戦いの果て、その先は
※『規律を破壊する人種の戦い』の少し後に位置する物語ですが、読まずとも特に問題はありません。
時系列的に、戦争物(仮)シリーズの最後です。
一振りの細身の剣が青年の胸に突き刺さっていた。
―――勝った…? 勝てた…?
左腕は半ばから切り落とされ、血を流しながら倒れ行く少女。
まるで夢の終りだ、と思ったのはどちらだろう。
少なくとも、残された僅かな時間は、これまでの思い出を振り返るのには十分な時間だった。
―――
「依頼って、私に?」
そう質問を返したのはリヴという名の少女だった。
数年前、胸に抱いた『何か』を求めるために、安定したギルド員という地位を捨て傭兵となる事を志した経歴を持つ。
傭兵として活動を始めたここ数年で、名の知れた傭兵を何人も打ち破り、急速に知名度を高めていた。
ロード・ウェポンと呼ばれる武器を使い、パラッシュとされる剣で戦場を支配する姿から【剣姫】と、異名すらも付けられている。
「ええ、アナタ宛てに。名が売れてきたって事よ。よかったわね」
そう言って一枚の紙切れを差し出してきたのは、ペンギンと名乗っている女性だ。
随分と長かった黒髪を『邪魔だから』という理由でバッサリと切り、黒縁の眼鏡を掛けている。
どうやっているのか、彼女の周りには頭ほどもある水晶玉が浮遊していた。
これに乗って移動している事もある。一度乗ってみたいと申し出たが、にべもなく拒否されてしまった。
「ふーん…ちょっと見せて」
紙切れを受け取り、一瞥する。その内容は、こんなものだった。
『以前から探し求めていた仇敵を見つけた。だが、一人だけではどうにもなりそうにもない、救援を求めたい。依頼金は全額前払いにしよう。これはプライドの問題だ。現時点で捻出可能な資金はすべて支払おう』
このペンギン、かなりの実力を持つと窺えるが、少なくともリヴは彼女が戦っている姿を見た事は無かった。
本人は『一人じゃ満足に戦えない雑魚』と言っていたが、謙遜だろう。
「なんだか、怪しい依頼ね。依頼金全額前払いなんて。騙されてるみたい」
「美味しい依頼よ? もし依頼者が死んだらそこで契約終了だもの。死んだところで支払いの問題もないし。それに、騙されてたところで返り討ちにすればいいのよ。今のアナタは、とても強いんだから」
ペンギンの言葉は辛辣だ。とはいえ、こうでもなければ傭兵など続けて来られないのだろう。
そして、尚も続けた。
「とはいえ、確かに珍しい依頼ね。そこまでしてアナタと戦いたい、って事だもの」
そう言われると悪い気はしない。
傭兵になってから探し求めている『何か』に、また一歩近づけた気がする。
「ところでダチョウは? 姿が見えないけど」
今は姿が見えないがあともう一人。
いつもヘラヘラとした笑みを浮かべている、極東の島国で作られた細身の刀剣を得物にしている、異常なまでの強さを持つダチョウと名乗る傭兵。
リヴが初めて出会った傭兵であり、師であり、相棒でもある。
何人もの傭兵と死闘を繰り広げてきたリヴだったが、その傭兵の中でも頂点に位置する男。
「アイツにも依頼があってね。アナタが起きる前に出て行ったわ。戻ってくるのは…いつになるかしらね」
「ふーん、そう。受けるわ、この依頼。それで、ペンギンはどうするの?」
数年ほど前から、リヴ、ダチョウ、ペンギンの三人は共に旅をしている。
主にダチョウが戦いに関する依頼を仕入れ、共闘しているのだ。
このように、傭兵同士でグループを組む事は特に珍しい事ではない。
自分には劣る分野をグループ内の傭兵で補う。当然の帰結だ。
しかし、それはあくまで仕事上、仕方なく行っているだけだ。グループにもよるが報酬金は折半だし、相性が良くなければ闇討ちされても不自然ではない。
リヴ達のように大きな問題もなく、グループを続けられる傭兵は稀だろう。
話は逸れたが、ダチョウがどこからか見つけてくる依頼は、戦闘方面に偏っている。
