28 馬車が手に入りました
体が縮まったリオンに唖然としてから我に返り、俺たちは家の中に入った。
リオンの今の大きさは大型犬くらいだ。
リビングでソファーに座ると、リーシャが膝の上によじ登ってくる。
『だいぶリーシャに懐かれたみたいだ。』
リオンが笑いながら念話を飛ばしてきた。
『フェンリルはなかなか他人に気を許さない。あなたは例外のようだが。』
そうなんだ。こんなに人懐こいのに。頭を撫でてあげると首を後ろに倒して、嬉しそうに俺を見上げてくる。
「ああ、そこはレミの場所なのです。」
「…シンジ兄は渡さない。」
リーシャを撫でていると、レミとニナが俺のそばに寄ってきて膝の上に上がろうとする。でも、リーシャが座っているので、これ以上誰かが座るのは無理だ。
仕方がないので、右手と左手それぞれにレミとニナを抱いて、俺の隣に座らせる。
「二人ともお姉ちゃんなんだから、我慢するんだよ。」
「レミはお姉ちゃんですか?」
リーシャの歳は知らないけど、見た目はそうだと思う。
レミを掴んでいた手を放して、レミを撫でながら頷いてみせる。
レミとニナを落ち着かせ、リーシャが大人しく膝の上に鎮座していると、サフィが恨みがましい目で俺を見てくる。
「まさかフェンリルの子供とインフェルノウルフを連れてくるとは思わなかったわ。」
サフィはフェンリルとインフェルノウルフに出会えたことに驚いていた。そして、インフェルノウルフが想像以上に理性的であることにも。
それは、モーリスも同じだった。フェンリルは精霊王だから別として、インフェルノウルフは魔物だという認識だったので、野生のままに暴れまわる存在だと思っていたようだ。当のリオンはお座りの状態でサクヤから食べ物を貰い、尻尾をワサワサ振っている。まるで餌付けされた犬だ。サクヤは最初リオンに怯えていたが、ただのワンコ状態なリオンに慣れてきたようだ。
そんなリオンとサフィが念話で話し、これからどうしようかと相談する。サフィはモーリスと違い、リオンの念話を受け取ることができた。
基本的にはリーシャを俺たちが預かって、リオンには大森林に帰ってもらうことになる。問題は、俺たちがどうやってリーシャを大森林に連れて行くかだ。リオンたちが流されてきた洞窟は、川の流れが速いのでインフェルノウルフの脚力じゃないと通れない箇所が多い。それに、洞窟の中は人が歩けるようなところが少ないらしい。洞窟の幅いっぱいに水が流れているそうだ。
あとはヴォルフ大渓谷を行くしかない。
エルフの森の反対側の岸に渡って上流に行けば、何とか大森林の近くまで行けるかもしれないとリオンが言ってきた。昔エルフの森に流された同朋に聞いた話だそうだ。どうやらサフィが言っていた話に出てきたインフェルノウルフのことらしい。そうするとインフェルノウルフという種は、かなり長命な生き物なんだね。
まぁ二、三百年前のことではあるけど、たぶん行けるんじゃないかな、とリオンが言うので、怪しさは残るがその案でいくことにした。
俺たちがヴォルフ大渓谷で合図をすれば、リオンが迎えに来てくれる。
あとは、時間的に俺たちがエルフの森に行きつくのは三~四ヶ月後なので、その頃を目途にリオンの方でも用意すると言っていた。
そんな話を皆としていると、話を聞いていたのか、リーシャが振り向いて小さな手で俺の服を掴む。
「リーシャはお兄といっしょなの。ははうえもわかってくれるの。」
「そうなのかい。でも、元気な姿を一度お母さんに見せてあげた方がいいんじゃないかな?」
「……わかったの。でもそのあとはいっしょなの。」
「お母さんがいいって言ったらだね。」
そう言って頭を撫でてあげるが、リーシャは不服そうだ。
俺はこれからも旅を続けるつもりでいるし、リーシャみたいに小さい子供を連れていくのは難しいよね。
一通り話が終わると、リオンがヴォルフ大森林に帰ることになった。
