No.13 確実に毒されてきてる・・・
No.1~5までを第1章、6~12までを第2章とすると、いよいよ第3章のスタートです。この辺から主人公のヘタレ具合が顕著になってくるかと。
「何をやるにしてもほぼ手遅れですね。まぁ、こだわらなければいける大学はいくらでもありますが……」
これが三者面談で担任から言われたこと。そして、
「大学行くのだってタダじゃないんだから。少しは真剣に考えて!」
これが、その日の夕方母さんに言われたことだった。そして、
「そんなに言うこと聞かせたかったなら、最初からそう言えばいいじゃん。善人ぶって、気持ち悪い」
これが、唯一母さんに対する俺の反論だった。
「灯ーお前朝っぱらから元気ねーなー。何かあったのか?」
三者面談の翌朝。やはり俺の顔には覇気がないのだろう。登校早々、慶介に言われた。
ちなみに俺の席は窓際最後列。んで、慶介はちょうど中央辺りなのだが、俺と駄弁るときは俺の一つ前の席を拝借して、椅子に逆向きに座って俺と対面する。今日もそのパターンであるから、放っておいてはもらえないだろう。
「まぁね。実はちょっと家に居辛くなってさ」
「おいおい、何かやらかしたのか?」
「三者面談だよ。進学先決めてないって言ったらキレられた」
だって先生ときたら、進路希望調査に目を通している―――進学先の希望を空白にしていることを知ってる―――はずなのにこう聞いてきたのだ。「どの大学に行きたいの?」と。模試の結果次第と言葉を濁したらさらに、「それじゃあ分からない。ちゃんと学校名を言いなさい」なんて続けやがった。「分からない」と答える以外にないじゃないか。おそらく俺の進路に対する無関心さを、保護者であるところの母さんに伝えたかったのだろう。……あのときに担任、母さん二人から突き刺さったプレッシャーは、もう二度と味わいたくない。
そして、自殺一歩手前であるくらい欝状態で帰宅した俺を待っていたのは、母さんからの糾弾だった。はっきり言って容赦なかった。
それを端折って聞かせたら、
「お前なぁ……んなこと言われたら、イラつかない親なんていねーよ。俺だったら飯抜き屋根抜き人権抜きは確実だろーな」
「家畜の域まで落ちるのかよ」
「ま、お前んとこのおばさんは、まだ優しいほうだってことは変わらないな」
意外にも、慶介は母さんの味方に回っていた。しかし別に驚くことではない。いくら予想外でも、俺のほうが悪いことは他ならぬ自分が分かっているのだから。
「確かに大学調べくらいはしたほうがいいんだろうけど」
一度深くため息をつき、続ける。
「でもいくら資料めくったって行きたいところなんて一つもないんだよなぁ」
「何だよ、単に調べてないだけじゃねーの、それ?」
「暇なときは見てるよ。図書室で借りて部室で読むとか、何度もあった。でも、どれだけ集中して読んでも次の日には綺麗さっぱり忘れてるんだ」
学校名でさえも。
「そりゃお前の記憶力の問題じゃ―――」
「ミ○チルの曲、トリビュート含めて全部、五十音順に言ってやろうか?」
「……冗談だよ。つまり記憶力じゃなくて興味、関心の問題なんだろ」
頷く。
「20回目くらいかな。何一つ記憶に残らないもんだから、諦めた」
「20回って……そりゃお前、本当に興味の問題だったら、よほど大学が大っ嫌いなんだなぁ……」
嫌いなわけではない……と思う。
「そんな俺だからこそ聞きたいんだけどさ、慶介はどうやって大学決めたんだ?」
「ん、俺か?……灯、多分俺の意見聞いても参考にはならねーぞ」
「? どういう―――」
言い切る前に、合点がいった。
「なるほど、美崎さんか」
「ま……まぁな」
珍しく、目を逸らしながら慶介は答えた。
「―――私がどうしたって?」
机に頬杖ついて慶介と向き合う俺の横から、聞き知った女性の声がかかった。
そちらに目を向けると、予想通りの人物がいるのが分かった。長くサラサラとした黒髪と、モデル並みのプロポーション(この部分は伝聞。モデルなんて興味ない)。当然端正な顔立ちをしている、大人っぽさが前面に出ている女子生徒。
