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Earbuds Junkie

作者: うそつき

 指を切って失血死する夢を見た。ちょっと怖かった。

 だからなんだって話。

 何事にも意味があるわけじゃないし、ないと思ったらあるのかもしれない。有名な登山家が残しているじゃん、そこに山があるからだって。

 自分が山と思ったら、それが山なんだよ。

 なぜ愛しているのか。お父さんお母さんはきっとそんなこと考えずに私を育ててくれたんじゃないかな。なんだっていいけど自信をもって言えるね、私は愛されている。大層な問いに聞こえるけど言葉にするのが難しいだけで、実はさほど重要なことでもないんだと思う。歌詞が聞き取れなくてもものすっごくかっこいいと感じる曲とかあるでしょ、たぶんそれと同じ。と言いつつも少し外を歩いているとふと考えちゃうことがあるんだ。愛ってなんだろう、何のために生きているのだろう、とかね。考えてみたら彼氏が元カレになった途端恋が終わるとか身勝手すぎる。我ながら相当めんどくさい。好きじゃないけど嫌いじゃない。そんな大雑把で頑固な矛盾した人間が私なんだ。


 部屋の隅から隅へ対角線上に張った部屋干し用ロープに、緑のワンピースをクローゼットから出して引っ掛ける。

 寝起きから機嫌がいい人とか信じられない。小学生の夏休みは毎朝公園に集まってラジオ体操していたんだけど、やる前に全員で歌う歌からしてすでに嫌だった。朝は新しくも古くもないし、絶望はあっても希望はない。現実にあるのは空腹と怠惰な眠気。どうにかこうにか食欲と睡眠欲に負けないようにしなきゃいけないのだから、一日の中で結構根性のいる時間だ。


 朝はスムージーとバターコーヒーしか飲まないですね。あたし、朝は固形物食べると胃がビックリしちゃうんです……。


 いつだったかテレビで有名人の朝のルーティンを紹介していた。モデルや女優は、文字通り身体が資本。徹底して気を遣うのもきっとプロ意識の表れなんだろうな。机の上にある雑誌の表紙にも、〈シアー素材で大人の夏コーデ〉と大きな見出しの下に〈毎朝野菜スムージーで美味しくダイエット!〉と太字の黄緑で書いてある。でも、一般の方まで朝から飲み物だけの生活し始めたらいよいよ不気味だと思うのは私だけでしょうか。

 そんな私の朝食は、午前七時、クソ雑に、細切れ牛肉焼いてった。にんにく、醤油、白米。塩はかけないらしい。

 私の胃は別にビックリしないし、むしろ肉が欲しくなったのだから最高の健康的な朝ご飯だ。しかし全然映えの対極のような見た目。わけもなくテレビつけて、普通に食べて、スマホ見ながら歯磨きして、シャワー浴びて……生きるにはそれで十分なんだよ。ただ勝負所でテンション上げる瞬間は私にも大事なことで、今日着るのはとっておきのワンピース。私にとって狭い生活ベース、服にとって不出来なショーケース。自分のものになってもなお憧れであり、お気に入りであり、良くも悪くも一張羅なお洋服を、未だに部屋の真ん中に吊るしては飽きもせず眺めて恍惚な声が少し漏れてしまう。光の角度次第で違う表情を見せてくれて、黒でパイソン柄の縁取りがしてあるのだけどエメラルド色の揚羽蝶にも似て見えるときがあり、刹那的になにかのアニマル柄っぽくも草間彌生っぽくもなる気がする。無限の妖しさがいつも高揚させてくれる。着て外に出るとちょっとダーティーな女優になれたようで、誰に何を言われても「別に」と言いたくなるし100パーセント許される気でもいる、顔さえ見られなければね。今日に限っては真ん丸饅頭顔をがっつり晒さなきゃいけないので、そんな意地が悪い発言は口が裂けてもしちゃいけないのだけど。

 というのも、聞いた話だと面接ではおでこを出したほうがいいらしく、髪の毛が肩までかかっている場合は後ろで結ばないといけない。なので毛先をアイロンで外ハネにした後、バームを使ってオールバックにした。たかが見た目、されど見た目。

