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Separation

作者: N

ふと目覚めたときから、目が冴えたままずっと眠れないでいた。

ベッドで横になっているとたまらなく身体が疼いてきて、時間を潰すための睡眠もままならなくなる。

 AM3:33、時計の針が響く部屋。窓の外はまだ薄暗くて、外は物音ひとつしない。

 ただ沈んでいくだけの夜。寝る前に塗ったニベアの匂いと、ピローミストの甘ったるい香りだけが今持てる私のすべて。苦痛をかき消すように薄っぺらな毛布を被るけど、私が私であることのやるせなさは消えない。なにをしても、どこにいても。

 毛布を剥ぎ取って起き上がり、冷蔵庫に残っていたサワーを瓶から煽って、気まぐれにスピーカーで昔聴いていたCDの曲をかける。

 懐かしいイントロがスローペースで流れ出す。悩み事なんてなくて友達と遊んだり、片想いに恋するのがひたすらに楽しかった時期は感動した歌詞も、今では全く共感できないただの綺麗事に聞こえる。夜にバラードを聴きながら微睡むのがかつての日課だったのに、くどいくらいに生への意思を訴えかけてくる薄っぺらなバラードに吐きそうになって、一気にプラグを抜いてうつむいた。

 つまらない部屋に、冷たい静寂。

 私は、無力でクズだ。不意に死にたくなって、温度のない手足の先がじんわりと痛くなる。視界がにじんで熱い涙が頬を濡らしても、誰かに拭われるわけでもないただ枕を濡らすだけの無駄な液体で、口に入ったそれはほんのりしょっぱかった。

 指で拭ったら、腕の内側の傷がチラついて目を奪われる。傷口周辺は止血もしないから真っ赤で、血の塊がところどころで酸化して青紫色になっている箇所は美しさすら覚えた。

三日前につけた浅い切れ目に上書き更新したら、実際傷口を抉ってるわけだからカッターナイフを入れるよりずっと痛かったけど想像以上にグロい見た目になって満足。

 別に誰かに見られたいわけじゃない。辛くてたまらなくなったときについ刃物がそばにあると衝動的に切ってしまうだけ。リストカットしている間は、こんな私が恥ずかしげもなく生きているのを一時的に許されたような気になって落ち着く。私に愛すべきところがあるとしたら、この綺麗な傷口だろうか。

 私にはなにもない。これといった趣味もなく、もてはやされるような能力はなにもないし、頭だっていいわけじゃない。優しい両親やおせっかいな兄弟、血の通った会話、テレビの中で見て憧れたものの代わりに下卑じみた粗悪品に身を囲まれて生きている。

 顔も知らない母親に産み落とされ、小汚い父親に躾られ生きることを始めたときから、誰もが持っているはずの『自己肯定感』というものが私には欠落している。

 空虚な自分にとって、孤独な時間を埋めることはからっぽな私と二人きりになる苦痛と同義だ。誰の残り香もない夜は、不安になる。

 ふいに、この部屋の息苦しさから解放されたい、というひとつの思いが頭を擡げた。

 握っていたプラグを手放して、ハンガーラックに吊るしていたジャンパーを適当に選んで羽織る。愛用している小柄なショルダーの中に手を突っ込んで雑に探るとカサカサと錠剤の音がして、手の内に収まるその感触と存在感に安堵してショルダーを背負った。

 町ゆくノーマルの目をしのんで夢遊病のように徘徊するこの日課は、当分やみそうにない。

 机の上に置いていた鍵と携帯をショルダーに放りこんで、部屋のドアノブに手をかけて押した。私の部屋の気だるく甘い匂いを拒否するように、夜の匂いがふわっと香って私を包む。夜の外気の匂いは冷ややかで近寄りがたい雰囲気で、つまり寒い。

そういえば、ニュースキャスターが今日から寒露だとか言ってたな。ガーゼ生地のパジャマワンピースに薄手のジャンパー、おまけに防寒する気が一切ないスカスカな生地のサンダルじゃ秋の夜には勝てないみたいだ。でも着替えるのも面倒で、早々に最悪な気分。

