3 エルフの国では
シンジが転生した世界フィルネリアは、太古の昔創造神により作られたと言われている。フィルネリアには、大海原に囲まれるいくつかの大陸と、大小様々な島がある。
その中で最も大きな大陸は、いつの頃からかロンガード大陸と呼ばれるようになった。
そのロンガード大陸中央には、大陸を東西に分断する巨大なラダルス大山脈がある。このラダルス大山脈の中ほどには、山脈が二重に重なり平地を作っていた。この平地に木々が生い茂り、ヴォルフ大森林ができた。
ヴォルフ大森林は、ラダルス大山脈によって大陸の他の地域から隔絶され、マナの溢れた場所となった。
ヴォルフ大森林はその地形のせいで人目に触れることがなかったため、いつしか世界樹がある森と噂され、そのおかげでマナが溢れていると言われてきた。
ヴォルフ大森林の生物のいくつかは、溢れるマナにより活性化され、他地域の生物よりも大きく、狂暴に育つこととなった。
ヴォルフ大森林はラダルス大山脈のおかげで人跡未踏の地となったが、ヴォルフ大森林の南側を流れる大きな川がヴォルフ大渓谷を作り、山脈の途切れた場所に更に森を作った。
山脈の途切れた場所にできあがった森は、ヴォルフ大渓谷を伝って流れてくるマナによって活性化され、他の森よりも深く、魔力の溢れる森となった。
この森は、ヴォルフ大森林とヴォルフ大渓谷を介して繋がっているが、ヴォルフ大渓谷は断崖絶壁が続く険しい谷であるため行き来はできない。そのため、大森林にいるとされる強大な魔物はこの森にやって来ることはない。
この森には、古い時代に精霊から別れたと言われるハイエルフが住んでいた。ハイエルフは、不死とも言われる長い寿命を持ち、神にも近いと言われている。
そのハイエルフを崇めるようにエルフたちが集まり、森に起居するようになっていった。
そのため古よりエルフの森と呼ばれている。ヴォルフ大森林と同じくエルフの森もラダルス大山脈の中にあるが、南側はウテナ湖まで続いており周辺には獣人たちの里が点在している。ウテナ湖は大陸最大の湖で、獣人達に大きな恵みを齎している。
このエルフの森に生きるエルフたちは、華奢な体つきをしているが魔法に長け、非常に長い寿命を持っていた。その長い寿命のせいか、他種族との交わりは少なく、排他的とも言えるものであった。
シンジがユリアーネの許から離れた頃、エルフの森に住むハイエルフのサイリースが、ユリアーネからの神託を受けていた。
エルフの森の奥にある一際大きな大樹の元にある屋敷に、エルフの女王、ハイエルフのサイリースはいた。
『サイリースよ、久しぶりじゃのう。』
突然、サイリースの頭の中に幼い声が響いた。
『……あら、珍しい。いつぶりかしら。』
『あまり長くは話ができん。マナが薄くなってきているのは感じておるじゃろう。今すぐどうこうということはないじゃろうが、少々心もとないので妾の使いをガルーシャの森に送っておいた。手助けしてやってほしいのじゃ。』
『ふぅ~、いきなりなのね。わかったわ、何とかしましょう。……ところで、その御遣い様にあの封印は解除させるの?』
『それは無理なのじゃ。いくら神の遣いといっても、あやつには敵わんのじゃ。それよりも、マナを持たせたのでとりあえず世界を巡るよう言ってある。じゃから、案内してやってほしいのじゃ。よろしく頼む。』
『わかったわ。』
『それにしても、あの耄碌ジジィめ、また寝こけておるようじゃな。』
『えっ、なに?』
最後の一言を、サイリースは聞き取ることはできなかった。
たしかに、今日明日と急ぐほどではないが、このエルフの森にいてもマナが薄くなってきていることは感じられる。早めに手を打たないといけないとは思っていたが、封印に関することとなると、そう簡単にはいかない。それがわかっていたのでサイリースは少々手をこまねいていた。
でも、ユリアーネが手を打ったというなら、その効果を見てからでもいいだろうといったんその考えを止め、ユリアーネが望んでいたこの世界の案内をどうしたらよいか考え始める。
