表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

先生! 出番です!【悪の伯爵篇(前編)】

悪役として生きていくことを決めた私は悩んでいた。

悪役とは一口に言っても、実に様々な種類がある。マッピングするなら、小悪党から大悪党までの悪役ランクを縦軸とすると、横軸には肉体派か頭脳派か。

そしてそれを基準にして、私が書き上げた表には悪の黒幕から始まり、詐欺師、泥棒、殺人鬼、ヤの付く任侠、マフィア、或いは義賊といった非常に多く悪役の種類が並んでいる。

「うーん、どうしようかしら」

何せ作中のイザベルと同じ動きをしていては、最期は斃されて終わる未来しか見えない。

となるとやはり独自色を出して、作中とは違う動きをしなければならない。

そこで私はさっそく、昨日、弟ダリウスから謹慎、もとい休息を言い渡されたのを幸いとばかりにどう悪役として生き残っていくべきか悩んでいた、というわけだ。

そしてまずは悪役としての方向性を考えることにしたのであるが。

「目指すならやっぱり大悪党だけど……」

やはり悪の女王たるもの、その名に恥じぬだけの悪役でなければならない。

私は表にある縦軸最高峰の“悪の黒幕”に下線を引く。

しかし好みで言えば、殺人鬼とか強盗とか物騒なのは論外にしても、私の好きなタイプは時代劇に出てくるような悪代官。あるいは悪徳奉行。もしくは悪徳家老。先ほどのマッピングの位置としては、縦軸は中悪党。そして横軸は頭脳派に分類されるだろうか。

それに私は悪徳大臣の元娘。近くにモデルケースのあるこのタイプが一番目指しやすそうにも思える。

私は紙に書いた悪役マッピングを見ながら、明らかに目指すべき方向性の異なる悪役にバツをつけていく。

あとは現状、能力、或いは率いる仲間の数とか装備的に難しそうなのもバツだ。

悩んだ末“悪の黒幕”にもバツをつける。

「うーん……これも、現状じゃあ無理よね……。あっ、これもダメだわ」

そうやって私は表にどんどんバツをつけていったところ……。

最後に残った悪代官……。

「でも、悪代官はどう考えてもちょっとおバカよねぇ……」

そうなのだ。時代劇に登場する悪代官は、どちらかと言えば頭脳派に分類されるのだろうが、少し頭脳派とは言い難いところもある。

だいたいこの悪代官という奴。ちょっと頭が悪いのだ。最後まで悪代官のために戦う忠義の家来をあまた抱えているところはいい。何ならそこは純粋に憧れる。

だけど、悪いことをしているのだから、きっと狙ってくる敵も多いことも予想できるはずだ。ならば普通、もっと強い人を、もっともっと雇っておくべきだし、いろいろと作戦を考えておくべきなのだ。

そうすれば、“お爺さんとそのお供数名”や“将軍様とお庭番二人組”にやられるなんてことはまずない。

ちなみに元居た世界で私は、

「ほら、そこ! 後ろを狙いなさいよ後ろを!」

「あっ、何やってるのよ! 今がチャンスじゃない! 左右から囲んで一気に斬る!」

「ぼさっと眺めてるんじゃないわよ! 後ろのご老公が手薄じゃない! ほら、手が空いてるんだったら、そっちに斬りかかって行きなさいよ!」

「あーっ!? だから言ったのよ! 一人ひとりの技量が劣るなら囲んでタコ殴り! それを基本戦法にして戦えって!」

と、時代劇を見ながら、もし自分が悪代官だったらとシミュレートしながら散々ヤジを飛ばしてきた。

祖父母からは何故か微笑ましいものを見るような目を向けられたが、あれはきっといろいろあって落ち込む孫娘が元気になってよかったというような視線だったのだと今では思うが、おかげで悪代官としてのシミュレーションができたのだからよしとしよう。

うん、そういうことにしておこう。

あと、じいちゃん、ばあちゃん。心配かけてごめんよ……。

名字が変わってからは友達もできたし、学校でも元気に……って違う!

そうじゃないんだ!

今はいかに悪役として立派に生き残っていくかを考えるんだった。

私は無無駄に豪華な革張りの椅子に浅く腰掛けなおし、同じく無駄に豪華なオール木製の机に頬杖をつく。

「はぁ……。本当にどうしようかしら……」

だんだん考えることに疲れてきた私は、ぐるぐると意味もなく余白に螺旋を書き綴る。

……もうこの際、方向性としては悪代官ルートで行くことにしよう!

当面は悪代官を目指し、最終的には悪の黒幕を目指す!

これだっ!

そう決心した私は椅子から立ち上がった。

ちょっとおバカなところもある悪代官だが、それはドラマの設定上のこと。散々時代劇を見ながらいざという時のシミュレートは行ってきたのだし、反面教師としての悪徳大臣(父)もいる。

それを活かしながらまずは悪代官としてスタートし、徐々に悪役のステップ駆け上がりいずれは白い猫を膝に抱えて顔を陰で隠す悪の黒幕を目指す!