小規模な地方勢力に雇われたり、とある国の正規軍に別働隊として雇われたり、同じ傭兵と臨時のグループを組んだりもした。
時に敵軍の真っただ中に置き去りにされたり、時に敵方の傭兵と一騎打ちを果たしたり、時に殿として捨て駒扱いもされたが、今でもこうして傭兵業を続けている。
「別に依頼が入ってるわ。断りたかったんだけど、ちょっと断りきれなくてね。すぐに終わると思うけどね。先方に連絡を入れておくから、すぐに向かってちょうだい」
そして、ふよふよと浮遊していた水晶玉に何かを語りかけるペンギン。
聞いた話では、この水晶玉を通して遠くの相手と話しをすることが出来るようだ。
原理は分からないが、便利なものだと、リヴは思っていた。
「それじゃ、行ってくるわ。ペンギン、シチューだっけ? あれ、また食べたいわ」
「行ってらっしゃい。作って待ってるから、気を付けて」
リヴはいつも通り、指定の場所へと向かう。
その後ろ姿を、寂しそうな目でペンギンが見つめていた。
―――
ペンギンから渡された紙切れに記載されていた場所に到着した。
ゆっくり歩いて一時間ほどの場所だった。
鬱蒼とした森の中なのに、この一帯だけは木々が全くない。
まるで何者かによって作られたような、そんな作為をリヴは感じられた。
そしてそこに、彼がいた。
「…あなたが依頼をしたの? 私に」
「ああそうだ、間違いなく。僕が君に依頼をした」
そこにいたのは、数年を共に戦い抜いた相棒であり師でもある傭兵、ダチョウだった。
少し気が抜けてしまうリヴ。
「はぁ…なによ、直接言ってくれればいいじゃない、わざわざペンギンを通さなくたって。それで、依頼を受けてたんだっけ?」
朝早く、依頼を受けて出て行ったとペンギンが言っていた。
そして自分に依頼をしたのがダチョウだと、本人が言った。
「それで、敵ってどこよ? あなたが仇敵って言うくらいなんだから、よっぽどの相手なんでしょうね」
「ああ確かに。強敵だ。今まで戦った誰よりも」
<縮地>
<円月斬>
ダチョウの姿が掻き消える。リヴにとっては、今まで数えきれないほどに見てきたスキル。
鮮明に捉えることが出来た。細身の片刃剣を振りかぶりながら、最短距離を突進してきた。
―――ギ、ギン! ギャン!
反射的にパラッシュで受け止める。衝撃で体が宙に浮き、吹き飛ばされた。
空中で体勢を立て直しながらも、ダチョウから眼を放す事はない。追撃はないようだ。
勢いそのままに地面を滑る。靴を削りながらも、体へのダメージは殆どない。攻撃を受け止めた手が僅かに痺れている程度だ。
ダチョウへ眼を向ける。その手に持っていた刀身がボロボロと崩れている。柄は紅と翠の紐で編まれていた。
愛着など無いように、柄だけになったそれを投げ捨てた。
腕を振るうと、次の瞬間には新しい片刃の剣が手にあった。僅かに赤茶けた刀身の剣だった。
「…私を殺せって、依頼を受けたのね?」
「傭兵ってのは、依頼さえあれば何でもするんだ。相手が誰であっても、例外はないよ」
リヴに心当たりは…多すぎて途中で切り上げたほどだ。
傭兵という仕事の都合上、誰かから恨みを買う事など山ほどやってきた。
「本気、なのね」
「ああ、もちろん」
「そう…そう。分かったわ」
ペンギンから受けた依頼は、偽物だった。
彼女もグルなのだろうか。戻ったら問い詰めようと考えながらも、集中を目の前に向ける。
最強の敵。
言葉で表すのは簡単だが、その壁は遥かに高い。
様々な思い出が脳裏を過る。しかしその全てが、今は関係ない。
目の前にいるのは、敵だ。
「殺すわ、あなたを」
「そう来なくちゃ。さあ、戦おうか」
狂気的な笑みを浮かべたダチョウ。対して冷静なリヴ。
<縮地>
二人の姿が掻き消える。
およそ同時に、同じスキルが発動された。
余人には何が起きているのかすらも分からないだろう。
