7.少年と少女
七章
木々が風に揺れている。
枝々が個々に揺れて揺れて、ムクムクと、その群集が生きているように見える。
いや、生きてはいるんだが、な。
まだ秋のはじめのこの季節、赤や緑や茶や黄の葉っぱが混じりあってまだらな群集がムクムクと揺れている姿は、とても美しいとは思えない。少なくとも俺には。
秋も半ばになれば、葉たちはきっと紅一色に染まって、強調性を持って栄え映えに一面の紅葉の美しい姿を見せてくれるのだろう。夕暮れにもなればなおさら。
だが、俺は今の季節の方が好きだ。
紅葉し切った葉はすぐに散ってしまうと分かっているから寂しくなるのか。
あるいは、その美しさが、自然の偉大さが、このちっぽけな人間の俺からは遠い存在に思えてしまうからだろうか。
いや――…それもあるかもしれないが、やはり俺は、この期の、弱くなっていこうとする太陽に縋ろうとするまだらな葉が必死な葉が好きなのだ。
俺は、そこに違和感を確かめたいのだと今になって気付く。
『別れが怖いんでしょ』
なぜかしらいつかのコルトーの言葉が浮かんだ。
「ふふっ」笑いが漏れてしまった。
そうだ、俺は恐れている。
今までは見ることもなかった木々や森なんかについて考えるくらい。
人間の俺が、テティスとどれくらい近いところに居られるかなんて…。
そんな。
阿呆らしいな。
大分、語ってしまった。
いいんだ。そんな未来の下らないことは今はどうでもいい。
ただ…。
「コルトー、あそこの木のあの部分、ほら、あそこ…ものすごく違和感を感じるんだが」
俺は指で木の太い枝の少し上あたりをさした。
「ん?どこどこ?」
コルトーが俺に顔を近付けた。
「ほら――あそこ…」
コルトーも見つけたようでクスリと笑みを漏らした。
「あれは…ううん。言わない方がいいかな」
そして意味ありげに笑って、腕を組んだ。
「時はくるべくしてくるように、見えると分かっているものは見ようとしなくたって実は見えているんだよ」
…また謎かけみたいなことを……。
前々から思っていたがコルトーという妖精は小難しい哲学的なたとえ話が好きらしい。
「まあよく分からないがいつかは分かるってことだな」
俺は深い意味まではあえて追求しないでそう言っておいた。
コルトーの言う言葉というのはよく考えれば考えるほど論点は初めに戻る。つまり、はじめに受け取ったものがよく分からなくてもなんでもコルトーの想いということになるのか、まとまってないようでコルトーの言葉はとても的確すぎるくらい的確なのである。
そういうのは妖精の能力なんだろうか。
「うん、その通り」
コルトーは笑顔で頷いた。
「…んっ」
呻き声が聞こえたような気がする。あぁ、そうか。男の子が…。
状況を理解して俺とコルトーとテティスが振り返るのと、男の子が叫ぶのは同時だった。
「うわあああああっ!!!!」
「な、なんだよ」
「どうしたの?」
「――きゃああっ!!?」
俺とコルトーは、言葉を繋いで尋ねたが、テティスは純粋にびっくりしたらしく、お尻についた銀色のふさふさの尻尾をピンッと逆立てた。
「ふぅっー!!?」ついには威嚇しはじめた。
犬か!?という突っ込みはなんとか堪えて、テティスの頭を撫でてやると、今度はゴロニャンと喉を鳴らす真似をした。
テティス、…いや可愛いからむしろ内心としては歓迎なんだけどさ…頼む、理解してくれ。
お前は、龍だ。
「おいおい落ち着いてくれ。どうしたんだ」
気を取り直して、俺の後ろに隠れてブルブルしている男の子に聞いた。
「ばっ化け物だあ!!!!」
「え、あ、ごめん、俺こう見えてちゃんと人間なんだ」
反射的に謝ってしまった。そういえば、人間と話すのは久しぶりだ。村にいるときはこんなことは慣れっこだったから、今更気にすることはないが…助けてやったのに化け物とか言われると結構傷付くかも…。
一人、うなだれかけていると男の子が意外にも怒鳴った。
「違う!違う違う!お兄さんじゃなくてっ――後ろの…」
「え、僕?」
「ひっ!」
ありゃ珍しい。俺よりも金髪の美青年と銀髪の美少女を怖がる奴なんて。
いや、でもコルトーはまだしも…そうか――テティスには犬のようにフサフサふわふわで綺麗な銀色の尻尾が生えている。なるほど、化け物であることに間違いはない。
が。しかしだな…
「俺の娘に、しかも初対面のやつが化け物とか言ってんじゃねーよ!!!!」
少年が驚いた顔を見せたが、俺、ここだけは譲れねぇんだよ。
コルトーが面白そうな顔をしているのは気に食わないが、ここで黙ってはいられないのだ。そんなことは気にせず俺は言葉を繋げた。
「こんなに可愛くて美しくて優しくて愛くるしくて可愛くて可愛くて可愛くて可愛い俺の娘のどこが化け物だと言うんだ!!!」
どうだ!参ったか。男の子はひとまず黙って俺らの顔を見比べている。
「いやヘイロン、最後の方同じことしか言ってないよ」コルトーが笑った。
「うるせ、そんだけテティスは可愛いってことだ。ほらテティス、お前からもなんか言ってや…」
…れ?
