8 エルフさんと一緒
「ちょっとあなた、どういうことなの!?」
サフィーネは最初の凛とした佇まいを捨てて、こちらが素の表情なのか気色ばんでいる。表情に合わせて、言葉まで崩れていた。
美人さんは怒ると怖いんだよね。こんなこと考えてたら不敬になるかな。
とりあえず何か言わないと、飛びかかってきそうだ。さっきの黒い虎みたいだね。でも、こっちの方がおっかない気がする。
「あなた、ブラックタイガーを風魔法で一撃なんて、おかしいんじゃない!」
「はぁ、風魔法はダメでしたか。」
「そうじゃなくて、ブラックタイガーには魔法耐性があって、風魔法くらいでは弾かれるはずだけど。」
「そうなんですか。じゃああれは何魔法だったんでしょうね?」
俺は、この世界に来てまだ数日だから知らない魔法もあるだろうし、俺が風魔法と思っていても違うのかもしれない。
そう思ったけど、サフィーネが言いたいのはそうじゃないらしい。
「あなたが放ったのは間違いなく風魔法でしょう。なんであなたが首をひねっているのよ!」
肩で息をしながら、サフィーネはヒートアップしている。血圧が上がるよ、と心配になるが、エルフにも成人病ってあるのかな。
俺はまだ三十前だったから、あまり気にしなかったけど、四十過ぎてた田宮課長はしきりに「血圧がぁ...」とか言ってたもんなぁ。
「サフィーネ様、落ち着いてください。」
サクヤがサフィーネの手を引きながら声をかける。
うん、ナイスタイミングだね。落ち着いて話そうよ。
「これが落ち着いていられる? あの固いブラックタイガーを、あっさりと風魔法で倒したのよ。」
「まぁ、シンジ様ですから……」
「どういうことよ。」
サフィーネはサクヤに詰め寄っていく。
「シンジ様は、わたしたちの首輪にちょっと触るだけで外してしまわれたのです。わたしにもよくわかりませんが、魔力の保持力と解放力がものすごく強いのではないかと思います。」
「えっ、そんな簡単に外したの? 私たちでも外せなかったのに………」
そう言うと、サフィーネはブツブツとなにかを呟いていた。
「その首輪はまだあるの?」
サフィーネはサクヤに聞く。
「はい。シンジ様がお持ちです。」
サクヤの返事を聞くと、サフィーネは俺に聞いてくる。
「首輪を見せてもらえる?」
こうなったら、見せないとダメなんだろうな。
「はい、これです。」
俺は、アイテムボックスに収納していた隷属の首輪をサフィーネに渡す。
「これは……」
サフィーネは俺が渡した隷属の首輪を食い入るように見て、何かをなぞるように指を滑らす。
何をしているのかよくわからないけど、俺が外したときのように薄く魔力を流しているみたいだ。
俺たちだけで話をしていて、相手がニナだけでは飽きてきたのかレミが俺の服を掴む。
「お兄ちゃん、あの黒いのはどうするですか?」
ああ、ブラックタイガーを忘れていた。
「そうだね、あれって食べられるのかい?」
「タイガーは食べたことがあるですが、あの黒いのは食べたことがないからわからないです。」
「ん~、たぶん大丈夫。」
レミはわからないみたいだが、ニナは大丈夫だと言う。
ほんとかよと思うが、解体してアイテムボックスにしまっておいてもいいだろう。
「それじゃ、血抜きをしておこうか。」
俺は、レミとニナを連れてブラックタイガーのところに行く。サクヤはサフィーネと何か話しているみたいだ。
まぁ、知り合いみたいだし話すこともあるんだろう。
ブラックタイガーをよく見てみると、全長七、八メートルありそうだ。ちょっとした小屋くらいの大きさはある。これはこのまま木には吊るせないな。
仕方ないので、魔力でブラックタイガーを持ち上げ、首を下にする。下の地面は軽く土魔法で穴を空けて血を埋められるようにした。
前世では、虎のはく製とか毛皮とかがあったけど、こちらではどうなんだろう。
まぁ、取り合えずとっておいて後で考えよう。
レミとニナは口を開いたまま、ポカーンとブラックタイガーを見上げている。
「どうしたんだい。」
二人に尋ねてみる。
「これだけ大きかったら何日くらい食べられるですか。」
「……ひと月?」
レミとニナが聞いてくるが、正直俺にもわからない。
一人で一食五百グラムくらい食べるのだろうか。
だとすると、四人で一回二キロになる。さて、このブラックタイガーは何キロあるか。五百キロとしたら、二百五十回食べられる。
ということは、八十三日ということになる。いやいや、三ヶ月近くこれを食べ続けるって、それはそれで嫌じゃないかな。
「たぶん、三ヶ月くらいの量があると思うよ。」
「すごいのです!それだけあれば村までいけるのです。」
ああ、なるほど。ということは、獣王国の村まで三ヶ月ほどかかるということか。森を出たら馬車がほしいかな。
でも、あの巨体が五百キロってことはないよね。象って、トンあるのかな。あのブラックタイガーは象より大きそうだな。
何にしても、獣人国まで何ヶ月もかかるなら、馬車の利用は考えないといけないよね。まさかこの世界にSUVがあるわけないし、後でサクヤに聞いてみよう。
サクヤとサフィーネはまだ話していた。
「それじゃ、彼が首輪に魔力を流したときにあなたは何も感じなかったの?」
「はい。首輪が締まるわけでもなく、何事もなく外れました。」
「おかしいわね。これは魔力を流したら首が締まるはずなのだけど…」
「そうなのですか。」
「ええそうよ。よくあなたたちは無事でいられたわね。」
「まぁ、シンジ様が外してくれましたから。」
「そうねぇ、ひょっとして………」
「どうかしましたか?」
「いいえ、何でもないわ。」
二人が話終わったみたいなので話しかける。
「サクヤ、ブラックタイガーって食べられるのかい。」
「えっ、ブラックタイガーですか。…たぶん大丈夫だと思います。」
「そうなんだ。それじゃ、あいつは取っておいた方がいいね。」
そう言って、魔法で宙吊りにしたブラックタイガーを見た。
一瞬サクヤの顔が引きつったように見えたが、すぐに諦め顔で言ってくる。
「ええ、アイテムボックスに入るようでしたら、その方がいいかと思います。」
「わかった、それじゃそうするよ。ところで話は終わったのかい。」
俺はそう言ってサフィーネの顔を見る。
「ええ、終わったわ。これは返しておくわね。」
サフィーネはそう言って隷属の首輪を俺に差し出してくる。
俺はそれを受け取って、アイテムボックスにしまいながら
「ああ、わかった。ところで、話し方が最初と違うけど、サフィーネさんはどこかのお偉いさんなのかい。サクヤが随分と畏まっているようだけど。」
俺は気になっていたことを尋ねる。
「それは……」
「そんなことはないわ。この話し方が普通なのよ。エルフっていうと高貴なものって勘違いしてくれるから、面識のない者には最初のように話すの。それから、私が住んでいる森の近くにサクヤの里があるから、サクヤとは顔見知りだっただけよ。」
サクヤが返事しようとすると、サフィーネが被せるように答えてくる。まぁ、あまり気にしないでいいか。
「私のことは、サフィでいいわ。」
サフィーネがそう言ってくる。
「……サフィ姉」
ニナが突っ込んでいるが、馴染んでくれれば問題ない。
「なんか、気になる言い回しね。」
サフィーネはニナをジト目で見ていたが、ニナは流したようだ。知らんぷり、って顔をしている。
こうして俺たちの旅に、サフィーネが加わった。