剣戟の証である火花で、その戦いの激しさが分かるくらいだ。
<一閃>
リヴがスキルを発動した。
かつて彼女が使っていた物とは比べ物にならない程に鋭い一撃。
<受流>
ダチョウも同じく、スキルを使用した。
眼では追い切れない一撃を、片刃剣を以て的確に受流した。
刀が薙がれる。リヴの使用したスキルと比べても遜色のない一撃。
しかしリヴは、それを寸でのところで回避をした。
反撃に移ろうと踏み込もうとするリヴだったが、反射的に地面を蹴る。
リヴを襲った一撃は囮だった。
一瞬の間に片刃剣を鞘に納め、ダチョウはスキルを使用したのだ。
<居合斬>
鼻先を掠めた切っ先に、リヴは肝が冷えた。
踏み込んでいたら、確実に切り裂かれていた。
隙が大きいのか、振り抜いた姿勢のままで硬直しているダチョウ。
僅かな隙ではあるが、リヴにとっては大きな機会だ。
パラッシュを地面と平行に構え、ダチョウに向けスキルを発動した。
<刺突>
次の瞬間には空気を切り裂く一撃がダチョウを襲う。
何もしなければ的確に心臓を貫くであろう。
<円月斬>
スキルを発動したダチョウ。
半月状に振り切られた片刃剣は、リヴのパラッシュを弾く。
弾かれたパラッシュにつられ、リヴは体勢を崩した。しかし、追撃はない。
後ろに大きく飛び退いたダチョウ。
ボロボロに崩れた片刃剣を投げ捨て、新しい片刃剣を出す。
今までの物とは違う、波紋が波のように飛沫を上げていた。
息を吐かせぬ攻防。
最初に動いたのはリヴだった。
<縮地>
スキルを使用してダチョウの懐に飛び込み、パラッシュをダチョウに向け、刺突する。
半身になって躱すダチョウ。そして、スキルを使用した。
<袈裟斬>
鋭く振り下ろされた一撃。
かつてのリヴでは見切ることも不可能だったであろうスキル。
しかし、今は違う。
<縮地>
スキルを発動。
ほんの僅かな距離を、瞬時に移動する。ダチョウの背後へ移動した。
視界内に一瞬で移動するスキルを応用して、攻撃を回避すると同時に体勢を整えたのだ。
その分、体への負担は大きい。一瞬、視界が黒く染まった。
しかしそんな事は関係ないとばかりに、剣を振り下ろす。
ダチョウの片刃剣は、地面に触れる寸前だ。
それは、スキルを発動するには十分な間だった。
<地砕>
細身の片刃剣が地面を砕く。本来ならばありえない光景。
リヴを細かい礫が襲う。そして激しい揺れに体勢が崩れた。
<縮地>
土埃が辺りを覆う。目の前にダチョウの姿はない。
どこだ、と周囲に意識を巡らせたリヴ。
巻き上げられた土砂の中から、ヴォン…と何か異質な音が聞こえる。共に、僅かに蒼い光が漏れ出ていた。
<一閃>
<月光刃>
空気を切り裂く甲高い音が響いた。
三日月のような形をした蒼光の塊がリヴを襲う。
リヴにとって所見である攻撃。
今までの攻撃は、戦いの中で何度か見ることが出来た。だから、対応することが出来た。
しかし、この攻撃は初めてだった。
弾くか、防ぐか、避けるか。幾つの選択肢が頭に浮かんだ。
リヴは防ぐことを選んだ。
驚異的な速度で迫ってくる幅広の蒼光を避ける事は難しいだろう。そして同時に、弾いたところで押し切られてしまうかもしれない。
ならば初めから全力で防ぐ。
剣を斜に構えて地面を強く踏みつけ、防御の姿勢を取った。
時間が圧縮される。高速で向かってきているハズの蒼光の塊が、まるでコマ送りのようにゆっくりと見えた。
蒼光の塊が剣に接触した時、リヴの思考は驚愕に染まる。
手応えが無い。
透過していた。
蒼光が、パラッシュを。
圧縮されていた時間が解凍された。
恐ろしい速度で、蒼光が襲う。
防御は出来なかった。避けるしかなかった。
気付くが、後手に回ってしまった。
スキルを発動。
<縮地>
蒼光はもう肌に接触するかしないかの距離だった。
斜め後ろへと急速に移動し、蒼光の回避を狙う。
―――間に合わっ…!