――――え、テティスが俯いて耳まで真っ赤にしている。これは怒ってるの…か?怒ってるんだな!
そりゃ怒るよな!
年頃の娘が、化け物だなんて言われたらそりゃ傷付くに決まっている。
「…」
待ち構えてみたものの、一向に怒鳴る気配はなく、テティスは下を向いたまま押し黙っている。
「テティス…?」
俺が顔を上げさせると、テティスは顔も真っ赤だった。そんなに嫌だったか。
この少年め。
拾ってくるんじゃなかったな!
今にも逃げ出しそうな少年を俺は、ひとまずつまんで逃がさないようにしたがテティスはまだ黙ったままだ。
「テティス、どうした?化け物って言われてそんなに傷付いたか?」
「…」
「おーいテティス?そんなに気にすることないぞー?お前は俺の知る中で一番可愛い…」
そこまで言いかけると意外なものが飛んできた。――――テティスの張り手だ。
「ヘイロンのバカ!」こんな言葉を残して走り去ってしまった。
な…。
「なんだってんだ…?」
「贅沢な子ね」
声が聞こえた。
「誰?」私がそういうと嘲笑うような声で木霊が返ってきた。
「やめてよっ!」
メテヨッ…
テヨッ…
ヨッ…
今度もまたいじのわるい木霊が響いた。
「どうして真似なんてするの」
木霊が止まった。
「私はわたしでいたくないの」
「だって」
「わたしは全て否定されてしまったから」
「だから」
「わたしなんていらないの」
輪唱のように女の声が響いた。
「わからないな」私は呟いた。
「エコーさんって言ったっけ?」
もう木霊は聞こえなかった。
「お前のせいだぞー!テティスにっ…テティスに嫌われちまったじゃねぇかああ!」
俺は思わず男の子の胸ぐらを掴んだ。
「くくっ」横でコルトーの笑いが漏れる。
「わっ笑いごとじゃねぇーんだぞ!」
俺は対抗して怒鳴るも逆効果のようで、今度は男の子まで笑いだしてしまった。
…な。なんだってんだ。
コルトーに至っては腹を抱えて無音で震えるほどツボに入る始末である。
な。何がそんなに面白いんだよ!
とりあえず、俺が笑われていることは分かるのに、理由が分からないというのは普通に笑われるよりずっと屈辱的であった。
「くそっ…なんだよっ…二人して俺を…」
そこまで言いかけて力尽きた。すると、やれやれといった様子でコルトーが溜め息を漏らした。
「大丈夫だよ」
男の子にまで呆れるような目で言われる。
「あれは嫌ってるんじゃないでしょ」
――――は?
いやいやいや。だってテティス、震えるくらい逆鱗に触れたみたいに真っ赤になって怒っていたじゃないか。それに、最後…。そうだよ、ビンタだよ、ビンタ。ビンタしてあの子走り去ったんだぜ?それがもう怒ってなかったら何を怒ってるっていうんだよ。カンカンに怒ってる証拠だろ…。そこまで怒らせちゃったら嫌われるのも当たり前…。
はぁ…考え出したら、自分で自分がムカつくくらいだ…。
「ホント、ヘイロンって馬鹿だよね」コルトーがまだ笑い出しそうな声で呟いた。
「分かってるってそんなこと…」
俺が見るからに肩を落としていたからだろう。
男の子がさっきまでと打って変わって、申し訳なさそうにしょぼくれた。
「あの…さっきはごめんなさい…僕、ビックリしちゃって…」
「いいんだよ、悪ぃ、俺が言い過ぎた」
俺がそう言って、男の子の頭にポンッと手を置くと、コルトーが笑った。
「まぁ、化け物っていうのも案外間違っちゃいないしね」
ポカンとしている男の子をしり目にコルトーは続けた。
「だって、レムだって、ヘイロンだって、化け物でしょう?」
「…え?」男の子――いや、レムは呟いた。
――あぁ、そうか。
なるほどな。
「確かに」
俺もコルトーの笑顔につられて微笑んでしまった。
「なんで僕の名前…?」
「風の噂に聞いたのさ」
風がふわっと俺たちをかすめた。
「結局、この世界にいる者は人間にとってすべて化け物なんでしょ」
セリフが多いですね…。
最近、かなりサボっていたので思うようなリズムの文章がかけませんOTZ
やっぱり小説って難しいと改めて感じるこのごろです




