のかけ方したんだろ。部員の惰性以前に誰のせいなのか、何で考えられないんだろうな」

 俺の隣で、迫神君はデスクで作業しながら低い声で言った。独り言の類ではない。俺は勿論、矢伊原にまではっきり聞こえる声量だったからだ。

(そういえば、実際迫神君はなんて言われたんだ……?)

 以前穗村が言っていた通り、脅迫っぽい誘われ方だったのかもしれない。

 とにかく。

 当然、矢伊原がそれを聞いてなんとも思わないわけが無く……

「迫神、そういうあんたこそ今の今まで部活に顔出さなかったそうじゃないの。よくそんな偉そうな口が叩けるわね」

「余計な心配するな。これはこの部屋で一番の新顔、かつ一番迷惑な奴にのみ向けたセリフだからな」

「迷惑? 何を言っているのかしら。何を以って迷惑かそうでないかは全て個人単位の価値観によって決まるのよ。そういう言葉を直接人に向ける場合は、もっと一般的な理論で組み上げてからにしなさい」

「五月蝿い、忙しい、腹立たしい。よって迷惑だ。これ以上に何が必要なのか是非ともご教授願いたいな」

「……一つ言っておくけど、その心底迷惑な奴に誘われてこんなとこまでホイホイやって来たのよ、あんたは」

「ああ、そうだな。じゃあ俺を巻き込みやがったお礼として、せめてこの部活で一番のくされ野郎に、生涯最大の不幸が訪れんことを祈ってやるよ。くたばれ」

 繰り広げられるのは、迫神君と矢伊原による皮肉の応酬。お互いの言葉がお互いの癇に障るらしく、時が進むにつれその痛烈さの質がどんどん高くなっていく。

 そして彼らはじめ部室に充満するのは負の感情……というかドス黒い空気。そういえば、この部屋っていつからこんな真冬並みに寒くなったのだろう? 震えが止まらない……。

 おかしい……見た目はただの学園ドラマのノリなのに、まるでホラー映画でも見ているかのようだ。

 そして、それは穗村も同様だったらしい。

(穗村……フライングといえば真っ先に何を思いつく?)

(そうですね……こたつとみかんと、ストーブです)

(俺はホットココアとたい焼きだよ。今時カキ氷とか扇風機なんて邪道だよなぁ。お前はどう?)

(いくら馬鹿な私でもそんな自殺行為には及びません。ああ、自殺行為といえば、先ほどのファイアーなんとかのあだ名が恋しくなってきました)

(藁にも縋る思いとは、このことだね)

(いずれにせよ、結論は何時だって一つです)

(そうだ)

 一拍おいて、二人の心が重なった。

((誰か助けて! 死ぬ、死んじゃうよっ!))

 以上が、負の視線が衝突しあう二人の死角で執り行われた、コンタクトの全容であった。

「うぃーす。慶介様の御なりだぜ―――っておいおい、何だよこの恐怖空間はっ! そして何故こんな寒いんだよっ!」

 遅れて入ってきて早々、慶介は顔を蒼くして震え上がった。まさかあの殺意空間のど真ん中に割って入るわけにはいかないため、慶介は一目散に俺に泣きついてきた。

「灯、あの2人なんでバーサク状態一歩手前で睨み合ってんだよ! つうか矢伊原と睨み合ってんの誰!? あの超人誰!?」

「やはりお前でさえも超人扱いなのか……」

(そういえば)

 言われて気づいたが、ここまであの女傑(この歳で)矢伊原乃絵とまともに渡り合える人間が、過去にいただろうか。いやいない。

「反―――」

「穗村、勝手に俺の心を読まない」

「……はーーい」

 油断も隙もない。

 と、新聞部レギュラー部員(便宜上)全員が恐怖に飲み込まれようとするちょうどその時、部室に、さらに5人の男子が入ってきた。

「どーもー」

「来たぞー明石ー」

「本当に面倒事じゃないんだよなぁ?」

 口々に慶介はじめ俺達部員に挨拶してくるのだが、肝心の俺は彼らの名前も顔も知らない。

 それがきっかけになったのだろう、迫神君と矢伊原から殺気が削がれた(睨み合いから殺気のぶつけ合いに発展していた……恐ろしや)。というか、二人が牙を納めただけで、何故室内が温かくなるのだろう……? 何だか体も軽くなった気がするし。