 スマホで垂れ流している音楽を次の曲へ送ると、マシンガンギターとしゃがれた声でがなり立てるキラーサウンドが私のひねくれ気味の脳内をジャックした。テレビの占いによると今日のラッキーカラーは青らしいが、色くらい自分で決めたい。ついアイラインを跳ね上げぎみで描いてしまった。化粧もナチュラルめのがいい、ってかそうでないと落とされるらしい。社会というのは個性を殺しにかかってくるのか。それとも自分が勝手に殺しているのか。溢れ出したんだ、愛という憎悪。やり直すのも面倒なのでリップも赤の上にピンクを重ね、全体的にまとまるようにしてみたら意外にも好きな雰囲気に仕上がった。


 都会に出てきて二年目に入った。一人暮らしにも慣れて、ゼロから始める下宿生活のワクワク感が少し恋しかったりもする。だからといって毎日に飽きて地元に帰りたいなんて気持ちは微塵もなく、信号待ちしている人たち――バーバースタイルのビジネスマン、チャリに子どもを乗せた母、賢そうな私立高校生――は今日という一日を戦っているように見える。周りがしゃんと胸を張っているから自分も背筋が勝手に伸びる。ようするに雰囲気がかっこよくさせてくれるってこと。一応二十歳になったわけだし、そろそろ情熱も内に秘めた海みたいな女になりたい。人生、かっこつけた者勝ちだ。疲れるけどね、地元に比べたら。まあ親の反対押し切って服飾の専門学校に通い出したにワルガキなんだし、これくらいの環境がちょうどいい。


 信号が青に変わり、ミュン、ミュンとリズムよく交差点を騒ぎ立てる。しかし煽られる前に交差する道路が赤になった時点ですでに我々人間の気持ちは渡り出しており、いざスタートして横断歩道を渡ってみても信号の音なんかより歩調のほうがずっと速い。流れに遅れず、行く先を予測しながら、スクランブル交差点の渡り方にはコツがいる。

 ねえ、知ってる。静かな道路でも寝そべったら音が響いてくるんだよ。

 高二の秋、友達と一緒にライブハウスに行った。ハルカっていう子なんだけど、成績優秀なのに聴いている音楽はヤンキーみたいな趣味の持ち主だった。そのギャップがおもしろいなと思ったのが話すきっかけで、関われば関わるほど真面目だけど真面目じゃないというか、悪魔に憧れている天使というか、とにかく偏差値や通知表で測れるほどわかりやすくない子で、私の中ではある種のスターだった。浜崎あゆみや西野カナよりもずっとね。一方当時の私はどこにでもいる平凡な女子高生で、正直うるさい音楽に触れることも含め初めてだった。

 別世界だったな。

 拳あげて、がなって、狂いに狂った。その帰り道にハルカと別れてから、私もどうにかなっちゃったんだろうね、道路の真ん中に寝そべった。時間も遅かったから車も通らないし人もほぼ来ないとわかっていたけど、道路は揺れていてスリルを全身で感じた。自分が汚れちゃうようなバカなことはしないよう正しく躾けられてきたのにね。でもなんとなく思った。

 人生はロシアンルーレット。欲しかったのは危ない毎日、ドキドキするような刺激的な生活だったんだ。

 それから学校終わったあとは、頻繁にハルカのおうちでいろいろな音楽を自分のウォークマンに入れてもらった。今のテレビには出られなさそうなパンチの効いたグループがたくさんいるなんて知らなかったよ。ロックなんて聴かない私が、気が付けばロックしか聴かないほどになるなんてね。私生活もちょっと変わりつつあって、保健室行くと嘘ついて二人で海に行ったり、帰り道に制服のままコンビニ前で肉まん食べたりもした。駅近くのネオン街を制服着たまま探検したこともある。たしかハルカが興味本位でラブホテルを覗こうとして怖いおじさんに怒鳴られたんだっけ。もちろんあとで先生からもひどく怒られてしまった。人に迷惑をかけることを覚えたかわりに、とにかく充実した日々を過ごすことができていた。


 道の隅っこでちっちゃい男の子が泣いているのを、お母さんがなんとかあやしている。かわいいなあ、なにがそんなに悲しいのかな。お母さんはめっちゃくちゃ大変だろうけど微笑ましい。私たちの横を救急車がサイレンを鳴らしながら過ぎ去っていく。もしここが田舎だったら、泣き止んでくれるかどうかは別として、カバンから飴玉の1つや2つ出してあげたいんだけどね。

