もみじの噺をしよう。
長くも短い人の人生の中で、一つ二つの幸せを見つけることは難しい。
幸せを誰かにあげることはもっと難しい。
・・・でも、私は難しいことを簡単にやってのけた人を知っている。
他の人が言うやり方とは大きくずれて、歪んでいたけれど。
私たちに幸せをくれた彼。
私は決して忘れることは無いと思った。
空は今日も晴れ晴れとしている。
少女は廃寺の一角にある日当たりの良い庭で洗濯物を干しながら気持ちよさ気に微笑み、黒く長い髪を風に揺らめかせていた。
彼女、名を銀杏という。親は戦に巻き込まれ死んだ。所謂、戦孤児である。
「最近晴れが続いて嬉しいな・・・すごく温かい。」
目を閉じ、温かい太陽の光を全身で浴びた。
吹く風は何処からともなく花の匂いを運んでくる。
しばし、銀杏がその様にしていると、廃寺の中から小さな子どもの泣く大きな声と、どたどたと駆け回る音が聞こえてきた。銀杏は閉じていた目をゆっくりと開き、廃寺に向き直る。
「こらっ!暴れないの!!」
銀杏が大きめの声で廃寺の中へ声をかけると、数人の子ども達が庭へ駆け出て来た。
その内の一人、最初に飛び出してきたまだ小さな少年が銀杏の背後に隠れてしまう。
何事かと銀杏が子ども達を見ていると、理由はどうやら二番目に飛び出してきた少年にあるようだった。
「へへっ、やーい団子の弱虫ぃー!!!」
笑いながら二番目の少年は銀杏の後ろへ隠れている一番目の少年へ指で掴んでいるバッタを突き出す。一番目の少年はそれを見ると小さな悲鳴を上げて身を隠し泣き叫ぶ。
「ふええええっ、虫いやぁぁぁ!!!!」
尋常じゃない泣き具合に二人の少年の間に二番目の少年と同い年くらいの少女が入り、少年をかばう。
「三色!!団子いじめちゃ、メッ!!!」
キッと三色を睨み付け、少女は団子を銀杏の背後から自分の腕の中へと引き入れて抱きしめた。それを見て、三色は手に持ったバッタを何とか団子に近づけようとしてまた挑発する。
「みたらしに守られてやんのー!!!」
みたらしと呼ばれた少女はその言葉により一層強く三色を睨めつけた
「団子はまだ、小さいの!!!守られて当然なの!!!」
みたらしは三色と唸りながら睨み合い続ける。
介入する機会を失った銀杏はあわあわと自分より年下の三人を見おろしながらどうしたものかと必死に考えていた。
しかし、三人(おもにみたらしと三色の)睨み合いは三色の「いてっ!!」という声で終わりを告げる。
頭を押さえ、三色は思わず手に持っていたバッタを手放しその場にうずくまる。
「何やってんだよ。」
三色の真後ろから平手で頭を叩いた人物が呆れたような声を出した。
「あっ、紅葉、おかえり」
「紅葉兄ぃちゃぁああああんッ」
みたらしと団子が目の前に現れた人物へと駆け寄る。
銀杏と同じ真っ黒な髪を頭上で結わえた背の高い青年。
「おかえりなさい、紅葉。」
自分より頭一個半程大きい紅葉を見上げ、銀杏が微笑むと紅葉もニカッと笑いながら「ただいま。」と言った。
「酷ぇよ、紅葉ッいきなり真後ろから殴るなんて・・・勝負しろっ」
「嫌だ。」
にやりと笑いながら紅葉は、手を振り上げて向かってきた三色の頭を片手で押さえた。
ついでに少し力を入れると、三色は頭を掴んでいる手を外そうともがく。
「懲りないなぁ、お前も。」
「う、うるさいっもう、放せよッ」
光の中で見たものは、とても暖かかった。
ねぇ、あなたは今どこにいるの?
「・・・先に行け」
「え・・・」
「大丈夫・・・」
その先は言わなかったけれど
何となくわかっていた。
燃える廃寺の中、走りながら見た貴方の後ろ姿は
どこか、嬉しそうだった。
それが、私の見たあなたの最後の後ろ姿