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たのまれごとは旅路のはじまり  作者: 多田シロー
第一章 はじまりのガイン王国
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28.5 氷の精霊王フェンリルの娘 リーシャの塞翁が馬

ここは人跡未踏のヴォルフ大森林。

大陸のそこかしこに見られる森林とは、ちょっと訳が違う。


大陸の成立とともに、東西を分断したラダルス大山脈。そのほぼ中間は山脈が二重に重なり、標高の高い広大な平地が作られた。その平地に木々が生い茂り平地全体を覆うようになった。

ヴォルフ大森林はラダルス大山脈によって下界から遮断され、独自の進化を遂げる。


他の森の木々に比べ、太く、固く、高く育ち、その天辺は根元から見ることが叶わない。

枝葉もみっちりと生えており、昼間であっても地面には光が届きにくい。

そのため土地自体の標高が高いことと相まって、一年を通して気温は低く、特に冬は厳しい。


このヴォルフ大森林では、多様な生き物が生息しており、中には聖獣と呼ばれる者や、精霊の王なども含まれている。



その日、氷の精霊王フェンリルの幼い娘リーシャは、いつものように塒から遊びに出てきていた。

リーシャの遊び場所は、木々が途切れている広場である。


ヴォルフ大森林は、すべての領域で木々が密集しているわけではなく、リーシャの遊び場所のように、木々が途切れている箇所があちこちに見られる。

ただし、そう言った領域は川に面していたり、崖があったりするのだが。


リーシャが駆け込んだ広場は、一面に花が咲いており、そこだけ初夏の季節を謳歌しているようであった。


「お花がいっぱいできれいなの。」


リーシャはいつもの子狼の姿から、幼女姿へと身を変えて花を手にしていた。




白い蝶がリーシャの鼻先をかすめ、ふわふわと飛んで行く。

リーシャは思わず子狼の姿に戻って蝶を追いかける。

蝶はふわふわと、まるで揶揄うようにリーシャの鼻先を飛ぶ。追いつきそうになる度にリーシャは前足を伸ばすが、あと一歩のところで届かない。悔しくなってきたリーシャは、夢中になって蝶を追いかけはじめた。


広場の端には、いつしかリーシャの母親や、インフェルノウルフが何頭か集まっていた。

皆、陽気に誘われ広場に出てきたようだ。

長い冬を抜け、春とも感じられぬうちにこの季節を迎えた。大森林に住まう者にとってはいつもの事であるが、季節の移ろいがあっと言う間に過ぎて行く。


長く待ち望んだ陽気に当てられ、緩んでいる皆の前で唐突にリーシャの姿が消えた。広場の先の花畑が途切れたところで。



広場の先は緩い崖になっており、その下は流れの早い川がある。

蝶を追いかけ姿を消したリーシャは、あっという間に川に呑まれていく。


『俺が行くから、あんたはそこにいろ!』


『リオン! リーシャを頼む!』


いち早く変事に気が付いたインフェルノウルフのダンテリオンが、リーシャの母親に一声掛けると川に飛び込みリーシャを追った。


川の流れは速く激しい。小さなリーシャの体は波に見え隠れして今にも呑まれそうだ。

川に飛び込んだダンテリオンは、瞬時に体を大きくし、川底を蹴りあげてリーシャの前に出る。


『リオンおじちゃん。』


リーシャは小さな体をくねらせて、何とかダンテリオンに捕まろうとする。ダンテリオンはそんなリーシャを優しく咥えて、自分の背中に乗せた。しかし、つかの間の安堵をよそに、ダンテリオンは川の流れに押され始めていく。流されないように足に力を入れるが、川底の石に足を取られ、思うようにいかない。そのうちに足を乗せていた石が滑り、体制を崩したダンテリオンが流れに揉まれていく。