しかし、間に合わない。
僅かに服が切れ、血が流れる。しかし、傷は浅い。
地響きが起こる。後方にあった木々が薙ぎ倒されたようだ。
だが、視線を送る暇はない。
土埃が晴れる。
ダチョウの手元にある獲物は、銀色ではなく僅かに刀身が蒼く染まった片刃剣。
そしてその刀身は、同じ色の靄で覆われているのが確認できた。
<袈裟斬>
<月光刃>
片刃剣を振り被ったかと思うと、振り下ろす。
先ほどの蒼光よりも、さらに巨大な蒼光がリヴを襲う。
防御も出来ず、弾く事も出来ない。避けなければならない。
そうでなければ―――死ぬ。
<縮地>
<縮地>
巨大な蒼光の懐へ潜り込む。地面を抉り、空を切り裂くかのような大きさだ。
避けるのは容易かった。誘い込まれた、と言うのが正解だったが。
「―――っ!」
目の前に、片刃剣を鞘へと納めたダチョウがいた。
わざと逃げ場を作り、その場所へと誘い込んだのだ。
<居合斬>
空気を切り裂く一撃。ほぼ無意識で受け止める。
ギリギリのところで防ぐことが出来た。いや、防いでしまった。
蒼の靄が集束する。その様子にリヴはスキルを発動した。
<縮地>
<月光刃>
蒼の刀身から蒼光が放出された。今までの物と比べると劣る一撃。
しかし一瞬でも遅れていれば真っ二つだった。
咄嗟にスキルを発動させた反動か、地面を転げてしまう。しかし追撃はない。
彼我との距離は数メートルほど。あってないような物だ。
体勢と息を整えつつダチョウを見る。蒼い刀身の片刃剣を地面に突き刺した。
リヴは警戒していた。何かをするのではないか、と。一種の疑心暗鬼に陥っていた。
しかしそんな事など無視するかのように、ダチョウは言った。
「やっぱりダメだね、こんなんじゃ」
「なに、諦めたの? なら―――」
リヴの言葉は半ばで途切れてしまった。
体の中の『何か』が警鐘を鳴らす。殺意が体を貫いた。
かつて感じた事のある感覚。
そうだ、確かあれは、初めてダチョウの戦いを見たときに―――
「本気で行くよ。そうじゃなきゃ、勿体ない」
まるで血に染まったかのような紅色の番傘。
数年の間、戦いの中で一度も姿を見る事が無かった、ダチョウのロード・ウェポン。
それが、彼の手に握られていた。
つまり、今までの戦いは本気ではない、ということだ。
「随分と、舐められた、モノね」
「いいや、リヴは強い。きっとご先祖様より、ずっと」
「…母さんよりも、ね。光栄だわ。ダチョウにそう、言われるなんて」
「ああ、だから全力だ。これが、人生最高の戦いになるように」
<縮地>
<縮地>
どちらともなく。同時にスキルを発動した。
二人の距離がゼロとなる。そして、互いのロード・ウェポンが激突した。
衝撃が木々を揺らし、地面を揺るがす。ロード・ウェポンの打ち合いが始まった。
一瞬でも集中を切らせば、それは死に繋がるだろう。
数分の間、剣戟が続く。
<刺突>
ダチョウが番傘を突きだす。空気が爆発する音が聞こえた。
半身になって躱したリヴ。爆発した空気が鎌鼬となり、リヴの頬を浅く切り裂く。
しかし、躱すことが出来た。
反撃に出ようと構えを取るリヴ。
だがそれは、思わぬ形で阻まれてしまった。
「―――な!?」
後ろから押される感覚。
視界の端では、番傘が開かれていた。
ダチョウの体にぶつかりそうになるが、ギリギリのところで踏ん張る。
しかし腹部に何かが当たった。ダチョウの拳。
そしてスキルを発動した。
<衝拳>
強い衝撃。
ザザザ、と吹き飛ばされたリヴ。しかし倒れる事は無い。
痛みも少ない。恐らく距離を離す目的で使ったのだろう。
石突をリヴに向けたダチョウ。その攻撃には見覚えがあった。
―――あれは…!
<縮地>
<曲芸/点>
<縮地>
一瞬の出来事だった。
石突に何かが集束し、形を成し、弾丸として放たれた。
リヴの元いた場所を何かが貫いた。
移動先で、リヴはまたも肝を冷やす。
開かれてた番傘が反動で吹き飛ぶ。そこにダチョウの姿は、ない。
ヴォン…と、死を告げる音がした。
先ほどダチョウが突き刺した蒼い刀身の片刃剣へと眼を向ける。
<一閃>
<月光刃>
地面と水平に放たれた蒼光。
その高さは、およそリヴの腰程度。
防御は出来ない。避けるしかなかった。
<縮地>
移動先を宙へと設定し、スキルを発動したリヴ。それしかなかった。
たとえ悪手だと理解していても。
ダチョウの手には、番傘が握られていた。
先ほどの場所からは動いてすらいない。
ご丁寧に片刃剣は地面へと突き刺し、またもスキルを使用した。
<曲芸/点>
時間が圧縮される。
形を成した弾丸の延長線にあったのは、リヴの腹部だった。
コマ送りのように、停まって見えた。
―――受けたら、終わる!