 鍵を回してアパートの階段を下りる。隣人の大学生が楽しそうに喋っている声がかすかに聞こえて、こんな時間まで起きている人間って自分以外にいるんだ、ってびっくり。私のセンチメンタルな夜を、猥雑なノイズで邪魔しないでほしいと強く思った。

電灯に群がって光と並行に飛んでいる、バカな蛾はなんのために生きているんだろう。

 人間だってそうだ。私たちはなんのために生まれ、灰になっていくんだろう。輝かしい功績を残せるのはほんのわずかの限られた人間で、あとは自分を着飾ってなりたい自分を演じて、いいように見られようと必死になって死んでいくだけ。その有象無象の生涯は人類歴史上、どれほどの価値があるんだろうか。

 アパートの通用口を抜けて、しばらく道路を道なりに歩く。行くあてはなかった。自分の無鉄砲さに笑えてくる。街灯に照らされた公園の滑り台を視界に捉えて無意識にフラフラと近づいていた。

 実家、もといクズの巣窟に住んでいたころ、家出の場所は決まって徒歩二十分のところにある公園だったからなんとなく親近感があった。

 でもこの公園は滑り台と砂場、ブランコのベーシックな三点セットだけで、パンダに乗ってゆらゆらするアレとか鉄棒はないみたいだ。滑り台の手すりに手をかけたら、錆だらけでざりっとした感触を掌に感じた。

 そういえば、小学生のころは友達と滑り台の着地点に落とし穴作ってたっけ。我ながら引く。あのころから無邪気な子供が嫌いだったなんて、つくづく性根って変わらない。

 覚束ない足取りで階段を上がるけど、なんか眠くて視界がぐらついて、滑り台の頂点でしゃがみこんでようやく自分が酒を飲んでいたことを思い出した。自覚したとたん、喉が渇きで強烈に疼きだす。

 こんなところで強盗か暴漢に襲われたら、たぶん私は生まれたての子ウサギ並みに無抵抗だろう。私のコインケースに入っている五百円玉もパーだ。別にひ弱な女に生まれたくて生まれてきたんじゃないのに。

 そう思ったらすごく悲しくなって、滑り台の金属の冷たさを感じながら嗚咽した。真夜中に滑り台に寝そべりながら泣いてる私はひ弱な女じゃなくて、もしかしたら泥酔した不審者なのかもしれないと思った。噎び泣く私の声はキイキイとやかましくて鼓膜に響いた。

 私は一体誰なんだろう。二十三にもなってメソメソと公園で泣いている私は、私の本当の姿なのだろうか。

「こぎとえるご、すむ」

 どこかで聞いたことがある言葉が唇を震わせる。呪文みたいで、響きが好きだった。「われ思う、ゆえにわれあり」とかいう意味だったっけ。私の心は、実父に傷つけられて自分で傷を重ねている無価値なこの体を拒絶してやまない。そもそも、考えている自分が存在していることがなんなんだろう。この言葉を吐いたおじさんの魂は、何百年前にはとっくに死んでいる。

 しばらく泣いたらさすがに涙も枯れてきて、またつまらないことに涙を使ったなとちょっと反省。涙は自分のために流すんじゃなくて、なんかこう、アフリカの子供たちとかのために使いたい。つくづく、私ってクズだ。

 もう空はだいぶ明るくなってきて、公園の雑木林から鳥のさえずりも聞こえる。公園の向かいの家で新聞配達をしにきた眼鏡の男はこちらをちょっと見て、明らかに何も見ていないふりをした。そんなに汚い私を目に入れたくないのだろうか。働いている人を見ると怠けたくなって、ふわふわとした酩酊のなかで、軽く目を閉じる。

