小さなハートのペンダント
屋敷に戻ると、エミルが階段の掃除をしていた。
エミルはこちらに気付いていないようで、真剣に箒で埃をはいている。
私はついついイタズラしたくなり、こっそり後ろから近づいた。
「わっ!!」
私は両肩を ぽんっ と軽く叩いた。
「ひゃっ!!!」
ビクッと跳ね上がって勢いよく振り向いた。
表情はかなり強ばっていて、すごい形相だった。
私はその顔に驚いて一歩引いてしまった。
するとエミルはすぐ表情を緩め、ホッとした表情に切り替わった。
「なんだリーナちゃんかぁ。驚かせないでよぉ」
ふぅ、と一息ついて彼女は落ち着いたようだが、私は彼女の強ばった表情が頭から離れず筋肉が緊張してしまった。
「あ、あはは!ごめんねぇ、ついついおどかしたくなっちゃって」
私は笑ったつもりだが、どうだったのだろう。
それに対しエミルは笑ってきた。
「いいよ!怒ってる訳じゃないし」
エミルが笑ったおかげで私の緊張も少し解けた。
そのせいか、彼女の顔以外の場所に目が行くようになって、胸元にペンダントが付いているのに気づいた。
小さいハートが付いていて、可愛らしい。
「エミル、そのペンダント、可愛いわね!」
私は指をさして言った。
するとエミルは私の指に合わせてペンダントに目を落とす。
胸元に手を当てながら言った。
「あぁこれ?可愛いでしょ?貰ったのよ」
彼女の目は愛しい人を見る時のような目をしていた。
彼氏でもいるのだろうか。
そういえばそんな話はしなかった。
「誰から貰ったの?もしかして、彼氏とか?」
私はエミルに聞いてみた。
弄るように聞いたから、どう思われたかはわからないが、普通の人なら軽く腹が立つ言い方だったかもしれない。
それでもエミルは頬を赤らめて頷いた。
私は嬉しくなった。
「まだ付き合ってる訳じゃなくて彼氏とは呼べないんだけど、私は彼のことが好きで、言うなら未来の彼氏、かなぁ」
エミルの表情はどんどん明るくなる。
自分もクハルと恋愛をしているから、恋する気持ちはよくわかる。
特に付き合う前のこの上ないドキドキ感は今でも忘れられない。
エミルが恋をしていると聞いて、すごく親近感が感じられた。
「エミル、私、エミルの恋応援するよ!」
私はガッツポーズをして見せた。
「リーナちゃんありがとう!リーナちゃんより幸せになって見せるもんね!」
2人で笑った。
それから別れてエミルは掃除を続けて、私はクハルの部屋に向かった。
-トン、トン
「クハル坊っちゃま、リーナです。入ってもよろしいですか?」
「あぁ、いいよ」
私は部屋に入ってまず目を疑った。
普段自分でも綺麗にするはずの部屋が散らかっているのだ。
ベッドの上にスーツケースが開かれていて、中身は空になっている。
恐らくスーツケースの中身をバラして散らかしたのだろう。
そして本人はどうしたのかというと、床に散らかした山を漁っているのだ。
机の上には、赤い包装紙で綺麗に包まれた本のサイズの物が置いてあった。
「クハル、どうしたの?」
私は部屋に入るのもためらったが、結局部屋の入口で立ち止まっていることは出来ず、クハルに近寄った。
「いや、探し物をね」
彼の額には汗が浮かんでいて、今にも流れ落ちそうだった。
私は持っていた手ぬぐいで彼の汗を拭った。
彼の手が一時的に止まった。
「...ありがとう」
と、一言だけ言って再び荷物の中に手を突っ込んだ。
まるで土を掘り進めるように掻いては横に避ける。
それもやがて床についた。
ついに掻き分けるものが無くなった時、彼はため息をついて座り込んだ。
私は再び彼の額の汗を拭った。
私は持ってきていた紅茶を差し出した。
「まず飲んで落ち着いて?」
彼はひどく落ち込んだ様子で私が差し出したグラスを受け取り、口に運んだ。
「...冷たい。美味しい」
「今日は少し暖かいようだったからアイスにしてみたの。美味しいって言ってもらえてよかったわ」
私がクッキーも差し出すと、手に取って食べた。
そしてもう1度紅茶を流す。
ようやく落ち着いたようだった。
彼は俯いたまま浮かない顔をしている。
私は部屋を散らかした理由とか、何を探しているのかとか、机の上のラッピングは何なのか、色々聞きたいことがあったが、今のクハルに質問を投げかけるのは少し気が引けて、聞くことが出来ずにいた。
ムズムズした気持ちを抱えて彼の横に座っていると、彼の方から話し出した。
「...無いんだ」
ボソッと小さく言った一言は、隣にいて尚聞き取れないものだった。
「なんて?」
「プレゼントが無いんだ」
プレゼント?あぁ、私は確かにお土産を頼んでいた。
クハルの行く先に大きな本屋があるから買ってきて欲しいと。
それなら机の上のあれは?
「本はあるんだ。ちゃんと君に頼まれたように買ってきて、今机の上にあるだろう?」
あるね。確かにあれは本だったようだ。
けれどそれでいいのではないのか?
私が頼んだのは本だけで、他のものなんて...
「ペンダント...」
「へ?」
「ペンダントを買ったんだ。君に。本とは別に、プレゼントしたくて」
「え...」
私は嬉しかった。
本は確かに私が頼んだし、その他なんて何も望んではいなかった。
それなのにまさか、私の為にプレゼントを、しかもペンダントだなんて。
その気持ちだけでも嬉しかった。
「クハル、ありがとう。探せばきっと見つかるわ。私も一緒に探すから、どんなペンダントか教えてくれる?」
彼の目は潤んでいて、今にも滴が零れそうだった。
私の為にこんな思いまでして、私はどれだけ恵まれているのだろう。
私はこの人を好きになって良かったと心から思った。
彼からペンダントの特徴を聞いて想像してみた。
すごく可愛らしく、私に似合うかしら、と思った時、自分の想像と限りなく近いものをつい最近目にした記憶が思い浮かんだ。
私は彼にもう一度ペンダントの特徴を尋ねる。
「ねぇクハル、ペンダントは本と同じように赤い包みだったのよね?」
「あぁ、そうだよ」
彼は探す手を止めない。
「小さいハートの、銀のペンダント?」
「...うん」
「クハル、それ私似ているものを今日見たわ...」
「何だって!?」
彼は振り返ったが、勢いで回転して倒れてしまった。
「大丈夫!?」
私は彼に駆け寄った。
文章の間に行間を増やしてみました。
ほかの方の作品を読んで、自分のは行間が少なく、とても読みづらかったので...
逆に読みづらくなったり、他に何かあればご指摘ください!