5.木霊と風
5.木霊と風
なにもしたくない
なにもみたくない
みてもみないふり
きいてもきこえないふり
ふれてもふれないふり
なにもしたくない
なにもみたくない
なにもかんじたくない
なにのいみのないわたしが
なにのいみもないせかいに
なにもしないで
なにもみないで
なにもきかないで
なにもいわないで
なにもないように
いまここにふたしかにそんざいする
それになにのいみがあるのだろう
でも
なにもしたくない
なにもみたくない
だからきえることもできないでいるんだよ
いまここに
いることだけをくりかえして
なにもしたくない
なにもみたくない
だってもう…
カサッと音がして目が覚めた。
「――風か」
何かがいたらと期待しただけに少し寂しくなった。
結局、何も“いない”じゃないか。
葉っぱが揺れて音を鳴らす。僕の体温を奪いながら、風は吹いていった。
おばあちゃんの葬式の日もこんな風に北風が強く吹いていたな…。僕の家族はおばあちゃんだけだったのに、呆気なかった。
こんなに死んでしまうのは簡単なんだと思った。
馬鹿だったみたいだ。
今頃になって僕は必死に生にしがみついてる。一人で悲しくて、生贄として誰にも守られることなく見捨てられて…絶望したと思ったのに、それなのに、僕はまだどうやって生きるか必死で考えてる。
おばあちゃんも、必死だったのかな。
最期のその時も僕を思ってくれていたのかな。
あのときは悲しくて悲しくて、それしか覚えてない。ただ僕は泣いてしまったことを覚えている。
どんな悲しさだったのかどんな深い入り混じった感情だったのか、一年しか経っていないのに、いつのまにか忘れてしまった。
そりゃ今だって悲しい。おばあちゃんがいないのが。
でもどんな悲しみかなんて本当に思い出せない。
あのときは、もう僕はこの悲しさから抜け出せないだろうと思ったのに。
僕が薄情なのかな。
悲しさから抜け出せない………。
森に入って、思い出せたことがある。
おばあちゃんが、まだ僕がずっと小さかったときに教えてくれたいっぱいのおとぎ話。
僕は、木霊の妖精の話が嫌いだった。
うじうじして馬鹿みたいだと思った。そう言うと、おばあちゃんは決まって
「いつか分かるときがくるよ」
と笑っていた。
おばあちゃんが死んだとき、分かった気がした。
けれど、今にはこんなだ。
やっぱり僕は薄情なのかもしれない。
――寒い。
ここには座ってられないな。
僕が立ち上がったときだった。
カサリと何かを踏んだ。
「これは…?」
「くそっ」
どこに落としたんだ!?
折角用意したテティスへのプレゼントを落としてしまうなんて…不覚だ!なんて俺は駄目な男なんだー!
俺はもう親失格かもしれん…。
む…娘の誕生日にちゃんとしてやれないなんて……。
「うわぁぁあ…」
いつの間にか嘆きが音となって口から出てたみたいだ。変な声が喉の奥で響いた。
《ヘイロン、ホントバカダナ》
北風が笑いながら走った。
「っるせ」
言われなくたって分かってる。俺は馬鹿だ。
《オトコノコガヒロッタミタイダ》
俺の足に触れる。うう寒い。北風のやつ…わざとだろう。この小僧めが。
俺はデリケートなんだぞ。
が、今日のところは見逃しておいてやろう。
「カンタロー、男の子は何処なんだ?」
重要な情報を与えてくれたからな。
《ガケノシタノモリノオクノドウクツ》
北風小僧のカンタローは、そう言って南に木の葉を散らせた。
「そうか、ありがとな」
聞こえるかどうかは置いておくとして、俺は去っていった方に向かって言っておいた。一応な。
崖の下の…。
なんだか嫌な予感がしなくもないが、行くしかないだろう。
すべては我が娘のためだ。
《コルトー、コルトー》
風が呼んだ。
「なんだい。どうしたの?」
《エコーが起きてるわ》
《エコーが》
《やっと戻れるかもな》
周囲の風も一生に騒ぎ出した。
「エコーが?そりゃまた珍しい」
僕はテティスの頭を撫でた。
「今日は誕生日に加えていいことが沢山ありそうだね」
僕はそう言ったが、やはりテティスは不思議そうな顔をした。
「エコーって誰?」
やっぱりそう質問して、目を輝かせた。ヘイロンの奴、一見ただの間抜けだが、教育者としては見くびっては駄目だな。
この龍は本当に純粋無垢に育ってる。
「エコーは木霊の妖精なんだ」
「妖精!!じゃあコルトーの仲間?」
「大きな仲間で言えばね。元々は…って言ってもまぁ物凄く昔の話だけれど、エコーは木霊の妖精じゃなかったんだ。なんの妖精だったかは忘れてしまったけどね。でもナルシスって人間に恋をして振られたショックで声だけになってしまったんだ」
「消えちゃうの、…恋って怖いものなんだね」
テティスは悲しそうに言った。
「怖くなんか、ないさ。ただ少しエコーが臆病なんだよ」
いまに戻ってくるしね。でも、一度深く傷つかないと分からないこともある。しかし、彼女は
「失敗を恐れて、人の真似しかできなくなった。それはとても、寂しいことだけどさ」
僕は息が漏れた。
エコー、しっかりしてくれないと妖精が弱いみたいじゃないか。
龍に弱いって思われちゃったら世界にそう思われるのと同じなのになぁ。
「やっぱり怖いよ」
テティスが呟いた。
「素晴らしいもののはずさ。ずっとこの世界にあるんだからね。いつかわかるよ」
僕はそう言って微笑んだけど、本音を言えば、そんな“いつか”はきてほしくない。
テティス…龍の成長は早いって知ってるさ。
でも――――…。