しかし方向性は決まったものの、悪代官として何を為すべきか……それが問題だ……。

そうやって陽が傾くまで悩んでいた私に、脳内悪代官が囁く。

『先生! お願いします!』

そう。まずはこれだ!

「おーほほほほっ!」

すごいぞ私! 天才! 才女! ああ、自分の才能が恐ろしい……。

思わぬ天啓に、今日ばかりは控えようと思っていた高笑いが漏れる。

あっ!? 昨日の今日でまたやってしまうところだった。

危ない危ない。私はキョロキョロと周囲を見回し、ダリウスがいないことを確かめると、再び思考の海へと潜り始めるべく無駄に豪華な椅子へと再び腰を下ろす。

そう。悪代官の必殺技と言えば、“先生”。即ち助っ人用心棒ではないか。

「なんてことかしら、こんな簡単なことも忘れていただなんて」

そうなのだ。悪代官として生き残っていくために、まずは助っ人用心棒の“先生”をいっぱい雇おう。そうすれば、正義の味方もあっと言う間に追い払えるはずだ。

名付けて助っ人用心棒の先生大量雇用計画!

「“先生方”、やーっておしまいなさい! おーほほほほっ!」

からの。

「世に正義の栄えたためし無し、ですわ! おーほほほほっ!」

コンボが炸裂!

こうして悪代官から悪の黒幕への階段をまた一歩昇った私は悪の本懐を遂げる! 悪役女王勝利の方程式で幸せつかむ!

「ああ、何て素晴らしい未来なのかしら……」

そうと決まればさっそく行動あるのみ。

自らの天才的なひらめきにうっとりとばかりもしていられない。

まず悪代官に足りないのは知恵袋とも言える軍師だ。その軍師を私の“先生”に加えることで、陣営の充実を図る!

だいたい悪代官は、一人で全てを行おうとするから悪事が簡単にバレるのだ。

私の長年の研究結果(?)によれば、悪代官の悪事が露見するパターンは大きく二つ。

一つは悪代官自ら悪徳商人との密会現場へと赴き、それを正義の味方に見られるパターン。

いくら顔を頭巾で隠しているとは言え、セキュリティー意識があまあまの時代に悪代官自らが悪徳商人との密会現場に赴けば、事が露見する確率が上がるに決まっているのに、なぜか歴代悪代官はこれを繰り返していた。

そしてもう一つは、部下に行かせてその部下が後をつけられ黒幕が誰かバレてしまうパターン。

正義の味方は往々にして忍者を味方につけている場合が多い。それをいくら武士とは言え、素人がプロである忍者からの尾行をかわすのは難しい。

しかしそれを一挙に解決する存在。

それが軍師なのだ。

なにせ軍師オブ軍師とも言える『三国志演義』に登場する諸葛亮は、赤壁の戦いにおいて圧倒的に不利な外交交渉をまとめたばかりか、彼の才能を恐れた交渉相手からの暗殺からも無事に逃げ切っている。ドラマで見たから間違いない!

それに悪代官というのは私の悪役人生の最初のステップ。

やはり悪の黒幕を目指す身としては、今のうちからこういう人材はぜひとも手に入れておきたい。

そう言う交渉の取りまとめや裏工作は頭のいい部下に任せ、私は後ろでどっしりと構えておく。そういう形が理想形と言えよう。

そして私には、この世界にそういった裏工作が得意そうな人物に心当たりがあった。

「うんうん、やっぱり持つべきは原作知識よね。“これでこそ枕を高くして眠れるというもの”」

私は人生で一度は言ってみたかった悪役台詞集その四十七を言いながら満足げに一人うなずいた。



翌日。

「というわけで行きますわよ、ダリウス」

「え? 姉上、どちらに……? 」

「決まっていますわ。悪の伯爵のところですわ」

「は? 悪の伯爵……?」

ダリウスが怪訝そうな眼差しを向けてくるが、こんな時は高笑いだ。悪役は律儀に相手の質問に答えたりはしないのだ。あと、ここはお風呂場ではないからこの前みたいに怒られたりしないだろう……たぶん……。

でもまぁ、最初は控えめにしておこっと……。

「おーほほほほっ」

私はさり気なくダリウスの方を見る。

あっ、大丈夫っぽい。

怒られないっぽい。

うんうん、やはりあれはお風呂場だったからなんだ。

お風呂場でなければ怒られない!

そう確信した私はもう一つのことも試してみる。

昨日、助っ人用心棒の先生大量雇用計画を思いついてからというもの、私の気分は最高潮を保っていた。おかげで今朝は底冷えのするような悪役スマイル(無言バージョン)を習得すべく、その練習に多くの時間を費やすことができた。

さっそくその効果を試してみよう。

私が今朝、無駄に早く起きてしまった時間を使って身に着けた悪役スマイル(無言バージョン)をさっそくダリウスに対して使ってみよっと。

「あ、姉上……?」

うん、効果は抜群だ!

