プレゼント?
「大丈夫!?」
私が駆け寄るとクハルは腕で目元を隠してため息をついた。
「ふぅ...」
とりあえず、大丈夫そうだ。
彼は体を起こした。
私は起き上がりやすいように背中を支える。
「ありがとう」
彼は答えた。
「ところで、ハートのペンダントを君は見たと言ったね?」
「えぇ」
「それはどこで見たんだい?」
彼は食い気味に私に聞いてきた。
「さっきお屋敷に帰ってきた時、エミルが掃除をしていたのだけれど、ハートのペンダントをしていたのよ。確か、朝はつけていなかったわ。なんでも、彼氏から貰ったんだと言っていたんだけど、そんな話したことなくて、本当かどうかは断言できないわ」
クハルはあごに手を当てて何も言わなかった。
「...でもエミルが盗んだとかは考えにくいわ!本当に彼氏がいて貰ったのかもしれないし、まだ確信は...」
クハルは立ち上がった。
「...僕のカバンを運んだのは彼女だ...!」
彼は私と目を合わせようとはせず、真っ直ぐドアの方を見つめる。
「...エミルに会ってくる」
「ちょっと!」
私の静止も聞かずに彼は部屋を出ていった。
「もしエミルがしていたものがクハルの探すものだったら...」
そんなはずない、と自分に言い聞かせ、彼のあとを追った。
私が自分に言い聞かせるのは、彼女のことを信用していないとか、まして疑っているわけではないが、完全に信じることも出来ない自分がいるからだ。
少しでもエミルが盗んだ可能性があるなら、自分の目で確認したい。
エミルはまだ階段にいたが、もう掃いてはおらず、手すりを水拭きしていた。
エミルは隅までこだわる性格らしく、細かい窪みまでしっかり拭いていた。
相変わらず胸にはハートのペンダントがキラリと光っている。
クハルはエミルを見つけ、歩み寄る。
その気配に気づき、彼女はクハルの方を見た。
「何か御用ですか?」
彼女はあくまで笑顔だった。
まるで動揺などしていない様子だった。
本当にそのペンダントは彼氏から貰ったものではないのか、と思ってしまう。
「...そのペンダント...」
エミルは微笑んでハートを指でつかんで見せる。
「これですか?可愛いですよね。貰ったんですよ」
クハルはエミルに思い切り近付き、ペンダントを持った腕を掴んだ。
「...痛っ!」
エミルはハートから手をはなす。
私は彼の背中しか見えていないが、どう見ても怒っているようにしか見えない。
「...そのペンダント、本当に貰ったのか?」
彼の声は低かった。
エミルは怯えているのか焦っているのか、目をそらす。
「そうよ...」
「嘘をついているんじゃないな?」
クハルが握る手に力が入る。
エミルの表情が歪む。
「つっ...!嘘なんて...ついてない...!」
「そんなはずはない!!!」
クハルは大声を上げた。
こんな彼を見たのは初めてだ。
普段温厚だから、怒る姿はより一層恐怖を与えた。
後ろから見ているだけの私でもかなり怖かった。
足が動かない。声も恐らく出せない。
エミルの目も怯えているようだ。
逸らしていたはずの目も、もう逸らせない。
吸い寄せられるようにクハルを見ていた。
「それは...それは僕がリーナに買ったものだ。君のものじゃない」
エミルは何も答えない。
今にも泣きそうな顔だった。
クハルはエミルから手を離した。
「このペンダントは返してもらう」
クハルがペンダントを外そうと、動かなくなったエミルの首に手を伸ばす。
首の後ろで止まった小さいフックを外そうと手をかけると、突然我に返ったようにエミルはクハルに抱きついた。
思わず彼もフックから手を離す。
「...っ!え!?」
今度は私が大声を出してしまった。
すぐに止めに入ろうと思ったが、少し近づいたところでエミルの手が震えることに気づいて立ち止まってしまった。
クハルもそれに気付いていたようで、構うことなくペンダントを外した。
クハルが1歩さがると、エミルの手は力なく抜けていった。
見る限り放心状態、という言葉が、今の彼女を表すのにぴったりだと思った。
クハルはエミルに背を向け、エミルはその場で崩れ落ちた。
「いくよ」
彼は私の横で小さく声をかけ、私が答える前に私の腕を掴み、引っ張った。
私はエミルが気になって振り返ると、彼女は両手で顔を覆っていた。
泣いているのか、落胆しているのか、そこからは何もわからなかった。