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3、病人と墓場 3




馬鹿なことをしている。

それがわかっているのに、やめることもできず自分はここにいる。


[大気調節及び重力調整完了。右辺第二ゲート開門します]


青いパイロットスーツに着替え、愛機に乗り。


[右辺第二ゲート開門。ギオ=クラルテ大尉、どうぞ!]


「《デウスエクスマキナ》Ω‐01〝白姫(しらひめ)〟、発進する!」


操縦桿を握って、戦闘でもないのに格納庫を飛び出した。

一人の少女を追いかけるためだけに。




「……………………本当に信じられない回復力だな、お前」


長い沈黙をたっぷり前置きし、クリスマスは呆れ半分感心半分で呟いた。

馬鹿にされていると受け取ったギオは、不機嫌そうな顔でクリスマスをねめつける。精一杯凄んでみたつもりだったが、やはりというかなんというか、効果はなかった。


「しみじみというな、しみじみと」

「自分が何℃の熱に苦しめられていたかを思い出せ」

「……」


自らの非常識さを否定できず、黙った。

四十℃の高熱を一晩で引かせる。薬を飲めば、それ自体はさほど珍しいことでもない。医薬技術が発達した今、高熱が何日も続くという事態の方が稀有だ。


しかし、ギオは処方された薬を一切飲まず、高熱の余韻も残すことなく全快した。

自己治癒力が凄まじいといえばそこまでだが、普通に考えれば異常である。


「どうせ今日は非番なんだから、予定や用事がないなら部屋で大人しくしてろ。つか、そうやって一日経ったら平然としてるから余計に目ぇつけられるんだぞ」

「いびられるのが怖くて軍人が勤まるか。それに、用事があるから出歩いてんだよ」


俺だって本当は寝てたいんだ、と。

腕を組んで言い返せば、大した用事なのかと返され言葉に詰まった。


「っていうか、その紙袋はなんだ」


追い討ちのように指摘され、仕方ないので正直に服だと言った。


「服か」

「服だ」

「……大した用事じゃないなら部屋に戻れ」

「……大した用事だ」


一応。

多分。

続きを心の中だけで言い、ばつが悪そうに視線を逸らした。


実のところ、行動自体は大したものではない。

手元にある礼服の上着をマリオに返す。ただそれだけだ。

問題なのは相手だが、クリーニングした上着を入れた紙袋を押しつけてしまえば、それで片がつく。彼女は言及することなく、黙ってそれを受け取ってくれるだろう。


ギオにとって最も重要なのは、返却できるか否かではなく対面できるか否か。

当たり前のことさえできる自信は既に喪失しかけ、重たいしこりが生じつつある。


(はあ……)


部屋を出るときにあった意気込みが、尻すぼみになっている。

そのことを実感して、内心こっそり溜息を吐いた。


「どんな用事かは知らないけど、それは格納庫ですませられるもんなのか?」

「…………まあな」


突然の真っ当な問いに、沈黙を置いて歯切れ悪く答える。

一昨日のことを思い出したら決意が挫けかけ、怯え始めてしまった気持ちを落ち着かせるために自分の愛機を見にきたなど、口が裂けても言えはしない。

腹を抱え、壁を連打して爆笑するクリスマスが頭の中で大写しになる。想像なのにそれはやたらとリアルで、想像だというのにかなり不愉快だった。


「えい」


聞き逃してしまうほどの何気ない言葉と共に、指先が眉間に押し当てられた。そのままぐりぐりと指を動かされ、わずかな痛みと五割り増しになった不快感が湧き上がってくる。


「離せ」

「あ、皺が増えた」

「は・な・せ!」


楽しい楽しい面白いと連呼し、指先にさらなる力を込めてくるクリスマスの手を、一言一言強調しながらなんとか引き剥がす。

引き剥がされた後も、わざと眉間に皺を寄せて笑うという嫌がらせをしてくる。怒りはあっというまに臨界点を突破し、紙袋を置いて無言で殴りかかるがあっさりかわされた。腹立たしい。その腹立たしさに任せてまた殴りかかって、そしてまた紙一重でかわされた。


「あーたーれーっ!」

「やーなこった」


けらけらと楽しげに笑いながら、ひょいと右ストレートを避ける。

ネイビーのメッシュが入った金髪がそのたびに揺れ、ギオの負けん気を煽る。だが、拳や蹴りの軌道を読んだ上でかわしているクリスマスに、単純すぎる攻撃は当たらない。

ただただ攻撃をぶつけることのみに専念するギオと、無駄のない動きでまっすぐな攻撃を避けているだけのクリスマス。どちらに分があるかなど明白だが、そんな理由で自らの怒りを鎮められるほど、ギオは器用でもないし大人でもなかった。


「この…っ!」


口汚く零し、足払いをかけようとする。それを見たクリスマスはギオが屈むと同時に足裏に力を入れ、彼の足が自分の体勢を崩す前に軽く跳躍した。

伸ばされた足が、なにもないところを通過する。

普段なら、舌打ちが聞こえてきそうなシチュエーションだ。

だが今、ギオは舌打ちの代わりにしてやったりといいたげな笑みを口元に浮かべ、不敵な光を紅い目に湛えてクリスマスを見ていた。

立て直しにくいはずの体勢が、一瞬のうちに解かれる。

まずい。

そう思った直後、片足はギオの手に掴まれ、そのまま体が床に叩きつけられた。


「ぁ、だっ!」


短い悲鳴を上げ、顔を顰める。

受け身を取る暇もなく、背への衝撃は一切殺されなかった。


「容赦ねえなあ……」


半分本気でぼやき、上体を起こす。

本当に容赦がなかったら、倒れ込んだ後も攻撃を続ける。それが喧嘩の常套手段で、恐らくギオはそれを自らの体で知っている。

でも、ギオはそれをやらない。彼の流儀や信念に反するからだ。

しかし、どうやら今回はそれだけの理由ではない。それにクリスマスが気づいたのは、立ち上がったときに見たギオの顔がやたらと呆けていたからだ。


「……まぬけづら」

「なんかいったかこら」

「いんや、なんにも」


独り言のつもりで呟いたら即座に聞き返されたので、頭を振って否定する。


「で、どうした?」

「いや……」


問いかけ、返ってきたのは歯切れ悪い言葉。

首を傾げて視線を辿れば、空になった来訪者用のボックスがあった。


「大使サマならいないぞ」

「……なんで」

「用事があるっていって出かけた」

「……どこに」

「知らん。隊長なら知って」


るんじゃないか。

そう言い終わる前に、紙袋を拾ったギオは瞬く間に走り去っていた。

予想外の行動を目の当たりにして、クリスマスは暫し言葉を失った後。


「忙しない奴だなあ……」


ポツリと零し、深緑色の愛機が収納されているボックスへと歩いていった。


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