ダンテリオンは流されながらも体を水の上に浮かべ、リーシャを助けようともがき、体制を維持しようとするが流れには逆らえなかった。

川の流れはダンテリオンたちを洞窟に押しやり、窮屈な壁で水飛沫を上げる。急速に光を失っていく洞窟の中で、ダンテリオンは灯りの魔法を使った。

魔法に照らされた洞窟は狭く、岸辺が見当たらない。

無理矢理流れに逆らい、危険を冒して川を遡るより、流れに任せて下流側で洞窟から抜け出す方が安全だと思えた。


そうしてリーシャとダンテリオンはガルーシャの森へと流れ着いた。



『ここはどこ?』


リーシャは尋ねるが、ダンテリオンからの返事はない。返事がないことを特に気にすることもなく、リーシャはぽてぽて歩き始めて森へ向かう。

大森林とは木々の大きさも、雰囲気も違う森の中でリーシャは首を捻る。


『ぽかぽかしないの。』


大森林とはマナの濃さが違うので、そのことを言っているのであろうが、リーシャにはそんなことはわからない。

森の木も何となく弱そうに思うが、あまり気にしない。それよりもこの森は明るい。木の根元には花が咲いている。大森林の広場にあったお花畑のようにたくさんではないが、見たことのない花が咲いている。


木々の根元を飛び跳ねるように移動して、花が咲いていることを確かめていくリーシャ。

川に流されてきたことは忘れてしまったようだが、ダンテリオンの背中にしがみついていたことで、体は疲れていたようだ。

何本目かの木に移動している途中で、電池が切れたおもちゃのようにポテっと倒れた。


ダンテリオンがすぐに駆け寄るが、リーシャは夢の中である。


リーシャは大森林の外に流されてきてから、毎日のように森の奥に行こうとしたが、ダンテリオンはそんなリーシャの首を甘噛みして連れ戻していた。リーシャに怪我をさせないということもあるが、まったく地勢のわからない土地で無暗に動きたくなかったからである。ここ数日で大森林にいるような狂暴な魔物に遭遇していないが、何があるかわからない。それと、自分たちが流されてきた川から離れたくなかった、ということもある。

ダンテリオンは、最悪川を遡るつもりでいた。



『むぅ~、ぽかぽかするお花を探しにいくの。あっちにあるかもしれないの。』


リーシャはマナを多く含んだ花が目当てなのだが、ダンテリオンにはそれが伝わらない。

精霊王の娘であるリーシャには、マナの存在を感じることができる。理解はしていないが。

さすがにただの魔物でしかないダンテリオンでは、そこまで明確に感じることができない。



その日も花を探してリーシャはぽてぽて歩いていた。この辺りの花はもう見尽くしたかなと思っていると、辺りが薄暗くなってきたので顔を上げてみる。するとそこには大きな赤い熊が後ろ脚で立ち上がっていた。あまりにも大きくて顔がよく見えない。

リーシャは慌てて回れ右して走り出す。正面からは熊の気配を察知していたのか、ダンテリオンが走ってきた。


そのあとに繰り広げられるのは、インフェルノウルフとレッドベアの怪獣大決戦である。


怪獣同士の戦いに巻き込まれないように、木の影に隠れていたリーシャだが、戦い終わったダンテリオンに呼ばれて近寄ると、ぽかぽかするものが立っていた。

大森林にいたときでもこれほどのぽかぽかはなかった。リーシャはぽかぽかを確かめるべく、足元に近寄って匂いを嗅いでみる。

とってもいい匂いだ。


ぽかぽかはシンジと名乗ったので、リーシャもキチンと声を出すために人化する。


「リーシャなの。よろしくおねがいなの。」



ダンテリオンは大森林に戻るために、シンジと一緒にいろと言う。リーシャにとって、望むところである。せっかく見つけたぽかぽかから離れたくない。川に落ちてからずっと守ってくれていたダンテリオンが、先に大森林に戻ると言ってきたが問題ない。

自分はこのぽかぽかがあれば何もいらない。あとは好きにすればいい。


どうもリーシャは、精霊が持つ刹那的な享楽気分が強いようだ。

シンジが持つマナは、ユリアーネによって感知されにくくされてはいるが、さすがに精霊王フェンリルをごまかすことはできなかった。

リーシャはシンジの持つ心地よさから離れられなくなった。


「リーシャはお兄といっしょなの。ははうえもわかってくれるの。」



ヴォルフ大森林から川に流され、九死に一生を得たというのに、そんなことはどこ吹く風。

精霊の気まぐれか、将又(はたまた)神様の悪戯なのか。

今日もリーシャはシンジの腕の中である。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ほのぼのしたく、幼女タグのある小説を探していたところ見つけましたが キャラクター達が可愛くてとても癒されます。話自体ものんびりしておりとても落ち着いて読めますので素晴らしいと思います(*´…
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