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先生! お願いします!【暗黒騎士篇(中編)】

「――か」

「――いか」

「陛下、いかがなさいましたか?」

はっ!?

脳内一人芝居をやらかしていた私はしばらく内務卿の持ってきた行方不明者多数リストを眺め続けていたらしい。

うっ……内務卿の怪訝そうな視線が痛い……。

痛いのだが、ここは我慢だ……。

下手なことを言えば私も行方不明者の仲間入りしかねない……。

ことわざにも言うではないか。

雄弁は銀、沈黙は金。

だからここは悪役スマイル(無言バージョン)だっ!

というか近衛騎士団長、どうしよっか?

私は行方不明者リストから視線を上げ、腕を組んで考え始める。

まぁ、居ないのは絶対マズい。

なにせ悪代官を守る強い剣豪。

すなわち悪代官の必殺技。

「お、おのれ小癪な! 斯くなる上は……先生! お願いします!」

これは必須だ。マストと言っていい。

言ってみれば、フレンチトーストに生クリーム。

或いはメロンに生ハムのようなもの。

それに、いざ追い詰められたときにこれがあると無いとでは大違いである。

私の“行方不明”を回避するためにも、このトリスタン卿は“先生”の一人に加えておかないといけない。

そのためにはどうすべきか――。

ってそうだった!

ここは原作知識やん!

原作知識使う場面やん!

そう思った私は、悪役スマイル(無言バージョン)と共に。

「おーほほほほっ! いいことを思いつきましたわ」

そう内務卿に笑いかけた。





「あ、暑い……ですわ」

そう、翌日私は、思い出した原作知識を頼りに、ダリウスと内務卿を伴い宮城の裏手に設けられた屋外演習場へとやってきていた。

もちろん三人で、ではない。

頼れる男、内務卿の手によって、いろいろと準備中。

私は早速設置してもらった天蓋の下にいるのだが、それでも暑い……。

私の風魔法(通称扇風機)も、ここまで暑いとほとんど効果がない。

風が来るには来るが、生温いを通り越して、熱風に近くなっているからだ。

これならば無い方がまだマシ。ということで使うのをやめたのだが、それはそれで暑い。

一応天蓋の下にいるとはいえ、日差しを遮る程度で、温度はあまり変わらない。

故に私は早くも今回のことを若干後悔し始めていた。

「姉上、委細整いました」

すると、ダリウスから声がかかる。

あ、ダリウスの監視忘れてた……。

私が天蓋の下でグダグダしている間に、こいつはまた何か勝手にやっていたらしい。

本当に困った弟だ……。

そしてダリウスの雰囲気から察するに、これは何か一言話せってことか……。

今回も余計なことをされるくらいなら近くに置いて監視しようと思って連れてきたが、こいつはホント余計なことしかしないな……。

私、人前でしゃべるの、ホント苦手なのよ……。

小学生の頃、政治家(悪徳大臣になる前)の娘なら人前で話すのは得意だろうという偏見のもと、当時の担任にクラス代表として当日突然全校生徒の前でスピーチをするようにと言われて壇上に立ったのは今でもトラウマだ。

ひたすらドモりまくったか、つっかえまくったか。

極度の緊張状態にあったのでほとんど記憶にないが、私のスピーチ後の空気。

ひたすらシーーーーーーーーーンとして冷め切った生徒たち。そして笑いをこらえているのか、顔を真っ赤にしてうつむくクラスメイト。

もう二度と味わいたくない空気ではあるが、こうなっては仕方がない……。

天蓋の下の椅子でだらしなくなりつつあった私は、机の上に置いてあった手鏡を見る。

うん、大丈夫。汗で化粧崩れがしているなんてこともない。

それを確認した私は椅子から立ち上がり、演習場の前方中央にある演台へと向かう。

さすがは内務卿。

私が思いついてからわずか一日ですべての手配を済ませるとは……。

先生に加えて正解だったわ。

そんなことを思いつつ、さながら巨大な魚の鱗を思わせる、揃いの甲冑を身に着た近衛騎士およそ三千が居並ぶ演習場へとさらに足を進める。

実に壮観。

壮観ではあるのだが……一糸乱れず整列した大勢の近衛兵は異様な威圧感をまとい、一瞬だけ気圧されかける。

むむっ! とは言え私は悪の女王。大物(予定)。だから大丈夫。むしろ望むところ!

