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たのまれごとは旅路のはじまり  作者: 多田シロー
第一章 はじまりのガイン王国
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11 魔人モーリス

ロンガード大陸の東側中央部は、広大な平原であり大穀倉地帯である。

東西に国を横断するスミソン川は、ラダルス大山脈から恵みを運んでくる。


その地を治めるのは魔族の王、魔王ゼイウスである。

ゼイウスが治める魔王国はその昔、竜王国以外の大陸東側を一つにまとめる広大な国であった。


千年ほど昔、時の魔王アクラブは力を振りかざし、魔族以外のドワーフやエルフ、獣人たちを迫害するようになった。

それぞれの種族は、大陸東側の王都がある中央部より離れ魔王に抵抗した。


そのとき、どこからともなく勇者が現れ魔王は討伐される。


その後、魔王国は種族毎に分かれることになった。

それ故大陸東側は、魔王国、獣王国、ドワーフ王国、ヴェルシュタイン公国、エルフの国、人魚の自治区、ダークエルフの自治区と竜王国に分かれている。


千年前の魔王アクラブは悪逆非道であったが、それ以外の歴代の魔王は穏やかに国を治めている。


何故そのときの魔王がそれほど非道であったのか、原因はわかっていない。もともとアクラブは最初から非道な王ではなかったのだが。

むしろ慈悲深い賢王と評判であった。それが突然悪逆非道な狂王となってしまった。


一部では、一万年前に封印された邪神シシュリアーネの呪いではないかと囁かれている。

勇者によって魔王が討伐されて以降、歴代の魔王は勇者を警戒することとなった。

いくら悪逆非道であるとはいえ、最強と言われる魔王を討伐し、国を滅ぼしかける存在というのは放置できなかった。

そのため魔王国ではひそかに勇者を探し、世に出る前に対処することになった。



魔王国の南部を領地に持ち、初代魔王が建国する以前から付き従い、魔王国の建国に力を尽くした一族がいる。

その一族はヒルデガルドを名乗り、初代国王より公爵位を賜っていた。

代々のヒルデガルド家当主は魔王への忠誠心が高く、また魔王も格別の信頼を寄せていた。


そのヒルデガルド家には隠された役目があった。

それは、一族の隠居はひそかに勇者を探し出し、世に出る前に抹殺することであった。

そのためヒルデガルドの当主は、次代を継ぐ者を早いうちから育て、早目に家督を譲ると旅に出てしまうのであった。


勇者は創造神ユリアーネの意を受け、戦闘能力に秀でた者とされている。

そのため、勇者は神の御遣いなのではないかと思われている。実際には神託でスキルを付与されたに過ぎなかったのだが。

正確なところは誰も知らないが、魔王を討伐した神懸った強さということは、千年の歳月を経た今でも語り継がれている。


それ故ヒルデガルドの隠居は、神の気配を辿り勇者の影を探し求める。




魔人とは、見た目はヒト族と変わりがなく、肌の色が褐色であったり深紫色だったりする種族で、魔法に長け、頑健な肉体とずば抜けた身体能力を持つ。

その魔人種であるヒルデガルド家の当主モーリスは、家督を息子のテシオンに譲り渡し、獣王国の港町タオの酒場で安酒を飲んでいた。


勇者の気配を探して三年が経つ。


モーリスは四十歳代に見えるが、実際には二百歳を越える。今代の魔王ゼイウスに仕えて百五十年が経ち、優秀に育った息子のテシオンに後を任せて家を出た。


旅に出るにあたって、モーリスには懸念があった。

慈悲深いと言われる、今代の魔王ゼイウスのことである。

在位百五十年を越え名君と称される王ではあるが、モーリスが家督を譲るときに気になることを漏らされた。



「モーリスよ、長い間ご苦労だった。そなたが仕えてくれていたおかげで、我はどれほど心強かったか知れぬ。」


「陛下、そのように言っていただけるとは、光栄の至りにございます。」


「だがこれからそなたには、さらに苦難の道を歩ませることになる。」


「何を仰いますか。これがヒルデガルドの家に生まれた者の勤めにございます。」



「……そのことなのだが、すまぬが急いだ方が良いかもしれぬ。」


