1 神様との邂逅
自分としては、楽しく過ごせた二十八年だったと思う。
平和な日本に、美神慎司として生を受けて好きに生きてきた。
大学を出てそこそこの会社に就職し、ソフトウェアエンジニアとして働き、それなりに忙しい普通のどこにでもある生活を送っていた。
たいして生き辛さを感じることもなく日々を送り、今日と同じ明日が来ることを疑いもしないでいた。
そんなある日の夕暮れに、帰宅しようとしていた俺は交差点にいる子供をみつけた。
その子は後ろからトラックが近づいていることに気づかないのか、ボールを持って所在なさげにしている。
危ないと思ったときには、俺は飛び出していて、足を縺れさせながらも子供を突き飛ばした。
そこに運悪く突っ込んできたトラックに、撥ね飛ばされてしまう。
全身に痛みが走り、それっきり俺は意識を失った。
どれだけ時間が過ぎたのだろうか。
ぼんやりと目が覚めた。
暖かい光に包まれているようでとても心地よい。
「気が付いたようじゃな。」
幼い子供のような声が聞こえる。
ここはどこだろうか。俺はどうなったのだろう?
「お主はトラックに轢かれて死んだのじゃ。覚えておるか?」
ああ、そうだ。思い出した。
思い出したと同時に違和感があった。
体のどこにも痛みがない。俺は助かったんだろうか。
でも、今死んだと言われたような……。
俺に声をかけたのは誰だろう。
辺りを見回してみると、白くぼんやり光る中に一人の幼女がいた。
その幼女は月桂樹の冠のようなものを金色の髪の上に乗せ、古代ローマ人のような貫頭衣を着ていた。
とても優し気で、それでいて全てを悟っているような目で俺を見ている。
大人びた印象はあるが、どう見ても十歳にはなっていないよな。
「思い出したかの?」
―ええと、どちら様ですか?
「妾はユリアーネ、お主らの世界で言うところの神じゃよ。」
―はぁ、そうですか。私は美神慎司と申します。
「なんじゃ、随分と落ち着いておるのう。妾の言うことが信じられんか。」
―いや、信じると言いますか、何が何だかわからないのですが…。
「左様か。お主は死んだのじゃ。そして妾がお主の魂を呼び寄せて、今こうして話をしているのじゃ。」
―……なるほど、私は死んだのですね。
あの子供は助かったかな。気になるけどもう遅いんだよな。
それに魂って、俺今魂なの? なんか違和感だらけなんだけど。
手を動かしても、体を起こしても動いている感じがしない。何と言うか体の重みを感じない。そして足元を見ているつもりなんだけど、つま先が見えず、ただ白い空間が続いている。
それにしても、神様って幼女だったんだ。なんか背伸びをしているみたいで妙に可愛いな。こんなこと思ったら不敬なんだろうか。
「何やら失礼なことを考えておるの。まぁ、いいか。…今のお主には実体がないのじゃ。」
―ごめんなさい。
―なんかあまり実感がないというか、どう言ったらいいのか不思議な感じです。
「左様か。まぁ、慣れろというてもそう何度も経験することでもなし、こんなもんじゃと思うておけ。」
―そうですか、………そうですよね。
「それでじゃ。ここに呼んだのは他でもない。お主生き返ってみんか。」
―はっ、何ですか?
「生き返って新たな世界で暮らしてみないか、と言うとるんじゃ。」
―いやいや、ええぇっ。生き返れるんですか? 何で?
「お主のその魂は、マナと非常に馴染みやすいのじゃ。人族でこれほどとはありえん。じゃから、もしよければある場所にマナを運んでほしいと思ったのじゃ。」
―はぁ。マナって何ですか? それに、運ぶってどこに持っていくんですか?