自分にそう言い聞かせ、心を落ち着け、演台の脇に備え付けられた階段の一段目。

その一段目に右足をかけた。

そうして演台へと昇った私は、ゆっくりと深呼吸をする。

そう。

「これより――」

私の声が思った以上に響く。

そう今日は、

「近衛騎士団長決定戦を行いますわ! おーほほほほっ!」

という私の言葉が示すように、悪の内務卿の暗躍(?)によって空いた近衛騎士団のポストを決める武闘大会を開くことにしたのだ。

言葉はいらぬ!

力で示せ!

優勝者が近衛騎士団長!

以上!

というわけである。

ならば主催者である私にも余計な言葉はいらない……はず。

だから断じてかつてのトラウマとは無関係に、私はそう一言だけ言って台より降りる。

横目に広がる光景を見るに、近衛の皆さんもやる気になっているようだ。

声にこそ出さないが、気炎が上がっていることが見て取れる。

私はふとその中に、赤味がかった髪を見かけた。

トリスタン卿だ。

私は悪役スマイル(無言バージョン)を向けた。

「期待しておりますわ」

そう呟いた私の声は風にかき消される。

トリスタン卿にはぜひともこの世界でも頑張ってもらいたい。

“お、おのれ小癪な! 斯くなる上は……先生! お願いします!”要員として。

そして、

「我に嘉賓有らば瑟を鼓し笙を吹かん!」

ダリウスのせいでやるはめになった“女王陛下のありがたいお言葉”を終え、プレッシャーから解放された私は、かの乱世の奸雄(いずれ私もそう呼ばれたい!)・曹孟徳が詠んだという『短歌行』の一節をそらんじる。

意味としては“有能な人がいたら、私、歓迎するよ~。歓迎の証に楽器とかも演奏しちゃうよ~。そのくらい歓迎しちゃう!”みたいなもの。

トリスタン卿はマストにしても、その他にも強そうな素浪人(近衛騎士の時点で浪人ではないが)がいたら、ぜひともこの機会に “先生”候補を招いておきたいところだ。

そんなことを思いつつ、私は再び天幕へと戻った。



さて、なぜ私がこのような方法で次の近衛騎士団長を決めようと思ったのか。

それは単純で、原作のイザベルもやっていたから、という理由からである。

それだけである。

うん、ぶっちゃけどうやって決めればいいかわからなかったからね。

それにほら、悪の組織って結構実力主義っぽいところがあるから。力こそ全て! 力こそ正義! 弱いのはそれだけで罪! 弱者はいらぬ! みたいな。

だからちょうどいいかなーって。

ただ、原作と違うのは、使用する武器を真剣から木刀に変えさせたこと。

原作のイザベルは血を見て喜んでたみたいだけど、今の私にはそんな趣味はない。

なにより見てるだけで痛そうだし……。

それに腐っても騎士。

弱い方とは言っても、一般人と比べればそこそこは強いはずだ。

うん、少なくとも私よりは絶対に強い。

第一、悪の組織は幹部と怪人ばかりではない。大量の下っ端戦闘員によって成り立っているのだ。

戦闘員が下調べをしたり、見張りをしたり。

そういうことをしてくれているからこそ怪人が活躍できる。

子供の頃に見た、なんとかライダーでもそうだった。

それに加えて、なんとかライダーの戦闘員も一般人相手には十分に強かったし、悪代官にも斬られ役となる手下は多いに越したことはない。

人海戦術で数に劣る正義の味方を押し込むのだ!

一対一では相手にならなくとも、一対十ならば勝てるかもしれない。

一対二十ならばほぼ勝ち確だろう。

律儀に一騎打ちなんかせずに、十人一斉に向かっていくことで正義の味方を倒す!

私のこの完璧な作戦を実現するためにも、こんなところで死なれたら困る。

うんうん、私ってさすが悪役女王。如何にも悪役っぽいこと考えているわ〜。

正々堂々?