 まず矢伊原のほうが迫神君から視線をはずし、慶介のほうへ顔を向ける。

「明石、これはどういうこと?」

 それはまるで糾弾しているかのような言い回しだが、彼女にはそういうつもりは微塵も無いのだろう。そして、慶介もそのあたりは重々承知であったらしく、気前よく答えた。

「おう、ここに来る途中に見かけてな、声かけてみた」

「よく幽霊部員の顔なんて覚えているわね」

「まぁ、この学校何かと知り合いが多いからな」

 気取ったふうでもなく慶介は言った。

(相変わらずこういうところは……)

 凄い、と素直に思った。いや、凄いというより、

(羨ましいな……)

 友人の多さ、笑顔の逞しさ、行動力、そして何よりこの人望の厚さ。もし俺がこいつの立場だったら、きっと誰一人としてつれてくることは出来ないだろう。例え何十人も友人がいる身であったとしても。

(何で俺はこうなれないんだろう)

 一体こいつは、こんな能天気な立ち振る舞いの裏でどれほどの努力をしてきたのだろう。

 そして俺は、いつになったら”ここ”に到達出来るのだろうか―――

「あの人が部長なんですか?」

「え?」

 迫神君が俺にだけ聞こえるように尋ねてきた。

(ああ、そういえば迫神君がここに来たの、去年の一度だけだっけ)

 ということは、新たに慶介が部長の座に就いたことを知らなくても不思議は無いのだ。

「まぁね。おーい慶介ー」

 俺が説明するより本人に挨拶させたほうが早いと思い、慶介にこっちを向かせる。

「なんだー灯―――って、さっきの超人! なんだ、そいつ実は部員なのか?」

「本人の目の前で超人とか言うなよ……」

 意味的には褒め言葉だとしても、そう呼ばれて喜ぶ人などそういないだろう。だが流石は迫神君、こいつの言葉に腹を立てるどころか、その変わらぬ無表情を崩すことは無かった。

