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プロローグ

「おーほほほほっ! 下賤なる身の上にも関わらず、この私に歯向かおうとでもいうのかしら? どうやら身の程というものを教えてあげる必要がありそうね!」

うん、決まった。高笑いをしながら、扇で口元を隠す。そしてその扇を一気に閉じて、ビシっと相手に扇を向けながらの一言。いかにも悪役らしい台詞回し。そして、身のこなし。

我ながら実に様になっている。

「さすが私ですわ。ああ、自分の才能が恐ろしい……」

そうやって鏡に向かい、一人悦に入っていると、

「姉上……何をなさっているのですか……?」

と、弟であるダリウスが怪訝そうな表情を隠すこともなく私の部屋へと入ってきた。

「何って決まってるじゃない。練習よ練習」

「はぁ……何の練習ですか、姉上」

弟よ、その大きなため息は何だというのだ。それに……この弟は大丈夫なのだろうか。姉ながら心配になってくる。どっからどうみても悪役然とした私の姿を見てわからないなんて……。

「ダリウス、いいこと。これは非常に重要な練習なのよ。そう!」

そこで私は一度区切り、自慢の悪役フェイスであるつり目に邪悪(?)な笑みを浮かべながら言い切った。

「私が立派な悪役令嬢になるための、ね!」

再び弟の大きなため息。そして呆れたような表情。

「……これさえなければ姉上も……」

そんな弟の呟きは私には届くことはなかった。なぜなら、私はこの世界で立派に悪役を務め上げる必要があるのだから。






さて、時間は少し巻き戻る。

そう、この私は何を隠そう転生者であるのだ。現代日本で普通に女子高校生をしていた私はある日突然、乙女ゲーム『黒薔薇と女王』の世界へと転生していた、というわけだ。

理由は私にもよくわからない。事故に遭ったわけでも、事件に巻き込まれたわけでもない……と思う。

その日もいつも通り朝早くに起きて、毎朝五時からやっている時代劇『無頼将軍』を楽しく見ていたところまでは記憶にある。

ちなみにこの時代劇は、江戸の街に蔓延る悪徳役人を正義の将軍様が成敗する一話完結、勧善懲悪のストーリー仕立てになっていて、私は毎朝楽しみにしていた。

「最早これまで……。上様とて容赦はいたしませぬ、ご覚悟召されよ……! 者供! 出会え! 出会え!」

と、今回の悪役である勘定奉行が台詞を言い、

「うんうん。今日の悪役はいい感じだわ。なんといっても悪の覚悟が見える!」

と私が、これ、一生のうちに言ってみたい台詞リスト入り確定ね、と思った次の瞬間。

気がついたら、私はナイスミドルなおじさまの胸に縋り付いて泣いていた。

「え ……? 誰このおじさま……?」

思わずそう口にしてしまったことも許して欲しい。

周囲からは。

「ああ、イザベル様……。なんとお労しい……」

などという、さもあまりの事態に錯乱してしまった可哀想な娘みたいな目で見られることになってしまったのだが、さっきまで時代劇を見ていた私が突然、本当に突然やってきたばかりの私には何がなんだかあの時は全くこれっぽっちもわからなかったのよ……。

そして気がつけば、あれよあれよと、私が縋り付いていたナイスミドルの葬儀。そして私の女王戴冠式。どうやらナイスミドルはこの国の国王で、私、というかイザベルはその後継者だったらしいとわかったのは、よくわからない立派な杖を持たされ、無駄に豪華でフカフカの椅子に座らされた時であった。

というか、昔の儀式というやつは、ひじょーに大変。いろいろな作法やら決まりごとやらがあって、それを覚えていたら休む暇なんかない。もちろん考える暇も。

だからしばらく気付かなかったのは、私がおバカさんだからではない。断じて無いったら無い。

そんなこんなで、イザベルの父上の葬儀、そしてイザベル自身の戴冠が終わって少しゆっくりお風呂に入ってリラ……考えごとをしていたときにふと思い出したのだ。

「あ、私、『黒薔薇と女王』の悪役だ」

そう、友達のなっちゃんからすすめられてやり込んだ乙女ゲーム『黒薔薇と女王』のラスボス。悪の女王、イザベル・カストール。それが今の私である。

思い起こせば、類似点はいくつかあった。整った顔立ちながらも、どこか冷たい印象を残すそれ。そして意地悪そうにややつり上がった目。それに何より、私とは反対に優しそうな、しかし意志の強さを秘めた瞳を持つダリウス・カストールという弟の存在。

……いや、いくら忙しかったとは言え、普通に名前で気づこう私……。

ちなみにゲームでは、このダリウスが主人公である可憐な少女と手に手を取って、ワガママで身勝手で、ちっとも国の政治に関わりを持とうとしない姉、イザベルを斃し、国王となり平和な国を築くことになるのだ。

