59 心躍らない戦い
ちょっとギスギスした雰囲気の観客席で、いろいろと抵抗してみたけどあっさりと突き破られて、俺はいま王城の訓練場にいる。
なんでこうなった。
きっかけはレミの一言だけど、それを真に受ける方も大人げないというか、その挑発に乗る方も乗る方なんだよね。
「ほほう、ヒト族が我ら竜人に敵うとでもお思いか?」
「何でも、腕力が戦いを制するわけではないと言っている。力が強いだけでは勝てないこともあるではないか。」
「そうだの。筋肉は嘘をつかん。これは真理じゃ。」
ルドークさん、サフィ、獣王陛下が面付き合わせてヒートアップしたもんだから堪らないよ。挙句に脇で、
「魔法を使えばお兄ちゃんは右手一本もいらないのです。」
「…ニャア、忘れてた。なら、指一本でOK~?」
レミとニナが油を注いでいた。それはもう溢れんばかりに。
それを聞いたルドークさんは顔を真っ赤にしてるし、陛下の微笑みが痛いんだけど。宰相さんは終始陛下の後ろで笑っていた。そんな笑ってないで止めてください。
「だったら一度己で確かめてみるがよい。シンジよ、こ奴らに侮ることの愚かさを教えてやるのだ。」
あ~あ、サフィったら引けないところまで行っちゃったよ。何でこのエルフは喧嘩っ早いのかな。
「おう、望むところです。騎士団長の私に戦いを一手御指南いただきたい。」
「そうじゃの。ワシにも教えてもらえるか?」
ルドークさんも陛下も話を聞いてくれないよ。宰相さんは脇で笑いながら頷いている。こうして見ると、この宰相さんも苦労してるんだろうな。
「いいのです。教えてあげるのですよ、お兄ちゃん。」
「…体に教えないとわからない~?」
レミとニナの平常運転が辛い。
まぁ、まだ脳筋じゃないだけいいか。
「リーシャがおしえてやるの!」
やめなさい。こんな大人に関わっちゃダメです。
こうして武闘会の会場で盛り上がった後、訓練場に連行されました。俺の目の前では、ルドークさんがブンブンと大剣を振り回しています。その後ろでは獣王陛下がシャドウボクシングしてます。
誰か助けてください。
「何言ってるのよ。あなたからすれば、あのくらい何でもないでしょう。」
サフィが耳打ちしてくる。
そうかもしれないけど、騎士団長と王様だよ。何でそんな人たちと戦わなければならないのか、サッパリ分からないんだけど。
「世の中にはそういう人もいるってことね。一つ勉強になったでしょ。」
いや、こんな理不尽な勉強はいらないね。
「お兄ちゃ~ん。ライオンさんとドラゴンさんをけちょんけちょんにするのです。」
「…そう、けちょんけちょんのギタギタ」
レミとニナまで感化されてきたよ。ダメだよ、あの二人に脳筋をうつしちゃ。
「そうね、女の子が筋肉なのはいただけないわね。」
をい、何かちょっと違う気がするんだけど。
「そろそろ始めようか。」
そう言って、陛下が前に出てくる。
「なりません。陛下の露払いは私の役目でございます。」
ルドークさんは陛下を押しのけて前に出ようとする。これ面倒だから二人一緒に、って言ったら怒られるかな。
「陛下、ここはルドーク騎士団長におまかせしてください。」
宰相さんが陛下を止める。何にしても戦わないといけないようだ。
「それではシンジ殿、よろしいですか?」
宰相さんが聞いてくる。宰相さんは審判をしてくれるみたいだ。何だかんだ言って、この人も結構楽しんでいる。
俺たちは武闘会のときと同じ魔道具をつけて、武闘会ルールで試合を行う。先に魔道具が赤く光った方が負けだ。
まずはルドークさんと向き合って、試合を始める。
宰相さんが合図をすると、ルドークさんは身の丈ほどある大剣を振り下ろしてきた。練習している所を見ていたけど、そのときよりも更に早い。
「ふむ、今ので決まらぬか。」
そう言うとルドークさんは大剣を縦横無尽に振り回してくる。何ともパワフルだ。でも獲物が大剣だから、大振りになるんだよね。
俺は腰に挿した叢雲を一息に抜き放ち、ルドークさんの大剣を鍔元から切る。大剣を切り落として、返す刃をルドークさんの首元で止める。
魔道具があるから当てても問題ないけど、何となく首を斬るようで嫌だったから寸止めにしてみた。
ルドークさんは一息で我が身に迫った刃を感じたのか、呆然として刀身を失った柄を落とした。
「なんと……。刃の返しが見えなかった。」
宰相さんも唖然としていたけど、ルドークさんを外へ促した後、陛下を迎えた。
「シンジ殿は凄まじい剣を使うのだな。だがワシの筋肉は嘘をつかない。」
言ってることが意味不明なんだけど、最初の印象から大分ズレてきたようだ。陛下ってこんな人だったの?