「2年の迫神です。一応部員ではありますが今まで一度も参加したことがありません。所謂幽霊部員です」

 座った状態で、礼儀正しく腰を折る。

「迫神―――っていうと生徒会にそんなのがいたなぁ。部活会議で何度か聞いたことあるけど、ひょっとして役員?」

「はい、会計を務めて―――……ということは、あんたがあの新聞部部長、明石慶介ですか」

「ま、まぁそうだが……ってあれ、どしたの? 何か急に視線がきつくなったような気が……」

「他の部活に散々入り浸って、好き放題やって帰っていくというあの新聞部部長ですか」

「……え、俺そんな噂になってる?」

「先月だけでそれに関する苦情がどれだけ来たか、俺の大雑把な残業時間数も合わせて、教えて差し上げましょうか……?」

「す、すんません。迷惑かけます……はい」

 ……なんか、あの2人には因縁があるらしい。迫神君が先ほど矢伊原に向けていたような憎悪を慶介に向け、震え上がらせていた。きっと慶介は生きた心地がしないことだろう。

 ちょっと慶介が不憫に思えてきたため、フォローに入る。

「さ、迫神君。慶介ってさ、こう見えてリーダーシップと人望が厚いんだ。こうして何も約束なしで人を集めることが出来るくらいにさ」

 とりあえず褒め殺しにかかることにした。が、

「まぁ、その基盤はサボリで形成されたようなものですけど」

「こ、こら穗村! 余計なこと言うんじゃない!」

「ほぉ。ということは、俺はそのしわ寄せを受ける一人というわけですか……」

 迫神君が、さらに声にドスをきかせた。その対象である慶介は、言うまでも無く縮こまる。

「……ごめんなさい……反省してます、めっちゃしてます。だから剣を納め―――いや、目を納めてください……」

「目を納めるってなんだよ」

「う、五月蝿いぞ灯! お前には分からないんだ! 熱血漫画の主人公さえ裸足で逃げ出しそうな絶対零度の目で、実際に睨まれる奴の気持ちが!」

「睨んでいませんよ……」

「う、嘘だぁぁぁ」

 慶介の取り乱し方がピークに達している。こいつの行動パターンでいくとこの次は―――

「灯ーあいつを落ち着けてくれ! 何でか知らねーけどお前と目合わすときだけは優しいみたいだからさ、頼むよ! このままじゃ俺変な趣味に目覚めちまう!」

「肩を揺さぶるな! そして、やっぱりそうきやがったか!」

 ……明石慶介はワンパターンかつ多趣味だった。

「ああ、なるほど分かりました。要するに変態なんですね、この人」

「…………うん」

 そして迫神君はバッサリ言い切った。文字通り、言葉で慶介を叩き切った。しかも否定しきれないのが、こいつの友人としてどこか虚しい。せめて、後ろの幽霊部員達に聞こえていないのが、せめてもの救いだと思っておこう。

「……そろそろ今日の説明、してもいいかしら?」

 矢伊原が雑談を打ち切らんと、怒気を孕んだ声と共にホワイトボードを叩いた。俺達も、大して重要な話をしていたわけではないので、部員一同一旦口を閉じ、矢伊原に目を向ける。

「まず最初にこれを見てもらいたい」

 そう言って彼女は、ホワイトボードに模造紙を貼り付けた。

 ただ単に5月のカレンダーを写し書きしただけのように見える。変わったところといえば、各日付のメモ欄が大きいこと、今日の日付あたりのメモ欄に何かしらの記述があること、このくらいか。

 矢伊原はそのうちの今日の日付――5月11日に人差し指を当てた。

「ここに野球部、女子バスケ部、男子卓球部、映画研究会、軽音部の5つの部活名がある。つまり今日私達で回るべき場所よ。基本的に2人1組で一つの部活を担当してもらうつもりだったから、ちょうど10人集まっているのは好都合だったわ」

 これは言うまでもなく慶介の手柄だ。多分それには俺も安堵していいはずだ。だって慶介が誰も連れて来ていなかったら矢伊原のことだ、『ちょうど5人だから一人で一つの部へ行きなさい、勿論上月も』とかあまりに無体なことを言ってきたはずだから。

 さらに彼女は目の前の机に、A3サイズの紙一枚とペン一本を置いた。

「まずは適当に2人組を作って。それで決まったところから今日担当したい部活をこっちに書いて」

 言い終わったところで、部員全員が動き出す。

 俺は真っ先に慶介に顔を向けた。こいつ以外に気軽に声をかけられるやつがいないからだ。

「慶介、いい?」

「ん? ああ、別にいいけど……多分お前には荷が重いぞ」

 一応2つ返事で頷いてくれたが、直後不吉な言い足しをした。

「どういうこと?」

「俺、女バスに行くつもりだからさ!」

「…………」

 それ、親指立てて言うことだろうか……。

(そっか、女バスか……)

 確かに、異性どころか人間慣れすらしていない俺には手に余りすぎる部だ。いくら顔は覚えられているとはいえ、複数の体育会系の中に飛び込むとなると大違いだろう。俺が矢伊原の話を聞いていたときから候補から除外していた部の一つでもある。

「こればっかりは譲りたくねーから、お前がそれでいいって言うならいいぜ!」

 意地張る部分が間違っていると思うのは俺だけだろうか。

「……悪い、俺別のとこにする」

「そっか」

 慶介が幽霊部員達の輪に入っていったのを見て、再びカレンダーに目をやる。

(む……どこにしよう)

 どうせやるなら緩いところがいい。まず大所帯の野球部、女バスは除外。敷居の高さから軽音部も御免被りたい。残るは映画研究会―――

「じゃああんた達で映研行ってきてね」

 ―――はたった今ソールドアウトとなった。じゃあ残るは卓球部ということになる。そこなら確かに体育会系であることには変わらないが規模は小さそうだ。

(さて、決まったところで誰を誘おうか……)

