48 古の封印
サフィはサイリース陛下の話がひと段落つくのを待っていたようだ。
「お婆様、先ほどシンジには封印については何もしなくていいと仰っておられましたが、見に行くのもいけないでしょうか?」
「それは構いませんが、封印の気配が弱まっている感じがします。ひょっとすると瘴気を出しているかもしれません。近づくのは危険ですよ。」
「わかりました。十分注意いたします。」
「封印について、何か気になることでもあるのですか。」
「そうですね。実は……………」
そう言ってサフィは、ミズリグ村で俺が感じた嫌な気配の話をした。
「あれはたぶん、シンジがモデナ島の封印を感じたのではないかと思いました。」
「……そうですか。でしたら封印の話をしておいた方がいいかもしれませんね。」
サイリース陛下はそう言うと、この大陸の封印の話を始めた。
先に話があった通り、知恵の女神であるシシュリアーネが創造神によってこの大陸に封印されている。
封印は七ヵ所。
獣王国のウラル半島、ガイン王国のモデナ島とバンデミル半島、イシュベルク神聖帝国のベスビオス山、ヴェルシュタイン公国、竜王国、そしてヴォルフ大森林である。
これらのうちヴォルフ大森林を除く六ヶ所については、存在が確認されているが、ヴォルフ大森林のみはそこにあると言われているだけで、誰かが確認したわけではないそうだ。
これらはそれほど行き来が難しいところにあるわけではないが、例外としてベスビオス山と竜王国にある封印はちょっと大変なところにあるらしい。
そして封印そのものについては、大きな黒色の石碑のようなものと言われた。何か特殊な仕掛けなどはなく、ただそこに石碑があるだけといったものらしい。
見た目はそんな感じらしいけど、マナを吸収し瘴気を出しているかもしれない。瘴気を浴びるのは危険なので、その時は近寄らない方がいいと言われた。瘴気を浴びすぎると魔物になったりするらしい。それじゃあ、封印の周りには魔物がいるのかな。
まぁミズリグ村では気になったけど、実際どういうものか見てみないとわからないってのが正直なところだね。それにしても、瘴気って何かおどろおどろしい物なのかな。もしそうなら、あんまり行きたくないな。
「でも、何故神様は私に封印の話をしなかったのでしょうね? 封印がマナを吸収しているなら、私がやろうとしていることは、あまり意味があるように思えないのですが。」
俺は正直な気持ちを言ってみた。
「…その気持ちはわかります。たぶんユリアーネは、あなたに封印には関わってほしくなかったのではないかと思います。ですが、あなたが疑問に思う通り、マナを行き渡らすだけでは解決にならないのも分かっています。」
そうなんだ。俺が関わっても封印はどうにもできないってことなんだな。それならそれで、俺が旅してマナをまき散らして延命するって感じだね。なんかイマイチだ。
俺がそんなモヤモヤを抱えていると、膝の上で可愛いアクビが聞こえた。俺たちの話しの間、ずっと膝の上で寝ていたリーシャが起きたようだ。
「さっきから聞こうかと思っていたのですが、そのフェンリルの娘はどうしたのですか。」
興味津々というか、ちょっと聞くのが憚られる、みたいな感じでサリアさんが聞いてきた。
でも驚いたね。見ただけでフェンリルの娘だってわかるんだ。
「インフェルノウルフとの約束なので、これから母親に返しに行きます。」
「えっ?! インフェルノウルフとの約束って、どういうことですか?」
半ば恐ろしいものを見るような目でサリアさんが見てくる。サイリース陛下も驚いているようだ。どう説明したもんかな。俺が迷っていると、サフィが口を開いた。
「ちょっとガルーシャの森でひと悶着あって、シンジがインフェルノウルフと対峙したのです。」
それからリオンと話して、リーシャを預かることになった経緯を説明してくれた。
「なんと、インフェルノウルフとはそのような種だったのですか。理性的で念話を使い、体の大きさを自在に変えられるとは…」
サリアさんは目を丸くして驚いている。
そうだよね。吃驚するよね。
「しかし、インフェルノウルフが念話を使えるということは、昔ここに流れ着いた個体もそうだったのでしょうか? 意思の疎通ができるのであれば、別なやり方もあったのに……」
「お母様、そのことを言っても仕方ないでしょう。それにそのインフェルノウルフがいたから、リオンに会えるということであり、リーシャを大森林に返せるということです。」
「そうですね。しかし、氷の精霊王は大森林にいらしたのですね。」
「お母様はアクエス様から聞いていらしたのではないのですか。」
「いいえ。聞いたことはありませんし、こちらからも尋ねませんからね。ただ氷の精霊王が存在するということのみ聞いていました。」
「そうなのですね。」
サフィから聞いた話だと、水の精霊王アクエスはサリアさんと、風の精霊王ジンはサイリース陛下と仲がいいらしい。それぞれよく話をしているそうだ。精霊王と仲がいいって何かすごいね。
「……あなたの膝の上にいるのは何なの?」
サフィがジト目でツッこんでくる。
ハイハイ、左様でございますね、こちらにおわしますのは氷の精霊王様のご息女でございますよ。
精霊王がいるのはわかったけど、普通の精霊っていないの? よくわからないけど、精霊界みたいな別世界に住んでいるの?