「ああ、美崎さん」
「おはよう、上月君。それと……」
美崎晴菜。俺達のクラスメイト。学業優秀、運動神経抜群、容姿端麗、温厚篤実と全てを兼ね揃えた夢のような人間。
「おはよう、慶介君」
「おお、おはよう晴菜」
そして、明石慶介の交際相手でもある。
「なんだ晴菜、今日は遅かったんだな。いつもは俺達より早く来てるのに」
「受験勉強がたたってね。それに運悪くごはんも切らしてて」
「ああ、そういや朝飯は自分で作ってるんだったな」
会って早々に雑談を始める二人。記憶が正しければかれこれ1年以上の付き合いになるのだが、仲は良好である様子だ。
良好なのはいい。いいのだが、一つだけ問題がある。
「ところで、さっき私の話してたでしょ?」
「ああ。俺がどうやって大学選んだのかって話だ」
「卒業後も私についてくるっていうあれね? ふふ、何時思い出しても嬉しいこと」
「そ、そうか? それなら……なによりだ」
「…………」
こっ恥ずかしいこと言って自分で萎縮する慶介。それを見てクスクス微笑む美崎さん。そして、その2人に挟まれてむず痒い思いをしているのが俺だ。
異端なことに、この構図がほぼ俺たち3人では当たり前になっているのだ。つまり、2人の惚気にあてられる立場。
(これさえなければなぁ……)
何とかは馬に蹴られるという言葉があるが、俺は蹴飛ばされたほうがずっと幸せだと思う。だって今の俺の状態は、その馬に手綱無しで跨って、常に振り回されている状態に等しいのだから。一思いに終わってくれたほうがどれほどましか。
じゃあ自分から離れればいいじゃないか、という話なのだが、そういうわけにもいかなかったりする。ヒントはこいつ―――慶介の本性。
「へぇ……上月君が進路のことで?」
「そうなんだよ。こいつどんだけ頭捻っても、行きたい大学が出てこないらしいんだ」
「それで家の人と喧嘩に……。私達とはまた違う意味で苦しそうね」
いつの間にか俺の話になっていた。俺も何か口を利いたほうがいいのでは? と思ったその時、
「だろうな。最近なんて俺が貸したDVDすら見ないで返すんだ。『女優の年齢が低すぎる』とか理由つけてさ」
「…………」
「…………」
……慶介が本性を現した。
「きっと相当溜まってるに違いねぇ。それが心配だ」
「何でそこを真っ先に心配するのかしら……」
「当たり前だろ。親友だからな」
「親友ならもっと健全な方向の心配をしてくれ」
「してるじゃねーか。人間の生命維持活動の3本柱は食う、寝る、ヤるだぜ。その一本が欠けてるってんだから大問題だろ、命の危機だっ!」
「確かに大問題ね。最後の項目が柱の一本を担ってしまってるという事実そのものが」
「というか、勝手に俺を淫魔扱いするんじゃねぇ。ヤらなくたって抜かなくたって命に別状ねぇよ。そもそも俺の3本柱は食う、寝る、聴くだ。俺の音楽鑑賞を性欲なんかより下に見るのは、例えお前でも許さないぞ」
「上月君。それはそれで問題あるような……」
美崎さんの控え目な突っ込みは、俺には届かなかった。
「なんだよ、お前知らねーのか? 溜め込みすぎると不能になるんだぞ」
「勝手になっとけ」
「いいのかよっ!」
「むしろ朝起きたときとか邪魔でしょうがない。無くなったほうがかえって清々する」
「ななな、何怖いこと言ってんだよ! この童貞野郎がっ」
「童貞結構。だいたいこんなのいつでも捨てられるからな、精々清い世界とやらを思う存分満喫させてもらうさ。もっとも、童貞に戻ることは二度と出来ないけどな」
「何そのすげぇ達観! それ誰の受け売りっ?」
「以前お前が貸したゲームにそんなこと言ってる漢がいたぞ」
「いたか!? いたとしても絶対メインキャラじゃねぇだろそれっ」
「それがどうした。マイノリティどんと来いだ」
「……上月君」
急に美崎さんが俺を諌めてきた。少なくとも、俺自身にとってはそんな感覚。
「何?」
「ちょっと落ち着いて。上月君にまで暴走されたら……」
「あ」
