先生! 出番です!【悪の伯爵篇(後編)】
で、誰この人?
伯爵邸に入り貴賓室へと招かれた私達を待っていたのは、金髪に青い瞳。モノクルをした見た目は確かに伯爵その人であった。
「本日は女王陛下並びに王弟殿下のお越し、臣には過分なること。どうぞご不便を、お許しください」
うん、丁寧な話ぶりも悪の伯爵っぽい。
だがしかし。
だがしかしである。
悪役っぽくない!
そう、本来なら瞳に浮かんでいるはずの酷薄な笑みが無いのだ。
……いや、まぁ最初はこんなものかも知れない……かな……?
うん、たぶんそうだ。悪の女王に命じられて、悪いことをしているうちに、次第に悪に魅せられていく。そうしたらあの酷薄な笑みが出て来る。
そういう設定なのだ。よくわからないけどきっとそう!
そうと決まれば、細かいことは気にせず、さっそく私が悪役女王の座に名実共に返り咲くためにも伯爵を用心棒の先生にしなくては!
そこで私は。
「今日は伯爵にお願いがあって参りましたの」
と、昨日練習した悪役スマイル(無言バージョン)を浮かべる。
……決まった……。
今の私、ひじょーに悪役っぽい!
しかし。
「臣に、でございますか……?」
あれ? 怪訝そうな表情? まさか、伯爵には効いていない? ダリウスには効いたのに……。
むむむ、流石は悪の伯爵(予定)。この私の悪役パワーに押されないなんて。
そこで私も気合を入れ直す。
「ええ、そうですわ。伯爵もご存知かとは思いますが、つい先日、内務卿の椅子が空きましたの」
そう言って私はダリウスの方を見た。お前の所為で、な。お前が私に余計なことをさせた所為で悪役仲間から敵認定をされたんだからなオーラを出しながら。
そうなのだ。ダリウスが追放した悪徳大臣(よくわかんないけど他国に情報を漏らしていたらしい。原作にも出てこない、太ったおじさん。元悪徳大臣の娘として思うところもあったので、本人はやむを得ないにしてもその家族は手厚く保護することにした)のポストであった内務卿は未だ空席なのだ。
それにオースティンは原作でも内務卿のポストにあったし、警察権を司り、秘密警察というスパイを束ね上げ、この私、悪の女王に逆らう不届き者を事前に摘み取る役割はまさにに適任と言える。
おーほほほほっ! 自分が粛清した小悪党の代わりに、もっともっと悪い、悪の伯爵が内務卿になるのだ。ざまーみろ! そう言う気持ちでダリウスを見ていると。
「陛下のご活躍は臣も聞き及んでおります。されば陛下には臣の如き微力は必要とされないかと」
と、神妙な伯爵の声が聞こえてきた。
あれ、伯爵に先手を打たれた? もしかして断られた? まずい、まずいぞ……。
とならないのが、真の悪役こと悪役女王たるこの私なのである。
ここで断られることなんて想定済み!
「あら、伯爵の目と耳の良さは私にも届いておりますわよ?」
そう、こんな時には伝家の宝刀原作知識!
実はこの世界、魔法が存在する。
当然私も使えたりするのだが、私の場合は非常にショボい。何というか、扇風機? 自分の周囲に風を起こして涼しくする程度の魔力しかない。しかも温度調節不可なので、冬に使うとただただ寒い。よって夏場の扇風機代わりに使うことぐらいしか役に立たないのだが、まぁそれなりに便利だからいっか、と思っていたりする。エアコンが無い世界だしね。
っと、話が逸れてしまった。
それでこの悪の伯爵の持つ魔法が、視力と聴力の強化。
原作ではどうも本人はたいした能力ではないと思っていたようで隠していた様子だったが、今の私にとってはぜひとも欲しい能力だ。
便利な能力を持ってるんだから、私の為に使ってね。悪徳商人との密会現場を覗く忍びとかが来たときとか来たときとか。というわけである。
あれ? 伯爵が目を細めている。
ちょっと悪の伯爵っぽくなった?
よしっ!