何それ?

負けたらどうするの?

世の中、勝てば官軍、負ければ賊軍。

そして勝つためには数に頼む!

正義の味方を袋叩きで倒すのだ!

卑怯上等!

悪役万歳・万歳・万々歳!

そんなことを思っていると、隣から声がかかった。

「姉上、あの者をご存知なのですか?」

私は再び天蓋の下へと戻り、始まった第一回戦の様子をダリウス達と観戦していた。

そして複数行われている試合のうちの一つがトリスタン卿のそれ。

私がそれだけをじっと見ていることに気づいたのだろうか。

或いは先ほど演台から降りるときのやつかな?

ダリウスがそう尋ねてきた。

だから私が、

「いいえ。ただ……」

「ただ?」

「強そうな方だと思っただけですわ」

そう答えると、ダリウスは複雑そうな表情を浮かべた。

なるほど、原作のダリウスは最後、トリスタン卿と死闘を演じている。

まさに一進一退。

なんとかダリウスが一瞬の隙を突いて勝つことができたが、トリスタン卿が最初から全力の状態であったら勝敗はわからなかったことだろう。

そんな未来(?)を知っている私には、ダリウスの気持ちがなんとなくわかった。

きっとダリウスは将来自分に立ち塞がる存在として警戒しているのだ。

試合の方も全員がプロと言える近衛騎士の中にあって、一試合目にしてトリスタン卿の傑出ぶりを示すような展開になっているしね。

あとはなにせ、イザベラ個人への忠誠はともかく、国王に対する忠誠では比肩する者がいないといっていいのがトリスタン卿。

いくら本人が正義の心を持つとはいえ、一度悪についてしまえば寝返りは期待できないからね。

ここで私の味方になってしまうということは、私の打倒を目指すダリウスにとっては後々最大の敵になるということを意味する。

うんうん、いい傾向だ。

リーサルウェポンは使うだけが能ではないのだよ。

ただそこに存在するだけで抑止力となる武器こそが最も優れた武器である!

その意味でもトリスタン卿はぜひぜひここで“先生”に加えておきたいなぁ。

そう私がほくそ笑んでいると、内務卿もこれまた微妙そうな表情で話しかけてきた。

「陛下はあの者に期待しておられるのですか……?」

おっ? さすがは悪の内務卿。トリスタン卿が持つ正義の心に気づき警戒している?

なにせ悪の内務卿。妹さんの病気も治り、絶好調の悪役モード。

おかげで我が国では絶賛行方不明者多数!

だが安心して欲しい。トリスタン卿は篤い忠誠心を持つが故に、悪役女王である私を裏切れないのだ。

だからそんなに心配しなくても大丈夫。

そんな気持ちを込めつつ。

「ええ、そうですわね。あの方が私の味方となってくれたら心強いですわね」

そう私が答えると、内務卿はますます微妙そうな表情を深める。

う……悪の心に目覚めた内務卿には正義に燃える心は警戒して十分ということか……。

それに私は知っているけど、内務卿はトリスタン卿の人となりを知らない。

だからこその警戒だとは思うが、私としては同じ悪役同士、仲良くやって欲しいなぁと思う。

だから、

「もちろん内務卿にも期待しておりますわ。それは今後も何ら変わるものではありませんことよ」

そう言って私は悪役スマイル(無言バージョン)を内務卿に向けた。

まっ、これからである。どちらも頼りになる“先生”。

先生同士きっとこれから仲良くなる機会もあるだろう。

最悪仲良くならなくてもいいから、悪の組織にありがちな、圧倒的優位なはずなのに味方同士で足を引っ張り自滅する! という展開にさえなければまぁ別にいっか。

私がそう思っていると内務卿が、

「はっ。勿体無いお言葉でございます。臣の忠誠も変わらぬものでございます」

と、表情を戻しそう言った。

うんうん、悪役同士みんな仲良く正義を打倒しましょう!

私が満足げにうなずいていると、第一回戦の終わりを告げる鐘が鳴る。

途中、試合から目を離していたのでどうなったのかを確認すべく結果を見ると、トリスタン卿も無事に勝ち進んだようだ。

よかったよかった。

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