神の御遣いの案内である。そう簡単に誰かにまかせられることではない。
ここはやはり、自分の血族である孫娘に任せることにした。
「サフィーネなら大丈夫でしょう。」
そう独り言ちるとサイリースは娘と孫を呼んだ。
木の香りがする明るい部屋で、三人の見目麗しい女性が話をしている。
「お母様、ユリアーネ様から神託を受けたというのは本当ですか。」
サイリースに話しかけたのは、彼女の娘のサリアだった。
「ええ、本当よ。久しぶりでちょっと驚いたけどね。」
「それでユリアーネ様は何と?」
「御遣い様を遣わすそうよ。我らにこちらの世界の案内をしてほしいみたい。」
「御遣い様ですか。……そんなことは初めてです。」
「そうね、いよいよ大変なことになるのかもしれないわね。」
ちょっと緊張した表情を見せながらサイリースが答えた。
サイリースはこれまで、千年を越える長い年月を生きてきたが、このような神託を受けたことはなかった。また、先人からも御遣い様を遣わされたとは聞いたことがなかった。
それだけに状況は逼迫してきているのでは、と感じさせる。
「…それで、案内には誰を行かせますか?」
「サフィに行ってもらおうと思っているの。」
「私ですか?!」
祖母と母の話を黙って聞いていた少女が驚きの声を上げた。
「そうよ。余の者に任せるわけにはいかないわ。」
サイリースは孫娘サフィーネに案内役を託すべく神託について話して聞かせた。そして、ユリアーネからはマナを持たせた御遣いを案内してほしいと頼まれたことも伝えた。サフィーネは驚き怯んだが、確かに祖母が言う通り余の者に任せるわけにはいかないとも思った。気をしっかり持ち直して、サフィーネは祖母に尋ねた。
「御遣い様はいつ頃、どちらにいらっしゃるのでしょうか?」
「ユリアーネは、「ガルーシャの森に送っておいた」と言っていたわ。」
「ガルーシャの森だと大山脈を迂回しないといけないですから、かなり時間がかかると思います。急いでも三月くらいはかかるのではないでしょうか?」
「そうね。でもユリアーネのことだから送ったとは言え、そのあたりは考えていると思うのよね。まぁ、それでものんびりとはしていられないわ。ともかくガルーシャの森へ行くのよ。」
「わかりました。準備を整えてすぐに出発します。」
サフィーネはそう答えると、旅の準備を整えるために部屋を出て行った。
部屋に残ったサイリースと娘サリアの話はまだ続いていた。
「お母様、封印についてユリアーネ様は何と仰せでしたか。」
「それが気になるわよね。…いくら神の遣いとは言っても邪神には敵わないから手を出すな、ということみたい。」
「それでは、マナを行き渡らすために御遣い様を遣わす、ということでしょうか?」
「ええ、どうやらそうみたい。」
「それではあまり解決になっていないような………」
「そうなんだけど、何となくうまくいきそうな気もするのよね。」
「お母様は、ずいぶんと楽観的なのですね。」
「ええ。これまで私もそうだけど、ユリアーネも手をこまねいていたからね。それが今になって御遣い様を送るって言うんだから、何かとてもいいことが起こりそうな気がするのよ。」
「…そうですか。お母様の勘はよく当たりますから、期待したくなりますね。」
「ええ、私も楽しみなのよ。」
母娘の会話は、あたりが暗くなり始める頃まで続いていった。
翌朝早い時間に、三人のハイエルフはエルフの森の奥より出てきていた。
「それでは行ってまいります。」
サフィーネは決意に身を引き締めてそう言った。
「あまり無理せず、気を楽にして行くのですよ。」
「体に気を付けて行ってらっしゃい。」
サイリースとサリアはそう言ってサフィーネを送り出した。
こうして御遣いであるシンジを迎えるためにサフィーネは出発するのであった。
これより2ヶ月以上後になって、ようやくシンジはガルーシャの森に転生することになる。
シンジの体はユリアーネによって用意されたものであり、シンジの魂と同調させる必要があったため、それだけの時間が必要だったのである。