しかし、「あれ? なんでお前そんなこと知ってんの? 隠してたのになぁ、おかしいなぁ」となってあまり私が疑われてしまうのもマズい。
ここは元父である悪徳大臣直伝の「俺の人脈なめんなよ? ただあんま詳しくは教えないし、知ろうとするなよ?」攻撃だ。これで相手がひるむところを私は何回か見てきた。
そこで私は元父の真似をするように、古いものの手入れは行き届いている椅子へと背中を大きく預け、指を組みながら。
「私も耳はいいのですわ」
と、大げさに言ってみた。
そう。一応言っておくと、全くの嘘というわけでもない。まだ若いからモスキート音とかも聞こえるしね。
ちなみに、嘘に真実を少し混ぜるとよい、というのは元悪徳大臣である父からの教え(?)だ。少しだけ真実があると、言う時に本当のように聞こえるらしい。
そんなどうでもいいことを考えながら伯爵の方を私は見る。
あ、今度は少し驚いてる?
いい感じいい感じ。
この調子で一気に畳み掛けるべし!
というわけで、私は懐から一枚の紙を取り出して見せる。
「これは私からのほんの就任祝いですわ」
そう言って伯爵に見せたのは、褒美を確約する書状。と言っても、肝心の褒美は記していないので、白紙委任状に近いのかもしれない。
……だって、何を上げれば伯爵が喜ぶのかなんてわからなかったし……。
だからまぁ、欲しいものを好きに書いてくださいね、というわけだ。
悪の親玉はケチケチしない。気前がいいほどワル度が高いと、昔から相場が決まっているのだから、これで伯爵にも私の悪役っぷりが伝わったことだろう。
「こ、これは……」
と、絶句する伯爵。
よしよし、いい感じに私の悪役っぷりが伝わったようだ。
そして最後のトドメ。
原作知識によれば、この伯爵、少しシスコンの気があるのだ。
だから。
「伯爵には病気の妹さんがいらっしゃるそうですわね?」
私がそう言うと、伯爵の青い目が先ほどよりも更に細まる。っていうか、私睨まれてる!? さ、流石は悪の伯爵。さっきまでは隠していた悪役オーラが今は全開ってやつ!? すごく怖い……。
で、でも! 私も同じ悪役ですから! なんなら女王の方が伯爵よりも上ですから!
だ、大丈夫私! 勝ってる! 勝ってるから私! た、たぶん……。
そうやって気分を落ち着けた私は、秘策をついに持ち出す。
「典医をこれに」
典医とは、宮中に仕えるお医者様のこと。
原作のイザベル女王は伯爵の弱み、伯爵の妹の病気を質にとって伯爵を味方につけた。つまり分かりやすく言えば。
「妹の病気を治して欲しいんですの? でしたら私の言うこと、聞いてくださるわよね?」
というわけだ。
だから私もこの作戦でいく!
ただ、原作のイザベルは治す治す詐欺を行ない、最後まで治療どころか典医に見せてすらいない様子であった。そこをダリウスに突かれ、妹の病気をダリウスお抱えの典医に治してもらった伯爵は悪の女王を裏切り……となるのだが、伝家の宝刀原作知識を抜いた私には通用しないのだ!
それだったら最初から伯爵妹の病気を治して上げれば裏切りもなくなるんじゃ? という、完璧な作戦である。実に悪役らしい抜け目ない私! すごいぞ私! 偉いぞ私!
そうやって自賛していると。
「……恐れながら……」
伯爵が言いづらそうに。
「陛下におかれましては、臣らの生まれをご存知でしょうか……?」
ああ、妾腹の子供とかってこと? なんかそんな設定もあった気がするな。
割とこの世界、血統重視なところがあって、平民出身の妾が産んだ子供は爵位以上に低く見られる。であるので、基本的に王族と宮中の上位貴族しか相手にしない御典医様にそんなそんなってことなのだろうが、現代日本に生まれ育った私からすれば、別にどうでもいい。それと、助っ人用心棒の先生と言えば、浪人というのが一般的である。つまり身分がはっきりしないけど強い! そういうのが助っ人用心棒の先生なのだ。
そう考えれば、伯爵の生まれはむしろ助っ人用心棒の先生向きと言える。だから全然問題なし!