 この子たちみんながすくすくと育ってくれたらいいな。

 ちびっ子を見かけて感傷に浸りすぎるのは、さすがにオバちゃんっぽいと言われるかもしれないけどしかたないんだ。ハルカは、たったの十八年で自ら世界から消えたのだから。たくさんの人が、「どうして」と心の中でつぶやいただろうね。指定校推薦で有名な大学の合格をもらってすぐのことだった。私も、みんなも、ハルカの新しい舞台が決まったことにありったけの祝福をしたばかりなのに。

 人には誰しも地獄がある。同じのはない。だからどれだけ外野が助けたとしても、結局は孤独にただ一人で向き合っていかなきゃいけない。

 ただのエゴだと言えばそれまでなんだけれど、未だに誰かがハルカについて語るのを聞きたくない。私と過ごしたハルカを誰も知らないし、他の人の目にもきっと別の映り方をしているはず。私の中には私のハルカがいて、他人の話を聞いてもなんだか語りつくせていないような気もするし、だから自分でもわざわざ人に話す気にはならないし、話せないだろうなとも思っているの。

 積極的に言葉にしようとしないせいか、私なりの「どうして」はわからないままほったらかし。いくらロシアンルーレットでもさ、わざわざ自分の番に自分の手で銃弾詰めて撃つことないよ。こちらから踏み込んで話を聞いてあげたらよかったのかなとか、見つめられたときにキスで応えたらよかったのかなとか、時間が経っても気分は虚ろのまま。こんなことなら私を犯してくれてよかったのに。言葉にできないまま八つ当たりしたらよかったのに。まあ、できないよね、ハルカには愛があったから。

 大切な人がいなくなったからというわけじゃないけど、自分のやりたいようにやろうと思って大学受験をやめた。最後の最後まで周囲は筋の通った安心安全なことを言って反対したけど、心には響いてこなくて我を貫いて現在に至る。

 好き放題やったことに後悔は一切なく、退屈とお別れできて清々している。ただ1つ悪いなと思っていることが生まれて、なんだかんだ仕送りもしてくれているにもかかわらず本当に申し訳ないけど、お洋服に興味があるのは今まで通り変わらないしむしろ強く惹かれてはいるんだけど、今はそれを実際に着る丸裸の人間に惹かれているの。

 もしも君が泣くならば、死ぬならば、叫ぶならば。

 役柄を通して君と一緒に生きていきたい。

 なんてね。実力もないくせにそう思っちゃったから学生生活しながら細々とやっている。


 過去のことなんかに耽っちゃって、なんだか本当にオバちゃんっぽい。軟骨にピアスでも開けてみようかな。アニメみたいにかわいくて、最初から最強で完璧な存在にはなれない。どうせ平凡で無力なんだから――軽くなるだけ、あとはトぶだけ。

 コンビニに着いた。休憩中なのか退勤したのか、店先でお客と混ざって制服のままタバコを吸っている人がいる。夜勤で働けば最初から900円くらいは見込めるだろうし、今のバイトと合わせたら演技のレッスン代くらい捻出できるはず。

 朝食のせいかな、正直今はもうちょっとやんちゃで大胆な、そうだなあ、たとえば焼肉屋さんみたいなところで働いてみたい気分だったりする。あくまで気分。現実世界できっちり戦っているのだから、心の中はどうだろうと自由でしょ。




自分で書いておきながら、いい検索キーワードが思いつきません。






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※参考・引用元(順不同)

BUMP OF CHICKEN/天体観測

THEE MICHELLE GUN ELEPHANT/スモーキンビリー

THEE MICHELLE GUN ELEPHANT/バードメン

GOING STEADY/もしも君が泣くならば

あいみょん/君はロックなんて聴かない

松本伊代/センチメンタルジャーニー

ジュディ・オング/魅せられて

中島みゆき/スクランブル交差点

ラジオ体操のうた

「別に」…沢尻エリカといえばこの言葉。

浜崎あゆみ…90年代後半から大活躍するアーティスト。

西野カナ…「恋愛ソングのカリスマ」と謳われた歌手。

Re:ゼロから始める異世界生活 (タイトルのみ)

「ねえ、知ってる?」…豆シバのCM



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― 新着の感想 ―
[良い点] つらつらと綴られているのが盛大な独り言を聞かされてる感じがして、面白いです。結構なヘビーな事を語っているのに、じとっとした感触がないのがとても〝今時〟なのにどこかノスタルジー。その雰囲気は…
[良い点] 単語のチョイスや並べ方が自分には真似できないセンスを感じます。 グツグツ煮たった魔女の大鍋。 なにかとんでもないものが出てくる予感がします。
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