 瞼の裏で眼鏡の男がこちらを興味深そうに瞥見する情景を描いてしまって、急いでモザイクで塗りつぶした。






 は、と目を醒ました。携帯のロック画面を開いたらもう午前十一時を回っていた。六時間以上は寝たらしい。

 起きたと同時に、滑り台の側面からかすかな吐息が聞こえることに気づいた。誰かがいる。滑り台を棺にして寝ている私と勝手にかくれんぼを開始するなんて、私と互角の異常さだ。そういえばショルダーに入れていたコインケースは無事だろうか。寝ぼけた意識でショルダーを手探りすると、コインケースの感触はあって、人の荷物を漁るキモいタイプの変質者はいないみたいで安心した。

 弱そうなやつだったらガンつけてやろう、と気弱な怒りを原動力に起き上がって滑り台の真下を覗くと、二つの空洞みたいな瞳が食い入るように私をジッと見ていた。

 金色がかったようにも見える虹彩の瞳と私の目がかち合った瞬間、しわが寄っていた私の顔がおのずとほころぶのが分かった。

握った拳を緩めて、健康的なコーラルピンクの唇をシンメトリーに吊り上げた彼女――私の友だちは、「起きた?」と愉快そうに肩を揺らした。

「起きた? じゃないし……。何やってるの……マリ」

「なにやってるのって。それ、こっちの台詞よ」

 私も相当おかしいけど、マリはこんなところで何をやってるんだろう。類は友を呼ぶ、とか思いたくないけど、せめて五十歩百歩の五十歩のほうでありたい。

 マリは古くから懇意にしている親友だ。私が親父の酒乱癖で殴られていて死にそうになっていた時期も、いつもそばにいて相談に乗ってくれた、唯一の理解者。会う予定は立てないけどなぜか自然と集まっている、そんな仲だった。

「のんびり散歩してたらアカネが素敵な場所で昼寝してたから。トリッキーな起こし方してみたよ」

 迷惑そうな顔を作ってみせる私に、彼女は「ふふ」と目を細めて笑いながら明後日の方向に視線を向けた。

「ていうか、今日ちょっと肌寒いね。久々にそこの喫茶店でお茶でもしない?」

 彼女は薄着で、マッチみたいな細さの両腕をしきりにさすっていた。

「いいけど。でもあそこ高いじゃん? 私五百円しか持ってないし、マリも手ぶらってことはお金持ってないでしょ」

「大丈夫。私コーヒー飲めないから、アカネだけ頼めばいいよ。それにまた悩んでる顔してるよ、アカネ」

 思いがけず言い当てられて、一瞬思考が停止した。そんなに顔に出てたのかとぺたぺたと顔を触ると、マリはいつものことじゃん、と微苦笑した。





 煙草の匂いが蔓延した喫茶店のカウンター席を取って、四百円の濃すぎるコーヒーをちびちび飲みながら、私は性懲りもなくいつものようにマリに愚痴をこぼしていた。

「私、コレがやめらんないの。別に見せびらかしたくてメンヘラぶってるわけじゃなくて、衝動でやっちゃってる。どうすればいいんだろう。私、自分をやめちゃいたい」

 抑揚なく早口で喋りつつも、意識の外ではまた自分の左手首に魅せられていた。

 創傷した部分はまだべったりと鮮赤を残している。この前色が気に入って買ったマニキュアは、いつのまにか指先の塗料が剥げてしまっていた。秋冬限定色のざくろ色。持ちがいいって口コミには書いてあったのになぁ。こんな些細なこともイラついて、むなしくなって、どうしようもない。

 マリは動揺もせず、私と一緒にリスカの傷を静かに見つめていた。

「そっか」

 彼女の手がそっと私の掌に滑り落ちて、ゆるい力だけど確かに私の手を握りしめた。その手は柔くて、意外なほど冷たかった。

「アカネが落ち着くなら、それでいいと思うよ。でも、リスカするアカネはなにも悪くないよ。アカネはいいところがいっぱいあって、その全部がアカネなんだから」

 優しい声音で説くようにゆっくりと紡ぐマリの言葉に、張り詰めた心がほぐれて徐々に洗われていくような気がした。

「アカネは綺麗だよ。そのままでいい。私が全部、話聞くから。大丈夫だよ」

 私がもしリスカしていることを友達に打ち明けられたら、こんなに誠実な姿勢で向き合うことができるだろうか。固まった氷が融解するように、マリという太陽は私の尖った気持ちを溶かしてくれる。

