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3、病人と墓場 4




――――開拓惑星№00310。


(開拓惑星№00310)


――――ノエル大使は、そこに行った。


(ノエル大使は、そこに行った)


渋々といった感じで教えられた言葉。

それをギオは、ワープ中の暇を潰すため頭の中で繰り返していた。


(開拓惑星№00310、か)


あんなところになにがあるというのか。

伝聞のみで知るその惑星のことを思い出し、疑問を抱く。


開拓惑星№00310。

点在する建物内で暮らす木星人が、自らの星を地球と似た環境にするべく開発した、地球の大気と同じ成分を持つ物質を自己生産する装置。その試運転が行われた惑星。

設置された装置は期待通りの働きをしたが、代償は暗鬱な曇り空。それに加え、拒絶反応さえ起こすほど、惑星の土と植物の相性は絶望的に悪かった。


人や動物は住める。しかし、植物は育たない。

惑星はすぐに放棄され、数年ほど放置された後に『大使団』に引き取られた。

『大使団』はその惑星を、戦死した軍人達の墓場にした。

そして彼らは一人の地球人を墓場の『墓守』に任命し、管理を任せた。

戦死した軍人達のために日々祈りを捧げているといわれるその墓守は、顔も名前もろくに伝わっていないにも関わらず、地球・木星のどちらからも慕われる存在となった。


開拓惑星№00310。またの名を、墓場の惑星(ほし)


現在は『大使団』が所有権を持つその惑星に、『大使団』の大使であるマリオが行くのはなんら不思議なことではない。

だが、来訪中にわざわざ出向くような用事が生じる場所でもない。

墓場といっても、十字架を象った杭がいくつも地面に打ち込まれているだけと聞く。とてもではないが、墓参りができるような状態ではない。

少なくともギオはそう思う。


(……なんでなんだろ)


ぼんやりと考え、目を瞬かせる。直後、小さな電子音がコックピットに響き渡り、白に埋め尽くされていたスクリーンが黒に満たされた。

ワープの終了。

目的地に設定していた開拓惑星№00310のすぐ近くについたのだ。


「ま、考えても仕方ないか」


そう割り切るように呟くと、操縦桿を掴み〝白姫(しらひめ)〟を動かす。

スクリーンに映るのは似たような真空の宇宙ばかりなので、一見しただけではなにも変わっていないようにも見える。けれど確かに変化あり、その証拠に、右スクリーンの端にはやや小さい灰色の惑星が映しだされていた。


「大気圏突入準備」


灰色の惑星を中央のスクリーンに映してから、短い音声命令(コマンド)を送る。

数秒が経過し、モニターの方に表示される[OK]の文字。コックピットの中からではわからない。だが、外から見れば、白い機体(ボディ)の姫が防熱コーティングの薄い膜に包まれているのがわかるのだろう。


