103 帝国の皇帝
川下り船の旅は、予定通り次の日の夕方に帝都近くの船着き場に着くことで終了した。
一日半の船旅は特に問題なかった。事故を装ったり、何か嫌がらせがあるかと思ってたけど杞憂で済んだ。
船着き場から離れた宿で一泊して、これから帝都に向かう。
これまで獣王国やガインの王都に行ったときは、面倒ではあったけど王様はいい人のように見えた。一部脳筋だったけど。今回はどういうことになるのかな。
そんなことを考えながら馬車を進める。馬車の前後では相変わらず兵隊さんが行進している。彼らのことを気にせずさっさと帝都まで行きたいけど、それすると怒られるんだろうなぁ。
今日は馭者をモーリスから変わってもらった。何となく風に当たっていたかったから。
「今日はお城へ行くですか?」
「…おしろ~?」
馭者台で両隣に座っているレミとニナが、俺を見上げながら聞いてくる。
二人とも外を見ていたいと言うので、俺と一緒に馭者台に座っている。
「そうだね。今日、出発前に隊長さんからはそう聞いているよ。」
「そうなのですね。楽しみなのです。」
ワクワク顔でレミがこちらを見てくる。
何だろう、レミはお城が好きなのかな。
「お城は大きくてかっこいいのです!」
そうかそうか、ならレミはお城に住んでみるかい。
「う~ん、別におうちはお城じゃなくていいのです。お城は遊びに行ければ楽しいのです。」
……そうか、レミにとってお城は遊び場なのか。
確かに、獣王国でもガインでもそんな感じだったかもしれない。でも、イシュベルクはどうなんだろう。神の怒りに触れて滅んだ後にできた国って、厳格そうな感じがするけど考えすぎかな。
ガイン王国は獣王国の隣にあったからサフィやモーリスもよく知っていたみたいだけど、イシュベルク神聖帝国は獣王国から見ると大陸の反対側にあるから、遠すぎてガイン王国ほどよく分からないみたいだ。
ネットや電話があるわけでなし、情報があまり伝わってきていない。こうした状況がサフィやモーリスを警戒させている。
確かにガルーシャの森から獣王国までかなり距離があったからね。
獣王国からイシュベルク神聖帝国の帝都までは、その倍くらいの距離がある。それだけ離れていると、なかなか情報は伝わってこないだろうね。とても日常的に人の行き来がある距離じゃない。
馭者台でレミたちと揺られながら馬車を進めて行く。
だんだん川から離れていき平地を走っていくけど、周りには何もない。ガインの草原みたいな感じだ。
こうしてみると、どの国も景色は大差ない。まぁ、当たり前と言えば当たり前かな。
そう思っていると、行列の前の方が停止したようで進みが鈍くなってきた。
空を見上げると太陽が真上に見えるから、そろそろお昼なのかな。
行軍を停止した兵隊さんたちが寛ぐ準備を始め、その中の一人がやってきてここで昼食だと教えてくれた。兵隊さんたちが昼食の用意を始めたので、俺たちも昼食の準備をする。
さすがに携帯ハウスを出すわけにもいかないので、簡単な竈を作り鍋でパスタを茹でる。普通のスパゲッティじゃつまらないので焼きパスタにしようか。それとミスズさんから買った鰹節があるから、お好み焼きでも作ろう。
青のりや紅ショウガがないのが残念だけど、まぁいいか。
「おいしそうな匂いなのです。お兄ちゃん、今日は何を作ってるですか。」
今日は焼きパスタにお好み焼きだよ。
我が家の欠食児童が、匂いに釣られてやってくる。
「……ソースあじ~?」
そうだね、お好みでマヨネーズもあるよ。
「…マヨネーズも~」
マヨネーズと聞いて、ニナはゴキゲンな顔をする。何だろう、ニナはマヨラーだったのか?