それに、今回連れて来た典医は、ダリウスのお陰でぼっちになりつつある私の診断を毎日してくれるいい子(栗毛色のふわふわした髪がかわいい女の子!)である。まぁ、そんな悪役ぼっちである私の相手をするだけあって下っ端の方ではあるのだが、原作でも宮中秘伝の治癒魔法で治ってたし、下っ端とはいえこの子も使えるっぽいから、特に問題はないだろう。
だから。
「別に構いませんわ。それよりも妹さんはどちらに?」
いいから早く済ませて悪役仲間になろう? 助っ人用心棒の先生になろう?
そんな気持ちで私は悪役スマイル(無言バージョン)を浮かべつつそう答えた。
それからしばらく。逡巡した様子の伯爵であったが、そこはやはり原作通りのシスコン!
魔法を使うには集中力がいる、ということで典医と伯爵を送り出した私達は伯爵邸に設けられた貴賓室で何となく手持ち無沙汰。
ちなみに典医に付いていった伯爵は、妹さんの部屋の前で待っているはずだ。よほどその様子が気になって仕方ないのか。伯爵って本当にシスコンなのね……。
でもまぁ、そんなことは些細なこと。
私の好きな時代劇にも、病気の家族の薬代を稼ぐために仕方なく悪役の味方をしている人もいたからまぁいいや。それにそういう人は往々にして義理堅い場合が多いからなおよし!
これで悪の伯爵が味方に付いてくれれば(しかも裏切る可能性も少ない!)、いよいよ私も本格的に悪の女王になったと言っていいだろう。
ここはさっそく、悪役スマイル(無言バージョン)に磨きをかけておかねば!
ということで、私がその練習をしながら、優雅に出された紅茶を飲んでいると。
「お待たせいたしまして申し訳ありません」
と、伯爵が部屋に戻ってきた。
後ろには一仕事を終えたであろう典医が、額に汗を浮かべている。
そして。
「本来でしたら妹共々御礼のご挨拶に参るべきなのですが……」
うん、まぁ病み上がりだからしょうがないよね。伯爵が美形なだけあって、原作ではその妹さんもなかなかに美形であった。しかも儚げな感じの美人さん。
会ってみたいなぁと思う気持ちもあったが、伯爵が助っ人用心棒になってくれればその機会もこれから多くあることだろう。
そんなことより、で? で? 返事は?
私が期待をして待っていると、伯爵は先ほど渡した褒美を確約した書状を台にあったロウソクの火で燃やし始めた。
どどどどどどどどどどどーゆーこと!?
え? なに? え? え?
いやいやいやいやいや。おかしいでしょ!? 何で? Why?
ここはどう考えても悪役仲間になる流れでしょう!?
「妹の病気を治してくれてありがとうございます! あなた様に一生ついていきます!」
そんな感じの流れでしょ!?
えっ!? 違うの!? 何で!?
いやいやいや、おかしいって。このままじゃダリウスの正義パワーで悪役ぼっちからの、『成敗!』一直線コースじゃない!?
私がそうやって混乱していると。
「臣には妹の命が爵位にも領地にも、もちろん金銀にも優ります」
伯爵は跪き、臣下の礼を取り始めた。
「陛下より賜りし書状を火に焚べましたる罰は臣の働きにて」
あれ……? この流れはもしかしてもしかすると……?
「陛下に永遠の忠誠を」
そう言って伯爵は膝をつき頭を垂れた。
やっ、やったー! 悪の伯爵が助っ人用心棒の先生になってくれるっ!
私は飛び上がりたい気持ちをおさえつつ。
「お、おーほほほほっ! 期待しておりますわ、“悪の伯爵”」
私の言葉を聞いた伯爵は一瞬ぽかんとした表情をしていたが、すぐにモノクルの下の青い瞳に酷薄な笑みを宿らせた。
これだ。これでこそ悪の伯爵だ!
私はさらに嬉しくなり、先ほど磨きをかけたばかりの悪役スマイル(無言バージョン)を浮かべ、伯爵の手をとった。
まずは一人目。助っ人用心棒の先生こと悪の伯爵をその麾下に加えた私に敵はなし!
隠居のおじいさんでも暴れん坊でもかかってきなさい! 返り討ちよっ!
そんなことを思いつつ、再び私は高笑いを上げた。
隣にいるダリウスがまたまた呆れたような表情をしていたが、気にしてはいけない。
何故なら私は悪の女王。大物は細かいことは気にしないのだ。
「おーほほほほっ!」
と、私は高笑いを悪の伯爵の屋敷に響かせるのであった。