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たのまれごとは旅路のはじまり  作者: 多田シロー
第三章 精霊王の錯乱
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97.5 知恵の女神 シシュリアーネの鶴首

何処とは分からない闇の奥。

邪気を払う涼やかな風が(よぎ)る。


『このような気分を体験できるとは思ってもみませんでした。』


そう呟くシシュリアーネは、自分の魂が束縛から解放されているような錯覚に見舞われている。

封印の中にあるハズなのに、何ら束縛を受けず、今すぐにでも動けそうな感覚がある。

これは現実なのだろうか?


自分は長い束縛の果てに、幻惑されているのでは?

ここに在るという意識自体が疑惑の対象なのか

はたまた、これまでの認識が間違っていたのか。


どれだけ考えてみてもそこに解はない。


『私は天界の掟を破り、お姉様に封印された。そのことは間違いない。』


自分を認識しているもの、自分と思われるもの。

疑惑の対象が止め処なく広がっていく。


闇の中で邪気に縛られた自分がいたハズ。

その邪気が払われ、こうして己が意識を保てること。

束縛を感じない今の感覚は、もしかすると顕界に乱れが生じたのか。


お姉様が作った世界に齟齬が起きたのでしょうか。

いえ、それはありえないでしょう。

あのお姉様が、自分が作った世界を放置するなどあり得ません。


それでは、この解放感はどこから来たの?



闇に囚われてすぐに、自分を束縛するものを感じました。

それからしばらくして私の怒りを包み込み、お姉様を拒絶するものを感じました。

そう、長い間です。


そこから私は見失っていったのです。

今にして思えば、あの喪失感を埋めるために邪な意識が入り込んできたのでしょう。


何物にも宿りうる邪気。

そう、それは神であっても例外ではないということ。

私の意識にもそれは入り込んでいた。


封印が何ヵ所あるのかはわからない。

ただ、自分を束縛していたものが一つではないことは確かです。


その封印から邪気が流れ込んでいたのでしょう。

その封印に何かが施されたのかもしれません。


しかしそんなことが可能なのでしょうか。

お姉様の封印に干渉することなど、できるとは思えません。


さて、私の意識が眠っているうちに、そのようなことが可能になったのでしょうか。

それは途方もないこと。

でも私にとっては希望となります。


いったい、私に何を見せてくれるのでしょうか。

この弾むような気持ち、長い間忘れていました。


遠い昔、地上世界で人々が産声を上げたとき。

種を異にする者たちが手を取り合ったとき。

私は歓喜しました。


私の心を揺さぶるもの。

私には喜びがあったのです。

喜びがあるということは、怒りもまたあったということ………


思えば私は愚かでした。

お姉様にはあれほど注意されていたというのに。

自分を押さえることができず地上に降りてしまいました。


私の浅はかな行いが、今の状況なのです。

自業自得と言えばその通りでしょう。

地上に干渉してはならぬと言われていたのに……


そうです。

ティリスたちはどうしたのでしょうか?

私の天使長。


あの子たちは私に従って、共に地上に降りてきました。

私が封印されてから天界へ戻れたのでしょうか。

お姉様が放っておくとも思えませんが、私に従ったということは何らかの罰があったはずです。


あの子たちが無事でありますように。

私に従ったばかりに、つらい思いをさせているかもしれません。



それにしても、これほど鮮明にあの頃を思い出せるとは。

やはり封印に何かあったとしか思えません。


お姉様が地上に降りて封印に何か施すことはあり得ません。

それならば精霊王たちでしょうか。

彼らが封印に干渉を?

それは無理でしょう。


彼らの力は大きいですが、神の御業に干渉することなど不可能です。

それでは誰が?


私の意識は、長い間邪気に晒されていたようです。

こうして意識を取り戻している以上、邪気が取り払われたとみるべきでしょう。

ということは、何者かが封印を浄化した?


それも結局は封印に干渉するということ。

やはり地上世界の者ができることとは思えません。


誰かが地上に降りたのでしょうか。

それはお姉様がお許しにならないと思うのですが……


あとは地上の者に神託を与えたのか。

お姉様の神託で英雄や賢者が現れても、しょせん地上世界の範疇。

神の御業に及ぶはずがありません。


さて、お姉様はいったい何をしたのでしょうか?

今の私には想像つきませんが、お陰で楽しみが増えてしまいました。


久しく忘れていたこと。

希望を持って、時を過ごすことができるかもしれません。


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