「って、私、やられ役じゃん!」

思わず浴槽から立ち上がった私に、周囲に控えていた侍女さん達が驚く。

そう、偉い人は、一人でお風呂に入ったりしないのだ。どうも現代日本で普通に育ってきた私には馴染みがないし、気恥ずかしいので一人で入りたかったので何度か断ったのだが。

「そういうわけには参りません。陛下の御身はお一人のものではないのです。どうかご了承を」

そう押し切られてしまい、現状三人の侍女が私の入浴現場を見守っている。もちろん裸なのは私だけで、侍女さん達は薄着ながらも服を着ているのが余計に恥ずかしさを助長するのだが、今はそんな場合ではない。

自身が悪役とわかった以上、これは全力を尽くさなければならない。

そう、私も死にたくはないし、人並みに幸せにはなりたいのだ。

幸いにしてまだ弟と主人公は出会っていない様子。

ここからならば、私が幸せになる道も十分準備できるはず!

できる、よね?

できる、といいなぁ……。

……いやいや、弱気になるな私!

思い返せば前世(?)は割と不幸であったかもしれない。

というのも、実の父(ナイスミドル国王様ではない、あっちの世界の父)が逮捕されたのは、私が小学六年生の春であった。

「加重収賄」という聞きなれぬ罪で父が逮捕される前後あたりからは、都内にあった我が家には多数のマスコミ関係者が訪れ、閑静な住宅街は一転騒がしくなった。

その時の私はまだ子供で、なんとなく父が悪いことをして警察に捕まったらしいということはわかったが、それ以外はよくわかっていなかった。

ただ、父が大臣になったとき。その時もマスコミが我が家へと押しかけ、父の姿をカメラに収めようと家の庭にまで入ってきたのを、父が一睨みしただけで黙らせたことがある。おそらくマスコミの人達も権力者である父を怒らせたくはなかったのであろう。

しかし今回、同じように庭に入ってきたマスコミの人達を逮捕される寸前の父が睨んでも、彼らが庭から出ていくようなことはなかった。それどころか、果敢にマイクを向け続ける姿を見て、幼いながらも私は「変わったんだ」ということをその時なんとなくではあるけど理解できた。

それからというもの、私の生活も大きく変わった。

当時通っていた一貫のお嬢様学校を辞めさせられ、また別の私立に入れられ、そこもすぐに転校し。そんなことを何度か繰り返した。

まぁ、転校の原因は簡単だ。一部の週刊誌には母の顔写真が載せられていたし、私の写真も目元に黒い線が入れられていたとは言えその隣に載っていたのだ。しかも名字も一緒となれば、噂になるのも時間の問題。

「犯罪者の娘」

そんな陰口はまだいい方で、ひどいのになると、

「税金泥棒、金持ってんだろ。俺たちの税金返せよ!」

と、おそらく収賄の意味もわかっていない子たち(私は父の逮捕後、自分で調べた)からは理不尽なカツアゲを受けたこともある。

そうこうしているうちに、両親の離婚が成立。

晴れて私は母方の姓を名乗るようになったのだが、そのすぐ後に母は心労で倒れ、私は母方の祖父母の家へと預けられた。

そこで公立の中学校へと通い始め、私の日常はようやく落ち着いた時間を取り戻す。

だからあの時の私は気が緩んでいたのだろう。

倒れた母のお見舞いに病院へと行ったとき、偶然“お人形のおじちゃん”に会った。

“お人形のおじちゃん”とは、父がまだ逮捕される前。頻繁に我が家へとやって来ては、私にいつもお土産にとお人形をくれ、幼い私を膝に乗せて、

「おっ、また大きくなったねぇ。こりゃあお母さんに似て将来美人さんになるよ!」

と、優しく接してくれた、ある会社の社長さんである。

であるから私は、

「おじちゃん! 久しぶりっ!」

と、声をかけた。

そして私はその時のおじちゃんの姿を忘れることはないだろう。

まるで嫌なものでも見たとばかりの顔をして、傍にいた秘書の人に一言二言耳打ちし、足早に去っていく後ろ姿。

「……ああ、変わったんだった……」

そのおじちゃんの姿を見て、ようやく私は思い出した。

最初の学校の友達が、父の逮捕をきっかけに一切連絡をくれなくなったことを。

近所の人達が、父の逮捕をきっかけに私たち家族の噂話をするようになったことを。

それからというもの、私は母方の祖父母の影響もあり、時代劇にドハマりした。そして毎回出てくる悪役を羨んだ。そして憧れた。

悪代官や悪徳奉行が賄賂をもらうのは、何も自分が贅沢をするためだけじゃないはずだ。

ある夜更け、人形のおじちゃんが父の元へとやってきて、決済が間に合わないからと泣きながら父にお金を貸してくれと頼んでいたのを。ある若い議員が何人も、選挙費用が足りないからと土下座しながら頼みに来たのを。