 そこでようやく気づいた。順序を取り違えていたことに。いくら候補を決めても相方がいなければ意味が無いのだ。そして、俺にはとても慶介以外に声をかける度胸は無い。

(参った……どうしよう)

 ちょうどその時だった。

「上月君、でいいんだよな。俺と卓球部行かね?」

「え? あ、うん」

「よし、決まりだ!」

 幽霊部員の一人(野坂君、という名前らしい)がろくに話したことも無い俺に声をかけてくれた。

(よかった)

 言うまでも無くラッキーだった。これで矢伊原と組むという最悪の事態だけは免れた。野坂君もいい人そうなので、幾分か気を楽に持てる。

 俺達の組が残った卓球部を希望すると同時に、矢伊原は告げた。

「これで全員決まりね。じゃあ各自しっかりやってきて―――あ、そうそう忘れるとこだったわ」

 締めくくる直前で、矢伊原はブレーキをかけた。まだ伝えそこなった事項があるらしい。

「取材の最後に次回のアポも取ってきて頂戴。何日あたりがいいか、だけでいいから。それと取材のやり方はこの前依頼回りをしたときに配ったプリントに書いてあるから、それを参考にして頂戴」

 部員達からバラバラの返事が返る。

「それじゃあ解散! 終わり次第部室に集合して!」

 今度こそ締めくくると同時に、部員達はいつぞやのように、ぞろぞろと部室から出て行く。

 ちなみに、

「迫神君、俺が言うのもなんだけど引き受けてくれてありがと」

「いえ、来た以上何もしないで帰るのもどうかと思っただけです」

 迫神君の組は軽音部へ行くらしい。これは彼の相方の希望だったらしく、逆に迫神君本人は乗り気ではなかったとか。まぁ、見るからに性格が合わなそうだし。それでも頷いたのは、死んでも矢伊原なんかと同行してたまるか、という一心だったらしい。

 どこまでも彼は彼らしかった。気持ちは分からなくない。俺だってそうなるんじゃないかって冷や冷やしていたのだから。

 そして、後にその心配は最初から必要なかったことが明らかになった。

「え、穗村自分から矢伊原誘ったの?」

「はい。ここにいる中で女って矢伊原先輩だけですから。それに、なんかワクワクするじゃないですか」

「ワクワクってあんた……」

「未だ謎に包まれたミステリアスな女性の見せる意外な一面」

「”謎に包まれた”と”ミステリアス”は意味が重複してるぞ」

「そこが昨今でも有名な草木が芽吹くような感覚というものに繋がるかもしれないじゃないですか。これは部長に良い自慢が出来そうです」

「穗村、頼むからこれ以上あいつに変な趣味を目覚めさせようとしないでくれ……」

 美崎さんに合わせる顔がなくなっちまうよ。

 それにしても最近よく思うのだが、こいつと慶介って根本的な部分で似ていないだろうか。あれか、変態と奇人は紙一重ってやつなのか(そんな格言存在しねぇよ)。

「それでは先輩、私は”2D的サブカルチャー”というものをこの目にしかと焼き付けてきます!」

 敬礼。

 ……わざと分かりにくい言い回しをするのは、こいつなりのポリシーなのだろうか……。

「ああ……うん。行ってらっしゃい……」

 意気揚々とした穗村の背中にかけた言葉には、どうにも力が入らなかった。だって本格的に面倒だから。

「……俺も行くか」

 前回よりも地獄のような体験をすることは必至であるのに、(別の意味で)肩の力は抜け切っていた。

 ここにきてようやく主要メンバー全員が顔を合わせました(厳密には2人足りませんが、彼女らは別の繋がりということで)。果たして彼らをどれだけ個性的に動かしていけるのか……ここからが本当の意味で、私作者の頑張りどころです。

 並行して馬鹿一辺倒の短編を執筆予定。煮詰まったときにでも投稿しようと思います。

 P.S. ここから更新速度が遅くなりますが、どうか広い目で見ていただけると幸いです。

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