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No.16 炎の女・氷の男

 ただの雑談がメインの回です。前回迫神君をアピールしきれなかったがために膨れ上がってしまった、本来なら小話にすらならなかった部分です。

「穗村。こちら、2年の迫神君。さっきも聞いたとおり新聞部と生徒会会計を兼任する、我が校において大へーーーん貴重な人材だ」

「上月先輩、その紹介には過度な誇張が含まれてます」

「そして迫神君。こっちが1年の穗村。今年唯一のレギュラー的(基本的に部室にやってくる)新入部員以外に、何の特筆もないけど、語彙力が壊滅的で話に一貫性がないから、話すときはそれなりの心構えを持って臨むことをお勧めするよ」

「私の評価が酷すぎるっ! 事実である分否定できないのがもっと酷いっ!」

「……事実なのか」

 俺から両者を簡単に紹介した。あとは当人達に任せたほうがいいだろう。

「初めまして。紹介に預かりました1年の穗村理莉と申します」

「ああ。2年の迫神航だ」

 穗村は愛想の良い笑顔で、迫神君は変わらずの無感情な声で互いに自己紹介する。

「コウ、ですか。割と珍しい名前ですね。字はどう書くのです?」

「”わたる”と書いて航だ」

 黒板に自分の下の名前を書く。

「ふむ、なるほど。じゃあ迫神先輩はこれから”ワタル先輩”で決まり―――」

「おい新入り」

「へ?」

 迫神君が穗村の言葉を遮った。しかもたった今名乗られた”穗村”ではなく”新入り”という呼び名で。もしかしなくても彼の機嫌は最悪である。

 きっと名前に関してコンプレックスがあるのだろう。俺にも、そんな時期があったから分かる。

 だが、穗村のほうはそんなことに気づく気配もない。

「俺が人生の中で嫌いなことを、3つくらい挙げてやろうか?」

 真っ先に言わないあたりに彼の憤りの激しさが垣間見える。というか迫神君、今の君すっげぇ怖いよ……無感情な瞳には鋭さが加わり、声は腹の底に響くほどの重低音。ベースを生で聞いたことがある人なら想像に易いだろう。そんな馬鹿な、と思うかもしれないけどまさしくあんな感じ。

 っておいおい! 迫神君から何か沸き出てる! 邪気か、あの真っ黒な煙っぽいのが邪気ってやつなのかっ!?

 ……これは間違いない。きっと最後の3つ目を言い終わったとき、穗村の何かが終わる! 否、終わらされる。修羅と化した迫神航によって!

 数少ない話し相手が減るのは嫌なので、迫神君が1つ目を言おうとしたところで俺は割って入った。

「こら穗村。迫神君はちゃんと”わたる”じゃなくて”こう”だって言っただろ。誰もが呼び方に関して寛容なわけじゃないんだから、それに仮にも上級生だぞ」

「えーいいじゃないですか。悪気はないんですから」

 悪気とか自分で言うな。

「じゃあ一つ聞くけど、お前の名前は穗村理莉だ」

「そうですね」

「つまり、こっちの「焔」という字と同じ読み方をする」

 迫神君がしたように、黒板に「焔」という字をでかでかと書く。

「ははぁ、それは奇抜な発想ですね、流石は先輩です。でもそれが何か―――」

「というわけでこれからはお前のこと、ファイヤー理莉ちゃんと呼んでもいいかい?」

「…………」

 穗村が全身の動きを止めた。今にもピシッとかいう擬音語が聞こえてきそうだ。

「どうなんだ、ファイヤー理―――」

「止めて下さい。痛いアニメのキャラクターみたいに聞こえます。聞いただけで死にます」

 俺の言葉を毒扱いするほど、穗村は嫌がった。

「ほう、お前にも一端いっぱしの羞恥心ってのはちゃんとあるんだな」

「基本的には無いみたいな言い方、しないでくれます!? 私だって一応女の子なんですから純情であって当然です! ガールズ・ビー・ケアフルですからね!」

 ……それ、直訳すると”少女達よ気をつけろ”になってしまうぞ。

「日々何に注意を払ってんだよ、女子は……」

 迫神君が呆れ顔で呟く。

 どうせ”ガールズ・ビー・ピュアフル《少女達よ純情であれ》”みたいなことを言いたかったのだろうが、だが残念なことにピュアフル《pureful》なんて単語も存在しないから、どちらにせよ不正解だ。

 まぁ、ニュアンスは伝わったので煩くは言わないことにする。面倒だし。

「それはそうと”理莉ちゃんファイアー”」

「さっきより痛い呼び方になってる!? どういうつもりですかっ!?」

「いやぁ、人名が嫌だって言うから、技名っぽい呼び方ならいいだろうと思って」

「そんな理論の運び方が出来るのは、世界広しと言えどこの世で先輩ただ一人でしょうねぇ!」

 そんな不名誉なオンリーワンは全力でいらない。

「まぁまぁ、そうカリカリしないで穗村も一度声に出して言ってみろよ。存外気に入るかもしれないぞ」

「だ、誰がそんな自殺行為みたいな真似を……。……」

 何故か穗村は言い切らず、途中で逡巡し始めた。

「さぁさぁ」

 悪乗りして催促していると、

「……」

 穗村は何かの決意を固めたように、顔をキッと上げた。

「……?」

「……り」

「り?」


「理莉ちゃんファイアー!!」


「……」

「……」

「……」

 言った。

 本当に言った。

 まさか、本当に言った。

「…………」

 穗村は黒板に手をつき、項垂れた。反省のポーズである。

「不覚です……人生最大の汚点です……」

「うん、俺もまさかマジでやるとは思わなかったよ……」

「というか、そんなに嫌なら何故やった……?」

 俺と迫神君も、完全に脱力しきった表情と声で呟いた。

「先輩……呼び名って、時に残酷なんですね」

「分かってくれたならそれでいい。だから、無闇に人の名前で遊ぶんじゃないぞ」

「…………うん」

 まるで借りてきた猫のように穗村は頷いた。普段の彼女から考えるとえらく新鮮な光景だが、どうせ部活開始時間が来る頃には元に戻っているだろう。それまで放っておいて大丈夫だ。