<一閃>
それは果たして偶然だったのだろうか。
振るったリヴのロード・ウェポンに、放たれた弾丸が弾かれた。
時間が解凍される。
流石のダチョウも、驚きの表情を見せた。しかし、それも一瞬の事。
放物線状に跳び上がったリヴの着地点には、ダチョウが居た。
勢いそのまま、ダチョウを両断するつもりで斬りつけた。
しかしそれは、敢え無く防がれてしまった。
開かれた番傘に受け止められたパラッシュ。
数瞬の間拮抗するが、ダチョウが番傘を押し上げリヴは弾き飛ばされた。
クルリと宙を舞い、地面へ着地する。
<縮地>
着地した瞬間に、リヴはスキルを発動した。
ダチョウへ突撃する。その懐へ潜り込むためだ。
リヴは、ダチョウのように遠距離から攻撃するスキルを持っていない。
とにかく近づき、隙を窺うしかないのだ。
クルクルと番傘を回すダチョウ。
背筋が凍る。何か嫌な感覚に襲われたからだ。
地面を踏みつけ止まろうとするが、勢いがなくなるわけではない。
思いきり地面を蹴りつける。リヴはまたも宙へと跳び上がった。
<曲芸/円>
ヴィン…と、蒼剣に似た音がした。
瞬間、光が放たれた。
土埃が舞い立つ。クルクルと回していた傘の露先から放たれた光の奔流。
<縮地>
ダチョウを中心に、大きな円が地面に描かれているのが見える。
石突から射出していた何かを、周囲に展開し爆撃するものだろうと、リヴは推察した。
だが、先ほどの爆撃で土埃にダチョウの姿が隠れてしまった。
姿が見えない。周囲へ気を巡らせる。
―――どこに…っ!?
<衝拳>
背中を強い衝撃が襲う。
視界の端には広げた傘を持ったダチョウが見えた。
土埃で姿が隠れた一瞬でリヴの背後へと回ったのだと、理解できた。
跳び上がったことを後悔した。だが、悔やんでる暇など無い。
地面へ叩きつけられようとしているのだ。
かなりの速度。このまま叩きつけられては、ただでは済まないだろう。
近づいてくる地面。あと僅かで接触しようかという時、スキルを発動した。
<一閃>
左に持ち替えたパラッシュで地面を叩きつける。衝撃で左腕からは異音が響いた。
しかしリヴの狙い通りにパラッシュは地面へと突き刺さり、勢いのまま叩きつけられる事は防ぐことが出来た。
だが代償は大きい。少なくとも肩は脱臼しているだろう。左腕にはヒビが入っているか、折れているか。
この戦いでは役に立たないだろう。
幸い、このパラッシュは片手でも扱う事が出来た。
隙を作らぬように体勢を整える。痛みを堪え、何とも無いように振る舞う。
「あれを耐えるなんて、さすがだ」
ふよふよゆっくりと降りてきたダチョウが言った。
「あれくらい、簡単よ」
「気持ちいいね、本気ってのは。それに、こんなに長く戦えるなんて久しぶりだ」
まるで無邪気な子どものように笑みを浮かべたダチョウ。
しかしまるで、戦いには不釣り合いだと思った。
<縮地>
スキルを発動し、地面に突き刺された蒼剣へと近づいたリヴ。
見た目よりも重いそれを抜き、振り下ろそうとする。
使い方など分からない。
ただ真似て、振るうだけだ。
<一閃>
<月光刃>
体の中から何かが抜けて行くのが理解できた。
地面と平行に放たれた蒼光は真っ直ぐダチョウへ向かう。それと同時に蒼い刀身はボロボロと崩れだした。
防御不能の光波を、果たして彼はどう対処するのか。
<受流>
スキルを発動。
開かれた傘を蒼光へと向け、クルリと一度、回転させる。
たったそれだけの事。それだけで、武器を透過し触ることすら出来ないそれを、いとも簡単に返して見せた。
自分の扱っていた武器だ。対処法など心得ているのだろう。
一転、危機に陥ったのはリヴだ。
防御不能の光波が迫ってくる。
時間が圧縮される。
だが、彼女は疑問に支配されていた。
―――どうして、ダチョウは蒼光を返すことが出来た? 何かが違う…
様々な事が考えられる。戦闘経験の差、純粋な技量の差、他の何か。
なにかをしていなかった?
なにか、とは、なにか?