「マナとは、万物の根元なのじゃ。それは生命活動の活発なところに宿り、更に活性化してくれるものじゃ。妾が作った世界の中で、マナが薄いところがあるからの。そこはお主らの世界よりも文化・文明は遅れているが、魔法によって生活が営まれておる。できればそこに運んでほしいと思ったのじゃ。運ぶと言っても目に見えるわけでもなし、重さがあるわけでもない。お主がいるだけでマナを活性化し増殖するように妾の方で調整しておく。」
へぇ~、マナなんてあるんだ。ゲームみたいだな。それに、魔法で生活するって面白そうだ。
どんな世界なのかな、楽しそうだな、などと考えるが、どこか他人事のようだ。
この感覚は何だろうか、先ほどからふわふわして、どうにも実感が湧いてこない。
ふわふわした気持ちのまま神様と話を続け、マナを運ぶために転生するにあたって新たに体を用意してもらえるとか、行った先の世界は魔物が跋扈している所なので、必要になりそうなスキルがもらえるとか話をした。
そもそも俺なんかが、そんな大事そうな使いをしてもいいのかと思ったが、神様の話では俺が適任みたいだし、気にしなくてもいいのかな。
それに、死んでしまった以上このままでも仕方ない。特にやることもないので、まぁいいかと引き受けた。
神様との話の中で、イケメンがとか、魔法がとか、剣術がとか、聞いているうちにワクワクしてきたのはナイショである。
そうして神様とやりとりを続け、必要なスキル・知識などを詰め込み、新しい世界に行く準備が整った。
「大体こんなものかの。あの世界に異世界人を送るのは初めてじゃからのう。いろいろと準備しておかないと心もとないからのう。何度も言うたが、向こうはお主の世界とは違うのでな、十分注意していくのじゃ。転移したとたんに死んでしまっては元も子もないからのう。」
―はい。いろいろと気を遣っていただいてありがとうございます。それにしても、私が初めてですか………。
「まぁ、大丈夫じゃ。しっかりした体を用意したからのう。それで、向こうに行ったらできるだけ世界を巡ってほしいのじゃ。あとはお主の好きに生きればよい。」
―世界を巡るっていうことは、旅をしろということですか?
「そうじゃ、マナを世界中に行き渡らせるため各地を巡ってほしいのじゃ。」
―そうですか。旅をして、各地で何かすることはあるのですか?
「ああ、行くだけでよい。その土地に行きさえすれば、マナが行き渡るよう妾の方で調整しておくのじゃ。」
―わかりました。何にしても生き返らせていただけるようで、ありがとうございます。
「まぁ、妾の方でも願いがあったのじゃからあまり気にせんでもいいのじゃ。それから、向こうには案内人を用意しておくので、向こうの世界のことはそいつに聞いてみることじゃ。」
―案内人ですか。お気遣いありがとうございます。助かります。
神様は案内人を用意してくれると言ってくれた。ありがたいことだ。
たった一人で異世界に放り出されたのでは、右往左往するだけでなかなかやりたいことができないのでは、と思ったのでとても助かる。
話がひと段落つくと、白く輝いていた自分の周りが薄いピンクに変わってきていることに気が付いた。
俺自身も体が暑くなってきているような、ザワついた感じが胸に湧き上がる。
俺の周りの色が変わってきていることに、神様も気づいたようで少々慌て始めた。
「おおっと、もうこんな時間か。ヤバいのじゃ、そろそろ送らんとまずいようじゃ。」
―どうしたんですか? 何かマズイことでも...。
「ああ、…ここは妾の神域なのじゃ。あまり長い時間ここに神ならぬ者がおると、いろいろと影響を受けることになる。ちょっと時間がかかり過ぎたかもしれんが、まぁ大丈夫じゃろう。」
―なんか、ずいぶんと軽いようですが大丈夫ですか?
「大丈夫じゃ。たぶん。それでは転移させるが、その魂が体になじむまでしばらく時間がかかると思うが、心配はいらんのじゃ。」
―……そうですか。ちょっと心配な気もしますが、よろしくお願いします。
―いろいろとお世話いただきまして、ありがとうございました。それでは、行ってきます。
「おう、達者でのう。」
最後はちょっと慌ただしかったが俺はこうして異世界に転生することになった。




