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『悪の伯爵かく語りき』【前編】

この国の貴族には二種類ある。

一つは領地貴族。これは国王から与えられた領地の徴税権や警察権を以ってその領地を治めることを権力基盤とするそれである。

さらにもう一つは宮廷貴族。こちらは領地を持たず、中央行政に関わることでそれを権力基盤としている。

そして我がカベル家は後者、すなわち宮中貴族であった。

今でこそ伯爵位ではあるが、父や正妻腹の兄が失脚する以前は王家に連なる侯爵位にあったのだが、先王の御世、蓄財に熱心であった父や兄は不正に手を染めた。

貴族、特に宮廷貴族は横の繋がりを重視する。その繋がりを保つため、あるいはより強固にするために貴族たちは熱心に社交を行なったりするのであるが、父と兄は強引に事を進めすぎた。

王家の事業はその治める領地の大きさに比例して、比較的大規模なものが多い。必然宮中貴族はそれに関わることになるのだが、その事業の大きさ故に不正の温床となっている。

本来であればそのパイを複数の宮中貴族で分け合う。分け合ったとしてもその大きさ故に十分“利益”は出るのであるが、父と兄はさらにそれを独占しようとした。

よってその貴族同士の繋がりから排除されたのだ。

そこからの動きは速かった。複数の貴族が先王に我が家の不正を進言。いくら王家に血筋連なる侯爵家の事とは言え、宮廷貴族の殆どを敵に回すことは国王にも出来ない。

何とか死罪および家名断絶こそ免れたものの、父と兄は国外追放。そしてカベル家は財産のほとんどを没収されたうえ伯爵への降爵を余儀なくされた。

本来、妾腹の子供であった私、カベル・オースティンが爵位を継ぐなどあり得ないことであった。だが、このままカベル家を断然させるのは忍びないとの先王の配慮が、私をこの地位へと押し上げる。

父と兄に連座し、ほとんどの親族が罪人として処刑された。しかし妾腹であったため、私と妹は死罪を免れたからだ。すなわち妾腹である子供は、親族としてすら認められないくらいに地位が低かったわけだ。

しかし罪人の息子、しかも妾腹の私と付き合おうとする貴族などいるはずもない。

私はすぐに閑職へと回された。

もちろん、宮廷貴族にとって宮中に居場所がないということは事実上の死を意味する。

あるいは先王はこの状況を意図して作り出したのかもしれない。

宮中で生じた不満をぶつける為の贄としての、すなわち財政が傾き、以前のような“蓄財”ができなくなりつつあった宮中貴族たちの不満をぶつける先としてのカベル家を。

そして宮中で孤立したカベル家は緩慢な死を迎えることになるだろう。領地貴族の力の源泉が徴税収入による金銭であるとするなら、宮中貴族の力の源泉は不正による金銭収入なのであるから――。

だが、私はそれでいいとすら思っていた。

平民出身の母を持ち、幼いころからカベル家の名誉を守る為だけに衣食住を保証されていたに過ぎない私にとって、父や兄とは疎遠であったし、そういう経緯もあってかそもそも貴族というものが私はあまり好きではなかったからだ。

しかしそんな折、妹が病に罹った。母は妹を産むとすぐに亡くなってしまったし、どうしても父や兄は家族には思えなかった私にとっては唯一血の繋がった肉親と言ってもいいのが妹であった。

であるので、私は伝手を求めるのに躊躇いはなかった。残り少なくなった家財を売り、使用人にも多く暇を出す。

それで妹が少しでも長くこの世にあってくれるのであれば、カベル家の命運と引き換えにしてもよい。

そうしてようやく何人かの宮廷貴族との伝手を手繰り寄せたのだが、彼らが私に求めたのはさらなる見返りであった。しかし最早家財を吐き出した我が家に、彼らを満足させるに足るそれらはない。