そうだ。
それは―――
時間が解凍された。
襲い来る蒼光。
彼女はスキルを発動した。
<縮地>
<一閃>
目の前に迫っていた蒼光を斬り上げた。
たったそれだけの事で、それは方向を変えた。
直上へと消えていく蒼光。
目の前にはダチョウが迫っている。
予想していた。
蒼光を受流したと同時に向かってくるなど。
<曲芸/線>
まるでガスバーナーのように、傘の石突から何かが噴出していた。
薙ぎ払われる番傘。咄嗟にパラッシュで受ける。しかし、弾き飛ばされた。
バツン、と。リヴの左腕が吹き飛ぶ。
傘本体を受け止める事は出来たが、延長線上にある噴出した何かが、左腕を焼切った。
番傘を振り切ったダチョウ。リヴの腕に武器はないと判断し、止めを刺そうとした。
だが―――
「ああああぁぁあああぁ!」
彼女の右腕には、弾き飛ばされたはずのロード・ウェポンが握られていた。
この戦いの中でリヴは更に成長していた。
『ロード・ウェポンは手元に出現させることが出来る』
ダチョウからすれば当たり前の、しかしこの世界の住人にとっては異常な行為。
何度も聞かれていた。どうやって手元に武器を出しているのか、と。
しかし、出来なかった。出来ないのだと、決めつけていた。
最強の敵との戦いで、彼女の中の『何か』が目覚めたのだ。
恐らくは、彼女の遠い祖先の戦いの記憶が。
スキルを発動。
狙うは、一か所。
<刺突>
ダチョウの胸を貫こうとする、恐らく今までで最も鋭い一撃。
躱すことは、できなかった。
―――勝った…? 勝てた…
ダチョウの心臓を貫いた、リヴのパラッシュ。
血を吐きだすダチョウ。その口元には笑みが浮かんでいた。
バタリ、と。地面に倒れるダチョウ。
最期のその眼に映っていたのは、なんなのだろうか。
サラサラと、ダチョウのロード・ウェポンが塵となっていく。
終わったのだと、リヴは確信した。
左腕を失ったリヴ。だが、ダチョウを倒すことが出来た。
しかし彼女の胸には高揚感ではなく、別の感情が浮かんでいた。
今までに感じた事のない感覚。意に反して、その眼からは涙が流れていた。
地面に倒れたリヴ。その途端、雨が降ってきた。
まるで戦いの痕を癒すように。涙を流すように。
―――
足音が聞こえた。土を踏み締める音が。
その音で、リヴは意識を取り戻した。
天蓋には大きな満月が輝いている。随分と長い間、気を失っていたようだ。
「そう。アナタが勝ったの」
ゆっくりと、力を振り絞って顔を上げた。
そこにいたのは、数年の間ともに戦い続けた、水晶玉を抱えたもう一人の相棒。
「ぺん、ぎ、ん…」
止めを刺しにきたのか、とリヴは考えた。
だがもはや、抵抗する力はない。
「左腕が切れたの。それに…」
ダチョウの死体を一瞥した後、千切れ飛んでいたリヴの左腕を拾い上げる。
そして、瀕死のリヴに近づき切断面を合わせた。
「痛いわよ、我慢しなさい」
<月光蝶>
満月で輝く月から、ペンギンの水晶玉に一筋の蒼光が伸びる。
蒼光で水晶玉が満たされたと思うと、数匹の蝶が発生した。
月からの光と同じ、蒼い蝶。
それがリヴの体に融けこんでいく。仄かな温もりが全身を巡った。
しかし、それが唐突に変化した。
「―――っあ! ああああぁぁぁああ!」
「神経が繋がったからよ、痛いのは。喧しいから黙っててくれる?」
焼けた鉄棒を刺し込まれたような激痛。
今まで経験した事が無い痛みに、思わず絶叫を上げてしまう。
しかし、ペンギンの反応はあくまで素っ気ない。
その激痛が数十秒続く。数瞬前まで続いていた激痛が、ピタリと消えた。
喪失感のあった左腕に、
僅かに左腕が動く。本当に僅かに、だが。
「―――?」
体を起こそうとするが、力が入らない。
何故か、とペンギンに視線を向けた。
「左腕は繋げたわ。ついでに切り傷とか打撲とかの細かいのも」
確かに、体からは一切の痛みが引いていた。
しかし倦怠感が体を支配している。
「疲れは取れないわよ。あくまでも『体を元に戻す』スキルだから。しばらくは寝てなさい」
そうか、と思うリヴだが疑問がある。
「どうして、ここにペンギンが…?」
「依頼されたの、アイツに。どちらかが生き残ったら、生き残りの傷を治してくれ、って」
―――何故…? 誰かの依頼で、私と戦ったんじゃ…
「ダチョウ、は…」
「死んでるわ、完全に。死者蘇生とかは期待しないでね。あんなスキル、使う気なんて元々ないから」
「どうして、私と…」
「それがアイツの『願い』だったから。それだけ」
―――願い?