それらすべてに、父が黙ってお金を差し出したことを。

私は近くで見てきた。

そしてその人たちは父の逮捕後すぐに、あるいは裁判が進むにつれ、父の政界復帰が難しいとわかると、あっさり父の元から離れていった。

悪代官の家来達のように、悪徳大臣である父を最後まで正義の手から守ってくれる存在は誰もいなかったのだ――。



「くしゅんっ!」

……寒い……。

湯舟から出て、しばらく物思いにふけっていたからか、体が少し冷えてしまった。

「うーさむさむ」

私は再び浴槽へと身を沈め、改めてこの世界で自分がどうすべきかを考える。

第一目標は何といっても、前世の父のように正義に決して負けたりしないということだ。

とは言え、だからといって正義の側に付くのは論外だ。

だいたい、正義が私に何をしてくれたのか。

正義の味方であるはずの警察がやったことと言えば、全く関係の無かった母を拘束し続け、解放するときに、

「ちっ、関係ないなら早くそう言え。時間を無駄にしちまったよ」

との捨て台詞を吐いたこと。

そして人形のおじちゃんに対しては、父とは別の政治家に頼んだのか圧力がかかり、かなりいい加減な捜査を行い、裁判ではかなり甘い判決が出ていた。

だいたい、正義を気取っていたマスコミというのもかなり胡散臭い。

「どうして黙っているんですか? 何かやましいことがあるからなんじゃないですか?」

と、しつこく逮捕寸前の父にボイスレコーダーを向けていた記者は、

「ちゃんと話してください。あなたには国民に説明する義務があるはずです!」

と、さながら使命感に溢れる代弁者といった様子であった。

しかし父が逮捕されると、我が家の塀には、実に多種多様なスプレー缶による落書きが日々増えていった。しかもマスコミ関係者が前にいながら増えていったのだから、彼らは目の前で犯罪行為が行われるのを見逃していたことになる。

あとは、三番目に行った学校でのことだったか。“いじめを決して許さない熱心な先生”と評判の先生は、私が逮捕された父の娘であると周囲に広がり、それがきっかけで悪口を言われ、仲間外れにされるようになっても、何もしてくれることはなかった。

おそらくその先生にとって、悪徳大臣の娘は何もしていなくとも、もうその時点で悪い生徒だったのだろう。

とにかく今までの経験上、正義の側に付くのだけは論外だ。

きっと彼らは私を助けてはくれない!

そう考えるとやはり、“最後に悪は勝つ!”ルートを目指すのを第一の目標にしよう。

そして第二は、悪代官に最後まで味方をしてくれる家来。そんな忠誠心に溢れる悪役仲間をなるべく多く作ること。

『無頼将軍』でもそうだが、悪代官の家来は、徐々に徐々にその数を減らしとうとう残り数人となり、明らかに勝てない。このままでは負ける。そんな状況になっても悪代官を見捨てて逃げ去るということはしない。最後まで果敢に正義の味方へと切りかかっていってくれるのだ。

そんな味方を多く作れば、第一の目標も達成しやすくなるに違いない。

うん、そうしよう。

それがいい。

第一、万が一正義の側に負けるにしても、一人はイヤだ……。

できるならみんなで一緒に“成敗”されたい……。

って、弱気になるな私!

まだ負けが決まったわけではないのだし、これから頑張れば「やはり最後に笑うのは悪であったか!」という人生一度は言ってみたい台詞リスト入りをしている言葉を言う機会もあるかもしれない。

というわけでここは景気づけにあれだ!

あれなのだ!

というわけで、

「おーほほほほっ!」

再び浴槽から立ち上がった私は腰に手を当て、まずは悪役の定番とばかりに人生初となる高笑いの練習を試みる。お風呂で。つまり全裸で。

そう、私は望む望まないに関わらず、名は悪役になったのだ。

ならば全力で悪役を演じきり、名実ともに悪役になる!

時代劇に出てくる悪代官のように、最後の最後、自分が追い詰められても、自分のために戦ってくれる家来をたくさん持った立派な悪役に私はなるのだ!

お風呂場だけあって私のした高笑いがよく響く。それがけっこう気分がよくて、気を良くした私は再び高笑いをあげた。

うん、やはりこの顔には高笑いがよく似合う。そして周りに侍る侍女の人達を置いてけぼりにしながら、しばらく鏡をちらちら横眼にしながら高笑いに興じる私。

しかし。

「あ、姉上!?」

さすがにお風呂場には飛び込んで来なかったものの、あまりによく響いた私の必殺悪役高笑いを聞きつけた弟に、私は一日ばかりの謹慎、もとい自室療養を言い渡されてしまった。

とにもかくにも、こうして“悪徳大臣の娘”から“悪の女王”へとランクアップを果たした私の悪役人生は高らかに幕を上げたのだった。

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