家作り一日目 「奇妙な少年」
辺境の村、カナイ村。
その村に接する森からコーン、コーンと音が響いてくる。
「よいしょっ!」
その音の発生源はカナイ村に引っ越したばかりのガイウスの振るう斧の音であった。
今まさに振るわれた斧が木に止めを刺し、バキバキと音をあげ倒れ始めた。
一仕事終えたガイウスは一息吐き、慣れない斧での作業でかいた汗を首に巻いていたタオルで拭う。
「ふー、こんなものかな?さて、帰るとするか」
そう言って、ガイウスは自分が切り倒した大木五本を鎖で縛り、引っ張って山を降りていった。
人一人で引ける量ではない五つの大木を平然と運び、村の自分の仮住まいへと戻ると一人の少女が立っていた。
「あ、お疲れ様ですガイウスさん!」
「ん?おお、リーナちゃんか」
彼女はリーナちゃん。
この村に暮らしている可愛い女の子だ。
大抵の村の人は、突然こんな何もない辺鄙な村に来た怪しい男を怖がり近づこうとしないが、リーナちゃんはこんな俺にでも優しくしてくれる。
「はい、これ。お母さんが余ったから持っていけって。良かったらどうぞ」
「いつも申し訳ないね。ユーナさんにもお礼を言っといてくれないかな」
「分かりました。ところで本当に良いんですか?何だったら家の空き部屋に寝泊まりすれば良いのに」
そう言ってリーナちゃんは振り返り、現在の俺の仮住まいを見た。
リーナちゃんの視線の先には、小さな簡易テントと焚き火の跡があるだけ。
そう、俺は現在、このみすぼらしいテントで寝て朝を迎えていた。
俺は土地しか買ってなく、家はまだ建ってないので当たり前である。
勿論、土地しか買うお金がなかったという訳ではない。
家は自分の手で一から作り上げるためである。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あれは、まだ俺が騎士の時、パトロール中のことであった。
一人の怪しい男が道の端に広げた布に見たことの無い怪しい商品を並べ、露店を開いていた。
いつもなら厄介事に巻き込まれるのは面倒なので素通りするのだが、何故かその日は違った。
「おや、騎士のお兄さん。何か興味のあるものでも有りましたかな?」
「いや、そういうわけでは・・・うん?」
露店商の男・・・中性的な顔に声をしてるから女かもしれない、私が客だという勘違いを正そうとするが、ふと、ある一冊の本に目を奪われた。
「おや。なるほどなるほど、それに興味おありでしたか。そいつは『ゴブリンでも作れる家作り』でございます」
「何だその胡散臭いタイトルは」とガイウスは言いながらも本をペラペラとめくり目を通す。
すると、所々で文章を消すように線が引かれ、その側には、殴り書きの文字が見られた。
始めは落書きかと思っていたが、よくよく見ると『このやり方はダメだった』『防腐・防虫の為に木材を燻してみる』『雪の重さで潰れぬように屋根の角度を・・・』など、どうやら改善案や失敗例などのことが事細かに書かれていた。
「その本自体は一昔前に普通に売られていた物ですが、前の所有者のメモが書かれていましてね。所有者は家作りに素人ながらも、切磋琢磨し見事夢を遂げたのです。その日々の試行錯誤、失敗、成功。つまりはその本は一人の人生の結晶、唯一無二の素晴らしい商品なのです」
「人生の結晶・・・」
そして最後のページ、その余白部分にこの所持者であったのであろう人物からのメッセージが記されていた。
『変な商人にこの恥ずかしい私の拙い記録を売ることになったわけだが、正直他の人にとってこれが何の価値があるのか分からない。ただ、もしもこれが他の誰かの手に移ったならば、少しでもこの私の失敗が役に立つことをただ願うばかりである。貴方の人生に幸あらんことを』
