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先生! お願いします!【暗黒騎士篇(後編)】

さて、試合は続くよどこまでも、ということで時刻は夕方へと差し掛かり、日差しもだいぶ和らいできた。

よきかなよきかな。

それにトリスタン卿も危なげなく勝ち進んでいる。

連戦で疲れているだろうに、素人の私から見ればという注釈が付くものの、それを感じさせないあたりはさすがは原作キャラか。

「姉上は……あの者の強さをご存知だったのですか?」

お? ライバルの調査か?

武闘大会も準決勝一試合目が終わり、ようやく大会そのものも終了が見えてきたころ、ダリウスはそんなことを問い掛けてきた。

うん、知ってたよ。だって原作プレイしてたし……。

なんて言ったら病院一直線コース間違いなし。

かと言って、この世界に来てというもの、悪役ぼっちになりつつある私は、基本お昼寝部屋もとい執務室からあまり出ていない。つまり近衛とは言え、あまり知り合う機会がないのだ。

よって、知っていたという答えもこれまた微妙。

そこで私は、必殺! 悪役スマイル(無言バージョン)を浮かべることで誤魔化すことにした。

やはり沈黙は金!

するとダリウスは、

「……姉上はいつから……いえ、何でもありません……」

そう言って押し黙ってくれた。

うんうん、今日も悪役スマイル(無言バージョン)は絶好調のようだ。

そうこうしているうちに、決勝進出者のもう一人も決まる。

モブ騎士ことジョンというらしい。

うん、知らない人だ。



というわけで、少しの休憩ののち始まる決勝戦。

決勝戦開始の掛け声は私がやらなければいけないらしい。

「陛下、ご準備を」

とは、この大会を実質仕切っている頼れる男、悪の内務卿。

ダリウスの不意打ち“女王陛下のありがたいお言葉”攻撃とは違い、これは事前に話をもらっていたから問題ない。

それにこの一言が私の“先生”スカウト計画の成否を占うと言っても過言ではない!

内務卿からの言葉に頷いた私は、ゆっくりと立ち上がり、演台へと向かう。

両選手が演台の前にいる。

一人はトリスタン卿。もう一人はよく知らないモブこと、ジョンという名前の男性騎士。

私が演台に昇ると同時に、二人は膝をつき拱手抱拳礼をしてくる。

左手で右手を包み込むように握るこの礼は、武器を扱う右手を包むことで平和を願うことを表すらしい。

できれば私も平和に悪役を終えたいなぁ。

そんなことを思いながら、私はやおら語り出す。

「この試合に勝った者に近衛騎士団長の任を授けますわ。それと……」

私がそう言うと、周囲に困惑と緊張が走った。

うんうん、いい感じいい感じ。

やっぱりこういうのはサプライズが大事よね、ホントホント。

何せ悪の内務卿が大活躍し、多くの行方不明者を出しているのだ。

そしてその内務卿の後ろに控えるはこの私!

悪役女王!

その女王がまたぞろ何か言い出したぞ、なんだなんだ?

こわやこわや。

こんな感じの周囲の反応に気を良くした私は続きを話し出す。

「――勝った者には」

私がそう言うと、固唾をのむ音が聞こえたような気がした。

内務卿の時には失敗(?)してしまったが、悪の女王たるもの、吝嗇だと思われてはいけない。

欲しいものが分からなければ本人に聞けばいいじゃない!

その代わりになんでもあげるから!

そう思った私は、悪の大物はやっぱり太っ腹(現実の私のお腹は痩せている。念の為)だぜ! 大作戦(二回目)を今回こそ成功させるべく、

「――なんでも望むものを与えますわ。おーほほほほっ!」

と、言い切った。

瞬間、地鳴りのような歓声……が聞こえるはずだった。

私の脳内シミュレートの結果ではそうだったのだから、きっとそうなるはずだった。

しかし、私に待っていたのは、困惑と沈黙。

あれ? おかしい……。こんなはずでは……。

夕暮れ時となり、気温は下がりつつあるが、それでもまだ暑い。だというのに、私の背中には冷や汗が流れる。

シミュレーションではそうだったんだから現実でもそうなれよ!

いえ、なってくださいお願いしますお願いします!