子供たちを前に、竈の上に鉄板を敷いて焼きパスタやお好み焼きを作っていると、何となくテキ屋の兄ちゃんになった気分だ。
この世界にお祭りはあるのかな。
「焼きパスタ、おおもりなの。」
へいへい、そんなに食べられるのか、リーシャ。
「サラといっしょに食べるの!」
そうかそうか。仲良くお食べ。
子供たちは、焼きパスタやお好み焼きをモリモリ食べている。
食べっぷりはいいんだけど、お腹いっぱいで動けなくなるんじゃないの。
子供たちの様子を見て、サフィがちょっと注意してくる。
「シンジ、いくらなんでも食べさせ過ぎだと思うけど。」
うん。でもね、やっぱりお腹いっぱいに食べてほしいかな。
「今日はこのあとも馬車で移動なんでしょ。」
そうなんだけどね。
あ、ここから帝都まで鬼ごっこでもしていこうか。
「やめてよ! 何考えてるの!」
食後の運動。
「…あなたねぇ、あんまり無茶しないでよ。」
冗談だよ。
縁日メニューで盛り上がった昼食を終えると、あとは帝都へ向けて移動するだけだ。
お昼を食べた後は眠くなるようで、子供たちは馬車の中でお昼寝している。
馭者はモーリスがやってくれているので、俺も馬車の中だ。
「さて、帝都では何を言われるのかしらね。」
サフィは帝都での皇帝陛下の話に興味があるようだ。
そのニヤニヤ顔は危険だと思うんだ。何か企んでいるみたいだよ。
「そんなことはないわ。ただ、これまで帝国とは話をしたことがなかったからね。何を言われるのか、皇帝はどんな人なのか興味があるだけよ。」
そうなのか? それだけなのか?
まぁ、明日には会えるだろうから、気にしてもしょうがないか。
それからしばらく馬車を走らせると、高く頑丈そうな石壁に囲まれた帝都に到着した。
兵隊さんたちは数が多いので後回しにされ、隊長さんたち数人と俺たちが先に石壁の中へと入った。
壁の中は石造りの建物が多く、整然としている。随分立派な街だね。
その建物の中でも群を抜いて大きく白い建物が街の奥の方に見える。
あれがお城だね。
街中でも高台に建てられているのか、その姿がよく見える。
隊長さんに先導されて、石造りの街中を馬車で進んで行く。人が多く活気のある街だ。
建物の間を抜け、お城に向かって行くとキラキラ光っているのが見える。どうやら池があるようだ。それとも大きなお濠なのかな。
池の真ん中には橋がかかっているのが見える。
その橋の向こうにお城の門がある。すごいね、かっこいいよ。
「おお、すごいのです。お池の中にお城があるですよ。」
「……水中神殿?」
いやいや、ニナ。人魚の宮殿じゃないから、水の中じゃないよ。
レミとニナは、大きな池に囲まれた城を見て燥いでいる。
まぁ、白亜のお城が水に映えている眺めはとってもいいよね。
リーシャは俺の腕の中でお昼寝中だ。こうして寝ていることが多いから、リーシャには抱っこ紐でも作ろうかな。
お城に着いて案内された部屋は煌びやかさはあまりなく、とても落ち着いた感じだった。ゆったりと過ごしやい印象を受ける。
何というか趣味のいい部屋というか、寛げる感じだ。
奥には寝室が別にあるようで、ペントハウスのような作りになっている。これなら皆一緒にいられるね。
リビングでお茶していると、ドアをノックされてメイドさんが入ってきた。
「皇帝陛下がお会いしたいとのことですが、いかがいたしますか?」
あらら、早速ですか。
「…断るわけにはいかないわね。」
まぁ、そうだろうね。
サフィが渋い顔をしているけど、仕方ないね。それが目的でここに来たんだし。
子供たちはサクヤにまかせて、サフィ、モーリスと俺はメイドさんに案内されて城の中を歩いて行く。
広くきれいな絨毯の敷き詰められた廊下を過ぎ、階段を上っていく。こうして中を移動していると、大きなお城だということがわかるね。そうして進んで行くと、見事な彫刻が施された扉のある部屋に通された。
部屋には大きなテーブルがあり、その真ん中の辺りにある豪奢な椅子に、一人の女性が座っていた。
その女性の後ろには、虎のような耳のある女性が立っている。
こんなところにも獣人がいるんだね。
俺たちは、座っている女性の対面に案内された。
静かに微笑みを見せ、上品にこちらを見る仕種はとても洗練されている。
頭には精巧な意匠のティアラを乗せており、白を基調としたドレスと相まってとても華やいで見える。
「ようこそお出で下さいました。私はイシュベルク神聖帝国の皇帝、ナターシャ・シュワルツ・イシュベルグです。」
この女性が皇帝陛下だった。