それで締め括られていた。
私のように、ただ目の前の敵を倒すだけの日々お送るのではなく、この本の元所持者は己の人生を謳歌していたのだ。
「ひどいですよね~。私のこと変な商人だなんて―――」
「すまないが、これを買うことは出来るか?」
そこからは速かった。
そして、俺はこの本に導かれるように騎士を辞め、この村へと来たのだ。
俺は名前も知らぬ所持者に憧れてしまったのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ガイウスさん?どうかしたんですか?」
おっと、つい物思いに耽ってしまったか。
「いや、少し昔を思い出してしまってね。なに、私はこれでも鍛えているから大丈夫さ。そうだ、また木を採ってきたから後で薪にして持っていくよ」
「そんな悪いですよ!」
「いやいや。いつもご飯をお世話になっているからね。むしろ受け取って貰えぬと私が困る」
「そうだよ姉ちゃん。オッサンがくれるって言うんだから貰っちまえばいいじゃん」
俺でもリーナちゃんでもない声がかかり、声のした方を向くといつの間にか10歳ほどの少年が立っていた。
「こらっ、オッサンじゃないでしょ。失礼でしょ」
「へいへい、ごめんなさーい」
「もぉ、この子ったら。すみませんガイウスさん」
「いえいえ構いませんよ。子供は元気な方がいいからね」
「そうだ。母ちゃんが姉ちゃんを呼んでたよ」
「何だろう?ガイウスさん失礼します。お鍋ここに置いてきますね」
そう言うとリーナちゃんは家へと戻り、俺と少年が残された。
この目の前の少年はリーナちゃんの弟のジョージ。
悪ガキ的な言葉使いで、俺のことをオッサンといい毎度リーナちゃんに注意をされている。
だが、決して姉弟仲が悪い訳ではない。
「おいオッサン。姉ちゃんに手を出すんじゃねーぞロリコン」
今もこうして睨んでるように、姉の身を案じて俺の前に来てる訳だから。
初対面の時なんか「あんた、人拐いか」なんて言うほどに。本当に失礼極まりない。ロリコンの意味は分からないが、どうせろくでもない意味だろ。
しかし、相手は子供。ここは寛大な心で大人の対応をしなければ。
「うるせえぞクソガキ。お前に時間を割くほど暇じゃねえ。さっさと帰れ」
うん。大人の対応無理。
何故かは知らないが、このガキは心の底から嫌いだ。
というか、こいつに優しくする必要性が見つからん。
「はっ。やっと本性出しやがったか。何だよ『私』って。猫かぶりやがって鳥肌が立ったぜ」
「うっせえ。猫かぶりはどっちだよ。そもそも本当にただのガキか?悪魔憑きじゃないだろうな」
「だから何度も言ってるだろ。俺はれっきとした人の子だ。ちょっと魔法と体を動かすのがちょっと得意などこにでもいる少年だ」
などなど減らず口を叩いてくるジョージ。
そもそも、俺がここまで飾らず砕けた喋りをするのは訳がある。
今さっき、ちょっと得意だと言っていたが、それは嘘だ。
「あのな、魔法で木を丸々爆砕して、上級騎士並みに動けるのを一般的に『ちょっと得意』の枠に入るわけないだろう。化け物じみてんだよ、お前」
そう、こいつは恐ろしく強い。
国の騎士と手合わせしたら、間違いなく上から五番以内には入る程に。こんなアソコに毛も生えていないガキがだ。
これは誰に見てとれるように異常だ。
そんな俺の言葉に、ジョージは不機嫌そうに言い返してきた。
「大袈裟だろ。悔しいけど、俺はオッサンに負けてるし」
「それは俺が強いからだ」
「・・・自分で言うか、それ」
「すまんな。何分、自称さいきょ~なお前を軽くのしてしまうほど強くてね私は」
ふん、と鼻で笑いながらしたり顔で言ってやった。
「ブッ倒す!」
そんな軽い挑発にジョージは乗ってきた。
こういう所は本当に子供だよなコイツ。