いや、財貨だけならばまだよかったのだが、妹の身体を求める下衆も中にはいた。

私はこの時初めて、それまでは好ましくないという程度であった貴族という生き物に強い嫌悪を覚えた。

――人の命を盾にしてまで、自らの利益のみを求めるのか、と。

――そこまでしてなお自らの立場を保ちたいのか、と。

いや、私の嫌悪の対象は自分自身にまで向けられていた。

母が亡くなって以降、私たち兄妹は離れに移された。主屋に住まう人間が訪ねてくるということこそ無かったが、少ないながらも使用人を当てがわれ、何不自由なく暮らすことができたのも、父、或いは兄が彼らと同じようにして集めた金子から成り立っていた事を知ったのだから。

いや、もっとかも知れない。父は宮廷貴族からすら疎まれたのだ。我らの暮らしを賄ってきたそれには、いったい何人の血と涙が滲んでいたのか。

私は、自らにも流れる浅ましい血に吐き気すら覚えた。

とは言え、今でこそ思うことではあるが、そこには青年期特有の多分に利己的な正義感もあったのだろう。だが、この出来事は今以てなお私に少なからぬ影響を与え続けている。



以降、私は貴族達の善意に期待することをやめた。

その代わりに、かの貴族たちが自らの権益を増やし自らの立場を守らんとするが如く、いかなる手段を用いてでも、妹の命を永らえさせようと決意した。

何せこの私にも半分はこのおぞましい貴族の血が流れているのだから――。

幸い、母が平民の出であったためにそう強いものではなかったが、私にも魔法が使えた。

視力・聴力の強化魔法を使い、宮中に出仕した際に聞こえてくる貴族達の会話から、あるいは時に市井に紛れながら、治癒魔導師、或いは薬師の情報を集めることにしたのだ。

しかし、情報とはそう簡単に集まるものではない。いや、集まりはするが、その精査が容易ではなかった。何が正しく、何が誤っているのか。そしてその正誤を確認したのちは、その正しい情報の断片を組み合わせて全体像を作り上げる。さながら、破られた百枚以上の紙の中から欲しい一枚の破片を見つけ、それを組み合わせていくに等しい作業であった。

それにそもそもほとんどの宮中貴族は自前で治癒魔導士を抱えているのだし、市井にそうそう優秀な治癒魔導師が転がっているはずもない。もしいたとしたら、即典医として召し抱えられているか、どこかの貴族に召し抱えられているか。

それほどまでに治癒魔法は貴重であった。

であるので、先般我がカベル家が真っ先に取り上げられたのも治癒魔導士であった。

だが、私は諦めきれなかった。残り少なくなった家財を質に、孤児院から孤児を集め、それまでに身に付けた技術を教え、彼ら彼女らを使うことでさらに情報網を広げた。

もちろん孤児の殆どが平民であり、強化魔法は使えない。しかし何人かは貴族、或いは豪商の屋敷に潜り込ませることができた。

宮中で孤立する我が家に出せる見返りは少なく、それでも心ある治癒魔導士ならばと探し求めた私は実に滑稽だっただろう。

孤児たちに情報を収集させ、私はその精査を行う。

そのために見込みのありそうな孤児を見つけては我が屋敷の一室に集めて半ば監禁するようにして教育を行った私は、世間から“人買い伯”、あるいは子をさらう“死神の遣い”と呼ばれるようになったのだから。