 ふと、どこからか来る視線に落ち着かなくなって顔を上げる。マリの隣のカウンター席に座っていた女の子が私たちをチラチラと伺い見ているのに気づいて、その理由に思い至った。

本人にこそ言わないけれど、彼女は日陰に咲く可憐な花のような控えめな美しさを兼ね備えていた。

 色素の薄い地毛に白い肌、きらきらと絶え間なく輝くはしばみ色の瞳は触れてはいけないものみたいに純粋で、細くしなやかな足を使ってまっすぐに歩く姿は、通行人が振り返らないのを不思議に思うほど美しかった。

 マリは気づいてもいない様子だったけど、私と目が合うと女の子はばつが悪そうにそっぽを向いた。デジャヴを感じる、あぁ、滑り台に寝ていたときに私をいないものにしたあの眼鏡の配達員。どうしてみんな同じ反応をするんだろう。また憂鬱になってため息をつくと、マリはすべてを悟っているみたいに「アカネはおかしくないよ」とつぶやいた。驚いてマリの顔を見ると、マリは私を見つめながら頬杖をついて、薄く微笑んでいた。

 どうしてマリは私のことを何でも分かってくれるんだろう。いつも私のそばで笑って一緒にいてくれる。

好きな人なんて長らく縁もなかったけれど、もしかしたら、私は彼女に恋慕しているのかもしれない。聖母みたいに笑うマリが煌々と輝いて見えた。生まれ変わったら彼女の旦那さんか、無理だったらその赤ちゃんに生まれたい。

 そういえば私の話はたくさんしたけれど、マリに恋人がいるだとか、どこに住んでいるだとか、そういったプライベートを私はまるで知らなかった。もしかしたらマリが意図的に避けているのかもしれない。それでもいいから、もっと長く彼女と一緒にいたいと心から思った。

「マリ、ありがとう。落ち着いた」

 目を見て伝えると、マリは「また話してね」と微笑した。どこか見たことのある寂しげな表情に不思議な気持ちになったけれど、彼女が握ってくれた手の感触は、まだ私の内に残っていた。

喫茶店を出るといつの間にか夕刻を過ぎて、あたりはもうすっかり闇に覆われていた。

 古びた街灯が点滅する人通りの少ない街路樹を、くだらない話をして笑い合いながら歩く。

 ときどき彼女の抜けた発言に私が笑いすぎて通行人に変な顔をされたけれど、マリと一緒ならなにも怖くない。寒い日なのにお互いの顔が桃色に色づいて、十代のころみたいに時間が永遠に感じた。

 気づけば、私のアパートの前まで足を進めてしまっていた。

「アカネ、ここでしょ。今日はありがとう。気を付けて帰ってね」

「マリ、私の家の前まで行ってるの気づいてなかった。送ってもらってごめんね」

 マリはううん、とかぶりを振って、「じゃーね!」と走って闇に消えていった。いつも今度会う予定は立てない。私が辛くなる時期にどこからともなくふらっと私の前に現れて、私の心を晴らしてくれる。ふわふわと縦横無尽に動いて、私の酸素みたいな存在だ。

