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いつも


「ねぇ春香ちゃん。春香ちゃんのお兄さんってカッコいいんでしょ。今度紹介してよ。」



「別に普通のサラリーマンだよ。家じゃいつもだらけてるし。それでもいいならいいよ。」



またか、そう思いながら、もう何度目になるか分からない仲介を引き受ける。



春の陽気に誘われて、幼馴染の奏絵と一緒にオープンカフェでお茶していた私のテンションは急降下する。



逆にテンションを上げて立ち去った娘に向けて思いっきり視線を飛ばす。



そんな私の様子を見ていた奏絵は楽しそうに声を上げて笑っている。



「相変わらず慶吾さん人気だね。大学卒業したのにまだまだ人気あるんだ。」



「良いことなんて全然ないよ。寄って来るのは女の子ばっかりで私は男の子に告白もされないし。お兄ちゃんと同じ遺伝子受け継いでいるのにどうしてこうも出来が違うのかなぁ。」



くたーっと項垂れていると、もう何度目になるか分からない疑問を吐露する。



目を瞑って耳を澄ませば奏絵の笑い声と静かな風の流れがゆっくりと耳をくすぐった。





私の兄、桂木 慶吾は完璧人間だ。


今から三年前の中学二年生の夏お父さんとお母さんは交通事故によって帰らぬ人になってしまった。


中学生だった私は泣きじゃくるしかできなかった。


親戚は私たちの処遇と巨額の保険金を巡る醜い押し付け合いと奪い合いを繰り広げていた。


しかしそんな中、当時大学一回生だったお兄ちゃんは毅然とした態度で私たちの親権を昔からお父さんと交友のあった白河さんつまり奏絵のお父さんに委託した。


そして両親が残した保険金と多額の損害賠償のほとんどに手を付けることなく大学を無事外資系企業に就職したのが去年。


スポーツ選手のように背は高く、モデルのようなスタイルとルックス、その上勉強は出来て奨学金を得られなかった年は一年もなかった。


お兄ちゃんが在学の間は二月中旬から三月の初めまでは毎日が甘いチョコレートで、まさに少女漫画からそのまま抜け出したような人だった。


そんな完璧人間と名高いお兄ちゃんにもたった一つ、いや二つどうしようもない弱点がある。


そしてその二つの弱点はピンポイントで私を悩ませる原因になっている。





奏絵とティータイムを済ませた私は家の近くにあるスーパーマーケットに向かっている。



毎日仕事に追われているお兄ちゃんの荷を一つでも軽くしようと始めたのが料理だった。



死んだお母さんはマメな性格で毎日食卓に並んだ料理を数冊のノートに綴っていて、そのノートを見つけて以来、少しでもお兄ちゃんに疲れを癒してもらいたくてお袋の味というものを何度も失敗しながら経験を積み立ててようやくそれを習得した。



そして私が料理を作るようになってからお兄ちゃんはどんな日でも朝食と夕食を一緒に摂るようになってくれた。それが今日まで一日たりとも欠けたことはない。



そんなことを思い返しながらケータイを開くとお兄ちゃんから今日帰りが遅くなることを知らせるメールが届いていて、私は今夜の夕食をお兄ちゃんが大好きなビーフシチューに決めた。





圧力鍋に焼き目を付けた牛肉のブロックを入れてから栓をして私は一息吐いた。



生前建築士をしていたお父さんが建てた家はこの辺りではほとんど見かけない鉄筋コンクリート製で三階建になっている。



当時まだ取り入れられていなかった免震設備を備えた我が家は実験的な意味合いも含めていて当時破格の安さで作られたらしい。



今となっては普通の家の数倍するらしいけど、ローンはすでにお兄ちゃんが払い終わってしまったらしい、とかどうとか。



今日一日の洗濯物を干し終わり、ベッドメイキングやお風呂場掃除を終えて、ビーフシチューの出来具合を確かめようと立ち上がったところで私のケータイが鳴り響いた。



液晶を見れば時刻は午後九時を回っていて、着信相手はお兄ちゃんだった。



電話に出て、お兄ちゃんの声を聞いた私は反射的にカーディガンをつかんでいた。



『春香ちゃーん。お兄ちゃんお酒飲んだからお迎えよろしくー。車使っていいからー。』


「分かった。これから行くから多分三十分くらいだと思う。今どこにいるの?」



陽気なお兄ちゃんから居場所を聞き出した私はタクシー会社の番号を探しだす。



『ベルガモットっていうバーにいるよー。早く春香ちゃんに会いたいー。』



退行したお兄ちゃんに嘆息しながらも話を切り上げた私はタクシーを呼んでからエプロンを外してミルクティー色のカーディガンを羽織って家出の為の準備をする。



タクシーに乗り込むとお店の名前を言って、静かに溜め息を漏らした。


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