しかしそうして更に情報を集めたのだが、中には聞きたくもないものも多く混じっていた。

貴族とは斯くも陰湿で利己的なものなのか--。

私が何とか平静を保てたのは、ひとえに妹の存在が故であろう。

そうでなければ私はとっくに……。

――いや、私はもう既におかしくなっているのかも知れない。

孤児をさらい、その孤児を利用する。

これが平静な人間のやることなものか。

私は深淵を覗き過ぎた。



いったい何年経ったのだろうか。

私がいっこうに見つからぬ治癒魔導師に焦れていると、先王崩御の報が入ってきた。

宮中の貴族共にとっては一大事であろうが、私にとってはどうでもいいことだった。

日々衰弱していく妹の様子以上に気がかりなことなどあるはずもない。

であるので、跡を継いだイザベル女王が内務卿を処断したとの情報も当然、さほど気にしてなどいなかった。

いや、かえって迷惑であったと言うべきか。

と言うのも、俄かに蠢き出した貴族共の余計な情報まで入ってくるようになり、肝心の情報を手繰り寄せづらくなったからだ。

そんな中、唯一私の気を引いたことと言えば、女王が内務卿一人の処罰にとどめ、親族を連座させなかったということくらいか。

それどころか、私は女王を逆恨みし始めた。

何故我がカベル家の時は――。

そうすれば妹も――。

と。

私はそんな自分が嫌になり、貴族たちの動向を探るのを一旦やめにした。

それが事態を遅滞させることにしかならないと思いつつも、商人を中心に情報を集めることにしたのだ。

そんな折である。

我が家にイザベル女王が王弟を伴いやってくることになったのは。



女王が宮廷貴族との関係を悪化させ、宮中で孤立しつつあることは既に知っていたが、まさか王都内とは言え、王弟を伴い移動するとは思ってもみなかった。

というのも、現在女王には子供がない。それどころか王婿すらいないのである。となると、立太子こそしてないとは言え、現在の継承権第一位は王弟である。

通常、王とその後継者が一時とは言え、一緒に行動することなどありえ無い。その際に何か事が起これば、現王と後継者を同時に喪うリスクが生じるからだ。そうなっては国が混乱する。

――よほどに宮中は危険と見える。

自分が留守の間に王弟を担ぎ上げ、クーデターを起こす貴族がいると見たか。或いは姉弟共に貴族から狙われているのか。

そのどちらにせよ、新女王は即位早々危機的な状況にあるようだ。

であるので、面倒ごとに関わり、これ以上時間を削がれることを嫌った私としては女王と積極的に関わり合いを持ちたいとは思わなかった。

挨拶も終わり。

「今日は伯爵にお願いがあって参りましたの」

そう女王が柔和な笑みを浮かべながら問いかけてきたときには強く警戒した。

「臣に、でございますか……?」

私は女王の真意を図るべく、神経を研ぎ澄ます。

「ええ、そうですわ。伯爵もご存知かとは思いますが、つい先日、内務卿の椅子が空きましたの」

なるほど。いかにも陰険な宮廷貴族共が考えそうなことだ。自分達に相談する事なく内務卿のクビをきったことに対する嫌がらせとしては、なかなかに上々のものだ。

というのも、内務卿とは国内の治安を司る。

貴族共はそんな重要なポストにあえて誰も就かずに静観を決め込むことにしたらしい。

そして治安が乱れれば女王の責任問題とする。

もし女王が泣きつき、内務卿に就く者を要求してくれば、それはそれで自分達の重要性を高め、以降の治世に大きく影響力を与えることができる。

どちらに転んだとしても、宮中をその住処とする貴族共には悪くはない。

嫌らしいことを考えたものだ。

そこで、困った女王は宮中から弾かれた私ならばと、今回わざわざやって来たというわけか。

しかし。

「陛下のご活躍は臣も聞き及んでおります。されば陛下には臣の如き微力は必要とされないかと」

わざわざ火中の栗を拾ってやる義理はない。

確かに宮中の中央に入り込むことができれば妹を典医に……とも思った。しかし私はそれ以上に、宮中に巣食う貴族共の相手はご免被りたかった。

それに、治癒魔導師と繋がりのある、とある商人との伝手が手に入るかもしれないとの報を受けた矢先のことである。

である以上、女王から依頼される前に、私は先手を打って断る。

すると女王は。

「あら、伯爵の目と耳の良さは私にも届いておりますわよ?」

と言い出した。

私は内心に走った動揺を抑える。ここで隙を見せるわけにはいかない。

私が視力・聴力を強化する魔法を使えることを積極的に明かしてはいないとは言え、宮中にいる貴族連中のなかには知っている者もいるだろう。

しかしここで女王が言っているのは、そのことではあるまい。というのも、私の魔力は間違いなく弱い方に分類されるからだ。

となると――。

いや、そんなはずはない。私が貴族や豪商を中心に諜報を行なっていることが漏れたとでもいうのか?

