55 王都ビルボ
タリシュの森より街道に出てくる。今は馬車の中だ。
次の目的地の獣王国王都までは、馬車で四日くらいの距離だそうだ。これまでの距離感からすると、思った以上に近い。
長老に勧められて、王都で開催される武闘会が気になったのもあるけど、人魚のロジーナが言っていた話も気になる。人魚の島へ行くとなると、王都近くを通るらしいので、ちょっと寄り道感覚だ。まぁ、子供たちが嬉しそうにしているし、俺も王都には興味あるけどね。
今馬車を走らせているのは、この国の主要な街道らしい。北に行けばタリシュの森を抜けて魔王国に繋がるし、南は王都だ。魔王国と獣王国を結ぶ街道なのでよく整備されていて、心なしか人通りが多い気がする。
まぁ、武闘会が開催されるから人が集まっているのかもしれないけど。道沿いにも町があり、何というか栄えているような雰囲気がある。行きかう人々も笑顔が多い。
街道筋の景色を眺めながら馬車を進める。最近はモーリスと俺の二人で交代しながら馭者をやっている。街道は走りやすいんだけど、人が結構歩いている。危険というほどでもないけど、怖い思いはさせたくないのでサクヤには手綱を握らせていない。
しばらく進んで行くと、石壁のようなものが見えてくる。どうやらあれが王都のようだ。
王都は高い石壁で囲まれており、その前には中に入ろうとする人が溢れている。この世界に来て初めてこれほどの人を見たよ。どれだけの人が王都入口の門に並んでいるのか分からないくらいだ。これみんな王都に入ったら、王都がパンクしないかな。
良く見ると人が並んでいる列と馬車が並んでいる列が別れている。これは馬車の方に並んだ方がいいのかな、と思っていると、モーリスが馭者を代わってくれた。たぶん、暗黙のルールみたいなのがあるんだと思う。モーリスに馭者をまかせて、俺は客室に入る。
そうしてしばらくすると、後ろの方から怒号が聞こえる。どうやら列を抜かしたとかそんなことらしい。暑いのに元気があるね。うちの馬車はなんちゃってエアコンのお陰で、皆快適そうだけど。そうしてふと窓に目をやると、騎士っぽい鎧を着た人たちが、馬に乗ってこちらに向かってきている。後ろで騒いでいる人たちのところに行くのかな。あれっ、でも先頭にいる人は顔がワニっぽい。すごいねあれって竜人なの。
「彼は騎士団長のルドークよ。見ての通り彼は竜人ね。もともとは北の竜王国の出身だって聞いたことがあるわ。」
へぇ~、竜人か。何かかっこいいね。それにしてもサフィ、良く知ってるね?
「それはそうよ。ここに来るたびに何度も会っているからね。」
そのルドークさんが何かに気が付いたのか、連れてきた兵隊さんを先にやり、自分は俺たちの馬車に向かってきた。
「これはヒルデガルド様ではありませんか。お久しぶりでございます。このようなところでいかがなされました?」
麦わら帽子をかぶって馭者をしているモーリスに、ルドークさんが話しかける。ルドークさんが気になったのはモーリスのようだ。
「ほっほっほ、これは驚きましたな。騎士団長自らのお出ましですか。」
「今は武闘会のために騎士団総員で街中や門の警備に当たっている所です。して、何故このようなところにおられるのですか。」
「なに、隠居の道楽で旅をしがてら、武闘会を見ようと思ったのですよ。」
「それならばどうぞあちらの門をご利用ください。」
そう言ってルドークさんは、人が並んでいる門の隣にある誰も並んでいない門を指さす。
どうしてあっちの門には人がいないんだろうね。あれっ、ひょっとして貴族専用とかそういう門なのかな。
「しがない隠居が通ってもよろしいのですかな。」
「何を仰いますか。あなた様は魔王国の重鎮。あの門を通ることに何の支障もございません。」
「…そうですか。それならばお言葉に甘えさせてもらいましょうか。」
「このようなところでヒルデガルド様にお会いできるとは思っておりませんでした。私も御供させていただきましょう。」
「これはこれは、団長自らとは恐縮ですな。」
どうやらルドークさんは一緒についてくるらしい。あの門までなら案内してもらわなくてもいいのにね。
「何言ってるのよ。このまま王城までに決まってるでしょ。」
えっ、嘘。誰もお城に行くなんて言ってないよね。
「あのね、モーリスはつい二、三年前まで魔王国でバリバリの公爵だったのよ。そのモーリスを獣王国が無下に扱うわけないじゃない。」
へぇ、そうなんだ。貴族って偉いんだね。
