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No.9 眼鏡だからって嫌いにならないで!

「眼鏡かけてるキャラって、どうも好みじゃない」、「眼鏡さえなければ……」という嗜好を持った人達のことをアンチメガネと言うそうです。私もそっち寄りな気がしますが、単に眼鏡キャラに多い「極端に引っ込み思案タイプ」、「テンプレートな委員長タイプ」が苦手なだけで、性格さえはまれば何時だって眼鏡ウェルカムです。

『ただ今演劇部は第8理科室にて活動中です。御用の方はそちらまで』

 演劇部部室のドアには、そんな内容の張り紙があった。

「…………」

「…………」

 それを見て絶句した俺と穗村が、心の中で反射的に叫んだ言葉はきっと同じはずだ。

((第3理科室でいいんだよね!? そうだよね!?))

 そもそも8つも理科室がある学校なんて聞いたこと無い。一体どれだけ科学に魂費やしてるんだ、普通科オンリーの公立校の分際で。

 それによく見てみれば、数字の部分だけ字が極端に濃く見える。マジックでなぞり書きした証拠だ。

「……一体誰だよ、こんな悪戯する奴」

「労力が小さく済み尚且つ効果覿面な、まさにローリスクハイリターンな嫌がらせですよね……」

「こんなところでそんな才能発揮しなくてもいいのに……」

 というか、こんな無駄遣いするくらいなら俺に寄越せ。俺はいつだって才能枯渇状態なのだ。

 そんなこともあって。

 俺達は第3理科室を目指し、現在ようやく本校舎の3階まで上り詰めたところである。

「演劇部ってしょっちゅうこういうことあるんですか?」

 穗村が気晴らしに尋ねてくる。こういうこと、とは『部室を留守にすること』ということだろう。

「うーん、どうなんだろ。少なくとも、まともな通しをやろうと思ったら、あの狭い部室じゃ無理だろうね。俺達が知らないだけで、きっとたまに体育館とか市民会館借りてると思うよ」

「わー熱心なんですね。粉骨砕身の業とはこのことを言うのでしょうねー」

「……そうだね」

 一瞬、違和感を覚えた。何故なら、穗村が4字熟語を正しく使ってきたからだ。

「もう先輩、こんなのに引っかからないでください」

「……引っかかる?」

「粉骨砕身というのは、身や体を砕くという意味です」

「うん、お前の言いたいことはよく分かった。だがそれが事実だとすると、スポーツ業界、骨折祭りでとんでもないことになるぞ」

 杞憂だった。

 というか、努力=骨折という概念がお前に染み付かないことを、俺は強く祈りたい。だって、「さぁ先輩、今日も部活に精を出しましょう!」「そうだな」「というわけでまずは軽く一本」「よっしゃ(ボキッ!)」なんていう、グロテスクかつマゾヒズムな日常なんて真っ平ごめんだから(「マゾヒズムって、こんなプラトニックな意味で使うものじゃなくね?」とかいう突っ込みは、頑張って飲み込め)。

「まぁ確かに粉骨砕身っていうお前の例えは的を射てるかな。実際、過去に何回もコンクールで受賞したって聞くし、それに今年の部長は多分真面目一辺倒だろうしなぁ」

「おやま、先輩そこの部長とお知り合いですか?」

「そうだね、知り合いだ」

「へぇー友達が少ない先輩にしては珍しい。一体どういった関係なんですか?」

「それは……これが終わったらにしようか」

 ぐだぐだと話している間に、第3理科室に到着した。頭上のプレートにそう書いてあるから間違いない。それに、その中から複数の人間の声や足音が漏れてくる。

「先輩……これはまさか、演劇部とみせかけて実は科学部でした、というオチに―――」

「ならねぇよ」

「とか言いつつ歩く人体模型部である可能性は―――」

「その可能性も、そんな部の存在もありえねぇよっ」

 あれか、理科室だから人体模型なのかっ。なんて安直な発想なんだ。

「先輩、何でもかんでも頭から否定するのは良くないですよ。もしかしたら、将来医者を目指すために人体模型で練習する同好会というものも、あるかもしれないじゃないですか」