あり得ない。あり得るはずがない。

市井で“人買い伯”あるいは“死神の遣い”と噂されるのを利用し、それをカバーとして様々な噂を流してきた。

曰く、伯爵は子供の生き血を求める。

曰く、伯爵は子供の剥製を作る。

これら一見あり得ないような噂の中に、“伯爵は子供を愛でる趣味がある”などのさもあり得そうな噂を織り交ぜることで詮索を避けてきたのだし、それ以外にも私はこれまで細心の注意を払って来た。

その証拠に、現に今の今まで何か異常事態が起こったとの報せも届いていない。

落ち着くのだ。落ち着いて考えろ。

女王の発言の意図はなんだ?

揺さぶりか?

こうして揺さぶることで、私の失言を待っている可能性もある。

ならばこの女王のブラフに対して私のとるべき手段は……。

私がそう自身に言い聞かせていると。

「私も耳はいいのですわ」

女王はそんなことを言い出した。

いや、仮に私が情報を集めていたことが露見していたとしよう。

――しかし。

女王は宮中で孤立しているはずである。

ではいったい誰が女王に情報を齎したというのか。誰が……。

そう私が思考の海へと潜っていると、女王が懐から一枚の紙を取り出し、ゆっくりと私の前に置いた。

「これは私からのほんの就任祝いですわ」

いったい何だというのだ?

不思議に思って見てみると。

「こ、これは……」

私は息を飲んだ。

『彼の者に』

そう冒頭に記されたのみで、あとは空白が続く。

その空白の後に、

『を与う』

そして女王の署名のみが記された、いわば白紙委任状。

望む物は全て与える。領地であろうと爵位であろうと金銀であろうと望みのままという物である。

そんな用紙であった。

であるので、女王の隣に座す王弟すら驚愕に目を見開いているのがわかった。

それも当然。こんなものは、よほどの功績を挙げたとしてもまだ足りない。王より信頼厚い者でもごく一握りの人間しか目にすることのできない代物であるのだから。

しかし私の手は、その書状に伸びかけた。

これさえあれば妹の病気も……。

思わず欲に目が眩んでいると。

「伯爵には病気の妹さんがいらっしゃるそうですわね?」

不意に女王がそのようなことを言った。

私は警戒を強める。

今は宮廷貴族と対立しているとは言え、女王とて宮中に住まい宮中に育ったのだ。

宮廷貴族達がそうであったように、女王とてそこに蠢く者。

嘗ての記憶が私に囁く。

『奴らに弱みを見せるな。弱みを見せれば、柔らかな腹を食い破ってくるぞ』

気づけば私は、不敬を咎めかねられないほどの視線を目の前の女王に向けていた。

しかし女王は。

「典医をこれに」

と、ゆったりとした口調でそう言った。

典医? なんの為に?

私の思考が追いつかない。

いや、流れから言えば、妹の診察をしてくれるというのだろう。

しかし--。

「……恐れながら……」

私は渇ききった喉から絞り出すようにして続けた。

「陛下におかれましては、臣らの生まれをご存知でしょうか……?」

魔力とは貴族にのみ顕在するもの。

時代は流れ、血も薄まり混合も進んだとは言え、未だに血統が過剰に重視されているのが現状である。

故に、半分平民の血が流れる妹を典医に見せる?

あり得ない。私が余程の金を注ぎ込んですら叶わなかったのだ。

貴族共の欲望が上乗せされた額であったことは確かである。しかしそれを差し引いたとして、やはり尋常ではない金子を必要としたであろう。

私の内務卿就任要求の対価としてはあまりに過剰すぎる。

私は閑職へと追いやられ、宮中への伝手はほぼないに等しい。

私の育てた孤児達に価値を見出したか?

いや、それにしても過剰だ。

それなのに何故--?

私が戸惑っていると女王は。

「別に構いませんわ。それよりも妹さんはどちらに?」

さもこともなげにそう言うと、再び柔和な笑みを浮かべた。

--そう。

――柔和な笑みを。

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