陛下の腕や足には、プロテクターが着けられている。あれって叢雲で切ったら切れそうだなぁ。その前にあの魔道具は反応するんだろうか。致命傷に反応するっていうから、腕一本くらいでは反応しないかもしれない。王様の片腕を落としたらマズいよね。
陛下は目を瞑って集中している。なんかその背後に炎のようなオーラが見えるんですけど。
「それでは陛下、よろしいですか。」
宰相さんが陛下に声をかける。本当にやるみたいだ。
陛下は目を開くと軽く頷いた。
「それでは、はじめ!」
宰相さんの掛け声と共に、陛下が踏み込んできて足を回してくる。早い。予備動作なしに足を蹴り出しているように見える。その足が俺の鼻先を過ぎる。ちょっと危ないね。陛下が徒手空拳だと、俺が刀を使うのは憚られるなぁ。
そんなことを思っていると、陛下が更に踏み込んで拳を突き出してくる。横に避けるけど、陛下は突き出した腕を俺に向けて薙いで来る。ラリアットかよ!
力まかせに、ブンブン振り回してくる。
「お兄ちゃんそこなのです!」
レミの声が聞こえてくる。そうなんだよ。ここで踏み込めば一撃入れられそうなんだけど、陛下が誘っているようにも見えるんだよね。
「どうした、手も足も出んのか。」
陛下に挑発されるけど、どうしたもんかな。
陛下の足が頭目掛けて振り出されるけど、体制を低くして躱し、軸足を払う。陛下は踵落としをしてくるけど、俺に足を払われて体制を崩した。ガラ空きになった陛下の脇腹に掌底を入れる。
力は加減したつもりだけど、陛下が壁まで吹っ飛んだ。
あらら、ヤバいよ。そこまで威力が出るとは思わなかった。
「むぅ、…参った。」
陛下の胸に取り付けてあった魔道具が赤く光り、壁によりかかったまま降参してくれる。
はぁ、冷や汗ものだよ。
「そなた、ヒト族にしておくには勿体ないぞ。ワシら相手に息一つ乱さんとはたいしたものだ。」
陛下がそんなことを言ってくる。
これって、何て返すのが正解なのかな、言い方間違うと面倒になりそうだ。
俺が考えている間に陛下が言葉を続ける。
「そなたはワシらを倒したのだ。獣王国一の武辺者じゃ。このまま捨て置くことはできん。どうじゃ、何か願いがあれば聞き届けよう。」
陛下が褒美をくれると言うけど、すぐには思いつかない。
すうっと視線を流すと、俺を応援して手を振ってくれていたレミとニナが、こちらに走ってくるのが見える。そうか、あの部落に食料の差し入れでもしてもらおうか。それと、子供たちの身分証もいるね。
「それでしたらこの子たちの身分証と、タリシュの森にある部落に食料の支援をお願いしたいのですが。」
「……それはどういうことだ?」
陛下はよくわかっていないようなので、宰相さんにレミたちの身分証と部落への支援をお願いした。支援については、もちろんレミとニナの名前でだ。
「お兄ちゃん、ありがとうなのです。これでじっちゃんたちもご飯が食べられるのです。」
「……ありがとう。」
レミとニナが嬉しそうにしている。
「さっそく明日にでも手配して、部落が飢えることのないようにいたしましょう。併せてお嬢さん方の身分証も用意しておきます。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
宰相さんが力強く約束してくれる。ありがたいね。
俺が宰相さんと話していると、レミとニナが陛下に声をかけられた。
「世話になった部落のことを想うとは、お主たちも偉いのう。」
「ライオンさんも頑張ったです。」
「…うん、結構強かった。」
「はっはっは、そうか強かったか。じゃがシンジ殿には手も足も出んわい。」
「しょうがないのです。レミのお兄ちゃんなのです。」
やけにレミとニナが陛下と仲良くなっている。
脳筋をうつされないように気を付けないといけない。