 マリといることは何もしなくても楽しくて、彼女と会った後はいつも、一緒にいれた幸せを繰り返し咀嚼する。

 現実感のないまま、彼女が消えた方向をぼーっと見つめていると、背後から荒い息遣いと慌ただしくて重量感のある足音が聞こえてきて振り返った。

「きみ?」

 開口一番、男――小太りな警官は口を歪ませながら大口を開いて喋り、私に唾を吐きかけた。

 飛んできた唾を最大限の仏頂面で拭いながら、「は?」と鋭い声を警官の顔に刺す。手はじっとりと嫌な汗をかいて、ぎゅっと握った拳も水っぽくゆるんでいた。

「は、じゃなくて、きみ、迷惑行為で通報されてるよ」

 この忙しい時に、という文字を顔に刻ませながら、警官はゴミでも見るような目で私をじろじろと見て、嘲るような色を一瞬たたえた。逃げたかった。

「…………ぇ、ぁ」

 頭の中がゆっくりと回転しだして、眩暈がする。

 さっと不快感のある冷たさで思考が霧がかっていく。

 なんでそんなこと言うの。

「意味不明みたいな顔されてもこっちが困るから。近隣の住民の方から『一人でぶつぶつ言って笑ってる不審者がいる』って通報があったん」

 アパートの階段まで全速力で、弾丸みたいに走り出す。後ろから「おい!」という声が追ってきて恐怖を感じた。息を切らして二階まで駆け上がって「分かったから!分かったから!分かったから!」と連呼しながらドアに鍵をねじ込んで開け、乱暴に扉を閉ざした。

 しばらくしても外から物音がないことを確かめて、脱力して玄関にへたり込んだ。

 じわ、と涙が溢れる。

 私とマリの幸せな時間を、汚い言葉で汚さないでほしい。

 マリは、虚構じゃない。私の隣に立って支えてくれる、私を認めてくれる親友だから。

 背中にしがみつくショルダーを投げ捨て、しびれる足で玄関を歩き浴室の扉を開ける。洗面器にはリスカのときに出血した血が混ざった濁り湯がいっぱいに満ちていて、カッターは身体の半分以上が沈み込んでいた。

 洗面器を手に持ち、頭から被るとカッターは勢いよく水流と共にタイルの上に落ちて、排水溝へと吸い込まれていった。

 私の成分が私へ、吸収されていく。

 まぶたを閉じてその余韻を味わう。目を開けた時、鏡の中の私と目があった。

 おしろいを塗ったように不気味な血色のない肌に、色素が枯れ落ちた髪色。猛禽類に似た薄い色の鋭い瞳を落ち着きなく動かし、痩せぎすなふくらはぎと太ももは骸骨を想起させた。

 鏡を見ている時間が、生きている中で一番好きだ。鏡に映る私はとても醜くて、くちゃっと握りつぶしたくなるほど愛らしい。

「きらい」

 私が私に睨みながら呪詛を吐く。

 あー、私の全部が嫌いだ。

 水分で重たくなった服を脱いでずぶ濡れの身体を丁寧に拭く。着替えのワンピースを着てキッチンに行くと私が食器棚に映っていて、気づいた私はにっこりとシンメトリーな笑顔を浮かべていた。

 コップを手に取って水を注ぎ、ポシェットの中から錠剤を取り出して、指で押し出したエチゾラムを二錠、口の中に放り込む。一瞬苦みを感じたけど、コップに口を付けて水で流し込めば苦さも消えていった。

 そうだ、忘れてた。コップを片してベッドに寝ころびながら左手首を見た。

 さっき水を浴びたから赤はなりを潜めていたけれど、傷口は相変わらずグロかったから写真アプリを起動してパシャ、と写メる。プライベートが映る部分はモザイク加工して、そのままツイッターに投稿。すぐに携帯が震えだす。私も求められているんだって、一番喜悦できる瞬間だ。私の芸術作品。一通り反応を見た後、スマホを放って身を起こす。

 そろそろ眠たくなってきたし、スキンケアしなきゃ。

 ベッドの横に置いているニベアの青缶を回して、クリームを全身にくまなく塗り込む。ついでに隣に揃えていたピローミストを手に取って枕に吹きかけると、大好きなムスクの匂いがふんわりと立ち上った。

 毎夜のルーティンを終わらせたら全部やれることはやったような気になって、薄っぺらい毛布を被って息を潜める。外界に巣食う怪物たちの誰にも傷つけられることはない、私だけの小さな秘密基地。

 ニベアと自分の匂いが混ざった香りは安心感で眠気を誘って、心地よさに次第に呼吸がゆっくりになる。



 私は自分が大嫌いだ。

 そして私は、マリを愛している。


 私はそのまま、深い眠りについた。


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