1 城で
魔王城の朝は、一部を除いて静かだと思う。
城の業務を行っている者達や、訓練中の兵達の声が響く、当たり前の音。
それからもう一箇所。魔王の執務室だ。
しかし、賑やかなのは執務室の中ではなく、扉付近。
しかも、黄色い歓声……。
「あぁ~。やっぱりいいわぁ~。不機嫌そうな魔王様……」
「本当よねぇ。真っ黒な髪から覗く、あの眉間のシワとか」
「えー! シワのない方が格好いいわ」
「え! シワのない日ってあるの!?」
「アタシも見たことないわよ!?」
「て言うか、何で魔王ちゃんシャツ一枚なのー! 今回の衣装自信作なのにー!」
「痛っ! 誰、人の羽根引っ張った奴!?」
「ちょっと~。静かにしてよ~」
「………………お嬢様方、そろそろ時間ですよ」
お嬢様方、もとい扉に隠れて黄色い歓声を上げていた女性悪魔達は、私の声に「は~い」と声を揃え、扉から退いてくれた。
1、2、3……今日は8人か。
目のやり場に困る衣装の悪魔から、メイド(こいつ仕事はどうした)まで様々だ。
しかし、私の後ろに控えていた部下達は、何事もないように彼女達の前を通り過ぎ、次々と今日の仕事を魔王の執務卓に積んでいく。
様々な彫刻が施され、大きさ、厚さ、美しさ、全てが一級品の開け放たれたままの重厚な扉の向こうには、歴代魔王により集められた調度品の数々。
それらの中央にある黒塗りの、これまた重厚な作りの机に、新たに白い山が出来ていく。
書類を運ぶ彼らに、時折ちょっかいを掛けようとする女性もいるが、軽く流して山を作っていく。
うん。声を掛ける隙も与えないとは、流石だ。
この朝に恒例行事には、サキュバスも混ざっている。
だからどうしても、慣れていない奴や、純情くんは捕まってしまう。
普段なら慣れるようにと連れてくるが、最近は諸事情によりメンバーを厳選している。
うん。仕事がスムーズなのはいいことだ。
「ねぇねぇ、秘書様」
と、つい感心しているところに、声を掛けられた。
「あぁ、すみません。何ですか?」
「最近の魔王様どうかしたの?」
「何か、ぼーっとしてるよね」
「それに迫力、3割、んー5割増し?」
毎朝見ていれば、気がつくか。
「やはりそう思いますか」
「そりゃね」
「「「ね~」」」
「でも~。最近の魔王ちゃんも~、ス・テ・キなんだよね~」
再び「ね~」の合唱。イラッとくる。
頭の悪そうなサキュバスにまで、感づかれたとあっては限界だな。
「ねぇリーちゃん、もしかして、噂通りだったりする?」
「さぁ、私も知りませんので。とりあえず、そろそろ何とかするつもりです」
「ふ~ん。じゃあお願いするわ。今の魔王様もいいけど、困ってるなら何とか欲しいのよ」
今日のリーダー格の女性がそう言って煙と共に姿を消すと、他の悪魔達も飛んだり、消えたりとそれぞれの方法で解散した。
まともに歩いて帰るのは、メイドだけだ。
ったく、廊下は歩けってのに。
「……ごほっ、ごほっ」
当たり前だが、予告なしで煙を出されれば、当然むせる。
あの女、わざとやってるからたちが悪い。本当は煙なしで姿消しができるくせに。
煙なんて、所詮魔術が未熟なだけだ。
上級の悪魔や魔術慣れしている奴は、――召喚された時は別として――煙なんて出さない。
第一、毎回ポンポンポンポン煙が出ていたら、『ここに悪魔がいますよ』って言っているようなもんだ。
逃げる時や、こっそり動きたい時は不便でしかない。
だから、みんな練習する。
私もできる。
当然、あの女もできる。
でも、わざとやる。
むせっているのを見て、楽しみたいから。
ほんっと、いい性格しているよな!!
「あのー……リディア様……」
「あ、あぁ、すみません。どうかしましたか?」
ちょーとイライラしている所に、声をかけられた。
いつの間にか、書類を運び終わったらしい部下達が、廊下に勢ぞろいしている。
全然気がつかなかった。
「大丈夫ですか?」
「ええ。大丈夫ですよ」
年上の補佐官はそれ以上は聞き返さず、昨日の分までの報告を始めた。
状況判断が的確で助かる。
イラついていただけだなんて、聞かれても答えられない。
ましてや部下相手に。
「お後、こちらが本日の予定と、陛下宛の郵便です。何かご質問は御座いますか?」
「ありがとうございます。大丈夫です。……所で、陛下のご様子は?」
報告していた部下以外も、顔を暗くした。心配と不安が入り混じっているような感じ、と言ったところか。
「相変わらず、険しいお顔のままです。私共の報告に対しては、話半分と言ったご様子で……」
思わずため息が出る。
「わかりました。皆さんは、業務に取り掛かってください。私も済み次第、執務室に戻りますから」
何処か、申し訳なさそうにしている部下達にそう告げれば、彼らは会釈をして、扉の前を後にした。
大人数が集まっていた場所に残ったのは、扉の前の私と、書類に囲まれている不機嫌そうな魔王との二人だけ。
やっと、朝に相応しい静かな時間がやってきた。
毎朝の恒例行事も、あと少し。




