61 人魚の島
ひと晩泊って、俺たちは寂れた漁村を後にした。
「お兄ちゃん、人魚さんのところに行くですか?」
「そうだね、人魚の島に向かうよ。」
馭者台には俺とレミが座っている。レミやニナは、たまにこうして馭者台に座りたがる。
そして今俺たちは人魚の島に向かっている。人魚の島はウラル半島に囲まれた湾の中心にあり、一部は陸続きになっているらしい。
湾に沿って馬車を走らせていくと、島が見えてくる。結構大きそうだ。
「ふえ~、おっきいのです。向こうまで全部陸なのですか?」
レミが驚いているように、島というより陸だ。島はほとんど汽水湖になっており、島全体の面積からすると陸地の方が少ないらしい。潮位によっては汽水湖が溢れて辺りの陸地が水浸しになるそうだ。
ヘタな場所に携帯ハウスを置けないね。朝気が付いたら海に流されていた、なんてシャレにならない。
海沿いに走り島へ向かって行くと、陸地が島へ渡る橋のようになっており、馬車の左右に海が見えるロケーションになる。とても不思議な感覚だ。モンサンミシェルかよ。
そのまま進むと、島の中に湖が見える。あの水はすべて海水だそうだ。島の外郭の海面より下のところで海と繋がっているらしい。道理で潮位によって水が溢れるわけだ。
それにしても、この湖の水が溢れて海に流れ込むなんて、ちょっと怖いね。
こんな島だから普通の人は住んでおらず、人魚しかいないそうだ。納得しちゃうね。
「わぁ、海の中に湖があるのです。お兄ちゃん、泳いでいいのですか?」
レミ、ちょっと待て。湖で泳いでいたらいつの間にか海に出ていました、なんて怖いぞ。
「まだ、待ってくれるかい。どういうところなのか見てからにしよう。」
そう言ってレミを宥める。でも目がワクワク輝いている。これは遊ばせないとダメかな。
ところで、サフィが言っていた、ロジーナのお姉さんにはどうやって会うのかな。何か合図でもあるの?
「あのあたりで馬車を止めてもらえるかしら。」
馭者台と客室の間にある窓から、サフィが声をかけてくる。
「あの大きな岩があるところでいいのかい?」
「ええ、そうしてちょうだい。」
サフィの返事に、俺は湖のそばにある大きな岩に向けて馬車を進める。岩と言ってるけど、ちょっとした家より大きい。その岩には平らなスペースがあったりして、人が上がれるようになっている。実際に幾人か人影が見える。
その岩に馬車を寄せると、サフィが馬車を降りて岩に近づいていく。子供たちには馬車から離れないように言っておいた。
「あら、サフィーネ様。お久しぶりでございます。」
岩の上にいた人がサフィに気付いて声をかけてくる。サフィの知り合いのようだ。
「久しぶりね、元気そうでほっとしたわ。ロアーナに会えるかしら。」
「ロアーナ様ですか? 少々お待ちいただけますか。ただいま聞いてまいりますので。」
そう返事した女性は、岩の上から湖に向けて飛び込んだ。飛び込むときに鰭が見えたので、あの女性は人魚だったようだ。
「ちょっと待っててね。」
そう言うとサフィは岩の上に上がっていく。岩の上にいる人たちに手を上げているから挨拶でもしているのかな。
そのうちに湖側でザバッ、と水音がすると岩の上に影が上がった。
「ロアーナ、久しぶりね。元気だった?」
「サフィーネ様。お久しぶりです。おかげ様でなんとか元気です。」
水から上がった影は、どうやらサフィの知り合いだったようだ。
休憩したいと思っているけど、人魚って椅子に座れるのかな。どうなんだろう。シートでも地面に敷いて卓袱台出そうか?
