この恋は一目惚れ
朝起きて、着替えて髪を結ぶ。
長く伸びた髪を後ろで束ねて、団子にする。
緑のリボンを結び、これで普段通りの髪型だ。
「先に行ってるよ?」
セレナが私にドアの近くで振り返り様に声をかけてきた。
「うん!わかったわ!」
私が返事をすると、セレナは先に部屋から出ていった。
セレナと私は同じ部屋で寝泊まりしている、言わばルームメイト、というやつだ。
私は鏡を見て、こぼれた毛が無いか確認する。
一年前ここに来た時には団子にも出来なかったのに、随分時間が経ったのだな、と思った。
クハルと出会ってもう1年、早いと感じてしまうのは、彼と過ごした時間が濃いものだったからだろうか。
これまでの1年を考えると思わず口元が緩んでしまう。
私は髪に結んだ緑のリボンを眺めて、もう1年か、としみじみ思った。
「今日からここでお世話になります、セレナといいます!よろしくお願いします!このような仕事は初めてなので、至らない点が多くあると思いますが...」
隣に並んだ彼女の堂々とした自己紹介を聞いて、自分も堂々と喋ろう、と意気込んだ矢先、私の視界に入ったのは何たる好青年。
金に輝く綺麗なウエーブのかかった髪に、澄んだ青い瞳。
彼を一目見た瞬間に、私の心臓は射抜かれてしまった。
セレナの自己紹介が終わり、ついに順番が私に回ってきた。
私は深呼吸をする。
「きっ今日からここでお世話になります、リーナと申します!セレナさんと同様ですが、こういう仕事は初めてなので、教えていただきたいです!どうかよろしくお願いします!」
-噛んでしまった...
やってしまったと、どうにも悔やまれた。
恥ずかしくて顔がすごく熱くなった。
頭を下げ、見ていたメイド達からはパラパラと拍手された。
頭を上げると、雇い主のセント・トルーマン氏と好青年が前に出てきた。
笑われていないか、青年を見ると微笑んでいた。
-絶対に私が噛んだことを心の中で笑っているんだわ!!
セント・トルーマン氏が話し始めた。
「2人とも、これからここが君たちの生活の基盤になる。頑張ってくれたまえ。こいつは私の一人息子のクハルじゃ。私は屋敷を留守にすることが多いから、基本的にはこいつの言う事に従えば良い」
好青年は前に出た。
「クハルです。父様が留守の間は僕が一応家主になります。けれど堅くなる必要は全くないので、気楽にやってください」
青年は終始笑顔だった。
-あれ?もしかして、私が噛んだことに笑っているわけじゃない...?
私はこの頃から、彼から目を離すことが出来なくなった。
挨拶が終わって、私たち2人はメイド長のエルザさんから、粗方仕事のやり方を聞いた。
基本的な仕事といえば、掃除、洗濯、炊事、それに伴う買い出しと、ティータイムの菓子と茶の用意くらいだ。
あとは主人に頼まれたことをする、ということだった。
屋敷中を回って、とにかくこの屋敷は広いな、と感じた。
メイドが何人もいたが、その為か、と納得した。
自己紹介等をしたロビーとも言える空間に帰ってきて、メイド長の彼女は言った。
「仕事は初め1日は私が一緒についてやるけれど、次の日からは自分らで仕事を見つけてやってもらう。正直、仕事をしてもしなくてもこんだけの人数が居るから賄えるが、そこからはお前らの心持ち次第だ。悪過ぎればクビだからな」
「はい!」
私達は2人で大きな返事を心がけた。
するとエルザはクスッと笑った。
「まあ、人数が居るってのは、その分互いにカバーもし合えるってことだ。気楽にやんな」
「はいっ!」
私達はさっきよりも大きい声で返事をした。
その場は解散になって、今日はもう夕方だから自分の荷物を片付けたりする時間に使っていいと言われ、私達は部屋に向かった。
部屋はベッドが壁際に左右一つずつあって、机が奥の窓に向かって2つ置いてあった。
机の上には鏡も置いてあって、部屋に入ってすぐ手前の左右にクローゼットがあった。
部屋を縦に分断するように窓から部屋の中央付近までは、机と机の間に仕切りがあった。
スタンドライトがそれぞれの机にあるが、夜に使用しても仕切りがあるからルームメイトに直接の影響は出ないようだ。
部屋に入って左側のベッドの上には私の荷物、右側のベッドのベッドの上にはセレナの荷物が置かれていた。
私達はそれぞれの荷物の場所に行き、解体し始めた。
私はどうしても荷物が多くなってしまったのに対し、セレナの荷物は最小限の私服と化粧道具くらいだった。
セレナに遅れること30分、ようやく片付けが終わり、もう日が落ちてきている時間だった。
「そろそろお夕食の時間かしらね」
セレナは言った。
「じゃあ台所に行ってみましょう」
私は彼女を促し、共に部屋を出た。