リオンを見送るために皆で外に出ると、リオンが元の四メートルくらいの大きさになる。その大きさで行くんだ、と思っていると、リオンがさらに倍くらいの大きさになった。あまりの巨大さに目を見張っていると、リオンから念話が届いた。
『それでは、リーシャのことを頼む。俺からリーシャの母親には説明しておく。』
「ああ、よろしく頼むよ。それじゃ気を付けて帰るように。」
『世話になった。』
そう言うとリオンはあっという間に走り去った。川に沿って移動しているので、体の大きさを変えてこのまま洞窟を抜けるつもりなんだろう。あとは約束通りヴォルフ大渓谷で会えるように、俺たちもエルフの森へ移動しないといけない。
その日はそのまま携帯ハウスで一泊して、翌日馭者さんと合流すべく拠点を出発した。
リーシャのことは、森で親とはぐれた子狼を拾ったことにする。フェンリルと狼は、毛皮の色を除いて違いがわからない。だからリーシャにはフェンリルの姿でいてもらうようお願いしたけど、リーシャは頬を膨らませて拗ねている。
「お兄とおはなしできないの。」
拗ねたリーシャも可愛いが、まさか森の中で獣人の子供を拾ったとも言えないので、何とかフェンリルの姿でいてもらうことにする。
フェンリル姿のリーシャは、子犬くらいの大きさでモフモフしている。そう、モフモフなのだ。
モフモフなのはいいけど、あまりのんびりしていられない。
急いで馭者さんと別れた地点に戻り、その後も急ぎ気味に移動してオリバ村へと馬車を走らせる。
オリバ村に到着後、すぐにギルドへ行って受付のエリンさんに依頼の完了を告げると、エリンさんは筋肉オヤジを呼ぶために事務所の方へ入っていった。
別の職員さんによって俺たちは会議室に連れて行かれ、そこでギルマスを待つように言われる。
しばらく待っていると、領主様とギルマスが部屋に入ってきた。領主様の後ろにはサムもいた。
「それで、どうだった。」
ギルマスはすぐに結果を知りたがった。
一応俺たちは事前に報告する内容を話し合って決めている。本当のことを言っても信じてもらえないだろうからね。大きな狼がいて、魔法で追い払ったこと。狼は川の上流にある洞窟に逃げ込んだこと。洞窟に魔法を打ち込んで一日様子を見たけど狼は出てこなかったこと、を報告した。
俺の腕の中にいる子狼は帰り道で拾ったことも付け足した。
狼が洞窟に逃げ込んだ話の辺りでギルマスは微妙な顔をしていたけど、概ね理解してくれた。ただ大きな狼については、フォレストウルフよりもでかいと説明しただけで、インフェルノウルフかどうかは不明ということになった。そもそも何をもってインフェルノウルフに分類するのかわからないから、大きな狼と言うしかないんだよね。
今回の依頼は魔物の調査であったため、フォレストウルフより大きな狼型の魔物が出た、ということでケリがついた。一応洞窟の奥に撃退したが、念のためしばらく様子を見るということのようだ。現地に冒険者を派遣して見張ることにしたらしい。
一通り話が終わったところで領主様が席を立ち、俺の手を取った。
「我が領の危難を救ってくれてありがとう。この感謝の気持ちを、どうすればあなたたちに伝えられるのか。」
領主様が感動で胸一杯な顔をしている。
洞窟に追い立てただけだと説明したけど、領主様は魔法を打ち込んで一日動きがないとなれば、魔法で倒されたか大森林まで逃げたかどちらかだろうと思っているようだ。まぁ、実際大森林に帰ったけどね。
「先日の褒賞である馬車は既に用意してある。だが、私としてはとてもシンジ殿の功績には足りないと思っている。他に何か望みのものはないだろうか。」
そう言われても、特に欲しい物はないんだよね。どうしよう。
俺が悩んでいるのを勘違いしたのか、領主様が重ねて言ってくる。
「シンジ殿が撃退したのは、インフェルノウルフで間違いないだろう。もしインフェルノウルフが暴れれば、我が領はもとより、この国も民も亡んでいたかもしれない。シンジ殿はそれを未然に防いでくれたのだ。どうか私の感謝を受け取ってほしい。」