いったい何を間違えたんだ……。私は何を間違えた……?

一度だけならず二度目もこうとは……。

むぅ、この私がここまで追い詰められるとは何たる失態!

トラウマが……小学生の頃のトラウマが……。

くっ! やむを得ん、斯くなる上は……。

悪代官の必殺技、“先生! お願いします!”ということで、悪の内務卿へと私は視線を向ける。

もう無理、この空気無理!

そしてそれを受けてさすがは頼れる先生一号。

「両者、準備せよ!」

微妙な空気を振り払うように内務卿がそう言うと、トリスタン卿とモブ騎士ジョンは、試合場所へと移動し、トリスタン卿は正眼に、モブ騎士ジョンは上段にそれぞれ木刀を構える。

そして内務卿が私に視線を向けてきた為、釈然としない気持ちを引きずりつつも、私は右手をゆっくりと振り下ろした。

そしてそれを見届けた内務卿が、

「始め!」

そう言うと同時に、モブ騎士ジョンがトリスタン卿に向かって木刀を振り下ろす。

しかしさすがはトリスタン卿。剣先を上げわずかに右へとずらすことで、相手の手先を狙っているのが見えた。

だが、相手もさるもの、初速を少し緩め、その後加速させることで、狙いを交わす。

む、あいつモブのくせにやる!

二人の剣がぶつかり合う。

相手の方が振り下ろした力が加わった分、若干トリスタン卿の剣が押されているか。

そう思っていると、トリスタン卿は、相手の木刀を自らの木刀に込めた力で押し返し、再び間合いを取り直した。

一転、両者正眼へと構え直し、動きを止める。

おそらく共に相手の出方をうかがっているのだろう。

続く焦れるような沈黙と不動。

先に動いたのはトリスタン卿だった。

一気に間合いを詰めると、自らの剣先で相手の剣先を下から上へと弾き、そこに生じた間隙を突くように、一挙に決めにかかる。

しかし、モブ騎士ジョン。

「なっ!?」

私が驚愕に目を見開いたのも一瞬。

すぐさま態勢を立て直すと、トリスタン卿全力の太刀を受け止めた。

それを見ていた私、混乱である。

え? あの強い人誰? 原作にいた? ジョン? 誰? でも強いっ!

いや、強いのはいい。何せ“先生”は一人でも多いにこしたことはない。

今回の大会はまだ見ぬ“先生”を発掘するためのそれでもあるのだから。

――だがしかし!

だがしかし! である。

仮にもし。

もし万が一にもトリスタン卿が、もしもしもし、負けでもしたらどうなるの? いやいやいや、原作にないから。それ、困るから。一番困るから。私の転生者アドバンテージが無くなるから。

いや……、でも悪の内務卿も妙にやる気になってるし、もしかしてもう原作知識が役に立たなくなっているってことは……。

あれ? 私、もしかしなくても“成敗!”ルート入ってる? 上様の御庭番に成敗されちゃう!?

このままトリスタン卿が敗れることあらば、私の最後の盾が失われ、“先生、お願いします!”攻撃を繰り出せず、原作以上の危機的状況に……。

いや、でも待てよ。

もしトリスタン卿以上に強いならモブ騎士ジョンが近衛騎士団長でも……。

ってダメだ!

モブ騎士がモブ過ぎて、人となりがわからなすぎる!

トリスタン卿は裏切らなかったとしても、モブ騎士がダリウスの側について襲ってくることは十分ありえる。

さすがにあれだけ強いのだ。

トリスタン卿がいくら強いとは言え、さすがにダリウスとモブとの二対一ではやられる可能性大!

そ、それは困る! ひじょーに困る。

やばいなー、まずいなー、どうすればいいのかなー。

私どうなっちゃうのかなー。

いやいやいや、でもまだ裏切ると決まったわけでは……。

いや、でもなぁ……経験からなぁ……。

と、絶賛脳内BGMとして成敗のテーマが流れ、思考は混乱の極致をむかえる中。

「勝者、グレンヴィル・トリスタン!」

私の耳に突如内務卿の声が響く。

それはまさしく天恵にも等しく――。

あれ? 私、御庭番に成敗されない? 控えおろうされない!?