「あなたねぇ……」
サフィは何か知らないけど額を抑えて首を振っている。どうしたのかな。外ではモーリスとルドークさんが話を続けているようだ。
「ところでヒルデガルド様、馬車にはどなたが御乗りなのでしょうか。魔王国の方ですか?」
「いえ、そうではないのです。まぁ、さる高貴なお方と言いますか……」
モーリスは返答に困っているようだ。そうだよね。よくよく考えてみると、魔王国の元公爵様が馭者をして、ハイエルフの姫君を連れているっておかしいよね。
そんなこんなで馬車は門まで来てしまい、ルドークさんが馬車の中を覗いてきた。というか馬に乗っているから、並ぶとちょうどいい高さになるみたいだ。
「これは、なんと!」
馬車の中にいるサフィを見て驚いているようだ。そうだろうね。何となく気持ちはわかるよ。サフィも諦めたのか、気を引き締め直して馬車のドアを開ける。
「久しいな、ルドーク騎士団長。息災なようで何よりだ。」
「こ、これはご無礼を!」
ルドークさんは慌てて馬から降りて跪く。
「よい。今日は忍びで参ったのだ。そのように計らってくれ。」
「…し、しかし、サフィーネ様。そうは参りません。御身にもしものことがあってはなりません。できましたらこのままお城の方までお越し願えませんか。」
やっぱりお城に行くんだ。「お城なのです。かっこいいのです。」って、レミとニナが燥いでいるけど、何か面倒そうだね。どこか宿でも紹介してもらうわけにはいかないのかな。
「……では、案内してもらおうか。」
「かしこまりました。」
あ~あ、お城行き決定だよ。
「でもようございました。ここ最近は武闘会のため、城下の宿に空きがないようなのです。」
なんだ、宿はいっぱいなんだ。だったらお城でもしょうがないか。
それにしても、今回は身分証を出さなくてもいいんだね。サフィやモーリスが一緒だからかな。子供たちの分を出さなくて済むのはありがたいけど。
「そうね。今回はいいけど、何れ大陸の西側に行くならこの子たちの分が必要になるわね。」
馬車の中に戻ってきたサフィがそう言ってくる。どうしたもんかな。できれば獣王国にいるうちに何とかしないといけないね。
結局お城に連れて行かれて王様に会うことになった。王様は獅子族だと聞いてたけど、ほんとライオンみたいだよ。顔は人だったけど、鬣みたいに毛が多い。すごいね、かっこいいよ。
何故か知らないけど、俺もサフィとモーリスに連れられて一緒にいる。子供たちは別室で待機だ。俺も子供たちと一緒でいいんだけど。
「サフィーネ殿、よう参られた。武闘会までゆるりと過ごされよ。」
「ご配慮有難く存ずる。お言葉に甘えさせていただこう。」
王様より偉そうな感じだけど、いいのかな。
「ヒルデガルド殿も久しぶりだ。隠居したと聞いていたが元気そうじゃな。」
「はい、お陰様を持ちまして、息災にさせていただいております。」
「二人が一緒とは珍しい組み合わせじゃな。」
「モーリス殿には里の者が攫われた折、保護するのに力を貸していただいた。」
「ほう、里の者というと狐人族かな。」
「その通り。」
「それは、ワシからも礼を言おう。ヒルデガルド殿、我が同朋を助けていただき感謝する。…して、人攫いどもはいかがされた。」
「残念だがそこまでは手が回っていない。商人どもはフォレストウルフにやられたようだが。」
こうして三人娘のこと、危うくテルステット共和国に運ばれるところだったことなどをサフィが説明した。俺のことは、三人娘を助けた一人として軽く説明してもらうことにしていたので、下問されることはなかった。
王様の謁見が終わると、子供たちが待っている客室らしき部屋に案内される。部屋には子供たちの他、何人かのメイドさんも一緒だった。
「サフィーネ様、ようこそおいで下さいました。」
何か、サフィの顔見知りっぽいメイドさんだ。
「そなたも元気そうで何よりだ。」
「パミラ様とステーシア様はどちらにおいでですか?」
「ああ、今日は我一人だ。あやつらは国に置いてきた。」
「なんとまあ。お二方ともよくお許し下さいましたね。」
メイドさんは目を丸くして驚いている。パミラ様って、エルフのお屋敷でサフィを出迎えた人のことかな。ひょっとしてサフィの付き人みたいな人?
「たまには我も一人で出歩くときがあるのだ。」
「…左様でございましたか。」
姫様が一人って、あるわけないだろうに。
王様の前で緊張したけど、人生こんなこともあるかなと少々開き直った一日だった。