「すみません、気を遣わせてしまって」

 迫神君が、本当に申し訳なさそうに俺に言った。きっと自分が名前にこだわらなければこんな面倒なことには……といったことを考えているのだろう。

 即座に否定しにかかる。

「いいって。実は俺も名前の呼び方で苦労した口だからさ、こういうのは放っとけないんだ」

「上月先輩も、ですか?」

「小学生のときだったかな。俺の名前ってさ、街灯の灯の字一つで”ともし”って読むんだ。でもそんなもの、当時の俺達の年代が読めるはずもないだろ?」

「それは……確かにそうですね。今でさえ、ニュアンスでようやく読めそうだという程度ですから」

「小学生ってさ、一つ興味を持つとそれが直接いじめのきっかけになるだろ? 幸いクラス名簿も俺の名前の字だけ平仮名だったから、小学生の間は”ともし”の名は漢字で書かないって決めてたんだ。でもさ、5年生くらいの時かな。ある日それがクラスメイトにあっさりばれてさ……」

「……ただで済んだとは思えませんね」

「そいつ極端に漢字が苦手なやつでさ。何を思ったのか、『こいつの名前って灯油の灯だから、油なんだぜ』とか、アホみたいなことほざきやがったんだ。でもそいつはクラスのリーダー格だったから、”俺イコール油”という公式が満場一致で決定したわけ。で、最終的に俺のあだ名は油だから”ギトギト”。あーもう、思い出しただけでも殺したくなってくる。むしろ今あいつ死んでないかな」

「きっと、それは叶わないと思います。そういう奴に限って異性からモテるものですから。今頃幸せいっぱいに生きてることでしょうね」

「だよなぁ、畜生」

 気だるく嘆息する。

 随分と軽々しく話していたが、当時の俺にとってはそれはもう深刻な問題だった。一体何回登校拒否になろうとしたことか……。しかし今となってはそれも笑い話に過ぎない。こうして冗談交じりにカミングアウトできるのはその証だ。俺も、過去のことは過去のことと割り切れるようになってきたのかもしれない。

 それとも、この出来事が可愛く感じられるくらい、後の出来事が―――

「いつの時代も、いじめってやつは胸糞悪いでものです」

 迫神君も、俺に続いて嘆息した。

「あれ、ひょっとして迫神君も?」

「いえ。ただ小学生の頃、人の目の前で堂々とそういうことやってる奴がいまして」

「うわ、なんて露骨な」

「加害者側に罪悪感がこれっぽっちもない証拠ですね。見ていて苛立たしいこと極まりなかったです」

 それすなわち、クラスでの公開処刑というやつだ。きっとその被害者は今でも癒えることの無いトラウマを負ってしまったことだろう。

「あまりに苛立ちすぎて、クラスメイトの目の前で机を蹴飛ばして、教室から出て行ったこともありました」

「よくそんなことやる気になったね……」

 なんか、いじめそのものよりそっちのほうがトラウマになりそうだ。

「その机が現場に飛び込んだときは、少しひやっとしましたね」

「それ以上に、食らったほうの冷や汗が止まらなかっただろうねっ!」

 きっとそのいじめっ子達は、机を飛ばしてきた迫神君を睨んでしまったことだろう。「邪魔したら殺す」と言わんばかりに憎悪が凝縮された、その瞳を!

「…………」

 一通り想像して、背筋を震わせた俺は、一つ迫神君に尋ねた。

「迫神君。それきりクラスの中でいじめがなくなったでしょ?」

「……何故ご存知なのです?」

 考えるまでも無い。どれほど馬鹿でも、命だけは惜しいという当たり前の心理を読んだまでだ。

「まぁ、そこで俺に火種が飛ばなかったのが、不幸中の幸いと言えるのでしょうね」

「飛ばせたらこの国のいじめっ子は最強人種だよ……」

 まさか自分自身がクラスの救世主であったなどとは、微塵も思っていないようだった。それが彼らしいというかなんというか。

 ―――と、このタイミングで。

「全員揃ってるかしら?」

 矢伊原が部室のドアを開けて、そう言い放った。

「あ、矢伊原」

「…………」

 迫神君の視線が鋭くなったことに気づくのは容易かった。そしてその視線の方向にいるのは、無論矢伊原である。そこに含まれているのは、殺意や憎悪、あるいは冷酷なまでの無関心か……。それほどまでに彼の瞳は、冷たかった。隣にいる俺まで(別の意味で)冷たくなりそうなほどである。

(……そこまで嫌いなのか)

 しかし矢伊原はその視線に気づく前に、あるものに目を奪われていた。

 そのあるものとは、

「……上月。穗村は一体何をやってるの?」

 未だに反省のポーズをとったまま固まっている穗村の姿だった。

「ファイアー……ファイアー……ファイアー……」

 しかもうわ言のように何か呟いてる。

「穗村は多分……自分自身と戦っているんだ」

「……そう」

 説明するのが億劫だった俺は、とりあえず格好良さそうなセリフで誤魔化したのだった。


 ――どうか彼女が、トラウマに負けませんように――

 現実に「穗村」という名字の方、本当に申し訳ありません。

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