そんなことを考えていると、サフィと人魚の女性が岩から降りてくる。人魚の女性は鰭で器用に飛び跳ねながら降りてくる。
「こちらが人魚の族長のロアーナよ。ロジーナのお姉さんね。」
「こんにちわ。ロアーナです。本日はようこそお出でくださいました。」
そう挨拶してくれたロアーナさんが、俺の腕の中にいるリーシャを見て首を捻っている。
「そちらにいらっしゃるのはもしかして……」
「そうよ、氷の精霊王フェンリルの娘、リーシャよ。」
「なるほど、それでアクエス様が気にされていたのですね。」
「どういうこと?」
「いえ、サフィーネ様がいらしたと連絡を受けた時、アクエス様もいらしたのですよ。それでちょっと気になることがあるから後から来ると仰っていました。」
「あら、アクエス様もいらしたの。それはちょうどいいかもしれないわね。」
サフィがそう言うと俺が出した卓袱台に会わせて、皆シートがわりの毛皮の上に座った。こうして卓袱台を囲んで皆が座っていると、湖の畔で麻雀でもしているように見える。実にシュールだ。
いつものようにモーリスがお茶を出してくれて、皆でいただく。
子供たちは人魚に興味津々だ。
「ロジーナのお姉ちゃんみたいに、人魚なのです。」
「あら、ロジーナを知っているの?」
「湖で会ったのです。」
「あら、そうだったの?」
レミは物怖じせずに話しかけている。
「そうよ。それでこっちに来る気になったの。海に異変が出てると聞いたけど、どうなの?」
サフィがずっと気にしていたことを尋ねた。
「そうですね。島周辺で魚が獲れなくなりました。アクエス様もそれでこちらにいらしてくれたのです。」
「そうなの? もしかすると封印のせいかもしれないとお婆様が言っていたけど、アクエス様は何か言っていた?」
「サイリース様もそんなことを……。アクエス様は封印の力が弱まって、瘴気が漂っていると言っていました。」
「やっぱりそうなのね。」
サフィとロアーナさんが話していると、湖の方から水音が聞こえた。
何かと思って振り返ると、そこには水が人型になって立っている姿があった。
「アクエス様、お久しゅうございます。」
サフィが人型の前で跪いて挨拶している。素早い。
「あらあら、あなたはサリアの娘、サフィーネですね。」
「はい、サフィーネにございます。」
「元気そうね。ところでそちらの男性はどなたかしら。これほど気持ちのいいマナを持っているなんて、素晴らしいわね。」
水の人型が、俺の方に顔を向けながら聞いてくる。でも、俺に声をかけた次の瞬間に跪いていた。
「ご無礼をいたしました。私はウテナ湖に住まうアクエスと申します。」
何か見たことのある対応だ。精霊王様には俺の気配がわかるのかな。リルーシャさんと同じだね。
「はい、あなた様からは神の気配を感じられます。もしやして、神の御遣い様でいらっしゃいますか?」
やっぱり分かってしまうものなんだね。まぁ、隠すこともないと思うけど。
「仰る通り、私は創造神に頼まれてこの世界に来ました。」
「やはりそうでしたか。その気配はこの世界の誰もが持ち得ないもの。ですがその気配とは別に、あなた様がお持ちのマナもこの世界のものとは違うようです。創造神様の御配慮でしょうか?」
さぁ、それは俺にもわからないです。そもそもどれがマナなのかもよく分かっていないので。
「そうですか。あなた様がお持ちのマナは、神の気配を持っているのかもしれません。」
え~と、だんだん理解の範疇を超えた話になってきた。よくわからないです。
サフィとロアーナさんが目を見開いて驚いている。
何かマズいことでもあった?
「シンジが持っているマナは、神の気配で変質しているかもしれない、ってことじゃない。」
「そうですね。そういうことだと思いますよ。」
サフィとロアーナさんが言ってくる。そう言われてもねぇ。マナ自体よく分かっていないから。
「ひょっとすると、マナを吸収すると言われている封印にいい影響が出るかもしれない、ってことよ。」
サフィがそう言い放った。