「願いって、どうして…?」
「ホントにね。死にたいなら勝手に死ねばいい。けどね、出来なかったの」
理解出来なかった。
何故、ダチョウが自分と戦ったのか。
ペンギンの口ぶりから、誰かの依頼ではない事は確かだ。
しかし分からない。想像の域を超えていた。
「アイツはね、自分にルールを課していたの」
ペンギンが言うには、公言していた中には『仲間の為ならタダ働きをする』や『相手がロード・ウェポンを持っているときだけ自分もロード・ウェポンを使う』があったようだ。
自分の母親の魔剣が奪われた時、それを取り返すために大きな組織に喧嘩を売ったらしい。一銭にもならないのに、だ。
それもルールの一環だったのだろうか。
「色々と矛盾も多かったけどね。本人はその時の気分で覆す、って言ってたけど。その中に『依頼以外では戦わない』ってのがあったの」
『依頼以外では戦わない』
ダチョウらしい、とリヴは思う。
「今回はそれが引っかかったらしくてね。私に、依頼をして欲しいって頼まれたの。『リヴと戦え』ってね。まあ、アイツの願いも分かってたし、私の願いも叶いそうだって思ったから、そうしたけど」
「―――ダチョウとペンギンの、願い?」
「そう『願い』よ。私とアイツがこの世界に来た理由。フォルテには話しそびれちゃったけど。ま、アナタになら言ってもいいわね」
溜め息を吐き、地面に置かれた水晶玉に腰掛ける。
「私はね。ずっと昔から生きてるの。アナタが生まれる前から。フォルテが生まれる前から。この国が創られる前から、ずっとね」
俄かには信じがたい話。普段なら、冗談として流してしまうだろう。
しかしペンギンの眼は、真っ直ぐリヴを射抜いていた。強い意志を感じる視線。
嘘を言っているようには、思えなかった。
「色んな所を旅したわ。色んな人を見て、色んな時代を見てきた。楽しかったわ」
果たして、ペンギンは何を思い出しているのだろう。
きっと、相棒と共に旅をしてきた事だと。少なくともリヴは、そう思った。
「それで…ペンギンの、願いって?」
「ふふ、くだらない願いよ。本当に小さい願い。だけどね、私にとっては、何に代えても叶えたい願い」
僅かに言葉に詰まるペンギン。
覚悟を決めたように、言った。
「生きたかったの」
「生きたい?」
「ええ、そう。ベッドの上から動く事も出来ず、何も出来ない体だった。小さい頃からずっと、ベージュ色の天井を見つめ続けていた。私の景色はそれだけ。向こうの世界で思い出すのは、そればっか」
ずっと昔を思い出すように。
遠い眼をして話を続けた。
「機械に生かされていたあの頃とは違う。生きる事が出来た。自由で、奔放に。楽しかった。楽しかったの。とても。アナタとの旅も。全部。だから―――」
ふぅ…と、長年の重荷を降ろしたように、長い溜め息を吐いた。
空を見上げるペンギン。その眼には、蒼い満月が映っていた。
「―――もう、満足したわ」
ペンギンの体が地面に倒れ伏した。
サラサラと、水晶玉が崩れて消えていく。
ロード・ウェポンが消える理由。それは、所持者が死んだから。
―――死ん、だ? どうして…
生きたいと、ペンギンは言った。
その願い故に、この世界に来たとも言った。
ならば―――死んだ理由は、願いを果たしたから。
いや、この世界に来た時点で願いは果たしていたのだろう。
ならば、なぜ今まで、長いあいだ生きてこれたのか。
「どうでも、いいわ」
ペンギンの本当の願いなど、リヴには計りようがない。それに、ダチョウの願いも。
それに、分かった所で、どうにもならない。
二人はもう、死んだのだ。
戻ってきた力を振り絞り、立ち上がった。ダチョウの死体からパラッシュを引き抜く。
深い森の中、街道からも外れたこの場所だ。
二人の死体が荒らされる事はないだろう。
「さよなら…ありがとう」
自分は戦い抜くだけだ。
ずっと、生きている間。
二人の生きた証を、忘れないために。
※以下、登場人物解説
・リヴ[Liv] 19歳 168cm
傭兵を志し、数年。ダチョウ・ペンギンと共に多くの戦場を渡り歩いた。その経歴には激戦と知られる戦場があり、高名な傭兵とも何度も激突しながら、その全てを打ち破っている。