 こいつ、今明らかに「人体模型といえば普通は保健室ですよね」とか頭で考えたな。

「名付けて医部」

「イブかよ!? せめてもうちょっとマシな名前にしようぜっ!」

 まるで何かの前日しか活動できない部活であるかのようだ。

「ところで先輩、サンタクロースの正体に気づいたのって何歳―――」

「落ち着け、ボーイ」

 右手をビシッと突き出し、制止の意を込める。穗村はそれに答えて静かになった。いや、俺の奇怪な言葉に絶句しただけかもしれないが、とにかく黙ってくれればそれでいい。

 慶介の時もそうだが、廊下で騒ぐのはごめん被りたいのだ。だって、周囲に丸聞こえだから。これが下ネタだった日には、本気で自殺を考えてもいいくらいだ。

 しかし、文句ばかりでもない。

「まぁ、肩の力をもっと抜けというお前のその気遣いはありがたいけど」

「うい? 何の話ですか?」

「……何でもない」

 まぁ、無意識でも感謝することには変わりないか。実際あのまま突っ込んでいたら、間違いなくアガるどころか突き抜けて昇天していたかもしれない。

 一つ深呼吸してから、引き戸を引く。

「失礼しまーす。新聞部の者です」

 最悪、第一声だけでもはっきりと。この前の面接練習で指摘されたことだった(具体的には「まさか黙って入室してくる人がいるなんて思いもしなかった」だが)。

 若干遅れて穗村も「失礼しまーす」と言って教室に足を踏み入れる。

「う……」

 瞬間、早速襲ってきた。何が? そんなの大人数の、射るような視線に決まっている。

 男子、女子、同級、下級生。20人は軽く超えている。当然だ、役者にセットにと人手が大量に必要な演劇部だ。これでも普通かそれ以下であるくらいは素人の俺でも分かる。

 それらが、全て俺のほうへ向くのである。俺がそれに耐えられるかは……言うまでもなく分かる。

「あ……う……」

 どうやって見回してみても目線の先は人、人、人。数の暴力よろしく軽い恐怖心に駆られてしまう。

 これだけの数を見ていると、俺の言うことなんかまともに聞いてもらえない気がしてくる。分かっている、それが単なる被害妄想でしかないことに。だが、気持ちを立て直せるだけの冷静な判断力を、俺は今持っていない。ドつぼにはまる、ただそれだけだ。

(これは……無理だ……)

 情けなくも、穗村を頼ろうと隣に視線を送ろうとしたときだった。

「上月くん?」

 演劇部員の群の中から、女性の声がした。穗村や矢伊原、さきほどの謎の女バス部員のいずれとも異なった、落ち着いた声色である。

「?」

 どこからだろう。その女性をこの大勢の中から探し出そうと首を振り回す―――そうしようとする前に、気づくことが出来た。一人の女子生徒が、俺の目の前に出てきたことに。

「あ……」

 それと同時に理解した。その女子が、このタイミングで俺に声をかけるのに最も相応しい人物であることに。そして、先ほどの声の主が彼女のものであることにも。

「やっぱり上月くん」

 やはりこの声はさっきの声と一致していた。

 感情が読み取りにくい表情とゆるくまとめた長い髪は、間違いなく彼女である。眼鏡をかけていたことには驚きだが、それでも彼女が誰だか分からなくなるレベルではない。

「やぁ、遠藤さん」

 演劇部部長。遠藤明音。聞く限り品行方正、成績優秀という生徒の鏡のような存在。

 そして、俺のお隣に住む「遠藤さん」の一人娘でもある。

 こらそこっ! 某ヒュー○ノイドイン○ーフェースのパクリとか言わない!

 書き終わってから分かったこと・・・先人は偉大である。

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