「いかがなされましたか。」


「このところ前触れもなく突然に、胸の内がザワつき嵐のような流れに襲われることがある。」


「なんと! 真でございますか。」


「確証はないが、アクラブ王を襲った狂気の奔流ではないかと感じる。」


「あれから千年経ちます。もしや邪神が覚醒するのでしょうか。」


「そのようなことはない、とは言えぬ。だが伝承のように我が狂気に堕ちれば、民は塗炭の苦しみを味わうことになるであろう。それだけは避けねばならん。」



ゼイウスは、苦渋に顔を歪ませる。


「陛下!」


「よいか、モーリス。もしも勇者を、神の御遣いを見つけたときは、ここに連れてくるのだ。」


「な、何を仰せられます。我がヒルデガルドは勇者を人知れず葬るお役目にございます。」


「それはならん! 我が狂気に飲まれる前に、我を始末するのだ。」


「なんと!!」


「モーリス、繰り返してはならん。千年前の悪夢を再び起こしてはならんのだ。わかってくれ。」


「陛下……」



モーリスは、酒に上気した顔をわずかに歪ませた。

陛下が仰せになったことは理解できる。しかし、勇者を使って陛下を弑し奉ることなど…。あれほど英明なお方は、名君が多い歴代魔王様の中でも何人もいないだろう。

何とかならないのか。


そんなやり切れぬ思いを持て余していたモーリスの耳に、酒場の喧騒の中から気になる話が漏れてくる。


「この間よ、久しぶりにエルフを見かけたぜ。なんだか急いでいるようでよ、ガインの山道に向かってるようだったぜ。」


「ほう、エルフか。珍しいな。ウテナ湖の方じゃ見かけるみてぇだが、ここらじゃとんと見かけねぇな。」


「そのエルフがまたすこぶるつきのいい女でな。」


「エルフって言やぁ、みんな美形じゃねぇか。」


「いや、でもあれはすごかったぜ。もう神々しいまでにいい女だったぜ。」


「はははっ、お前さんにかかったら、どんな女も神々しいんじゃねぇのかい。」


「そんなこたぁねぇぜ。」


モーリスの耳がピクリと動く。

神々しいまでのエルフ。もしかしてハイエルフではないのか。

エルフとハイエルフは、見た目では違いはわからない。ただ、ハイエルフには見た目を越えた高貴さや、偉大な存在感を感じさせるオーラがある。見る人が見れば違いがわかるのだが、ヒト族や獣人族の大半はその違いを感じ取れない。

もし今聞こえてきた話のエルフがハイエルフだとしたらどうだろう。


エルフは、獣人国ではそれほどめずらしいというわけではない。確かに多くのエルフは森から出てくることは少ないが、比較的若いエルフは珍しい物見たさなのか、獣人国の町や村で見かけられる。


ただしハイエルフはそうではない。

ハイエルフは、遠い昔に精霊より別れた種族と言われており、大陸に存在するヒト種の中で最も精霊に近いとされている。


体つきはエルフと同じく、華奢でとても力仕事などには向かないが、保持する魔力量は膨大でドラゴンとも渡り合えると言われている。その存在の危うさを知っているからか、ハイエルフはエルフの森の奥より出てくることはほとんどないと聞く。


隣の獣王国とは友好的な関係らしくごくたまに姿を見せるらしいが、それ以外でエルフの森の外にハイエルフが出てきたという話を聞いたことはない。

ハイエルフであれば、神の神託を受け取っているかもしれない。その神託のせいでエルフの森の外に出てきているとすれば………


ハイエルフが動くということは、神の御遣いが現れたのかもしれない。

モーリスは腰に手をやり佩刀を握る。ヒルデガルド家に伝わる魔剣レイリウス。古代文明の時代に作られたと言われる業物で、魔力を付与することにより切れ味と破壊力を増す片手剣。

持ち主が死ぬと、対になる台座へと転移するという。


”ヒルデガルドはレイリウスと共に”、一部でまことしやかに囁かれるセリフは、魔剣を持って旅を続けると言われるヒルデガルド家の者と魔剣レイリウスに対する畏怖であった。


その魔剣の存在を確かめ、モーリスはザワつく胸の内を押さえながら勘定を済ませて外に出た。


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