我に返って、思い出す。そうだった。俺がこの2人に挟まれたまま流されているのには、惰性以外にもしっかりした理由があるのだ。そして「我に返って」という表現からも分かるように、俺はさっきまで完全に自分を見失っていたようだ。
頭を冷やし、改めて慶介に訴える。
「慶介。マイノリティといえば、ロック音楽がポップス音楽に比べて有名になりにくいのは何故だと思う?」
「へ? いや、そうとは限らねぇだろ。実際人気があるロックバンドも沢山いるじゃねーか」
マイノリティとどんな関係が? という細かい揚げ足は何故か取らない。それが明石慶介という人間であり七不思議のひとつである。
「確かにそうかもしれない。でもオリ○ンとかでCDの売り上げ傾向を見ればすぐ分かる。ポップスのほうが上位に食い込んでいる期間が長いし、雑誌のリコメンドの質だって大違いだ。どう考えたってポップスのほうに自然と大衆の目がいってる証拠だ」
「む、言われて確かにそんな気がするぞ。それってやっぱり……そーだな、聞きやすいとかの問題か?」
「それは個人個人の認識の問題だ。ギターが激しいから聞きにくい、シンプルなアレンジだから聞きやすいだなんて、俺は一度だって思ったことはない。でも俺と全く逆の意見の奴は五万といるはずだ」
「となると……」
「俺はこう思う。やっぱりTVの力にどれだけ頼れるかにかかってるんだ」
「TV? それってバラエティ番組とかって意味か?」
「そうだな。それと番組とのタイアップもそうだ。人間の五感の中で一番意識が集中する部分は聴覚だって聞く。でもな、最も記憶に残りやすいのは視覚から得た情報なんだ。ほら、人の話はメモにとる人が多いとかあるだろ。あれ、それが理由だ」
「ということはだ……音楽単体の出来だけじゃあ、世間に広まることはまずないってことなのか?」
「そうだな。例外もあったかもしれない、有線で人気だった曲とか。お前もいくらか知ってるはずだ。でもな、その大半は、例えアーティスト名は覚えていてもその後続作品を全く知らないんだ。そういう意味では、全然浸透しなかったといえる。本来音楽ってのは文字や絵に残るものじゃないから、常に触れていないと忘れちゃうんだよな」
「それを敢えて形に残すのか……」
「皮肉だろ? 人の聴覚に訴えるのが、音楽の正しい姿であるはずなのに」
「でも、それにこだわってたら、エンターテイメントは進化しねーぜ」
「……そーだな。曲だけの音楽。映像と一体の音楽。どっちもあっていいかもしれない」
「ちなみに、お前はどっちが好きなんだ?」
「聞いてみて気に入ったものが好き。気に入らなかったものは嫌い」
「筋金入りだな」
「そこで俺のお気に入りの一枚をお前に貸そう。主題歌とかはないけど、どっかで聞いたことあるものばかりだ。きっと気に入る」
「おう!」
CDアルバムを受け取った慶介は、早速ケースを開けて歌詞カードを熟読し始める。どうやら今日はCDプレーヤーを持ってきていないらしい。
とにかく、これで慶介は静かになった。
「上月君、ありがと」
美崎さんが声を抑えて俺に言った。
「いやいや、礼言われるほどでもないでしょ」
突き詰めれば、俺が勝手にしていることなんだし。
俺がこのカップルから離れない理由。それは慶介のストッパーの役目を担っているからだ。
あれは俺が慶介と知り合って1年が経過したちょうど今頃。慶介が美崎さんに告白し、「OKを貰ったぜ」と真っ先に俺に報告してきたときの、あいつの幸せそうな顔は今でも忘れられない。その時思ったものだ。また一人になる、寂しくなるな……と。もうあいつが俺に構う時間などなくなるのだから。
そんな感傷に浸っていたのはわずか一日だけだった。
その次の日、美崎さんは俺の席までやってきて言った。
『上月君って明石君とよく一緒にいたわよね?』
当時の俺は今にも増して自閉的で、女子との会話経験なんて0だった(穗村もいない)ため、軽い緊張状態に陥り、返事をする代わりに頷くしか出来なかった。
そうして、さらにこう訪ねてきたのだ。
『明石君って……いつもああなの?』