正義のヒーローたるダリウスもどうやらこの悪役スマイル(無言バージョン)の前には赤子も同然のようだ。怪訝そうな表情から、恐怖からか茫然とした表情になっているのを確認する。

そして今度は遠慮なく高笑いを行う。

「おーほほほほっ! 付いていらっしゃいな、ダリウス」

さらに気を良くした私は、足取りも軽い。

いざ行かん、悪の伯爵の元へ!



というわけでやってきました悪の伯爵こと、カベル家の御屋敷。

うん、大きい御屋敷であることは間違い無いんだけど、せっかくの煉瓦造りはところどころ剥がれ落ちているし、鉄門には蔦が絡まり、ところどころ錆が浮いている。広いお庭も手入れがされていないのか、あちらこちらに雑草が生い茂っていた。

これでカラスでも鳴いていればいかにも悪役の住む御屋敷っぽい雰囲気になるのだろうけど、カラスの一匹も居なければ、それになんだか貧乏臭い……?

「これがカベル家の御屋敷ですの……?」

私は思わず、隣にいたダリウスにそう尋ねてしまった。

やれやれ、と口にこそしなかったものの、表情はそう雄弁に語っているダリウス。

うっ…………。

だ、だって原作では、悪の女王の手下になってから、つまりそれなりに金銭的余裕がある状態での登場だったし……。

「姉上もカベル家のことはご存知でしょう……?」

まさかそんなことも忘れたんじゃないよな? という言葉が耳には聞こえなかったけれども、心には聞こえてきた。

「も、もちろん覚えておりますわ!」

あっ、悪役定番の高笑いを付け忘れた……。

それくらいに動揺していた私ではあったのだが、覚えているという言葉は嘘ではない。

原作に載っていた通りであるなら、今から会う人物はカベル・オースティン。そして悪役女王こと私の影の部分を一手に引き受けることになる人物だ。

金髪でかなりのイケメンなのだが、モノクルの下にある青い瞳には常に酷薄な笑みが湛えられている。いかにも悪の参謀といった様子なのであるが、最後は悪の女王を裏切り、女王側の情報をダリウスと主人公に流して闇に消えていく。そして女王はその情報を元に……。となるのだが、有能であることは間違いない。オースティンの力によって、女王に敵対する正義の貴族が何人も粛清されているし、オースティン麾下の秘密警察によってダリウスと主人公のクーデター計画は何度も危機をむかえているのだ。

だからこそ早めに悪役女王(悪代官志望)こと私のスケット用心棒の一人に加え、悪に染め上げることで離反を防ぐ!

そうすればこれほど頼りになる“先生”もいるまい。

そして今回、この完璧な計画を実現するための秘策も用意してある。

私はそこでその秘策を見るべく後ろを振り返ったのであるが……。

うわっ、私の護衛、少なすぎ!?

……いや、知ってはいた。知ってはいたのだが、いくら王都内での移動とは言え、女王の護衛が三人だけっていうのはさすがにどうなの……? 原作のイザベルは大名行列もかくやとばかりに大量の護衛を引き連れていたというのに……とゲームでの絵を思い出す。

そして私は思わず、隣にいたダリウスを睨む。

それもこれもダリウスが悪いのだ。私が女王に即位したと思ったら、よくわからない書類にサインを迫ってきたのだ。

あまりの迫力に怖くなっ……悪役の親玉(予定)として寛大なところを見せようと私がサインをしたら、なんか大臣の一人が爵位・領地召し上げのうえ王都追放・強制労働に決まっていた。

こわっ! この弟こわっ!

おかげで、原作では私の悪党仲間であったはずの宮中貴族達複数名から敵認定をされてしまった私。それ以降、私の側に来る貴族は目に見えて減ってしまった。それはもう、潮が引くように一斉に。

くっ! こうやって私の悪党仲間を減らしていくだなんて……。

本当なら今日も将来的に敵になることがわかっているダリウスをここに連れて行きたくは無かったのだ。しかし変に城に残してこれ以上私の悪党仲間を減らされたのではたまったものではない。だから仕方なく、本当に仕方なくではあるのだがこれ以上余計なことをされないようにと連れて来た。

しかし!

しかしである。それも今日まで!

オースティンを味方に付け、秘密警察を暗躍させて正義の貴族達を粛正していけば私の元悪役仲間たちも。

「あれ? もしかして女王って悪役仲間じゃんね?」

「いや、悪役っしょ。むしろウチらの仲間っしょ!」

か〜ら〜の〜。

「悪役女王様バンザーイ!」

という流れで巻き返し間違いなし!

悪役万歳! 悪役女王万歳! 悪役最高! 計画によって、見事悪役女王の周りには取り巻きの悪党達が再び集まってくる、はずである。

「おーほほほほっ!」

私は景気付けの高笑いとばかりに、必殺悪役スマイル(無言バージョン)との合わせ技を行いながら、颯爽と伯爵家の門をくぐった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