No.14 本当に苦しいとき、本人はそれに気づかない
前回変なところで切ったせいで、今回かなり短いです。
昨夜、母さんと口論になった直後のことだった。
『もしもし、上月です』
『上月灯、本人ね?』
『……矢伊原?』
『全ての部活からOKが取れたわ。早速明日から取材始めるから連絡網回して。今すぐ』
『え? 全てって、それは一つも断らなかったってこと―――』
『じゃあ明日。サボらず来なさい』
『え、ちょっと待―――……切れた……』
…………
彼女との通話は、至ってシンプルで無駄がなかった。無駄がなさ過ぎて、人情というものさえ窺い知ることは出来なかった。どうやら、本格的に俺は彼女から蔑まれているらしい。顔を合わせてまだ1日2日程度で、普通ここまで評価が落ちるものだろうか……?
だがそれを悩み始めたのは今朝、十分に睡眠をとって心身共に落ち着いた時点での話で、結局その日はほぼ機械的に慶介に事の顛末を話して、自身はそのまま入浴、就寝へと至ったのだ。
「それで灯、結局のところ部活続けるのか?」
項垂れている俺に、慶介が尋ねてきた。
顔を上げる。
「続けるって?」
「だーかーら、辞めねぇのってこと。お前こういうの嫌だって言ってたじゃねーか」
「ああ、なるほど」
事ある毎に「人と話すのは嫌いだ」「上がり症じゃなきゃなぁ」とか言っていてば、そりゃ誰だって気になる。そういう人種にとって取材活動なんて天敵みたいなものなのだから。
「今のところ辞めるつもりはないよ」
しかし、これは既に2日前に決めたことである。
「おおっと。どういった心境の変化だ?」
慶介が驚きの声を上げた。まぁ、この反応も自然といえば自然か。
「別に。ちょっと辛いからってあっさり逃げるのも、何か格好悪いなぁと思って」
「そ……そーいうもんか?」
「そーいうもんです」
「へぇ、男前なこというのね、上月君って」
「……美崎さん、からかわないで……」
確かに自分でも頭のいかれたことを言っている気がしないでもない。冷静に言われると死にたくなってくる。
(もう決めたこと……なんだけどなぁ)
俺の言葉に嘘偽りが在るつもりはない。だが、実際に肝心の取材の時が差し迫ると、逃げ出したくなる気持ちで一杯だ。
この前の依頼回りで、俺は少しくらい自分に可能性を見出した気になっていた。実際はどうだろう、結局穗村がサポートについていなければ何も出来なかったことは明白だし、そもそも相手方が顔見知りかつ寛容な心の持ち主であったからこそ、何とかなったに過ぎない。
部活への取材というからには、必ずしも一対一とは限らない。数十人といる部員とコミュニケーションをとらなければならないはずである。
もしも無礼なことをしてしまったら? 誤って怪我を負わせてしまったら?
それとも、単純に取材がきっかけで中学のときみたいに……なったら?
「…………」
「――――おい、灯!」
「っ!」
慶介がいきなり俺の呼びかけた―――いや、俺が考え事に意識を傾けすぎて、周囲の音が聞こえていなかっただけだから、いきなりではない。ただ単に、俺が驚いたからそう聞こえたに過ぎない。
「何、どうした?」
「どうしたはないだろお前。いきなり黙り込むし、どっか体調でも悪いんじゃねーか?」
「辛いなら保健室に行ったほうがいいわ。先生には私達から言っておくし」
どうやら、俺が不可解が行動を取るから二人に要らない心配を与えてしまったらしい。まさか体調不良なんて真っ当な理由ではないため、努めて言い繕う。
「大丈夫大丈夫、俺は至って健康だよ。よく言うだろ、馬鹿とクズは放射能を浴びても死なないって」
「言わねぇよっ。そんなゴキブリ人間みたいな話が表社会に出てくること自体異常だよっ」
「というより、その自虐の度合いはむしろ体調不良のレベルよ。冗談抜きで休んだほうがいいんじゃない?」
軽いジョークのつもりが、逆に二人を余計に心配させてしまった。
「本当になんともないから。それより、先生来たぞ。ささ、慶介も席戻れ」
「お、おう」
「……まぁ、上月君がいいならいいけど……」
俺に言われ、渋々と席へと戻る慶介と美崎さん。
その2人を見て……
(大人の対応だな……少なくとも俺なんかより、ずっと風格がある)
俺の頭で、嫉妬と羨望が交差しあうのだった。
嫌いなんてことは絶対にない。慶介は間違いなく友人だし、美崎さんだって俺にとっては憧れの的だ(ああなりたい、という意味で)。だが、二人共まるで人間の良いとこ取りのような存在なのだ。才能に恵まれ、人に好かれ、自身の努力も決して怠らない。俺が勝る点が一つだって見当たらない、すべてにおいて俺の上位存在、上位互換といってもいい。そんな人間に挟まれて劣等感を感じない人間が、一体同年代に何人いるだろうか。
(本当に、何で俺はあいつらと親しくなれたんだ? いや、親しくしてもらえてるんだ?)
彼らに対するメリットなんて俺にはない。一緒に居たって楽しいはずがない。完全にお荷物のような存在。それでも彼らが「友達」と呼んでくれるのは、一体何故なのだろう。
案外心の中では俺を嫌悪しているかもしれない。
(社交性のある人達だもんな……取り繕うくらい朝飯前だろうし)
とにかく言えることは、現状に甘えてはいけないということ。
どんなに居心地が良かろうと、どんな成功を納めようと、俺が低脳であることは絶対に変わらない。期待をしたところで、それは裏切られるためにしか存在しないのだということを、忘れてはいけない。自分は誰に対しても一方的に搾取する寄生虫でしかないということを、忘れてはいけない。そうしないと、俺はきっとすぐに折れる。
これが、今後の取材活動における正しい姿勢。
そして、進路決めに対する正しい姿勢だ。
どれだけ反対されようと、聞き入れるつもりはない。俺はこれ以外に自分が生きられる道を知らないから。
決意を新たに、俺は部活の時間を迎えた―――
ほぼ灯君の独白オンリーで終わってしまいましたが、ここでのテーマは灯君の心情ですからこの方が良いかと。彼の中の不安が、一気にこみ上げてくる様子が伝われば成功です。
次回、最後の新レギュラー登場。