副作用で7億秒後に○○になります。
「知っているか?」
俺の前に座っている二人の男子学生。その片方がもう一人に話しかける。
「究極の遺伝子操作ベビーの噂」
「ああ」と頷く片割れ。「親の経験を子に引き継げるってやつ。詳しくは知らん」
それは最近話題になっている都市伝説だ。
一般には親が経験したことや知識は子供に遺伝しないと考えられている。だが数十年前にそれを覆す発見があり、今じゃ人間でもそれを可能にする技術があるという。
これを施せば子は親が得ていた知識や経験を生まれ落ちた時から持っている。特に威力を発揮するのが経験らしい。親がプロスポーツプレイヤーなら同じだけの能力を、努力ゼロで得られるのだ。
富める者たちは、こぞってこの遺伝子操作ベビーを授かっているという。
ま、ただの都市伝説だ。
「その第一世代が俺たちと同じぐらいの年らしい」
と最初の学生。それから有名な若手スポーツ選手や権威あるコンクールに入賞した音楽家の名前を幾人か挙げた。
「へえ。……本当なら応援する気が失せるな。けど噂だろ?」
「そ、ただの都市伝説。僻みから生まれた話だろうな」
二人の男子学生が笑いあう。
そうそう、僻みだよ。下らない。
「でもさ、オチが怖い」
「オチ?ネタなのかよ」
オチ?と俺も引っ掛かる。それは聞いたことがない。二人の話に集中する。
「この技術、しっかり検証する前に人間でやっちまって、ようやく最近、副作用がわかった」と男子学生。
副作用。
「どうも遺伝子操作するのに、最初に研究した線虫の染色体だかなんだかを使うらしい」
心臓がバクバクいっている。
「分かった!」と聞き役の男子。「線虫になるんだ!」
「それじゃカフカ!まあ、ほぼそうだけどさ」
「そうなんかよ」
二人は笑う。
「線虫は透明らしい。んで、この遺伝子操作ベビーは操作から7億秒後に副作用が発症。細胞から色が消えはじめて最後は透明人間になる。でもビミョーに臓器とかと透明度が違って、見えるらしいぜ」
「うわあ、胡散臭え」
都市伝説だからな、と最初の学生。
「その7億秒が21才前後なんだってよ。ほら、急に休養した選手が多いだろ?『21才の壁』とか言われてさ。しかも一切人前に出てこないじゃん」
「そうだな。それでこんな話が出たのか」
俺は21才。そっと自分の手を見た。最近色白になった気がしていたのだ。まさか。
両親はスポーツ選手じゃない。だけどどちらもハーバード大出身の超エリート。確実に高額納税者の部類。
何より幼いときから、勉強なんてしなくても、既に何でも知っていた。今この大学にいるのも、『普通』の人間を学ぶための社会勉強でちょっと見学に来ただけだ。
「だけどさ、それが事実だと仮定しても」と聞き役の学生。「今は透明人間が珍しくても何十年かしたらエリートの証、ってなってるよな。臓器なんて服を着りゃ隠せる」
そうか。そうだよな。
お前、一般民のくせに良いことを言う。
俺はほっと息をついた。
「全然怖いオチじゃないじゃん」
「まだオチじゃねえって」
笑いを含んだ声に、身体が強張る。まだ何かあるのか?
「この線虫、なんと、雄の割合が0.1パーセント」
「え!めっちゃハーレム!」
「バカ。さっき俺が挙げた名前を思い出せ」
必死に考える。
…全部男だった。
「残りは雌雄同体」
再び心臓がバクバクいい始める。
「幼虫期に精子作って、成虫期は卵作って自家受精。先に雄機能のせいか、遺伝子操作は男でしか成功しないらしい」
「それって奴らに女はいねえってこと?」
そう、と男子学生がにやりと笑う。
「しかも、だ。奴らのうち99.9パーセントは自家受精するから、あそこは必要なし。使えなくなるらしい」
「うわっ、めっちゃ怖え!!」
「しかも卵を産むんだぜ!!」
「怖すぎる!!しかもどっから出すんだよ!!」
「ホラーだよな」
二人はケタケタ笑っているが、俺は震えが止まらない。
透明人間はまだいい。
だけど他は…。
しかも心当たりがありまくり。
心配で病院に行こうかと悩んでいた。
俺はこれから卵を産まなきゃならないのか?
お読み下さりありがとうございます。
インスパイア元とネタ元は以下になります。
福岡伸一『動的平衡』(エッセイ)
朝日新聞2019,8,8
透明のネタ→透明マウスの写真
(ググると出てきます)
線虫の特徴は、《エレガンス》《線虫》でググった結果をそのまま書いてます。
本当はこのネタで、SFミステリーか悪役令嬢ものを書きたいのですが、想像力が足りず、ホラーになってしまいました。