現在では最高峰に位置する最年少の傭兵とされ、裏社会で出回っている懸賞金の額は歴代二位となっている。
東の国 深い森でダチョウと激突。これを打破した。
それ以降の消息は不明。
・ダチョウ 25歳 175cm
ペンギンと共に『国が創られる前から』戦いを続けていた。
世界を放浪しながら、戦場を求めて旅をしている。
各国の上層部にその存在は知られているが、過去からその名が存在することにより同名の別人、もしくは名を騙った偽物と認識されている。
東の国 深い森で死亡確認。戦いに生き、戦いで死ねた事に喜びつつ、その命に幕を下ろした。
現実では22歳の大学院生。女性。
ごく平凡な家庭、ごく普通の環境に生まれ、善良な両親に育てられた、普遍的な女性。
しかしある時に、どうしてか『なぜ人が人を殺してはダメなのか』という疑問を抱く。
一般的な倫理観は持ち合わせていた為に凶行には及ばなかったものの、それをずっと抱き続けた。
当時、開発されたばかりのVR筐体と同時に『究極のリアル』という触れ込みのオンラインゲームを購入、プレイを開始。元々、中性的な外見だった為に、ゲーム内のアバターは性別だけを変更した現実と変わりのない容貌。
元来持っていた殺人への好奇心から来る容赦のないプレイング、圧倒的なまでの強さによって、瞬く間にトッププレイヤーへと上り詰めた。二位以下とは数ケタのプレイヤーキル数差を付け、運営側も縮めるのは不可能と公言していた。
そのキチガイ染みた強さにより他のプレイヤーから目の敵にされ、チーム(プレイヤー2人~作成可)への参入は拒否されていた。と、いうよりチームを組む気は元々なかった。
しかしなんの因果かペンギンとチームを組み、ゲーム最強と謳われたNPC(二ケタに近いチームの協力が前提とされていた最終ボス)を、たった二人で討伐した。
願いは『戦いに生き、戦いで死ぬ』こと。
・所持スキル
PASSIVE
<一閃><地砕><円月斬><縮地><身躱脚><見切><受流><衝拳>
ACTIVE
<体力治癒Ⅰ>:5%/minの速度でHPを回復する。
<魔力治癒Ⅴ>:25%/minの速度でMPを回復する。
<Re:BOOT>:HPが0になった際、自動的に発動。HPが完全に回復した状態で蘇生する。
・ペンギン 21歳 159cm
ダチョウと共に『国が創られる前から』戦いを続けていた。
世界を放浪としながら、自分の眼で様々な風景を見てきた。
各国の上層部にその存在は知られているが、過去からその名が存在することにより同名の別人、もしくは名を騙った偽物と認識されている。
東の国 深い森で死亡確認。様々な人物と出会い、様々な体験をし、様々な場所を見れたことに満足し、その長く生きた人生に幕を下ろした。
現実では19歳の女性。
当時の医学では根治不可能な先天的な病(或いは障害)により、その生涯を病院のベッドの上で終える事になっていた。
自分の病状は全て理解しており、諦めにも似た心境で苦痛を伴う延命治療を受け入れていた。後に彼女はそれを『機械に生かされていた』と表現した。
ある日、主治医から勧められた『究極のリアル』と称されるVRゲームをプレイし、自然に動く体と人並みの自由を得る。容姿に頓着が無いため、ゲーム内アバターは現実と同じ容姿。
時間だけなら有り余るほどあった為、成長に多くの時間が必要である生産職側のプレイヤーとして、二位以下を大きく引き離してトップに登りつめる。
人生の多くを病院で過ごしていたため協調性に欠けており、今まで参入したチームから悉く脱退をしていた。しかしなんの因果かダチョウとチームを組み、ゲーム最強と謳われたNPCを、たった二人で討伐した。
願いは『満足に生きる』こと。
・所持スキル
PASSIVE
<回蹴><円月蹴><縮地>
<月光蝶>:対象一人のHP/MPを完全回復させる。
<Re:LIVE>:対象一人をHP/MPを完全回復させた状態で蘇生させる。
ACTIVE
<体力治癒Ⅴ>:25%/minの速度でHPを回復する。
<魔力治癒Ⅰ>:5%/minの速度でMPを回復する。