「……」


ヘルメット越しに灰色を見つめながら、ギオは操縦桿を倒してその灰色の中を突き進む。

大気圏を突き抜けるとき独特の、しかし地球に降り立つときは異なる振動を小刻みに感じつつ、〝白姫〟は墓場へと向かっていった。






大気圏を抜けた後。着地地点を迷ったギオは少し逡巡した末、結局はなにもない荒野に佇んでいた〝黒影鬼(こくえいき)〟の横に〝白姫〟を下ろした。


「着地完了」


音声命令(コマンド)を送り、防熱コーティングを解除させる。全体を覆う膜が取り払われるのに要した時間は、全体を覆うときにかかった時間と同じ、わずか数秒で終わった。


「ふう…」


息をついて、青いフルフェイスを頭から外した。

コックピットの空気は少しこもっていたが、それでも汗ばみ始めた首筋や頬には心地よかった。今度は無意識に息が零れる。緊張で、息は奇妙な熱を持っていた。


「…………なにしてんだろ、俺」


上着を返すために、わざわざこんなところまで。

しかし、それを馬鹿らしいと断ずることがギオにはできなかった。

否、したくなかった。


わざわざ出向くなんて馬鹿らしい、戻ってくるまで待てばいい。そう思った時点で、自分は一生彼女を避け続けるような気がしてならない。

明日渡せばいい。きっと自分から取りにくるだろう。誰かに渡してもらえば。

そうやって理由を作り、逃げるための口実を作り、怖いものを避ける。それこそ本当の臆病者だ。そんなところまで堕ちたくないし、堕ちるつもりもない。

第三者が知れば、なんでそこまでと笑われるだろう。ギオだって、何度も何度も思った。なんでここまで必死になっているのだろうと。


だが、本能が言っているのだ。

今を逃すなと。

罪悪感が恐怖を抑えつけている今を逃すなと。


「……返すだけだし」


言い訳するように呟きながら立ち上がり、外したフルフェイスをついさっきまで自分が座っていた場所に置いた。空いた手で、立てかけるようにして置いていた紙袋を持つ。


「システム終了。シャットダウン」


去り際に音声命令(コマンド)を送れば、灯っていた明かりが全て消える。曇り空と荒野を映しだしていたスクリーンも、スクリーンではなく不明瞭な鏡になった。

ちっちゃなミラーハウスみたいだな。

エディの言葉が、一瞬だけ脳裏を掠めた。


「視界わる……」


ぶつくさと文句を言いつつ、そのわりには澱みない動きでハッチに向かう。

コックピットから少し離れた壁に設けられているハッチ。その真横にある小さなへこみに手を伸ばして、そのままそれを上へと持ち上げる。パカッと抵抗なく開いたその下には丸いボタンが数個あり、ギオはその中の赤いボタンを迷わず押した。


かちり

がちゃ


ロックの外れる音が響いた後、取っ手を前に押してハッチを開く。薄明かりが暗いコックピットに入り込み、反射的に二,三度ほど目が瞬いた。

ロープを出そうかと思ったが、別にそんなものを使わずとも降りることはできるので、黄色いボタンに伸びかけた手を引っ込めた。代わりに両手で縁を掴み、慣れた動作で力を込め体を前の方に押し出した。

そしてそのまま、体全体を外に出そうとする。しかし、ギオは上半身だけが外に出ている不自然な状態で、ピタリと凍りついたように止まった。


視界の端に映る鈍色。

首筋に触れている冷たいもの。


「――――なんのようだ」


間近で囁かれた、聞いたことのないテノール。

状況が飲み込めない中、危機感だけは理解できた。


「質問に答えろ、小僧」


チャキッという音と共に、声が凄みを増す。視線を右の方にずらせば、真横には黒いスーツを着た長髪の男がいて、男はギオの首に刃物を軽く押しつけていた。


ギオと違い、一切の柔らかさを感じさせない硬質の黒。

不機嫌そうなしかめっ面に、眉間の皺。

白い左手が持つ刃物は、本でしか見たことのない『カタナ』と呼ばれるもの。

思うところは色々とあった。しかし、ギオの目をなにより引いたのは彼の瞳の色だった。


紅い双眸。

鏡を覗き込むときしか見られない自分と同じ、紅蓮のような紅。

凝視してしまうギオに、赤目の男もまた、ギオの目が赤であることに気づく。


「……」


警戒心を宿していた目が細められ、男は押し当てていたカタナをわずかに引かせてギオを見る。不機嫌そうな表情は変わらなかったが、発せられた声は幾分か穏やかだった。


「名前は?」

「……ギオ=クラルテ」

「所属と階級は?」

「……地球軍Ⅴ隊(ごたい)。階級は…、大尉だ」

「トップパイロットか?」

「……一応」

「なら、お前がフォスターの言っていた新人か」


隊長のことを知っているのか。

そう言いかけたが、カタナが動いたので口を噤む。

完全に首から離された刃は、男の腰にある白い鞘に収められた。


「ついてこい」


それだけいうと、男はあっというまに地面に着地した。

獣を連想させる身軽な動き。たまに自分がする動きと似たそれに思わず目を瞠り、言葉を失って歩いていく彼の背を見下ろした。

突然のことについていけず、返事も質問もできない。

だが、男は振り返ることも言葉を繰り返すこともせず、黙って歩いていく。


ついてこい。

男は確かにそういった。

素直についていくのは躊躇われたが、自分がこの惑星の地理に疎いのもまた事実。

ついていくしかなかった。


「ま、待ってくれ!」


声を上げ、急いで下半身も外に出す。そして、ハッチを閉めてロックをかけてから、先刻男がしたのと同じような身軽な動きで〝白姫〟から降りた。

男は振り返らなかったが、速めだった歩調はわずかに遅くなった。


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