やってきた新米メイド
恋愛ものです。
女の執着心やら対抗心、嫉妬心を描けたら、と。
徐々に更新していきます。
プッヘルドールに、ある赤い屋根の屋敷があった。その家は大層裕福で、家主のセント・トルーマン、妻のマリア、そして一人息子のクハル、そして何人ものメイドが生活していた。
ある日、メイドの1人が母の看病のために故郷に帰り、抜けた穴に新しいメイドが入ることになった。
「エミルと言います。仕事を早く覚えて、足を引っ張らないように頑張ります。よろしくお願いします!」
にこやかに挨拶は終わった。
エミルは元気があって、愛嬌のある笑顔だった。
この日から私はエミルの教育係になった。
「リーナ先輩!床の掃き掃除終わりました!次は何をすればいいですか?」
エミルは1つ1つ仕事が終わる度にすぐ次の事を私に聞いてくる。
それも雑用ばかりなのに嫌な顔せず必ず笑顔を向けてくる。
「次は窓拭き。それが終われば少し休憩にしましょう」
「やった!頑張りますね!」
エミルはまず濡らした布で拭き、乾ききる前に乾いた布で拭き取った。
この作業に無駄は無く、手早く終わらせた。
「うん、ちゃんと桟も拭けてます。言っていた通り休憩にしましょうか。お茶でも飲みましょう。確か右の戸棚にクッキーがあったわ」
「ありがとうございます!私、淹れてきますね!」
エミルは嬉しそうに台所に向かって走って行った。
「エミルさん!屋敷内は走らないで下さい!」
「はい!」
エミルはピタッと止まり、それから早歩きで向かった。
「どうですか?」
「美味しいわ。エミルさん、窓拭きも手慣れているし、前に何かされていたのですか?」
「私の家は親が厳しくて、家のことはほとんどやっていたんです。きっとそのおかげですね」
なるほど、と心の中で頷いた。
私がクッキーを持ってくると、エミルは幼子のようにキラキラした目で見つめた。
その顔があまりに可愛いものだからそのままにしておきたかったが、さすがに可哀想だとも思ったので、私は「どうぞ」と彼女に勧めた。
すると彼女の目はこれまでと比べ物にならないくらい輝いた。
勧めたのは正解だったな、と思った。
クッキーを頬張り、紅茶で流す。
居もしない妹を見ているような気分だった。
少ししてエミルが、はっ と顔を上げた。
「ほういえあ、いーあへんはいふはうはんほういあってふんえふか?」
彼女の質問を頭の中で繰り返す。
うん、ちっともわからない。
「エミルさん、頬張ったものを飲み込んでから話してください。聞き取れない上にお行儀が悪いです」
エミルは慌てて紅茶で押し流す。
「ゴクリ」と気持ちのいい音を立ててエミルの膨らんだ頬はしぼんだ。
「リーナ先輩はクハルさんと付き合ってるんですか?」
どこから聞いたのか、エミルが来たのは今日だというのに全く噂というのは伝わるのが早い。
「どうして?」
私は笑ったつもりだが、うまく出来ていたかは自信が持てない。
私は隠し事が苦手で顔に出てしまうタイプだと自覚している。
おそらく今回も不思議な表情だったはずだ。
「はじめは他の先輩方から聞いたんですけど、その時は半信半疑で、自分で確かめたいと思ったんです。それから確信に変わったのは、さっき先輩とクハルさんが喋っていた時です。他の人と喋る時より、リーナ先輩の顔が明るいと思いました!」
ドヤ顔で言ったエミルに感心した。
会ってさほど時間が経っていない人の表情を読み取るのか、と。
私の苦手分野であるからか、余計に驚いた。
「あ、それと」とエミルが口を開く。
「先輩方に言われた時、2人は付き合っているから邪魔をするな、というようなニュアンスで言われた気がしたんですが、大丈夫ですよ?私は応援していますから!」
笑顔でガッツポーズをしてみせる。
本当にエミルはいい子だな。
「ありがとう。クッキー、全部食べてもいいですよ」
「わーい!ありがとうございます!それから、先輩私に敬語使ってますよね?名前もさん付けだし。何でです?」
「だって、エミルさんの方が1つ年上なんですもの。さすがに失礼かな、と私の判断です」
エミルは目を丸くした。
「そんなの関係ないです!先輩は先輩なんです!敬語とさん付け、やめてください!」
確かにこの屋敷に来たのは私の方が先で先輩にあたる。
やはり年下でも先輩として接するべきなのだろうか。
悩んで、悩んだ末に、私は一つの答えしか出せなかった。
「...じゃあ、エミル」
「はい!」
「私が敬語とさん付けやめるから、エミルもやめて。先輩って呼ばずに、名前で読んで欲しいかな」
「っ!それは!」
「だったら私も敬語やめませんよ?」
エミルは「うーん」と低い声でうなり、しばらく悩んだ。
それから、悩んで組んだ腕を解き「うん」と頷き、承諾した。
「けどせめてリーナさんかリーナちゃんと呼ばせてく...呼ばせて!」
私は後者を選択した。
「わかった。よろしくね、リーナちゃん」
微笑んだ顔はやはり可愛いかった。