よ、よかったぁ!

やったぞ私! すごいぞ私!

悪の女王は無敵にして無敗なり!

……って、別に私自身は何もしてないけど、これでなんとか原作ルートに復帰したのでよしとしよう。

よかったよかった。実によかった。



一転、脳内BGMが第九へと切り替わった私の前には、気がついたらトリスタン卿とモブ騎士ジョンが膝をつき拱手抱拳礼をして控えていた。

いよいよ私の見せ場……のはずである……。

さっきは失敗だったが、今回は失敗しないはず……。

失敗しないといいなぁ……。

脳内シミュレーションでは完璧だったのだ。

脳内シミュレーションに従えば……ってさっきも従った結果が――。

うがーーーーっ!?

いや、うん、さっきはさっき今は今。

明日は明日の風が吹く。

大丈夫大丈夫。今度こそは問題ナッシング。

と、一旦安堵と不安の入り混じった気持ちは傍へと置き、私は二人に声をかけることにする。

「お二人とも、実に見事でしたわ」

私がそう言うと、

「はっ」

二人は声を揃えるように畏まった。

うわー、なんか如何にも騎士っぽくてかっこいい。

トリスタン卿はもちろんだけど、モブ騎士ジョンもモブなのに様になっている。

あっ、危ない危ない。

騎士の魅力にやられて忘れるところだったけど、ここで私が悪の大物であることを披露するんだった。

そこで私は悪役スマイル(無言バージョン)を浮かべつつ、

「時にトリスタン卿。何か望みのものはあるかしら?」

と、鷹揚に言う。

するとトリスタン卿はわずかに苦み走った表情を浮かべた。

ん? なんだ?

そして逡巡すること数秒。

今度は一転、迷いを断ち切った晴れやかな表情でトリスタン卿が声を発した。

「しからば陛下、某の望みは隣に控えますジョン・モーブレイの弟のことでございます」

あ、モブ騎士ジョンは苗字もモブだったのか。

モーブレイ、略してモブ!

と言うか、望みがモブ騎士ジョンの弟?

どういうこと?

私がそう疑問に思っていると。

「へ、陛下! 何とぞ発言をお許しいただきたくっ!」

モブ騎士ジョンが突然もの凄い勢いで私に対して発言することの許可を求めてきた。

いや、別にいいよ。いいけど何?

私がその許可を出すと。

「陛下! このバ、トリスタンは、俺……じゃなかった、私との激戦でいささか混乱しております! 正気でのことではありませんので、どうか今のこのバカの発言はお忘れください!」

もの凄い剣幕で一気に語りきったモブ騎士ジョン。

え? なに? 何がどうなってるの?

というかトリスタン卿のことをバカって言った? 何、仲良いの? 友達なの?

もしかして、原作にも出てたけど、私が忘れていただけ?

気になることが多くある。

それに、どっちかって言うと、トリスタン卿よりもモブ騎士ジョンの方が正気じゃないんじゃ……?

今もなんかもの凄い勢いで頭を下げてるし……。

いろいろなことが一気に起こり、混乱している私を他所に、真っ先に動き出したのは、頼れる先生、悪の内務卿であった。

配下を引き連れ。

「モーブレイ卿、落ち着かれよ。陛下の御前である」

そう言って、配下の者達にモブ騎士ジョンの両肩を抑えさせ、私の側から遠ざける。

ああ、うん。

いったい何だったんだ?

それよりも今は、悪の大物はやっぱり太っ腹だぜ! 大作戦である。

「それでトリスタン卿、望みはモブ……」

じゃなかった。

「モーブレイ卿の弟に関わることとのことでしたが?」

トリスタン卿は私に、モブ騎士ジョンの弟を一体どうして欲しいんだろうか?

ということで、そう問いかけたのだが、

「はっ! 何とぞバート・モーブレイに恩赦を賜りたく!」

トリスタン卿は重々しい雰囲気で低く頭を下げた。

恩赦、ねぇ。

というか、捕まっているということは、モブ騎士ジョンの弟(仮にモブ囚人)のバートは何かやらかしたってことでしょ?

何をやらかしたの?

