新米メイドは青年と会う
それから談笑して、クッキーが無くなった頃、台所の外をメイド長のエルザが通りかかった。
「ちょっと!!リーナさん!いつまで休憩しているんです!?仕事はまだ残っているんです!そんなに長い時間はありませんよ!!」
リーナとエミルは慌てて立ち上がった。
「すみません!今すぐ!」
クッキーが入っていたバスケットと紅茶のカップを急いで片付け、逃げるように台所を飛び出した。
「はあ、びっくりした」
「今のは確かメイド長さんですよね?」
「そう。エルザさんって言ってこのお屋敷に来た最初のメイドで、最年長で私たちのリーダーをしているの」
「すごくかっこいい。私もああやって威厳を持って生きたいって思わされるかも」
「それわかる!」
顔を見合わせて二人で笑いながら廊下の端まで来た。
「次の仕事はここね!」
「ここは...」
一際綺麗なドアのその部屋は、この屋敷の中でも数ヶ所しかない高貴な雰囲気を出していた。
「ここは...もしかしてクハルさんの部屋?」
「そう。クハル坊っちゃまのお部屋の掃除。あ、本人に会ったらちゃんとクハル坊っちゃまって呼ぶんだよ?」
「はーい」
私はドアを3回ノックしてクハル坊っちゃまを呼んだ。
「はい、どうぞ」
クハルの優しい声が聞こえる。
私はこの声を聞くとその瞬間に胸が高鳴るのだ。
「私、もしかして邪魔です?」
小声で言って立ち去ろうとするエミルの腕を掴み、部屋に引きずり込んだ。
「失礼します。クハル坊っちゃま、お部屋の掃除に伺いました」
部屋にクハルの姿が見えず、見渡してみた。
心地いい風が部屋に入ってきて、後ろで束ねた髪が揺れる。
窓が開いていて、カーテンがふわりと膨らんではしぼんでいる。
膨らむ中に、人の影が見えた。
「...リーナちゃん!?」
私は部屋の中に入り、窓の方へ歩く。
部屋に入る時その部屋の主に許可を得ること、と教えられたエミルは部屋の入口で止まったまま、困ったように私の背を見つめている。
カーテンの近くに来た時、強い風が吹いてカーテンがめくれ上がる。窓辺に腰をかけ、風を全身に浴びながら本を読む男性が現れた。
寝癖で波打つ髪が太陽の光で艷めき、風で長めの前髪が揺れ、瞳が見え隠れする。
いつ見ても端正な顔立ちだ。見入ってしまう。
それがゆっくりこっちを向く。
「クハルぼっちゃま」
「その声はリーナだね?」
「まただめね。声の前に顔見えているでしょ?」
「本が光を反射するもんで、今すごく見えにくいんだ。けどリーナの声はすぐわかる。かわいいからね」
頬に伸びるクハルの手を払った。
「もう。からかわないで!これからお部屋を掃除させていただきます」
「頼むよ。いつもありがとう。入口にいる子は新人さんかな?」
「ええ。今日から来たのよ。エミル!入っていらっしゃい」
エミルは恐る恐る足を踏み入れ、足音をたてずに早足で来た。
「エミルといいます。これからお世話になります!よろしくお願いします!」
「私が教育係なの」
「あのリーナがねぇ。リーナじゃ不安だろうから、何かあれば僕にも聞いていいよ」
「どういう意味ですかっ」
クハルはエミルにほほ笑みかけた。
「はいっ!ありがとうございます!」
「それじゃあ掃除の邪魔にならないように少し出ているよ。終わったら声をかけてくれ。いつもの場所にいるから」
「わかりました」
床のホコリ等を掃除機で吸い取り、カーテンを取り替える。ほぼ毎日掃除しているためさほど汚れてはいない。
シーツを取替えて、整えて、空気の入れ替えが終わったらこれで完了。
「クハル坊っちゃまってすごく良い方ですね」
カーテンを留めながらエミルが言った。
「金の髪はサラサラ輝いていて、あの青い瞳には吸い込まれてしまいそう...」
「良い方って...見た目の話?」
全身で振り向くエミルのスカートが風と合わさって揺れる。
「そりゃ第一印象大事よ?すごく素敵!それに内面なんて私みたいなメイドにでさえあんな笑顔で接してくれて...これはリーナちゃんが惚れるのもわかるなーって」
「まさか!クハルに惚れたんじゃ...!?」
「大丈夫!言ったでしょ?私は応援したいの!リーナちゃんの邪魔をするつもりはないわ!」
「ありがとうエミル。 窓を閉めたら終わりましょうか」
「はーい。ところで...」
エミルは窓を閉じ、鍵をしめた。
「いつもの場所ってどこなんです?」
「あー、それはね」
「それは?」
「秘密っ」
「えー!?」
「じゃあ私はクハルを呼びに行ってくるから、エミルは掃除用具を方付けて、厨房へ行ってもらっていい?」
「はぁーい」
エミルはこの時、用具を片付けながら私が屋敷の庭を走っていくのを見ていたのだと思う。
-数日後
クハルは用事で昨日隣町に出掛けていたが、今日帰る予定だった。
クハルが行った隣町には大きな本屋があって、お土産を頼んだからきっと本を買ってきてくれるはず。
私はクハルが帰ってくるのを待った。
昼頃になって、クハルの乗ってくる馬車が到着すると聞いて、私達メイドは全員で迎える準備でドアの前に立った。
「きゃあ!」
-パリン
悲鳴と同時に陶器のようなものが割る音がした。
「どうしたの?」
私は気になって台所を覗いた。
そこにいたのは私と同期のメイドであるセレナだった。
セレナの足元に割れた破片が散らばっていて、恐らく皿だと思われた。
セレナの顔は真っ青だった。
「片付けなきゃ...うっ!」
慌てて破片を集めようとしたセレナの指から赤い血が流れた。
「いいわ。私が片付ける。貴方はその傷の処置をしてきて」
「ごめん、リーナちゃん!」
セレナは医務室へ走っていった。
リーナが破片を集めている間に、屋敷の外に馬車が到着した。