わたくし、婚約破棄致します――だからどうか、貴方は幸せになってくれますように。
白亜の神殿。
その聖堂に鎮座する女神像の前で、わたくしは罪人のように跪く。
否――今から正に罪人となるのだ。
わたくしには婚約者がいる。この国の王太子、ジルベルト殿下だ。
公爵令嬢という肩書きにより幼くして政略的に選ばれたが、それでも仲睦まじく過ごしてきたと思う。
だが、その穏やかな日々は突然壊された。
ある日いきなり空から現れた不思議な少女。
幻の光魔法を使う少女は聖女と呼ばれ、周囲の人間を次々に魅了した。
反対に、わたくしは日に日に孤立してゆく。聖女が殿下を気に入り、傍から離れなかったからだ。
学園でも、社交界でも、ついには己の家族すら、聖女こそ殿下の婚約者に相応しいのではと皆が口にする。
愛し合う恋人達を引き裂く悪役のような扱いを受けるわたくしにとって唯一の救いは、殿下だけは態度が変わらなかった事。むしろ周囲に対し自分の代わりに憤ってくれた、そんな彼だからこそ――わたくしは決心をした。
わたくし達は陛下に認められた婚約者であり、婚約の誓いを女神に捧げる儀式も済ませている。
女神への誓いは絶対とされ、それを反故にするとなれば如何様な神罰が下るか分からない。しかし今の有様では、二人が結ばれる事を周りが許さないだろう。
……ならば罪も罰も、彼に届かぬよう己が背負おう、と。
「わたくし、セレスティ・エトワールは、ジルベルト・フィガルス様との婚約を破棄致します事を、女神様に誓います」
震える声が、頬を伝う涙と共に零れ落ちる。
けれど次の瞬間、わたくしは瞳を大きく見開いた。
「そして私、ジルベルト・フィガルスは、セレスティ・エトワール嬢と婚姻を結び夫婦となる事を、改めて女神様に誓います」
振り向いた先に立つ愛しい人に「君を独りにはしないよ、愛するセリィ」と微笑まれ、先程とは違う涙が流れる。
そこへ新たな声が凛と響き渡った。
『その誓い、確と聞き入れた』
同時に、女神像の真上に聖女が現れる。何故か、輝く輪で拘束された状態で。
殿下と二人で驚愕していると、これは妾の眷属だと声が告げた。
昔から悪戯好きで手を焼いていたが、今回は度が過ぎている。仕置を与えるから安心して良い、と。
そして聖女は消え、女神の采配なのか、わたくしと殿下以外は誰一人として彼女の事を覚えていなかった。
後に結婚式で女神像から祝福の光が溢れたと評判になった王太子夫妻は、やがて王と王妃になっても互いを愛し支え合い末永く幸せに暮らしたと、後世まで語り継がれた。