わからん……。

いや、原作にないし……。

しかし今の私には頼れる先生がいる!

そう、困った時は先生の出番です!

というわけで私は悪の内務卿を呼ぶ。

「内務卿」

「はっ、御前に」

そして、

「陛下、こちらでございます」

おお、さすが悪の内務卿。もはや悪役同士ツーカーの仲なんじゃないかってくらい、私が何も言わずとも、一枚の書類を持ってきてくれた。

それを読むと――。

――ああ、この件ね。

って、この件はもう解決済みだよね?

内務卿が持ってきた書類にはすでに璽が押してある。

ちなみに璽とは王様専用の印鑑みたいなもので、もちろん私が押したものだ。

先日、やたらと座敷牢(基本貴族が入るそれ)が埋まってるなぁと思って内務卿に調べてもらったら、先王、イザベルの父でナイスミドルなおじ様が、よくわからない理由で取り敢えず捕まえておきましたってだけの囚人(?)がいることいること。

最初は悪役ぼっちを解決すべく、まぁ牢の中にいるくらいだし悪役なんだろう。

悪役だったらまぁ仲間になりそうな人(ただし殺人や強盗、放火など、明らかに危険で私の目指す方向にそぐわない人は除く)くらいいるかなぁという実に安易な気持ちだったのだが、はっきり言って悪役レベルが低すぎる!

“賄賂を拒否したため投獄”。

はい、意味不明。普通逆じゃないの……。

あとはそうそう。

たしかこんなのもあった。

“上司に反抗したから投獄”。

おっ、見所があるじゃないか。

と詳しく見てみたら、上司のミスを指摘しただけ。

はい、見所なし。

と、そんな感じの、もはや牢に入っているくらいしか悪役要素ないじゃん!

って人ばかりだったのだ。

あのおじ様、ナイスミドルなくせにほんっとうにいらないことをしてくれてる。

だいたい、座敷牢で三食昼寝付きだなんて許されることではないのだ。

最近の私なんて、お昼寝部屋(執務室)でのんびりお昼寝を楽しんでいると、ダリウスが仕事をしろって起こしにくるようになった。

おかげで最近、お昼寝部屋が名実共に執務室へと変貌を遂げつつある。

ダリウスのおかげでお昼寝部屋になったのに、またダリウスのせいで執務室に逆戻りだなんて、正義の味方ってやつは本当に迷惑な話だ。

だからその時、微妙に腹の立っていた私は、

「別にいっか。恩赦、問題無し!」

というわけで恩赦恩赦。

面倒なので今この場で璽を押します。恩赦ね恩赦。はい、働け働け働けー。取り敢えず元いた職場に復帰ね。

完全能力主義!

若いうちから活躍できます!

アットホームな職場です!

悪の組織はそれはもう厳しいのだ!

って感じで解決済み。

その他事務手続きも頼れる内務卿が進め、明日か明後日には無事釈放されて職場復帰することになっている。

――でも、それじゃあ困るのよねー。

目下進行中の“悪の大物はやっぱり太っ腹だぜ! 大作戦”。

こんな最初から決まっていたことでは、私の大物感が出せないではないか。

というわけで、

「トリスタン卿、他に何か望みはありますこと?」

と、内務卿から手渡された書類をトリスタン卿に見せつつ、問いかける。

はい、それもう決まってたからそれ以外!

ほかにほかに!

唖然としたような表情のトリスタン卿。モブ騎士ジョンも気の抜けたような顔をしている。

ふむふむ、私の大物感が伝わったかなぁ。太っ腹感が出せたかなぁ。

そう思っていると、

「――なれば」

と、トリスタン卿は再度思いつめたような表情を浮かべる。

なんだろうなんだろう。

いや、あの……ちょっと……あまりに大きすぎる願いでもそれはそれで困るんだけど……。

と不安になりかけた私であったが、

「――では、恐れながら。――そこにおりますジョン・モーブレイに副団長の任を賜りたく存じます」

と言うトリスタン卿の言葉に真っ先に反応したのは天蓋にいるダリウスだった。

「なっ!?」

日も没する直前となり少しだけ空気も涼しくなってきたため、絶賛扇風機(風魔法)稼働中の私。

その扇風機の風に乗ったからか、少し離れたところにいるダリウスの驚いたような声がたまたま私には聞こえてきた。

――天運我にあり!