『? ああって……』
『よう! 灯、美崎!』
そこのタイミングで俺達に割って入ってきた慶介が次に発した言葉で、俺は全てを理解した。
『大丈夫なのか、美崎? 俺を追いてまで急いで学校に来たってことは……やっぱ月一のあの日なんだろ?』
……もしかしなくても、慶介は暴走していた。きっといつも俺にするような下ネタオンパレードを彼女の前で展開させたのだろう。なるほど、美崎さんがこいつから”逃げて”きた理由が分かった。むしろ丸分かりだ。美崎さんは綺麗な人間である分、こういう品のない事柄には免疫がなかったのだ。
勿論、きっといくら美崎さんといえどこいつへの免疫なんかすぐについたことだろう。事実今では笑って聞き流せるようになっている。だが、慶介は公衆の面前でさえも卑語まみれになる。他人に聞かれようがお構い無しなのだ。それで恥をかくのは慶介以上に美崎さんであり、さすがにその屈辱には彼女は敵わないだろう。俺だって最初こいつの”これ”を目の当たりにしたときは、そんな感じだったのだから。
こんな下らない理由で破局を迎える友人なんて、誰だって見たくないはずだ。
だから、その日を持って、俺は慶介の暴走を抑圧することに尽力することを決意した。
『学校にいるときだけでいいから、慶介君を抑える役、引き受けてくれないかしら?』
確かに最初にそう頼んできたのは美崎さんだった。だが、それを引き受けたのは俺の意思だし、結果的に一人に逆戻りせずにすむという、打算もあった。”俺さえいなければ”という自責の念もある。利害は一致していたのだ。
こうして俺達は変わらぬ友人関係を保ち、カップル2人の関係も良くなって今を迎えるというわけだ。
しかし、
「ところで上月君。一ついいかしら?」
「うん、何?」
美崎さんの次の一言で、一つ新たな問題が浮上していたことに、今更気がついた。
「上月君って、ちょっと言動が慶介君に似てきたわよね」
「…………」
それは、死の宣告に等しかった。
勿論、死にたくないので必死に弁明する。
「な、ななな何を言ってるのさ、美崎さん。俺の中身はただのおはぎ愛好家だよ? 俺が慶介みたいに思考全部エロに染まってるなんてあり得るはずが―――」
「だから、ちょっとずつってこと」
人の気も知らず、美崎さんは機嫌良さそうに声を弾ませて続ける。
「最初は堅物だった上月君が、今ではちょっと熱くなっただけで平然と下ネタを言えるようになるなんて、誰も思わないわよ」
「し、下ネタだって? それこそ何とかの極みだよ。俺はそういうことは絶対、最低でも女性の前ではしないと固ーーーく心に誓ってるんだ。だからそんなこと万に一つも―――」
「淫魔」
「う………」
思い出した。
「やらなくたって、抜かなくたって」
「ぐ……むむむ」
「朝起きたとき邪魔」
「あ……ああ……!」
「童貞」
「…………終わった」
負けた。
ショックが酷すぎて頭を抱える。
「俺もいつか慶介みたいに……」
卑語人間に?
最悪だっ!
「灯ー何落ち込んでんだ?」
慶介が上機嫌で俺の顔を覗き込もうとしてくる。歌詞カードは読破したのか、CDアルバムは既に手元にない。きっとまた暇になって俺に声をかけてきたのだろう。
「……別に」
適当に言葉を濁す。
まさか『俺、お前みたいになんかなりたくない』なんて馬鹿正直に言うわけにもいくまい。「デブにデブと言わない」の精神だ。
俺の反応がそっけなさ過ぎたためか、慶介が邪推してきた。
「何だ何だ? 進路の次はもしや部活のことか?」
「……そういえば」
「慶介君から聞いてる。今日から部活に取材に行くんだったわね」
「そうだったよ……」
そこまで言われて、昨夜、矢伊原から電話があったことを思い出した。
中途半端な部分で切った感がありますが、ここで切らなかったらきっとあとプラス4千文字は固いです。というか……何故ここまで長くなったのでしょうか? さりげなく新キャラが登場したからか、主人公のキャラが崩壊し始めたからか……。相変わらず作者の意思を無視して好き放題する人達です。