俺は思いつく物がないことを正直に伝えたけど、どうにも領主様の気持ちは収まらないようだ。貴族としてのメンツというより、国や民を助けてくれて本当に感謝しているっぽい。こっちが恐縮してしまうくらいだよ。
「それならばこれを持って行ってほしい。困ったことがあればこれを見せるといい。また、何か私で役に立てるようなことがあれば、いつでも私を尋ねてほしい。」
領主様は胸元から一本のナイフを取り出し、俺に手渡そうとしてきた。サムが後ろで引きつった顔をしている。
このナイフはどんな意味があるのかな。何かすごいものなの? どこかの黄門様の印籠みたいに。
俺の傍でモーリスが頷いている気配がした。モーリスに目をやると、神妙な顔で俺を見ている。これは受け取らないとダメなやつかな。
「わかりました。ありがたく頂戴いたします。」
一応神妙な顔で受け取っておく。ナイフの柄にはきれいな紋章のようなものが彫られている。刀身も美しく、何か謂れでもありそうな雰囲気だ。
領主様はほっとしたような、嬉しそうな顔をしている。やっぱり受け取って正解のようだ。
すべての話が終わった後に、サムから馬車の用意が出来たと伝えられた。馬四頭立ての箱馬車だそうだ。
ギルドの裏手に案内されて、その場で馬車と馬を受領した。いやぁ、大きくて立派な馬車だ。派手さはないけど、落ち着いた感じに装飾されている。馬も大きく筋肉隆々で強そうだ。
サムにお礼を言ってから気が付いたけど、誰がこれを操るんだろうか? 馭者のことを完全に忘れていた。どうしようかと思っていたら、モーリスが馭者台に座り馬車を動かそうとし始めた。
モーリスが手綱を握りパシッと鳴らすと、馬が歩き出し馬車が動き始める。
「ギルドの表に回しておきますぞ。」
すごいね、モーリス。馬車を扱えるんだ。俺たちは馬車をモーリスにまかせて、皆で一緒に外に出た。
馬車に乗り込み、乗り心地を試してみることにする。ギルドの依頼で調査に向かったときに乗った馬車は、お世辞にも快適とは言えなかったので、今回領主様に貰った馬車の乗り心地がすごく気になった。
モーリスに馭者をしてもらって、試しに馬車を走らせてみたけど、シートの作りがいいからかギルドの馬車よりはマシだった。でも地面のでこぼこをそのまま受けるのはいっしょだ。このまま馬車に乗り続けるのは辛そうだ。
というわけで馬車の改造をすることにした。改造と言っても難しいことはしない。サスペンションを作るには、材料が足りなそうだからね。
だから簡単に、車輪がついている部分と客室を物理的に切り離して、客室部分を浮かせることにした。磁石の反発のように、車輪がついているベース部分と座席のある客室部分に隙間ができるように客室を浮かせる。浮かせる部分には魔石を使って磁石のようにした。あとは浮き上がった客室部分が地面に落ちないように、ベース部分の四隅に鉄の柱を立てて、そこにも魔石を取り付けて客室部分を押さえるようにしてみる。
これで客室部分はベース部分から浮き上がり、四隅の鉄柱により横にスライドして落ちないと思う。
まるでリニ〇モー〇ーカーだね。かなり違うけど。
改造が終わった馬車の試運転をしてみようと、皆が乗って揺れを確かめる。
「ぜんぜん揺れないのです。お尻が痛くならなくてとってもいいのです。」
「楽ちん。」
「馬車ってこういうものなのですか?」
「これはすごいわね。馬車がこれほど快適になるなんて。」
三人娘やサフィが改造した馬車の快適さに驚く。
「馭者台もあまり揺れず快適でした。これは売り物にしてもよろしいのでは。」
「皆が楽だったらそれでいいよ。特に売るつもりはないかな。」
「もったいない。」
モーリスは販売することを推してきたけど、面倒くさそうだから今はいいかな。それよりも獣王国までの旅を快適にしたい。
「まぁ、次の目的地までは遠いんでしょ。だったら楽に行けるほうがいいからね。」
「馬車で行ってもひと月くらいかかるわね。」
ひと月も旅をするって、どんなことになるのかな。ワクワクするね。