「えっ、何を言ってるの? たくさんいるでしょう。」
サフィはそう言って自分の掌を上に向け、俺の方に突き出してくる。
あれっ、そこに精霊がいるの?
「サフィ、シンジ殿はまだかろうじてヒト族のようですから、精霊を見るのは難しいと思いますよ。」
サイリース陛下がおかしそうに言ってくる。
「あ、そうですね。…忘れていたわ。」
何なの、二人して。まだって何。かろうじてって何ですか。
俺はどこからどう見てもヒト族でしょう。
「精霊というのは、自然界のあらゆるものに宿っています。ですがマナを感じ取れる者しかその姿を見ることはできません。マナを感じ取れる者は、我々ハイエルフやエルフ。あとは獣人の一部やドラゴンくらいでしょうか。」
「そうなんですか。」
「ええ、精霊はマナから生まれた者であると言われています。ですから、マナを感じ取れないヒト族などは精霊を見ることができないのです。」
う~ん、それは残念だね。
せっかく異世界にいるんだから、それらしいイベントは消化しておきたいんだけど。
「お兄はせいれいを見れるの。」
リーシャが指先を俺の眉間に当てると、そこから光が迸った。
突然のことに吃驚したけど、光はすぐに消え、何事もなかったように落ち着いた。
「ほら、見えるの。」
リーシャが小さな掌を俺の目の前に出してきたが、その上にはぼんやりと光る球体のような物が浮いていた。
おお、すごい。リーシャの掌だけでなく、周りにたくさん光の玉が飛んでいる。これがみんな精霊なんだね。
「幼いとは言え、さすが精霊王の娘ですね。シンジ殿の精霊の目を開いたようです。」
「お婆様、そのようなことができるのですか?!」
「私たちには無理でしょう。ヒト族には精霊の目はないとされていますしね。ですが、シンジ殿には精霊の目が備わっていたようです。ユリアーネの恩恵でしょうかね。リーシャ様はそれを開いたのでしょう。」
そう言うと、サイリース陛下は席から立ち上がり、俺のそばに歩いてくる。そして、俺の額に掌を向けると目を瞑って、何やら呪文のようなものを呟いた。しばらくそうしていると、何かに気づいたように口元を引き結び両手を翳してくる。あれ、何かマズいことでもあったかな。
そのうちに、サイリース陛下は細く息を吐き出し目を開いた。
「確かに精霊の目が開いています。これで精霊たちを見ることができるでしょう。ただ、あなたからはマナや魔力の波動以外のものを感じます。」
「それはいったい…」
「申し訳ありません。私にはそれ以上はわかりません。」
サイリース陛下の屋敷に来てから続いた長い話は、今一つスッキリせずに終わった。
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シンジたちとの話が終わったあと、サイリースの部屋で母娘が話していた。
「お母様、最後にシンジ殿から何を感じたのですか?」
「………あの波動は神力の波動かもしれません。私も直接神にあったことはないので、はっきりとは言えませんが。」
「何ということ! それでは、あのお方は神なのですか。」
「わかりません。ですが神は地上に顕現できないとされています。いったいユリアーネは彼に何をしたのか……」