正義の味方であるダリウスがあんな様子になるということは、モブ騎士ジョンを近衛騎士副団長に据えるということは悪役である私にとっては有利になることなのでは?

ただまぁ、さっきからトリスタン卿が話すたびに内務卿の配下の人達に取り押さえられそうになっているのが不安と言えば不安であるが、原作において近衛だけは最後までイザベルに従っていたし、トリスタン卿が団長ならまぁ大丈夫……かな……?

大丈夫……だよね?

そんな気持ちを込めつつトリスタン卿の方を見れば、力強い視線がかえってきた。

――これは万が一裏切りそうになっても自分が押さえますってことか。

よし! 採用!

原作では近衛が裏切ることはなかったし、トリスタン卿がここまで言うなら大丈夫だろう。

「ならば、トリスタン卿の近衛騎士団長叙任と合わせ、モブき――」

じゃなかった、

「――モーブレイ卿には副団長の任を授けましょう。ここに女王イザベルが命じます」

と私が言うと、トリスタン卿は臣下の礼をとる。

ビシッっとしていて実に頼もしい!

そして合わせて、内務卿の配下の手から離れたモブ騎士ジョンも臣下の礼をとる。

「ははっ! 必ずや身命を賭して陛下をお守りいたします」

とはトリスタン卿。

そこで私がふとダリウスの方を見ると、ダリウスは愕然とした表情を浮かべていた。

うんうん、いい感じいい感じ。

悪役陣営の強化は正義の味方にとっては看過できないってところ、ね。

とは言え、これだけでは“悪の大物はやっぱり太っ腹だぜ! 大作戦”としてはあまりに物足りない気が……。

あっ、そうだ!

「内務卿」

「御前に」

「ただちに酒宴の準備を。それと――」

「ははっ。また、先ほどよりモーブレイ副団長の弟バート・モーブレイ始め、釈放を進めております。あと半時もあればすべて終わるかと」

よくわかんないけど体育会系なら宴会大好きでしょ!

宴会もお金かかるし私の太っ腹感を出せるかな? と思って提案したのだが……。

この内務卿……デキる! この男できすぎる!

“謀を帷幄のなかにめぐらし、千里の外に勝利を決する”

とは、漢の高祖が張子房を評して言った言葉であるが、悪の内務卿もその子房に勝るとも劣らぬ知恵の持ち主か……。

あえて言いたい。

奸雄曹孟徳がその飛躍の原動力ともなる軍師・荀文若を迎えたときに言ったという言葉。

――我が子房を得たり。

と。

本当によかったーーーーーー。

これが敵なら間違いなく“成敗”一直線コースでしたよ……。

「さすがは内務卿ですわ。今後も期待しております」

「はっ、もったいないお言葉にございます」



というわけで夜の帳もすっかり降りたころ。

できすぎる男、内務卿の手によって演習場もすっかり宴会場へと様変わりし。

再び演台へと昇った私は、杯を手にゆっくりと周囲を見回す。

正面には新たに近衛騎士団長となったトリスタン卿。そしてその隣には副団長となったモブ騎士ジョン。その二人を先頭に、先ほど釈放された人たちも加えた近衛およそ三千が居並ぶ。

実に壮観で――。

今回の目的であったトリスタン卿に加えて、トリスタン卿に次ぐ強さを誇るモブ騎士ジョンも私の“先生”に加えることができたのだ。

正義の味方なにするものぞ!

と、私はそのあまりの嬉しさに、杯を月へと掲げ、

「酒に對して当に歌ふべし」

と、『短歌行』の一節を詠みあげ、一気に杯を飲み干した。

ちなみに私の杯の中身はただの水。

でもまぁ気分の問題だから全然問題なし!

そして私がそう言うと、近衛達から、地鳴りのような歓声が聞こえてきた。

「「「陛下万歳! 万歳! 万々歳!」」」

これだ!

これなのだ!

私はこれを待っていたのだ!

「おーほほほほっ!」

高まる歓声に気を良くした私は、一層高笑いに力を込めたのだった。

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